憎みきれないろくでなし
一鶴の怯え具合はハッキリ言って異常だ。
いくら借金の取り立て屋だと言っても、相手は同い年くらいのコスプレ女。
ここまで怖がるような相手には見えないのだが。
「ビビり過ぎじゃね?」
「代表さんは蘭月の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのよ!」
涙目になる一鶴は、頭を抱えてガクブルと産まれたてのバンビのように震えだす。
「取り立て屋なんて名乗ったけど、蘭月は裏世界の何でも屋よ……。金さえ積めばどんな仕事でも必ず――それが例え殺しだろうと遂行する闇の住人……」
「そりゃ設定盛りすぎだろ。属性が渋滞起こしてるぞ」
「設定とかじゃないの! コイツは本当にヤバイの!」
そう言われてもにわかには信じがたい。
蘭月は俺の胡乱な視線にやれやれと肩を竦め、どうでもよさそうにソファの背もたれに体重を預けた。
「信じる信じないは勝手にするといいネ。ワタシが興味あるのは、イヅルが金を払えるのかどうかだけヨ」
「ま、待ってよ蘭月! 返す当てはあるのよ! だからちょっとだけ時間を頂戴!」
「もう十分に待ったネ。今すぐに払えないのなら強引に連れて行かせて貰うヨ。だけどまあ、ワタシとイヅルの仲だ、数分くらいは待ってやるネ」
「じゃあ一先ずトイレに――」
「逃がすわけナイアル」
一瞬の出来事だった。
席を立とうとした一鶴が、次の瞬間には蘭月の手によって事務所の床に押さえつけられていた。
恐ろしく早い……なんだ? 早すぎて何が何だか分からない。
何だか分からないが、とにかく蘭月の身体能力の高さだけは分かった。
一鶴の言葉に少しだけ信憑性が伴った気がする。
「全く、油断も隙もないネ。よくこの状況で逃げようと思えるヨ」
「ち、ちがっ……誤解よ! あたしが逃げるような姑息な女に見える!?」
「うるさいから少し黙ってるヨ」
蘭月は、どこからか取り出したダクトテープのようなものを一鶴の口に張り付けた。
ついでに手足もぐるぐるとテープで拘束してしまう。
この間僅か2秒。止める暇もない。驚くべき手さばきだ。
「さて、ワタシだって鬼じゃない。イヅルには最後のチャンスをやるネ」
横倒しになって身動き取れない一鶴の上に腰を掛け、蘭月は静かに俺の方へと視線を向ける。
「この場の誰かがイヅルの借金を肩代わりするというのナラ、イヅルのことは見逃してヤルネ。ちなみにコイツの借金は現在957万ほどアルヨ」
「500万って聞いてたんだが」
「闇の暴利を舐め過ぎネ」
利子が積み重なって雪だるま式に膨れ上がったってわけか。
しかし957万は安くない額だ。というかほぼ1000万はあるアルね。
さっきも言ったように助けてやるのは簡単だが……。
「考える時間は10秒ネ。ワタシも暇じゃないからそれ以上は待たないヨ。はい、いーち、にー……」
「む、むがっ! むー!」
死の宣告に等しいカウントダウンに、口を塞がれている一鶴が無意味にもがく。
一鶴がこういう目に遭ってるのは、全部コイツの自業自得だ。
ハッキリ言って同情の余地もない。
こんな問題児は切り捨ててしまったほうが事務所のためだろう。
そういう思考が脳裏を掠めなかったかと言えば嘘になる。
だけどこんな奴でも、もうFMKの欠かせない仲間の一人なのだ。
むしろこんな、触れるモノみな傷付けるだけの迷惑女、ウチくらいでしか扱いきれないだろう。
やれやれだ。
俺は内心仕方ないなと思いつつも、しかし肩代わりを名乗り出ようとはしなかった。
理由は一つ、俺よりも先に名乗り出たやつが居たからだ。
「その借金、私が代わりに全部払う」
衝立の向こうからの声に、蘭月のカウントダウンが停止する。
コツコツと、ゆっくりと足音を立てながら、声の主が衝立の陰から姿を現した。
「私の1000万を使って、ね」
威風堂々。
無い袖振るって啖呵を切ってみせたのは、俺の妹にしてFMKの一員でもある女子高生。
瑠璃だった。
「オマエみたいな小娘がそんな金を本当に持ってるアルカ?」
疑いの眼差しを向ける蘭月だったが、瑠璃は一切揺るがずに肯定する。
「持ってる。この事務所のオーディションに受かった人間は、全員1000万円を支給されてるから。それはちょっと調べれば分かることだけど?」
「ほぅ、それは豪気な話だネ。この不景気に随分と気前の良い話があったものだヨ」
言って、蘭月は代表である俺を見据えた。
俺は少し考えてから、毅然とした態度で頷いてみせる。
「そうだ、オーディション合格者には1000万を支給している。嘘じゃない」
というか、そこで転がってるアホも本当はその1000万を持っていたんだけどな。もう競馬で全額擦ったけど。
そう付け加えると蘭月は『マジかよコイツ』みたいな視線を一鶴に飛ばした。
どうやらそこまで詳しく調べてから乗り込んできたわけではないらしい。
「てなわけで、その957万は私が払うから、一鶴さんを解放してあげて。代表もそれでいい?」
瑠璃が同意を求めて来た。
本当は、瑠璃は1000万なんて大金は持っていない。
俺が何かと理由を付けて妹にはそんな金は必要ないと判断したからだ。
オーディションを裏口合格してる瑠璃に渡すのもアレだったしな。
そんなお財布の中身が並みの女子高生レベルでしかない瑠璃が、957万もの借金を肩代わりすると宣言したのは、俺に対する瑠璃からのメッセージに他ならない。
助けてあげて、おにい。
と。
……全く、無銭飲食のお嬢様といい、ギャンブルジャンキーの馬鹿といい、金にルーズな女にロクなやつはいねえな。
二人とも未来永劫俺の妹に感謝しとけよ。
「瑠璃の好きにするといい。1000万の使い途は自由なんだからな」
結果的に、オーディション合格者全員にほぼ1000万を支給することになってしまったな。
総額4000万のうちの半分は、たった一人のやらかしで虚空に消え去ることになったのだが。
弛緩する場の空気を肌で感じながら、金の使い方にだけは真摯であろうと、そう俺は心に誓うのであった。
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