バレバレユカイ

「代表様、作曲の出来る方を見つけて参りましたわ」


 公園から帰って来た幽名が、誰だか知らない女性を事務所に連れ込んできた。

 歳は俺と同じかやや下くらいだろうか。

 黒髪をおさげに結った、幸薄そうな雰囲気の女子だ。

 涙目になってオロオロしている所から察するに、幽名はどうやら相手の了承も得ずに無理やり連れて来たのかもしれない。


「ここどこですか……なんで私連れてこられたんですか……?」


 どこぞの全然新刊が出ないラノベに出てくる未来人みたいなセリフで困惑を表現する謎の女性Aさん。

 かもしれないではなく、マジで拉致られてきたようだ。

 仕方のないやつだな。


「こら、姫様。あれほど知らない人と話したら駄目だって言っただろ。知らない人に付いて行っちゃ駄目だとも言ったはず……いや、この場合付いてったわけじゃなく、連れて来たからセーフなのか?」


「アウトかと」


 七椿の冷静なツッコミが冴え渡る。

 まあ、普通に考えてアウトだ。

 だってこれじゃ誘拐だからな。


「知らない人ではありませんわ。こちらは奥入瀬奏鳴様です、わたくしのお友達ですわ。ね?」


「えっと……はい」


「言わされてる感が凄いんだけど」


「すいません言わされてないです! 姫様とはさっき知り合ったばかりですけど、私もお友達だと思ってます!」


 奥入瀬さん? が必死に幽名を弁護するように捲し立てた。

 友達というのは嘘ではないらしい。

 姫様にも事務所の同期以外の友達が出来たのか……。

 それは素直に喜ばしいことだが、部外者をVTuberの中身がうろついてる事務所に連れて来ちゃうのは問題有りだな。


「すいません、うちの姫様が無理やり……。勝手に連れてきておいて申し訳ないんですけど、ここ一応部外者の出入りはご遠慮頂いてるんですよね」


「あ、そうですよね。なんかそんな感じがヒシヒシと……お仕事中にほんとすいません」


「いや、こっちの身内がやらかしたことなんで。逆にすいません」


 お互いにぺこぺこと頭を下げ合う。

 良かった、常識の通じる人で。


「ほら姫様、友達と遊ぶなら外にしなさい。……そうだ、お小遣い上げるから、下のU・S・Aでお茶でもしてきたらどうだ?」


 そう提案したものの、幽名は首をふるふると振ってきた。


「奥入瀬様をここまで連れて来たのは、遊ぶためではありませんわ。奥入瀬様に作曲をしていただくためです」


 作曲……そういや最初に作曲を出来る方を連れて来たとかなんとか言ってたな。

 部外者を拉致ってきたことの方に意識が行ってて頭に入って来てなかった。


「作曲って、例のトレちゃんのオリジナル曲のか?」


「そうですわ」


「うーん、そうか……」


 トレちゃんの……というかスターライト☆ステープルちゃんのオリジナル楽曲については、運営側で企画を進行している最中だ。

 確かに今はまだ、どの作曲者に依頼を飛ばすかも決まっていない。

 候補を絞っているような段階である。


 だとしても、だ。

 言い方は悪いかもしれないが、実力も分からないような『自称作曲の出来る人』を連れてこられても、じゃあ採用でとはならないだろう。

 自称というか、姫様が言ってるだけなので今のところは他称だけど。

 どちらにせよ実力が未知数なのは変わりない。


「奥入瀬さん、代表曲とかは」


