ギャンブルジャンキー
「1億円競馬で溶かしちゃった、えへっ」
日本ダービーが終わって金廻小槌が伝説に名を刻んだその翌日。
一週間も音信不通でこちらからの連絡に一切応じなかった一鶴が、ようやく事務所に姿を現した。
「えへってなんだよ、馬鹿だろお前」
「だって勝ってたら30倍になって還ってきてたのよ!? そんなん賭けるでしょ、普通!」
「普通……?」
普通はオークスで1000万を10倍以上にした時点で満足する。
一鶴が金にがめついのは知ってたが、まさか欲に目が眩んで億単位の金を失うほどまでに盲目的だとは思わなかった。
ある意味最もギャンブルをやらせてはいけないタイプの人間とも言える。
それなのに本人が賭け事大好きっぽいのが最悪なのだが。
「はぁ……まあ、億を溶かした件はもういいよ。種銭の1000万は、元々自由に使って良いって合意の下で支給していたわけだしな」
「さっすが代表さん! 話がわっかるぅー!」
イラっと来る返しをしてきやがる。
自由って言っても一瞬で使い切るヤツがあるか。
俺は湯呑のお茶をズズズと啜って気持ちを落ち着けた。
七椿の淹れてくれたお茶が五臓六腑に染みわたるぜ。
「……1000万はこの際どうでも良いが、俺が怒ってるのはそこじゃなくって、お前が一週間も連絡取れなかったことと、オークスが終わって日本ダービーの日になるまで一回たりとも配信しなかったことだ」
企業勢VTuberとして事務所からの連絡に出ないのが駄目なのは言うまでもない。
というか何処の職場に行ってもそんな奴はNGだろう。
そして配信頻度のほうも問題だ。
やむを得ない場合を除き、企業勢として配信は継続的に……少なくとも週に3~5回くらいはして欲しいと予め全員に説明している。
企業勢VTuberになる覚悟をしてオーディションに挑んだのだから、それくらいはやってもらわないと困る。
「あ~、そっちね……それは本当にすいませんでした。結果は出したし、一週間くらいサボってもいいかなって思っちゃって」
「結果ね……」
結果の話をされるとあまり強く言えないのが本音だ。
なにせデビュー配信のオークス実況だけで、金廻小槌は俺の想定を上回るチャンネル登録者数を稼いでいた。
そして昨日の日本ダービー戦。
小槌が1億3800万円を一瞬で失った配信の瞬間最高同接は2万2000人を超えた。
大手の人気VTuberに匹敵する同接だと言えばどれだけ凄いのかが分かるだろう。
そのお陰もあって、金廻小槌chのチャンネル登録者数は現時点で7.7万人にまで膨れ上がっていた。
そして小槌が一躍時の人になった恩恵は、当人だけでなくFMK全体にも多大なる影響を齎している。
小槌のデビュー後……一鶴が音信不通になっている間に、幽名姫依、スターライト☆ステープルちゃん、薙切ナキの3名もしっかりと初配信を済ませていた。
他3人の初配信の内容などには後から触れるとして、問題は小槌の影響だ。
オークス戦で大勝した小槌の配信が話題になり、FMKの他の面子も何か面白いことをやってくれるのではないか? という期待から、3人の初配信は思っていた以上に人が来ていた。
期待していた人には悪いが、他の初配信では特段突飛な事件は起きなかったけど。
せいぜい幽名のリスナーがお嬢様の無軌道な発言に困惑していたくらいか。
その小槌フィーバーも昨日の配信で最高潮に達し、その人気に牽引されるように、他の3人のチャンネル登録者数も小槌ほどではないが大きく伸びていた。
以下が各チャンネルの現在の登録者数だ。
金廻小槌ch. 7.7万人
スターライト☆ステープルちゃんnel 2.1万人
薙切ナキ / Nakiri Naki Channel 1.2万人
幽名姫依 7041人
4人中3人が既に1万人越え。
幽名もこのペースなら直に1万人を突破するだろう。
無名の新興事務所にとってこれほどの成果はない。
俺が配信をサボってた一鶴に強く言えないのはこれがあるからだ。
あんまり強く言いすぎて、一鶴が面倒だからVTuberをやめるとか言い出しても困るし。
でもなぁ……ここでガツンと言わないと、結果を出せば何をしても許されるって風潮になりかねないし……それは事務所の今後のためにもならないだろう。
「……と、とりあえず、罰として今日から1ヶ月くらいは毎日配信してもらおうか」
「えっ、そんなんで許してもらえるの? もっと怒られるかと思ったのに」
もっと怒ろうかと思ってたけど、しっかり日和ってしまった。
「代表の腰抜け」
衝立の向こう側から瑠璃がなんか言ってきたが無視する。
「ただし、毎日配信するにあたって色々と条件を付けさせてもらうからな」
「はーい」
「まず配信は全部事務所のスタジオでやること。交通費くらいはこっちで出してやるから毎日顔出して配信していけ」
「地味に面倒なこと要求してくるわね。ま、音信不通になったあたしが悪いからしゃーなしか」
「それからしばらくは配信でのギャンブルは禁止な」
「えぇ!? そんなぁ!?」
「そこそんなに絶望するところか?」
ギャンブル禁止を言い渡された瞬間に一鶴の顔が真っ青になった。
やべえなコイツ、全然懲りてねえ。
「ギャンブルしないと手が震えてくるのよ」
「ジャンキーかよ」
懲りてないどころか末期のギャンブル依存症だった。
じゃあもしかして、お金が好きなんじゃなくて、お金を賭けるのが好きだったのか……?
その前提でこれまでを振り返ると色々と話が変わって来るのだが、もう面倒なので深く考えないようにしようかな……なんかこの人怖いし……。
とりあえずギャンブル禁止がちゃんと一鶴への罰になるのならまあいいか。
この機会にしっかりと反省してもらうとしよう。
とまあ、一鶴との話し合いはそんな感じで幕を閉じた。
ぶっちゃけると、昨日の配信で小槌が億を擦った時点で、もしかしたらこのまま一鶴は姿を晦まして二度と連絡が付かなくなるんじゃないかと危惧していたので、そうならなくて一安心だ。
出だしから暴風が吹き荒れたが、VTuber事務所としてはこれ以上ないくらいの順風満帆な走り出しだと言える。
このまま小槌が作ってくれたビッグウェーブに乗って、更なる飛躍を遂げていきたいところだ。
「あ、そうだ、代表さん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん?」
そんな風に明るい未来に想いを馳せていると、一鶴が何気ない雑談を振って来るような気軽さでお願いを口にしてきた。
「あたしさぁ、ちょっとエグい額の借金があって」
「え?」
「流石にそろそろ返済しないとヤバいから、少しだけお金を貸して欲しいんだけど」
「は?」
「500万くらい」
「は……はぁああああ!?」
一鶴という名の嵐は、まだ過ぎ去っていなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます