【謝罪】あたしは罪人です……【金廻小槌/FMK】

『この女を飼うのは、あまりオススメしないアル。信じられないくらい天運に恵まれているが、同時に周囲に不幸を呼び込む素質にも優れてる妖怪の類ネ、コイツは』


『分かってる。ハンターで例えるとナニカみたいなもんだろ?』


『どっちかっていうとリスキーダイスだヨ。忠告はしたネ、後のことはもう知らないアル』


『はいはい……ところで名刺とか持ってないか?』


『あん? アルにはアルけど、なんネ。殺して欲しいヤツデモいるのカヨ。ここに連絡くれたら、特別に3割引でヤッテやるネ』


 そんなしょうもないやり取りを最後に、取り立て屋の蘭月は帰っていった。

 流石にハンターネタを擦り過ぎなので今後は封印しようと思う次第だが、それはさておき、だ。


 一鶴の借金は無事に返済された。

 七椿に銀行まで走ってもらい、蘭月の指定した口座に全額振り込んだだけで事件は解決だ。

 一応クリーンな口座らしいので大丈夫だと蘭月は言っていたが、そこんとこ俺には判断が付かないので考えないものとする。

 俺の財布に多少のダメージは入ったが、ともかく一鶴の呼び込んだ台風は温帯低気圧に変わってめでたしめでたしだ。


「これでこんどこそ本当に一件落着だな……?」


「やだなぁ、代表さん。いくらあたしでも、デカい厄ネタを二つも三つも同時に抱え込んでたりしないわよ」


「その口ぶりだと小さい余罪はまだありそうだな。あと、何か言う事があるんじゃないか?」


「申し訳ございませんでした。今後同じような失敗がないように反省する所存」


 床に額を擦り付けて必死に土下座する一鶴。

 コイツという人間を知ったあとだと、この土下座がいかに軽いものであるかが分かる。

 まあ、一鶴の人間性を受け入れた上で付き合っていく道を選んだのだ。もう何も言うまい。


 一鶴はヒトとしてはどうしようもないクズだが、そんな突き抜けた個性を持つ彼女だからこそ、目を離せなくなるような不思議な魅力があるのかもしれない。

 それはある意味、VTuberとしてなくてはならない才能だと思う。


 ……そう思わなきゃやってられんな。

 コイツに運命的な何かを感じて合格まで導いたのは、他の誰でもない俺なんだし。


「瑠璃ちゃんも本当にごめん! あたしなんかのために折角の1000万を……絶対に返すから!」


 この金も返す気ないんやろなぁ……自分より年下の女子高生に金借りて恥ずかしくないのかな……。

 瑠璃も苦笑いで「期待しないで待ってる」と応対するあたり、貸し付けた金が返って来るとは思ってなさそうだ。

 瑠璃としては表向き借金を肩代わりしたということになっているだけで、実際はノーダメージだからそれでも構わないのかもしれないけど。


 いやいや、それでは駄目だ。

 企業勢として活動してもらう以上、一鶴にもヒトとして成長してもらわねば困る。

 とりあえずは、人から借りたモノはキチンと返しましょう、ってところから学ばせていかないとな。


「よし、それじゃあ早速体で稼いでもらうとするか」


「え、代表さん……?」


「代表サイテー、変態」


 何か勘違いをして俺に軽蔑の眼差しを向ける一鶴と瑠璃。


「わたくしの勉強不足なのですが、どうして体で稼ぐという言葉が変態に繋がるのでしょう?」


 ここまでずっと黙ってたのに、変なタイミングで幽名が割り込んでくる。


「ちょっと代表! 姫様に変なこと教えないでよ!」


「俺は何もおかしなことは言ってないぞ! そっちが勘違いしてるだけだろ! 稼いでもらうってのは、配信でって意味だ! お前らVTuberだろ!」


 なんで俺が責められなきゃならんのだ。

 俺がぷりぷりと怒っていると、スタジオの鍵を持った七椿が事務室をから無言で出て行く。小槌の配信の準備をしに行ったのだろう。本当に有能だな、うちの事務員は。

 だけど七椿一人にこいつら全員のマネージャーを担当させるのは流石に酷なので、そろそろ人員を増やしたいと思う。


 特に一鶴のマネージャーは早急になんとかするべきだろう。

 乳幼児よりも目が離せないストームレディを、一文字足して配信業に専念するストリームレディに変えるには、専属のマネージャーに常時監視してもらうしかない。

 一鶴という規格外のアホを御せるほどの人材が簡単に見つかるのかは疑問だが……。

 そう思いながら、俺は手元にある小型の紙を見た。


「あいつの苗字、って言うのか」


 欲しかった一文字が目に入り、俺はまたしても運命的な何かをそこに感じてしまった。

 無理だと思うが打診するだけしてみるか。

 金さえ積めばどんな仕事でもって言ってたしな、意外と引き受けてくれる気がしなくもない。

 別れ際にこっそり名刺だけ貰っておいて正解だったかもな。

 あいつがうちで働くってなったら、一鶴のやつきっと顔を真っ青にして驚くだろう。今から楽しみだ。


「代表さん、なんか悪い事企んでない? ちょっと悪寒が……」


「ダイジョブダイジョブ、何も企んでナイアルヨ」


「その口調マジでやめて、トラウマががが」


 一鶴とあいつの過去に何があったのやら。

 

