Chapter 1.5 "Girls in the Interlude"

【切り抜き】新生VTuverグループFMK1期生の自己紹介まとめ【FMK初配信/金廻小槌/スターライト☆ステープルちゃん/幽名姫依/薙切ナキ】

「ってかさ、あたし他のみんなの初配信見てないんだけど、どんな感じだったの?」


 蘭月と名乗った取り立て屋に、一鶴の借金を肩代わりして返済した日の翌日。

 配信するために事務所にやってきた一鶴が、藪から棒にそんなことを言い出した。


「見てないのかよ。お前なぁ……強制するわけじゃないけど、同期の初配信くらいは見とけよ」


「仕方ないじゃん。あたしだって先週はずっと忙しかったんだから」


「どうせ借金取りから逃げ回ってたとかだろ」


「まあね、途中で捕まったら日本ダービーに賭けるお金が減ってただろうし、こっちだって必死だったわけ」


「なら捕まってたほうがマシだったな」


 今日の一鶴は、いつもしていたはずの変装を最初からしていなかった。

 思えば変装をしていた本当の理由は、借金取りから身を隠すためだったのだろう。

 なら、顔合わせの時の自己紹介で言っていた「嫌いなものはしつこい男」という言葉も、借金取りを指していたものだったのかもしれない。

 今となってはすこぶるどうでもいい伏線だが。


「みんなの初配信が気になるなら今からでも見ればいいだろ、事務所のパソコン使っていいから」


「そうするわ、でも三つも配信見ると結構な時間食っちゃうわよね。切り抜きとかないの?」


「ナチュラルに横着しようとするなよ……。公式のはないが、有志が作った切り抜きならあるかもな」


 切り抜きとは、動画や配信の要点だけを編集で切り抜いてまとめた動画のことを指している。

 切り抜き動画は長尺のライブ配信がメインになりがちなVTuber界隈ではかなり重宝されており、忙しい人や特定場面だけを見直したいファン層による需要が大きい。

 それから、大体はリスナー的に面白かった場面だけを切り抜いて構成されているので、まだそのVTuberないし配信者や動画投稿者を見たことがないという人に、端的に魅力を伝えるための媒体としても機能している点などが挙げられる。


 切り抜きを作っているのはファンの場合がほとんどだが、公式側やVTuberが自ら切り抜きを作ることも最近では珍しくないし、なんなら切り抜き専門の動画投稿者を運営が囲っているケースも多く見られるようになってきた。

 FMKでもそう遠くない将来に公式切り抜きを用意しようと思ってはいるが、今はまだ流石に時期尚早というものだろう。だって本格稼働からまだ一週間とちょっとなわけだし。


「とりあえず検索してみるわね、どれどれ……あるじゃん。FMKの自己紹介まとめ」


「え、マジ?」


 あるんだ。

 まだ出来立てホヤホヤのだってのに、もう切り抜きを作ってくれる人がいるのか。

 FMKが人気になるかもしれないことを見越して、先行投資的に切り抜き先駆者になろうとしている人なのかもしれないが、なんにせよありがたいことだ。

 ここまでFMKが注目を集めているのも一鶴のお陰でもあるが、素直に称賛する気にさせてくれないのがコイツの凄い所だよな。


「じゃあこれで済ませちゃおっと」


 昼飯をカップラーメンで済ませるかのような投げ槍感で、一鶴は切り抜き動画を再生し始めた。

 折角だし俺も見直しておくか、我がFMKの精鋭たちによる初配信を。



 ■



【切り抜き】新生VTuverグループFMK1期生の自己紹介まとめ【FMK初配信/金廻小槌/スターライト☆ステープルちゃん/幽名姫依/薙切ナキ】



・初配信から競馬で1000万を賭ける女


『みんなオハヨー、景気はどう? 毎日しっかり稼げているかな? あたしの財布は今超潤ってまーす! FMK第1期生新人VTuberの金廻小槌です! よろしくっ!』


:景気の話から入るのか……

:1000万あったらそりゃ潤ってるだろうよ

:開幕1000万でリスナーにマウント仕掛けてくるな


『さ、自己紹介はさておき……あたしがFMK運営から活動資金として貰った1000万の使い途を知りたいよね?』



 ■



「ちょっと待って」


「なんだよお前が切り抜き見るって言いだしたのに」


「そうだけど。でも、あたしのパートは飛ばして良いでしょ」


「もう一回見直そうぜ、どうせ初配信は大勝ちしたんだからいいだろ」


「ぃや! なんか自分の配信見直すの思ったよりこっ恥ずかしいの!」


 その気持ちは分からんくもないけど……俺も自分の黒歴史とか絶対に見れないし。

 まあそもそも一鶴に他のみんなの初配信を見せるのが目的だから、本人の切り抜きは見なくてもいいか。

 一鶴がシークバーを動かすのを俺は黙って見逃した。


「ここらへんかな、あたしの次は……スターライト☆ステープルちゃんか」



 ■



・声帯七変化系スーパーアイドル


『みなサン、オハヨウゴジャマース! FMK所属新人アイドルVTuberのスターライト☆ステープルちゃんデース! ちゃんマデが名前なのデ、間違えないでクダさいネ!』


:おはよー

:VTuberの発音すげえネイティブっぽい

:声かわいい

:☆は何て読めばいいの?