「あの……テーマパークのパレードで流す曲とかは作ってました、けど……」


 あ、一応本当に作曲は出来るのか。

 しかしテーマパークのパレード曲か。

 VTuberが歌うような曲とは毛色というか、ジャンルが違う気がする。

 依頼するなら、多少予算が高くついても売れ線の曲を書ける人に頼もうと思っていたのだが。


「アイドルソングとか、アニソンみたいな曲も作れたりするかな?」


「えっと、その括りだと幅が広すぎて……もっと具体的な曲のイメージとかはありませんか――じゃなくって!」


「うおっ」


「あ、すいません、大声出しちゃって……」


 流れをぶったぎって、奥入瀬さんが言う。


「なんといいますか……作曲のお仕事受けるかどうか、私自身も今初めて聞いたことなので、その……心の準備が」


 そりゃそうか。

 何の説明もなしに連れてこられたのだから、いきなり仕事の話なんか振られても困らせるだけだろう。

 奥入瀬さんもこんな何だか分からないような場所とはさっさとオサラバしたいだろうし、あんまり引き留めるような真似はしないでおくか。


「わたくしは奥入瀬様の作った曲でなければイヤですわ」


 しかし話をややこしくした張本人のお姫様は、誰の都合も顧みることなく、自分の意見を高らかに言い放つ。

 イヤですと申されてもな。


「姫様がどれだけ奥入瀬さんの曲を気に入ったのかは知らないけどな――」


「あの、私まだ、姫様に私が作った曲、一つも聞かせたことないです……」


「ええ? じゃあ尚更駄目だろ。相手の作品も知らないで依頼するのはクリエイターに対して失礼すぎる」


「すいません……そういうつもりで言ったわけでは」


「いえ、こちらこそすいません。失礼と失言ばかりで申し訳ない」


 なんかさっきから謝ってばかりだな。

 俺も奥入瀬さんも。

 大体悪いのは姫様のはずなのに。


「とにかく姫様の意見は分かった。それを加味した上で、奥入瀬さんに依頼するかは運営の方で改めて検討させてもらう。そもそも誰に依頼するにせよ、トレちゃんの意見も聞く必要があるからここでは直ぐには決められない。オーケー?」


「確かにトレちゃん様のことを失念しておりました。わたくし一人の問題ではありませんでしたわね、熱くなってしまい申し訳ございません。奥入瀬様にも謝罪いたします。くりえいたーというモノに対する理解がなってませんでした。わたくしもまだまだ未熟ですわね」


「そんな、頭を上げてください姫様……!」


 うんうん、ちゃんと謝れてえらい。

 と、この件に関わった人間全員から謝罪が出たことだし、ここらで奥入瀬さんを解放してあげよう。


「奥入瀬さん、この後用事とか大丈夫でしたか? 結構時間使わせてしまいましたし、もしよければ、こっち持ちでタクシー手配しますけど」


「あぅ、あの、そこまでしていただかなくても……」


「そう遠慮せずに。七椿」


「もう下で待たせてあります」


 流石の七椿。

 その辺は抜かりがなかったようだ。

 既に呼んであるなら断るのも逆に失礼なので、奥入瀬さんも頷くしかないだろう。


「それでは、お言葉に甘えます……」


「はい。あ、もしよければ連絡先を教えていただけませんか? SNSのアカウントとかでも良いんですけど、もし作曲依頼することになったら必要になりますし。それとサンプル曲とか、今まで作った曲をまとめたポートフォリオとかあったりしませんか?」