「じゃあ一鶴には19時くらいから配信してもらうから、今のうちにSNSで告知とか済ませとけよ。それと今日の配信内容に関しては、あとでスタジオで説明されると思うけど七椿の指示通りに行うように。っていってもただの雑談枠だけどな」


「ふぅん、雑談なんかで良いんだ? 分かったわ」


 釈然としない面持ちのまま、一鶴はスタジオに向かって行った。

 配信内容はちょっとした罰ゲームみたいな感じになるが、まあ、一鶴のやったことを考えればアレくらいは許されるだろう。


 ■


 事務所をあとにしたチャイナ服の少女――蘭月は、まだ同ビルの近くで油を売っていた。

 借金の取り立ては無事に完了させたが、もう一件だけ、どうしてもやっておかなければならない仕事が残っていたからだ。


「待ってたヨ、しばらくぶりネ」


 路地裏から出て来た蘭月を見て、標的ターゲットが身を硬くするのが分かった。


「そんな怖い顔をしないで欲しいヨ。今日はちょっと、事のついでに戦友の顔を見に来ただけアル」


「――」


「信用出来ない? 随分と疑り深いんだネ。表の顔はあんなに天真爛漫なのに」


「――」


「カカカっ、そういやそんなことも昔あったっけ。懐かしい限りだネ」


「――」


「……誰も生まれ持った遺伝子ミームからは逃れられないネ、ワタシもオマエも」


「――」


「まあ、考え方は様々かもネ」


 言って、蘭月は背を向けた。


「――」


「あ? 帰るのかって? だから顔見に来ただけ言ったヨ。本来ワタシが出向く必要もない取り立ての仕事を選んでまで、会いにきたんだヨ。もっと喜んで欲しかったネ」


「――」


「嘘じゃないヨ。……まあ、どうせ仕事だろうとオマエと戦うのは御免だけどネ。ワタシじゃ勝てないのは見れば分かるアル」


「――」


「ムカつく謙遜の仕方だネ、日本にかぶれすぎじゃないのかオマエ。そもそもその妙なカタコト喋りはなんだヨ。というかその格好はナンネ、目立ちすぎだヨ」


「――」


「ワタシに言われたくはないって? カカカっ! そりゃそうネ!」


「――」


 普通に冗談を言って、普通に笑い合える。

 昔の自分達では考えられないような変化だ。

 蘭月は、旧友が今は真っ当な生活を送れていることに少しだけ安堵した。

 これで仕事はおしまいだ。


「じゃ、ワタシは忙しいからそろそろ帰るヨ」


「――」


「ウン? 最後に一つだけ聞きたいこと? なんネ、早くするアルヨ」


 今度こそ本当に帰ろうとしたが、呼び止められたので仕方なく応じる。

 早くしろと口では言ったが、ちょっとだけ嬉しく思う自分が居るのを蘭月は悟れないように無表情を装う。

 昔なじみの戦友は、大真面目な顔で蘭月に悩みを打ち明けて来た。


「――」


「なに? コイントス? なんの話ネ、もっと詳しく教えるヨ」


「――――――」


「オマエ、アイツと勝負したのかヨ? くっ、カカカカカっ!!」


「――?」


「これが笑わずにいられるかヨ! 爆笑傑作抱腹絶倒アルネ!」


「――」


「オマエは人を信用しすぎだヨ! ワタシのことは疑うクセにネ! それとも戦場から離れすぎて腑抜けたアルカ?」


「――!?」


「今頃気付くのはマヌケすぎるネ、カカカっ! そうだヨ、それはただのすり替えトリックネ。アイツがよく使う手段だヨ」


「――!!」


「カカカっ!」


「? ――?」


「ん? ああ、ちょっと前に知り合ってネ。今日のメインターゲットはアイツ……いや、なんもしてないヨ。貸してた金を返してもらっただけアル。怖い怖い」


「――!」


「引き留めたのはソッチネ、言われなくても帰るアル」


「――」


「ああ、オマエもネ」


 蘭月は三度金髪の少女に背を向ける。

 振り返りこそしなかったが、たとえ人ごみに紛れようとも、自分が遠くに離れて曲がり角を曲がってしまうまで、ずっと背中に視線が刺さり続けている気配を蘭月は察知していた。

