箱内コラボ
「箱コラボがやりたい」
幽名の暴走が日常の一コマになりつつある今日この頃。
ストレス性の胃痛に悩まされ始めた俺が、七椿の淹れてくれたコーヒーを飲みながらそろそろ真面目に胃薬に手を出すか真剣に考えていると、事務所に顔を出していた瑠璃が出し抜けにそんなことを言い出した。
事務所階下の喫茶店U・S・Aのメニューに何故か存在してないアメリカンコーヒーの味をゆっくりと味わってから、俺は至極どうでも良さそうな空気感を前面に押し出しながら意見を言った。
「この前やったじゃん。ほら、幽名のクッキー食べたやつ」
「私はアレをコラボにカウントしてないから」
何が気に喰わなかったのか、瑠璃は数日前にゲリラ的に催された幽名の料理配信に、味見役という名目で呼び出されたことをあまり良く思っていないようだった。
「でもあんなに楽しそうにしてたのに」
「そりゃするに決まってるじゃん。いくら私でもリスナーの前で不機嫌な顔見せたりしない。リスナーはみんな楽しむために見に来てくれてるんだから。同じ理由で、姫様の呼び出しを断ることも出来なかったの。付き合いが悪いとか、不仲だとか思われたら、私もリスナーも純粋に配信を楽しめなくなっちゃうかもしれないし」
なにそのプロ意識。
我が妹ながらこの意識の高さは丸い。一鶴や幽名にも見習って欲しいまであるな。
それはそれとして、あのコラボの何が不満だったのかイマイチこっちに伝わってこない。
面倒だから直球で聞いてやるか。
「具体的に教えて欲しいんだが、料理配信の何が良くなかったんだ? 味か?」
「味は良かった。それ以外のほとんど全部」
「おぅ……」
俺は思わず事務室を見渡した。
事務所に居候している幽名であるが、今はこの場にいない。すっかり幽名の自室と化した仮眠室の一角で、呑気にお昼寝をしている。
瑠璃のことだから、ちょうど幽名がいないタイミングを見計らって俺に話に来たのだろう。
仲の良い相手に気を遣う程度の優しさはあるからな、こいつも。
「しかしほとんど全部か……」
「だって、VTuberとしての初コラボだったのに、姫様の配信画面は手元映してる実写配信だし、私の――ナキの立ち絵すら貼ってくれてなくて声だけの出演みたいになっちゃってたし、コラボ相手の私に事前の相談もなく突発で呼び出しといて自分は配信切り忘れて帰るし」
「それだけ聞くと本当に酷い配信みたいだな」
「本当に酷かったの!」
瑠璃は拗ねた子供みたいに……というか子供だけど、唇を尖らせて事務所の床を親の仇みたいに睨み付けた。
「私……初めてはあんな形じゃなくてちゃんとしたのが良かった」
「なんか誤解されそうな言い回しになってないか?」
「は? キモ」
今のは確かに俺がキモかった。
反省して続きを促す。
「他のVとコラボ配信するのって、私にとってやりたいことの一つだったの」
「それが及第点未満な配信で達成されちゃったのが、瑠璃としては納得いかなかったと」
気持ちは分からんくもない。
必殺技でボスを倒そうと思ったら、うっかり小パンでトドメを刺しちゃったような感じだろう。違うか。
「それで改めてちゃんとしたコラボ配信をやりたいと」
「うん」
「言いたいことは分かったが……言う相手を間違えてるぞ」
VTuber同士でコラボしたいのなら、その旨はコラボしたいVTuberに直接伝えるべきだろう。
別に事務所としてコラボ禁止なんて制約も作ってないから、俺に許可を取る必要だってないわけだし。
そんな感じのことをそのまま瑠璃に言ってやると、生意気盛りの妹は顔を赤らめながら怒ったように眉を立てた。
「自分からコラボに誘うのなんか恥ずいじゃん。だから代表がなんとかしてよ」
「はー? 一緒に遊ぼうくらいの感覚で誘えばいいじゃん」
「私……そんな風に自分から友達誘ったこと、ないし……」
「……」
俺はチラっと七椿の方を見た。
ずっと無言で仕事をしている七椿は、もはや事務所の背景と同化しているかのような存在の薄さで、瑠璃のせきらら真剣十代喋り場発言にも聞こえていないフリを通すようだった。空気読みの達人かな?
