Chapter 2 "My Own Rainbow"
ジャングルの王者
自分のことをこの世の誰とも比べてはいけない。
それは自分自身を侮辱する行為だ。
――ビル・ゲイツ
◆◇◆
都内某所のオフィス街。
林立するビル群の一つに、グリーンヘルズという名のビルがある。
グリーンヘルズは地上36階建てのビジネスビルで、1階から4階までは商業施設、5階から36階までは様々な企業のオフィスが配置されている。
密林配信プロダクションのオフィスも、その中に含まれていた。
しかも密林配信は31階~36階という最上段の位置を全て占拠しており、近年VTuberという名のネットタレント事業が急成長を遂げているとはいえ、些か過分とも言えるほどの資金力を見せつけていた。
確かに密林配信は億単位の利益を上げている。が、そもそも売り上げのない事業立ち上げの段階からグリーンヘルズの上階フロアにオフィスを構えていたという話がある。
その話から見えてくるのは密林配信設立者の社長――
有栖原の金の出所は諸説あるが、最も有力とされている説は、有栖原が金持ちのボンボンという説である。
何せ有栖原は密林配信設立時、まだ15歳になったばかりの少女だったのだから。
若干15歳の女子中学生が起業というだけでも珍しいのに、年齢に見合わない初期投資の額の大きさ。
そして有栖原自身が超が付くほどの美少女だったこともあり、密林配信立ち上げ時にはそれだけでネットがお祭り騒ぎになったほど。
当時はまだVTuber界隈も黎明期。ちょっとした話題性一つで注目が集まるゴールドラッシュの真っただ中。
そんな黄金の眠る未開拓の荒野の中で、社長の有栖原自らが広告塔になったことで、密林配信は一気にその認知度を上げ瞬く間に業界大手へと成長を遂げたのであった。
それから4年ものの月日が流れ、密林配信はその勢力を更に拡大させた。
所属Vの数も50を超え、利益もしっかり黒字で初期投資分はとっくの昔にペイ出来ているほどだ。
しかし度重なる所属Vの引退と、引退したVからの暴露によって運営のブラックさが露呈。
にも関わらず運営は声明文の一つも出してこない。
その結果、密林配信プロダクションは運営4年目にして大炎上していた。
ネットには、やはり未成年の女の子があの規模の会社を運営するのは無理があったのではという声がある。
有栖原も現在19歳になっているとはいえ、まだまだ社会経験の浅いお子様だというのが世間一般の共通見解だ。
子供社長故に社員を御することが出来ずスタッフが暴走してしまい、所属Vを蔑ろにしてしまうような事態に発展してしまっているのではないか。というのが、ネットにおける今の密林配信の内情を推察したものであった。
件の暴露動画でも、引退したVが運営がこうなってしまった原因に対して似たような言及をしていたことが後押しとなり、有栖原の意向を無視してスタッフがやりたい放題に暴れているという説はより真実味を増した。
しかし、それとは別にとある憶測がまことしやかに囁かれてもいた。
曰く、有栖原は傀儡である。
曰く、有栖原を影から操る正体不明の人物がいる。
曰く、その謎の人物こそが会社設立の資金提供をした人間であり、真に密林配信を運営している黒幕である。
曰く、密林配信の運営が暴走しているのも、全てはその黒幕の指示である。
と。
陰謀論めいた馬鹿げた妄想だ。
創作としか思えない荒唐無稽な話だが、しかしこの話はいつの間にかネットに出回ってことあるごとに話題に出されるようになっていた。
勿論、話題に出るたびに「そんな話は有り得ない」と否定されるまでがテンプレになっている。
それはそうだ。こんな話が真実だと誰が声高に叫んだ所で、信じてくれる人間がいるはずもない。
だけれども、火のない所に煙は立たぬというのもよくある話。
或いはこの煙は、誰かが必死に立てている狼煙なのかもしれない。
真の黒幕を表舞台に焙りだすために――。
■
グリーンヘルズビル、屋上。
屋上フロアは31階以降同様、密林配信プロダクションが支配する領域となっている。
屋上への出入りが出来るのは社長の有栖原が許可した人間だけのみに限定されており、例え役員であろうとも許可なく立ち入れば即座に解雇という厳しすぎる制限が課せられていた。
その屋上の様相は『異様』の一言に尽きる。