「えっと…………分かりました、サンプル用意しておきます。そ、その……」


「はい?」


「私、音楽で食べていきたいと思ってるので、もし依頼していただけたら精一杯頑張ります!」


 奥入瀬さんは深々と頭を下げて、今日一番のハッキリとした意思表明を口にした。

 今のが奥入瀬さんの本気の言葉と想いなのだろう。

 それだけはちゃんと伝わって来た。

 この人も、自分のやりたいことをしっかりと持っている人なんだな。


「分かりました、前向きに検討させていただきます」


「はい! 宜しくお願いします!」




 ■




「はぁ……あんな大見得切っちゃって大丈夫かな、私」


 帰りのタクシーの中。

 奥入瀬は先の事務所での出来事を思い返して、顔を青くしていた。

 頑張るとは言ったけど、本当に依頼が来たらどうしよう。

 自分なんかがちゃんと出来るだろうか。

 自分なんかが……他の人の方が……。

 ネガティブ思考が走り出したら止まらなくなってしまう。


 それに有栖原から指示されたR18の仕事を断ることについても考えないといけない。

 メールで済ます、というのは無理だろう。

 絶対に呼び出されるし、直に話をしたらまた言いくるめられそうだ。

 なんとか対策を練ってから戦いにいかないとならないだろう。


「考えること多すぎ、もうだめぽ」


 頭がショートしそうになったので奥入瀬は考えることを一旦放棄した。

 こてん、と。後部座席で横になる。


「そういえば、さっき貰った名刺は……あった」


 姫様に連れていかれた事務所で、代表と呼ばれていた男性から帰り際に名刺を渡されていたことを思い出し、奥入瀬はポケットからそれを取り出した。

 わけの分からない状況に混乱してついぞ聞きそびれてしまっていたが、結局あの事務所が何をしているところなのか知らないままだ。


 アイドルソングやアニソンとか言ってたから、まさかソッチ系の会社なのだろうか。

 そう思いながら、名刺に書かれた文字を読み上げる。


「FMK代表取締役の……FMK?」


 なんだろう。

 最近どこかで目にしたことのある文字列だ。


「あ」


 ガバっと飛び起きて、奥入瀬は直ぐにスマホを操作しだした。

 FMK。

 目にしたことがあるどころじゃない。

 奥入瀬の所属している界隈では、つい最近同じ名前のグループが注目を浴びていたはずだ。


「FMKの公式ページ……えっと……会社の住所は……」


 名刺に書かれている会社の住所と、ホームページの住所を照らし合わせる。

 まったく同じ場所だ。

 間違いない。


「FMK……VTuber事務所……」


 あの事務所は、奥入瀬が――笛鐘琴里が所属している密林配信プロダクションと同じ、VTuberをプロデュース・マネジメントする企業だったのだ。

 それだけじゃない。

 FMKの公式ページにある所属VTuber一覧を見て、あまりの衝撃に奥入瀬は金縛りにあったように指先一本動かせなくなった。


「幽名姫依……姫、様?」


 奥入瀬にエールをくれたあのお嬢様と、瓜二つの容姿と名前を持つVTuberがいた。

 偶然の一致?

 いくら鈍くてもそんなわけないことは誰にでも分かる。

 今日友達になった幽名姫衣は、FMKに所属するVTuber幽名姫依と同一人物だ。

 それが答えなのだろう。


「そう、だったんだ」


 タクシーの窓に薄っすらと映る奥入瀬の顔は、少しだけ笑っていた。

 驚きと困惑もあるが、それ以上に嬉しさがあった。

 意外過ぎる共通点を見つけたからだろうか。

 奥入瀬自身にも今の気持ちを上手く言語化出来そうにない。


 奥入瀬は有栖原に誘われるがまま、VTuberになった。

 当時はVTuberというものがどういうものなのか、あまりよく分かってなかったし、実はと言うと今も何が面白いのかそんなに分かっていない。

 その辺りの解像度の低さが、笛鐘琴里がイマイチ伸び悩んでいる要因の一つでもあると自覚している。

 配信者本人が楽しんでいなければ、見ているリスナーだって楽しめるはずがないのだから。

 でも、だけど、今なら少しだけ前向きにVTuberとして頑張って活動出来そうな気がした。


「姫様も私と同じVTuber……コラボとか出来ないかな……」


 そんな素敵な未来図を思い浮かべ、奥入瀬は静かに目を閉じる。

 暗闇に身を委ねて、聴覚を鋭敏に研ぎ澄ませると、自然と公園で聞いたヴァイオリンの旋律が鼓膜に甦って聞こえて来た。

 アイドル、アニソン、VTuber、FMK、姫様……それにあのヴァイオリン。

 それだけの僅かな情報を膨らませて、頭の中でいくつか曲を考えてみる。

 インスピレーションが胸の内から溢れて来て止まらない。

 何かが変わる音が聞こえてきた。

 そんな気がした。

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