『☆は飾りデース! 気にしないでくだサイ! あと名前も長いのでステちゃんと気軽に呼んでくだサーイ!』



 ■



「ちなみにエゴサすると『ステちゃん』じゃなくて『星ちゃん』とか『☆ちゃん』とか『☆』とか『星くん』って呼ばれてることが多いみたいだな」


「飾りが本体にみたいにされちゃってるじゃない。というか最後の星くんはなんか違わなくない?」



 ■



『ステの特技はセータイモシャデス! どんなヒトのコエでも真似するコトが出来マース! 何かリスナーから真似して欲しいリクエストありマスカ? ナンデモイーデスよ』


:じゃあ、ダンボールが好きな伝説の傭兵で


『性欲を持て余す』


:すげえ!

:本人じゃん

:どっからそんな渋い声出してんの?

:野生の大塚明夫だぁ

:台詞のチョイスに草





『次のリクエストドゾー』


:青いネコ型ロボット(新声優)


『きみはじつにばかだな』


:似すぎじゃね?

:山葵のほうが逆に難しいのに

:のぶよの方もやってよ


『ほんにゃくこんにゃくぅ、お味噌味ぃー』


:めっちゃのぶよで草

:喉の負担やばそう




『マダマダリクエスト受け付けテマスヨー』


:手足がゴムのように伸びる海賊


『何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!』


:草

:草

:草

:原作の有名な台詞じゃん

:原作では言ってないんだよなぁ

:ゲームでは言わされてたけどな、スタッフの悪ふざけで


『腕の一本くらいで泣くな! 俺が無事でよかった!』


:草

:クソコラのセリフやめろ


 ■



「へー、話には聞いてたけど、トレちゃんの声帯模写は凄いわね……閃いた!」


「通報した」


 ☆ちゃんの初配信切り抜きは、このあと声真似でアニソンを歌おうとして、リスナーにあまりにも似すぎているから音源ままだと勘違いされるから止めた方がいいと言われて、オチが付いたところで終了している。

 本当はこのあともリスナーと少しだけ雑談していたのだが、そこは別に切り抜かれるほど面白い出来事もなかったから仕方ないね。


「やっぱ一芸があると強いわよね。あたしが人に自慢できるのって度胸と行動力くらいなもんだし羨ましいわ」


 一鶴の度胸と行動力は強すぎるくらいの個性だと思うんですがそれは。

 何をやらかすか分からないから目を離せなくなるって意味では、誰にも負けない立派な武器と言える。

 敵も味方も無差別に傷付ける諸刃の刃だけど。


「安心しとけ、お前にそれ以上の強みなんていらないから。というかそれ以上進化しないでくれ、頼む」


「なんでよ。オーディションの時のあたしのPR動画見たでしょ? あたしは無限に進化する女よ、乞うご期待」


 勘弁してくれ。


「何でもいいから切り抜きの続きを見ろよ」


「はーい……次は姫ちゃんか。あの子、配信とか出来るの? 自分一人じゃ着替えも出来ないって聞いたけど」


「会ったばかりの頃は自分で扉一つ開けられなかったから、あれでもかなり成長してるんだ」


「それでどうやってオーディションに応募出来たのかしら」


「さ、さぁ? おうちの人が勝手に応募したとかそんなだった気がするなー?」


「どこぞのアイドル事務所みたいな話ね……まあいいか」


 俺の話にかなり訝しんだ様子の一鶴だったが、とりあえずはスルーしてくれたようだ。

 危ない危ない、瑠璃や幽名にあれだけ口止めをしといて、俺からボロが出掛けてしまった。

 それなりに気安く会話出来る間柄になったせいで油断してたな。気を付けねば。


「じゃあ続きを再生するわよ」



 ■



・世間知らずの箱入りお嬢様


『庶民の皆様ごきげんよう、幽名姫依と申します。以後お見知りおきを』


:ごきげんよう

:本物のお嬢様みたいな声してる

:開幕庶民煽りは基本


『沢山ちゃっと? が流れてますわね。これがネットというものなのですね、こんな小さな箱で世界中の人と繋がれるだなんて驚きですわ』


:箱入りお嬢様だ

:ネットを知らずにどうやってオーディションに応募したんだ

:ツッコミどころ満載の設定だぁ……



 ■



「あはは、早速設定の矛盾を突っつかれてるのね。他人事だと笑えるわ」


「お、おう。そうだな」


「なんでそんな冷や汗だらだらなの、代表さん」


「ケスチアかなんかに感染したかな……ちょっと人の言葉を喋れるトナカイを連れてきてくれ」


「アレって放っておいたら高熱が続いて死ぬのよね、ご愁傷様。遺書だけは書いといてよ、丸葉一鶴に全財産をって」


「うるせえ! (続きを)見よう!」


「声でか」


 一鶴もボロを出しやすい性格だけど、俺もあまり人のこと言えないな。



 ■



『ふむ……やはり一人一人にしっかりと挨拶するのが礼儀なのでしょうか?』


:え?

