【切り抜き】やりたい放題ですわ【FMK/幽名姫依】

 そんなわけで、ネットという集合知を得て、自分だけで配信を始められるようにまでなってしまった行動派のお嬢様は、翌日からすでに暴れ始めてしまっていた。


(料理)作りますわ(FMK・幽名姫依)


 ヴァイオリン弾きますわ配信の翌日。

 舌の根も乾かぬうちから、またもや実写での配信が始まってしまった。

 前日注意された反省からか、料理をする手元のみの撮影となっているが、違うそうじゃない。

 しかし始まってしまった配信を昨日今日と連日途中で止めるのも、それはそれでリスナーに対して不誠実になってしまう気がする。

 そんな理由からその日の料理配信は中断させることなく最後まで見守る運びになった。


 料理配信にて幽名は、どこからか買ってきた材料と、そしていつの間にかネットで注文していたオーブントースター(代引きで俺が立て替えた)を使ってクッキーを焼いていた。

 ネットで拾ったレシピをガン見しながらの調理だったが、意外にも完成品は市販のクッキーと比べても遜色ない出来栄えになっていた。

 味見役として(配信が始まってから突発的に電話で)呼ばれた瑠璃――もとい薙切ナキは『こんにゃのが初の箱コラボ……』と嫌そうな顔をしていたが、幽名のクッキーが普通に美味しかったらしくしっかりと餌付けされていた。


 初めての料理だったはずなのに、レシピを見ただけで問題なく作れていたのは驚きだった。

 黒焦げになった消し炭をナキが泣きながら食べて終了するオチだと思ってたのに。

 最終的には餌付けされたナキが幽名にゴロゴロと猫っぽく甘えて、リスナーが『てぇてぇ』だのなんだとお決まりのコメントを付けて配信は終わりを迎えた。

 同じ部屋で配信を見守っていた俺は、妹が同学年の女の子にデレデレに甘えてるのを見て、何を見せられているんだと頭が痛くなっていただけだ。


 そして当然のように幽名は配信を切り忘れていた。

 以下は配信が終了した(と思っている)後のやり取り。


『終わりましたわ、今日も楽しかったですわね』


『二人ともお疲れさん……さあ、あとは片付けるだけだな。洗い物は俺がやるから二人は――』


『慣れないことをして疲れましたので、わたくしはもう寝ますわ、おやすみなさい』


『後片付けは!? おい! 姫様――本当に帰りやがった。自由かアイツ!』


『ちょ、代表! まだ配信が切れてにゃい!』


『あ、昨日配信の切り方ちゃんと教えてなかった』


 料理配信はそこで終わった。


 ■


 更に日を跨いで翌日の配信。


【ゲーム】遊びますわ【FMK・幽名姫依】

 

 なんと初めてのゲーム実況配信。

 庶民の遊びを学びたいという導入から入ったのだが、ガチのPC初心者である幽名には、流石にPCゲームのインストールなどは難しかったらしく、まずそこで数十分ほど躓いていた。事務所にはゲーム機もキャプボもまだ置いてないから家庭用ゲームも出来ないしな。

 結果、リスナーからの提案でDL不要なブラウザゲーをプレイすることとなった。


 チャットで色々と候補が上げられる中で幽名が選んだゲームはタイピングゲームだった。

 画面に表示される文字列を打ち込めば得点が入り、タイプミスをせずに一定文字数を打つとゲーム終了までの制限時間が伸びるという分かりやすいシステムのタイピングゲームだ。

 シンプルながら競技性のあるゲームになっているので、流れからリスナーとスコアを競い合うことになってしまったのだが……。


『あら、ランキング……2位? 残念、一番を取り損ねてしまいましたわ』


 幽名はまさかのプレイ初回でオンラインランキング2位を取るという快挙を果たしていた。

 この日も同室で配信を見ていたが、幽名のタイピング速度は常軌を逸していた。

 つい数日前までは人差し指でキーボードを叩いていたはずなのに、成長速度が有り得ない……。

 リスナーの中に偶然ランキング1位が紛れ込んでいるはずもなく、チャットに流れるスコア報告は幽名のスコアを大きく下回るような点数のみ。

 そんなチャットを見た幽名は満面の笑みで


『皆様とってもお上手!』


 と健闘を称えたのだが、残念ながらリスナーにはその一言が煽りにしか聞こえなかったらしい。

 しかしリスナーを皮肉たっぷりに煽るお嬢様というキャラが普通にウケたようで、チャットには草が溢れかえっていた。


 ■


 その後もお嬢様の自由な配信は続いた。

 FMKの事務所内を勝手に案内する配信(俺と七椿が留守の間に敢行された)とか、通販サイトで買い物する配信(100万ちょっとあった幽名の残金はここで消し飛んだ)とか、懲りずにヴァイオリン演奏配信とか……もうやりたい放題だ。

 リスナーが作った幽名の切り抜き動画も、やりたい放題ですわと銘打たれていたし、世間の印象もそんな感じだったのだろう。


 俺も七椿も常時幽名を見張れるわけではないので、余計な知恵を付けてどんどんとパワーアップしていくお嬢様を止める方法は直ぐに失われた。

 もう後半はほとんど諦めて、とりあえず致命的な放送事故さえ起こさなければそれでいいとさえ思っていたほどだ。


 それに幽名は無軌道的で破天荒な配信を繰り返していたが、それがかえって功を奏したらしく、チャンネル登録者はどんどんと増えていっている。

 ここでFMKのライバーたちのチャンネル登録者数を見て行こう。



 金廻小槌ch. 8.2万人


 スターライト☆ステープルちゃんnel 2.3万人


 幽名姫依 1.7万人


 薙切ナキ / Nakiri Naki Channel 1.3万人



 小槌が相も変わらずぶっちぎりのトップだが、ここ最近の伸び率だけで言えば幽名はダントツだ。

 一週間ほど前に確認した時から一気に1万人以上も登録者数を伸ばしたのは幽名だけ。

 これは決して無視できない数値といえる。


 純粋にチャンネルが育ってきていることは素直に喜ぶべきだろう。

 小槌一強だったFMKにも新たな光が見えたわけだしな。

 ただし、これはリスナー達が気付き始めたという証でもある。


 FMKのヤバいやつは、金廻小槌だけではなかったということに。


 しかもリスナーの中には、幽名のお嬢様キャラが偽りではなく素であるということに気付き始めている者もいる。

 幽名は天然のお嬢様で、オマケに性格まで天然だ。その天然は彼女にしかない個性であり、かつて自己PR動画にて俺に可能性を感じさせた幽名最大の武器でもある。

 その武器の切れ味を最大限に活かすための舞台は整いつつあるが、しかし俺や瑠璃の想定になかった要素も現れ始めているのが気になる。

 その中でも最も想定外だったのが幽名の成長速度だ。


 何も出来ないお嬢様だからと甘く見ていたが、料理配信といい、タイピングゲームの件といい、幽名はその気になれば大抵のことは一瞬で会得出来る程度の才覚を持っている。

 場合によっては一鶴を超えるほどのイレギュラーになってしまう可能性すらあるほどに、幽名の進化は早い。

 そして何をしでかすか分からないモンスターが二人になったことで、俺の胃痛はマッハになっている。

 頼むからこれ以上の想定外だけは止めて欲しいもんだ。


 なんて願いを聞いてくれないからモンスターなのであって、幽名はV界隈を大きく揺るがす事件の引き金になるのだが、それはもう少し先の話となる。

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