屋上は全面に土が敷き詰められており、様々な植物が植えられている所謂屋上庭園となっている。
それだけなら然程珍しくもないが、異様なのはそのコンセプトにあった。
植えられているのは、全て日本では見たこともないような南国産の植物オンリー。
そんな南国由来の植物たちが、文字通り、所狭しと視界を遮るほど屋上を埋め尽くしているのだ。
まるでジャングルの一部をそのままカット&ペーストしてきたかのような、異世界情緒溢れる光景。
とても都内にあるビルの屋上とは思えないその密林模様に、
しかし、屋上に入る前にスマホを没収されていたことを思い出し、或いは本当に不思議の国に迷い込んでしまった可能性もあるのでは現実逃避してしまう。
「何を呆けているのよ、奥入瀬。早くこっちに来るのよ」
そんな奥入瀬の思考を遮るように、甲高いクセのある声がジャングルに響いた。
声の方を見やると、青髪の美少女が怒った顔で腰に手を当てて立っていた。
ジャングルにそぐわないひらひらのフリルドレスを身に纏った少女は、145cmと小柄な体格も相まって、場所が場所でさえなければまるで本物のフランス人形のようだと見惚れてしまいそうになる。
だが彼女はこれでも来年には成人を迎える19歳の少女であり、そしてなにより密林配信プロダクションのトップに君臨する最高権力者なのである。
故に奥入瀬は、5つも年下の少女を怒らせたことに顔を蒼褪めさせ、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「す、すいません! すいません! 私、昔から鈍臭くって……!」
「言い訳はいらないわ、次からは気を付けるのよ。じゃ、行くから、しっかり付いてくるのよ」
言って、少女――有栖原アリスその人は、奥入瀬に背を向けてジャングルの奥へと進んでいった。
「あぅ……はい」
命じられるままに奥入瀬は有栖原の背中を追いかける。
ここに来るのは3度目になるが、何度来ても慣れない場所だと奥入瀬は思った。
ジャングルそのものな景色もそうだが、視覚だけでなく聴覚からもジャングル感を演出してきていて背筋がぞわぞわとする。
鳥や虫の鳴き声がどこからか聞こえ、オマケに獣の唸り声まで聞こえてくることさえあるのだ。
あまり気の強くない奥入瀬としてはそれだけで委縮してしまうのも無理はない。
こんなのはただの演出。恐らくは何処かに仕掛けたスピーカーから獣の唸り声などを流しているだけ。まさか本物を飼っているはずなどない。
そうは思っても、もしかしたらという疑念だけはなくならない。
不意に草木の陰から獰猛な肉食獣がひょっこり顔を出すかも。
そんな風に恐ろしい妄想を一度でも思い描いてしまったら、なかなか簡単には抜け出せないのが人間というものだ。
奥入瀬はおっかなびっくり周囲に視線を振りまきながら有栖原を追いかけた。
「着いたわ、止まるのよ」
結局、一度も肉食獣にエンカウントすることなく、奥入瀬は無事に目的地へと辿り着いた。
コンクリートジャングルの真上に造られた、ミニチュアのジャングル。
その深奥、密と重なった熱帯林に隠れるように、古ぼけた玉座がひっそりと安置されていた。
ジャングルに置くには相応しくない調度品だが、不思議と違和感は感じられない。
土汚れが酷く、蔦が絡まったりしているので、長年ジャングルに放置されていたかのような貫禄があるからだろうか。自然の中に置いてあっても不自然にならない説得力が見た目から滲み出ているのだ。
そして打ち捨てられた玉座の上に、一人の男が座っていた。
顔は……草木が邪魔をして見えない。
しかし、屈強な体格から、その人物が男であることだけは判別できる。
鍛え抜かれた肉体と、腰蓑だけを身に付けたほとんど全裸の変態。
その男を前にして、有栖原が頭を下げた。
「遅くなったのよ、我が王」
密林配信社長の有栖原が、頭を垂れて、ひざを折る。
奥入瀬も慌てて姿勢を低くして、額を地面に擦り付けた。
密林配信プロダクションに黒幕の影あり。
その噂の真相は、奥入瀬の目の前にある現実こそが答えだ。
真実を覆い隠す密林の奥深くには、得体の知れない大いなる闇が巣くっている。
どんな肉食獣よりも恐ろしく、どんな人間よりも欲深い、邪悪なる者。
――ジャングルキングが。
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