しかし手のかかる妹だ。
昔から引っ込み思案な性格だったが、成長した今もその根っこの部分だけはあまり変わっていないらしい。なのに言わなくても良い事だけは口にするんだから手に負えない。
そんな妹が恥を忍んで俺を頼って来たのであれば、兄としても代表としても無下にすることは許されないだろう。
「分かった分かった、それじゃあ運営側からコラボやろうって声を掛けてやるよ」
「ほんと!?」
途端に瑠璃が顔を明るくする。現金な奴め。
だがまあ、瑠璃には暗い顔は似合わないからそれでいい。
コイツが元気ないとこっちまで調子狂うしな。
「ただしコラボの内容にはケチ付けるなよ」
「つけないつけない。ありがと、おにい♡」
「代表な」
お決まりのやり取りをしてから、瑠璃は上機嫌で事務所を去っていった。
どうやら本当にこれだけを頼みにきたらしい。
にしてもコラボか……何をさせたらいいんだろうな。
■
配信者界隈におけるコラボとは、二人以上の複数の配信者が集まって配信することを指している。そして箱とは、事務所やグループのような多数のVTuberが所属している団体を指した言葉だ。
つまり瑠璃が言った箱コラボとは、FMKに所属してるVTuber同士で一つの配信をやりたい、という意味である。
厳密に言うと同じ所属同士でのコラボは箱内コラボで、所属が違う者同士のコラボは箱外コラボと呼ばれるのだが、そんな差異は今は置いておく。
言わなくて良い事は直ぐに口に出すクセに、友達を遊びに誘うことも出来ない面倒な妹のために、俺はその日のうちに瑠璃以外の全員に箱内コラボの打診を投げてみた。
返事は秒で返ってきた。普通に全員OKとのことだった。
別に全員集める必要はなかったが、どうせやるなら豪華にした方が良いかなと思ったので集めてみた。
瑠璃にも一応確認を取ったが、むしろ望むところだとのことだったので問題はなさそうだ。
問題があるとすれば、4人集めて何をやらせるかだ。
FMKは今注目を集めつつある期待の新箱だ。
そこに所属するVが一堂に会するとなれば、興味のある人間なら必ず見てくれるだろう。
ここで一発面白い企画を成功させれば、全体のチャンネル登録者数の底上げに繋がるはず。
「と、いうわけで何か良い案はないか?」
そんな無茶振りを七椿に投げてやると、鉄面皮の万能事務員は眼鏡をギラっと光らせて俺を見据えた。
「まずは本人たちに、何かコラボでやりたいことはないのか聞いてみては如何でしょうか」
「それもそうだな」
早速全員に要望を聞いてみた。
まずは一鶴の返信。
『ギャンブル』
却下した。
続いてトレちゃん。
『コーハク歌合戦!』
悪くはないけど幽名が歌える歌がなさそうなのが玉に瑕だな。とりあえず保留。
次、幽名。
『お茶会がしたいですわ』
お茶会……雑談枠みたいな感じかな。
ちょっとパンチに欠ける気がするけど、アイツらがどんな会話劇を繰り広げるのかは興味があるっちゃある。蟲毒みたいな楽しみ方だけど。
そして瑠璃。
『みんなで楽しく遊べるゲーム!』
ゲームね……。
商業ゲームは権利関係がシビアで、交渉中ではあるものの、まだまともに配信に使う許可を得られていないのが現状だ。だからもしゲームをやるとしたら権利的に問題のないものに絞られる。
その条件で4人で遊べるものとなると……まあ、候補自体はそれなりにあるにはあるか。
「しかし見事に意見がバラバラになったな。どうしたもんか」
「代表」
と、集まった意見に目を通した七椿が、眼鏡を光らせながら俺を呼んだ。
「瑠璃さん発案の企画なのですから、瑠璃さんが何を望んでいるのかを一番に考えるべきかと」
それだけを言い放ち、七椿はいつものように自分の仕事に戻ってしまった。
瑠璃が望んでいること、ね。
とにかく箱内コラボをやってみたいって感じだったけど、そう思った理由やら動機やらを聞けていない。
まあ、本人の口から聞けていないだけで、瑠璃がどうして箱内コラボにあそこまで意欲的なのかの理由はなんとなく察しが付いているが。
兄妹だしな。
「……よし、決めた」
瑠璃の本当の望みを叶えてやるために、こちらも一つ仕込みをしておこう。
そうと決めた俺は、早速FMK随一の問題児に連絡を取ることにした。
■
それから数日後。
コラボの段取りを当人たちに話合わせ、コラボに必要な通話アプリの導入や設定なども終わらせて後は本番に挑むのみとなった。
そして本日19時から行われるFMK初となる箱内全体コラボであるが、肝心のその内容はと言うと――
「トランプかぁ」
あからさまに不満そうな態度で瑠璃が嘆息した。
内容に文句を言わないって約束だったはずだが、まあ態度が露骨なだけで口には出してないからセーフにしといてやるか。
4人にやってもらうのはトランプを使った各種ゲームだ。
と言っても、本物の紙のトランプを使うわけではなく、PCのオンライン上で遊べるトランプゲームをみんなで遊んでもらうことになっている。
ネットを探せばブラウザ上で動作するトランプゲームはいくらでもある。
今回は制作者さんの許可もちゃんと取った上で、とあるブラウザゲームのサイトを使わせてもらうことになった。
このサイト一つあれば、大富豪やババ抜きなどのメジャーどころから、ヤニブだのゴニンカンだのといった名前も聞いたことのないようなマイナートランプゲームが大体全部遊べるという凄いサイトだ。
こういう時に個人制作者の人はフットワークが軽くてありがたい。
「確かにトランプは絵面的に地味だし、取れ高もなさそうだけど、そこは配信者としての腕の見せ所なんじゃないのか?」
「分かってる、そんなこと。私がケチ付けたかったのは代表の企画力の方だし」
「それは言わない約束だっただろ」
「そんな約束したっけ」
ケロッとした顔ですっとぼけた瑠璃は、スタジオの鍵を持って事務室から出ようとする。
「でもセッティングしてくれてありがと」
素直になりきれない妹は、去り際にその言葉だけを残して扉を締めた。
本当に面倒な妹だな。
「さて、コーヒーでも淹れるか」
俺は事務所で一人配信の開始を待つ。
七椿は幽名の付き添いでスタジオに行っている。
瑠璃は別部屋のスタジオで配信。
一鶴とトレちゃんは自宅から配信する予定になっている。
配信枠を4窓して全員分の配信を見られるようにして準備は万端だ。
最後に一通だけ「手筈通りにな」とメッセージを送って俺はスマホを机においた。
直ぐにスマホが震えて、『任せといて』と頼もしいが素直にそう頷きづらい相手からのメッセージが画面に表示された。
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