【馬】自己紹介はさておき……1000万の使い途を知りたいよね?【金廻小槌/FMK】#3

「始まったわ!」


 2700人が小槌の配信を見守る中、オークスの出走馬たちが一斉にゲートを飛び出した。

 2400mの距離を、競走馬たちは2分半足らずで走り終える。

 もうあと150秒も経てばイヤでも結果は決まってしまうのだ。

 その時自分は泣いているのか笑っているのか……。

 ゾクゾクと背筋が震える感覚に一鶴は声を漏らしそうになったが、配信中にそれはマズいとなけなしの理性で我慢する。今はレースに集中するべきだろう。


 全18頭の馬たちの先頭を走るのは、3番モローヒソカだ。

 逃げ馬であるモローヒソカは序盤から終盤まで、常に先頭ハナを走り逃げ切ることを至上命題とする。

 だから序盤は前に居れて当たり前だが、後半戦で脚を残している馬たちが一気に追い上げてきてもペースを落とさずに先頭を維持出来るかがカギになっている。

 だがモローヒソカに関してはその心配は皆無だと一鶴は思っている。


「流石の大逃げね」


 モローヒソカは逃げは逃げでも大逃げの脚質を持つ馬だ。

 序盤で圧倒的なリードを稼ぎそのまま他の追随を許さぬペースで最後まで走り切る。それだけのスタミナと闘争心を兼ね備えており、これまで行ってきた全レースで先頭の景色を我が物にしてきた。

 現に今も序盤から2番手以降を大きく引き離すレース展開を見せている。

 いつも通りのレースなら、このまま1着は安泰といったところだろうか。

 となれば問題は2着がどうなるかだ。

 小槌が2着に予想したゴンサンフリクスはというと。


 ■


「あのお馬さん、随分と後ろを走っているようですが大丈夫なのでしょうか」


 幽名が競馬中継に映るゴンサンフリクスを指差して言う。

 ゴンサンフリクスの現在の順位は17位。18頭中のほぼ最下位の位置を走っており、大逃げである先頭のモローヒソカとの差は挽回不可能に見えるほど開いてしまっている。

 だがゴンサンフリクスについてはこれで問題ないのだ。


「調べたけどゴンサンフリクスの脚質は追い込み型らしい」


「追い込み?」


「あー、後半まで体力を残しておいて、最後に他がバテたタイミングで一気に追い抜いていくタイプってこと」


「なるほどですわ」


 本当に理解してるのか分からんが、幽名は納得したように頷いて画面に視線を戻した。

 随分と物珍しそうにしているが、箱入りだし競馬なんかも見るのは初めてなのだろう。

 頼むからお前まで競馬にハマらないでくれよ。


 序盤から中盤にかけて細かい順位の変動はあるだろうが、レースの大局が決まるのは終盤戦。

 差し馬と追い込み馬がラストスパートを掛けてきてからが勝負だ。


 ■


「東京競馬場の最終直線は、全競馬場の中でも2番目に長い525.9m。直線が長ければ長いほど、差しと追い込みはスパートを掛けやすくなる。つまり――」


 全ての馬が最後のコーナーを曲がって、ゴールに続く直線へと脚を踏み入れた。


「――本当の戦いはこっからよ!」


 思わず声に熱が入る。


「来い!」


 意味などないと分かりつつも、大声で声援を送ってしまう。

 いや、意味がないわけがない……。

 1000万という大金を賭けた怨念が届かないはずがない……!

 金の力は無限大なのだから!


「上がって来い! ゴンサンフリクス!!」


 その声に応えるように、後方で機を窺い続けていたゼッケン8番の馬がペースを上げた。


:うおおおおおお!

:きたきたきた!

:来るのか……?

:もう無理じゃね??

:いや、まだ分からんぞこれ


 レースがピークを迎えるのに合わせて、チャットも追いきれないほどの速さでログが流れて行く。

 小槌は最早チャットなど見てもいなかったが、にも関わらず中継を見ている小槌の呟きと、チャットのコメントの内容が重なった。


「メルエム……!」


:メルエムも動いたぞ!