:どゆこと?

:挨拶は大事


『やはり大事ですのね。ではそうしましょうか。ふぉびあ様、よろしくお願い致します。タラコスパゲッティ様、よろしくお願い致します。サバ味噌煮定食様、よろしくお願い致します』


:そーいうことね

:リスナー名指しで挨拶してくってこと?

:ちょっと名前変えてくるわ




《金弾ナデナデ金曜日おじさん》:僕にも挨拶お願いします!


『はい、金たm――モゴモゴ。ちょっとマネージャー、いきなり人の口を塞ぐのはマナー違反ですわよ』


:おしい

:ちっ

:草

:すごい勢いでマネージャーが走って来る音が聞こえたな

:マネ同席してるんだ

:事務所で配信してるのかな?



 ■



「あっはっは、姫ちゃんなかなかやるわね。変な名前の人を見つけて、咄嗟に今のネタを思いついたのかな? とぼけた顔して結構計算高いのね」


 計算じゃなくて多分天然でやってるんだよなぁ。

 運営サイドとしては幽名が変なこと言わないか配信の度にドギマギしてる有様だ。

 ただ、幽名の天然はそれはそれで強力な武器になっている。

 俺が見た――オーディションの自己PR動画の時のような切れ味の鋭さを発揮すれば、きっと飛躍的に登録者数は伸びていくはず。

 今はまだ助走の段階みたいなものだ。

 恐らくは幽名が本物の箱入りであるとリスナーが理解し始めてからが本番になるだろう。


 切り抜き動画は、その後も幽名の天然ボケと、そのボケを面白がったり困惑したりするコメントを拾い上げながら進んでいった。

 なんか前二人に比べて幽名の尺が長い気がするな。切り抜き作った人が幽名推しだったりするのだろうか。

 そう思ってなんとなく動画投稿者の名前を確認してみると、金弾ナデナデ金曜日おじさんという文字列が目に入った。いやお前かよ。


「さて、最後はナキちゃんね」


 微妙に贔屓されていた幽名の番が終わって、いよいよ薙切ナキの番になった。



 ■



・あざとかわいい猫娘


『みんにゃ~! ようやく会えたねっ! FMK1期生のにゃきり薙切にゃきナキだよっ! みんにゃとずっとおはにゃし話ししたくてウズウズしてたの。今日はたくさんおはにゃししようね~』



 ■



「はぁ~~~~きっつ~~~」


「えっ、どこが? めっちゃかわいいと思うけど」


 いやいやキツいって。

 実の妹がぶりっこキャラでにゃーにゃー言ってるの見るのマジキツいッスわ。

 とは口が裂けても言えない。

 瑠璃が代表である俺の妹だということは極一部しか知らないトップシークレットだからな。


「あー、俺はもう見なくてもいいかな。どうせ後はにゃーにゃー言ってるだけだし」


「別にそれは勝手にすればいいと思うけど……ってか、なんか代表さんって妙に瑠璃ちゃんに冷たい時ない?」


「え? そ、そんなことないと思うけど」


「そんなことあるわよ、女の子は繊細なんだから大事に扱わないと駄目なんだからね」


 と、繊細さとは縁もゆかりもなさそうな女子筆頭の一鶴が偉そうに説教してくる。

 はいはいと生返事を返しつつ、俺は自分の席に座って業務に戻ることにした。そろそろ七椿の視線が痛いしな。仕事しろオーラが半端じゃない。


 そして仕事をするふりをしながら、薙切ナキについて考えを巡らせてみる。

 他の三人が良い意味でも悪い意味でも素のままの自分でVをしているのに対して、瑠璃だけは完全に自分とは切り離したキャラクターを作り上げて薙切ナキを演じている。

 ある意味最もVTuberに対する意識が高いともとれるが、それ故に心配にもなってしまう。

 その高すぎる志が、いつか現実と言う名の悪魔に手折られてしまう日が来るのではないかと。

 事務所の代表として、それ以上に実の兄として、心配でしかたがないのだ。


「あ~ん、ナキちゃんかわいい~。推せる~」


「……アホくさ」


 ナキの切り抜きを見てメロメロになっている一鶴の顔を眺めながら、俺はらしくもない考えを頭の隅に追いやるのだった。

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