 本当に化け物みたいなヤツだと、そう評せざるを得ない。


「ま、もう会うこともないだろうがネ」


 そう呟いてから、蘭月は気配を消して人の波に溶けて行った。

 残念ながらその予想が外れることを彼女はまだ知らない。


 ■


「夜だけどオハヨウゴジャマース! トレちゃんデース!!」


 ドカーン! とリアル効果音を立てながら事務室に金髪メイド服が乱入してきた。

 我らが事務所の最後の良心、トレちゃんだ。


「お、珍しいな。トレちゃんが事務所に顔出すなんて」


 トレちゃんは住んでる場所の都合上、時間が掛かるので平日なんかは事務所にめったに来られない。

 そもそも必要な時以外は事務所に来る必要さえないのが、新時代の在宅ワーカーたるVTuberの良いところなので問題はないのだが。


「今日は部活が早く終わりマシタ! なのでスタジオで配信していこうかと思ったデース!」


 それでももう19時ちょっと前だ。

 トレちゃんのバイタリティにはほとほと感心するね。

 一鶴のやつに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


「というか惜しかったな。トレちゃんがもうちょと早く来てれば、米中カタコトコスプレ女子首脳会談が実現したのに。トレちゃん、ここに来る途中でイカれたチャイナ服の女に会わなかった?」


「パ、パードゥン? 代表さんのニホンゴはとてもムツカシのコトデスネ! 言ってるイミガワカリマセーン!」


「なんかいつもよりカタコトが酷くない? なんで冷や汗掻いてんの?」


「ソ、ソンナコトないデスヨー! 代表さんの勘違いデース! ア、アハハハ!」


 よく分からんがトレちゃんもまだ日本語に慣れてない部分があるのだろう。

 あまり無理させるのも可哀想だから俺の方が黙っておくか。


「ルリ! ヒメ様! グッモーニン!」


「おっはー」


「ふふっ、今はもう夜ですよ二人とも」


「これはギョーカイ用語と言ってデスネ――」


「ちょっと待った、三人とも。そろそろ一鶴の配信が始まる」


 事務室のメインモニタには、一鶴の配信待機画面が映し出されている。

 配信枠に書かれた文字列を目視して、トレちゃんが目をぱちくりと瞬かせた。


「なんデスか? この配信タイトルは?」


「まあ、色々とあってな。見てれば分かるからちょっと座って待ってな」


 トレちゃんに着席を促す。

 時刻は19時ジャスト。

 配信開始の時間だ。


 ■


【謝罪】あたしは罪人です……【金廻小槌/FMK】



「えー、みんなオハヨー、景気はどう? あたしの財布は……穴開いてんのかな、これ……なんか中身が軽いわね……」


:うわでた

:はじまった

:これが競馬で1億溶かした女ですか

:FMKのやべえやつじゃん

:露骨にテンション低いの笑う

:ねえ今どんな気持ち? お馬さんで1億3800万溶かしたのってどんな気持ち?

:罪人は草

:可哀想だけどクソ笑わせてもらったわ

:デビューから3回目の配信なのにもう扱い酷いのわろける

:もう配信ないかと思ってた

:俺は待ってたよ!


「えーっと、ですね、みなさん色々と聞きたいことはあると思いますが、まずはあたしから大事なお話が有ります」


:なんだ?

:クビか……

:引退配信ってマジ?

:今までありがとう!

:乙


「じ、実はですね……アタシ、借金があったのですが……それを返済せずにあのような大金を競馬に使ってしまいましてですね……」


:は?

:言ってることやば

:草

:草


「その……無一文になってしまったんですけど……借金を返すためにですね……同期の薙切ナキちゃんにお金を借りてですね……」


:ええ……

:ごめん草生える

:デビューから1週間で同期に金を借りる女

:この人ちょっとおかしくない?


「事務所の人にもこってり怒られまして……ナキちゃんにも申し訳なくて……この場を借りて感謝と謝罪を申し上げたく……本当にクズですいませんした!」


:謝れてえらい

:うーん……クズw

:逆に清々しいまであるな!

:流石にネタだよな……?

:もう顔面草まみれや

:また競馬で勝ってナキちゃんにお金返そうな!

:ドンマイ! ギャンブルの負けはギャンブルで取り戻そう!

:リスナーにもクズがいますね……


 ■


 小槌にはこうなったら徹底的にクズキャラで通してもらわないとな。

 そのために用意した雑談枠? だったが、思いのほか色んな意味で盛り上がっているようだった。

 まあ、日本ダービーの時点で小槌のヤバさには大半が気付いてたみたいだしな。

 もう今更だろう。


 そんなこんなで無事に禊も完了して、一鶴関連のごたごたは一旦の終わりを迎えたのだった。

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