 ゴンサンフリクスが上がって来るのを待っていたかのように、同じく集団後方に控えていた2番人気の10番メルエムが加速し始めた。

 ゴンサンとメルエムの2頭は、次々に他の馬を追い越して行く。

 しかし――


「抜けない……!?」


 爆発的な加速力を見せるメルエム。

 ゴンサンフリクスは必死にそれに喰らいついているが、どうしても前に抜けない。抜かしてくれない。

 このままでは2着の座をメルエムに奪われてしまう。

 いや、2着どころか、


:メルエムが追い付くぞ!

:モローヒソカバテてきてない?

:ヒソカ逃げて!

:ほらやっぱりメルエムじゃん

:終わったな


 もうメルエムはモローヒソカの真後ろにまで付けていた。


 ■


『バカ……! なにちんたら走ってんのよ!』


 とうとう暴言を吐きだした小槌だったが、そう言いたくなるのも無理はないだろう。

 小槌にとっては負ければ大損の大事な一戦。

 鉄板のはずのモローヒソカがここまで追い詰められたとなれば、熱くなってしまうのも仕方がないというものだ。


『いけ! いけ! いけ! 負けるな! 勝て! 全力で走れ!』


「……頑張れ」


 馬鹿みたいに全力で応援する小槌に感化されたのか、気付けば俺も握り拳に力が入ってしまっていた。


 レースは最終局面。

 現在の順位は1位モローヒソカ、2位メルエム、そして3位がゴンサンフリクス。

 小槌の勝利条件は、このままモローヒソカが逃げ切り、尚且つゴンサンフリクスがメルエムを抜くことだ。

 ゴールまで残り150m。この程度の距離なら勝負は一瞬。もう一秒たりとも画面から目を離せない。


 ギリッ、と小槌の配信から歯ぎしりのような音が聞こえた。


「モローヒソカとメルエムが並んだ……!」


 ■


 モローヒソカとメルエム、どちらが上を行っているかは中継の画面越しからでは分からない。

 というか現地にいる人間も、走っている本人たちですらどちらが上なのか分かっていないだろう。

 それほどまでに2頭の走りは競っている。

 だが、どちらが上でも関係ない。

 このままいけば自分は負けなのだから。

 だから一鶴は――金廻小槌は、あらん限りの声で叫んだ。


「いつまでちんたら走ってんのよ! あたしに夢を見させなさいよ! ゴンサンフリクス!」


 声はきっと届かない。

 でももしかしたら、想いは届いたのかもしれない。

 ゴンサンフリクスが更に加速した。


:まだ速くなるのか!?

:すげえ末脚

:おいおい

:熱すぎ

:なんだこのレース!?

:マジかよ、3頭並ぶぞ


 モローヒソカとメルエムの並びに、ゴンサンフリクスが加わった。

 3頭の差はほぼゼロに等しい。

 もう勝負の行方は誰にも分からない。


「いけ……いっけぇえええええええええええええええええええ!!」


 小槌の声に背中を押されるように、先頭を走る3頭がそのまま一つの塊になってゴールラインを通過する。

 結果は……判定待ち。

 実況も解説も競馬場にいる観客も、画面越しに中継を見ている人間たちも、全員が固唾を呑んで勝者の発表を待った。

 果たしてその結末は――






 ■






:うおおおおおおおおおおお!

:きたああああああああ!!

:マジかよすげえ!

:ああああああああ

:億馬券きつああああああああああああ!!!!!

:おおおおおおおおおおお!

:やべえええええええええ

:メシマズ

:おおおおおおお!

:おめでとう! 半分くれ!

:なんか涙出て来た

:すげえレースだった! 感動をありがとう!

:金廻最強! 金廻最強!

:伝説の配信になったな

:億馬券はヤバすぎ

:税金地獄へようこそ

:羨ましすぎるうううううう

:俺も儲けたわ、サンキュー小槌



 ■



『よっしゃあぁああああああああああああ! 大勝利!!!!』


 アホみたいに大声で叫ぶ小槌を見て、俺は緊張の糸が切れたように背もたれに体重を預けて、事務所の天井に向かって息を吐いた。


「やりやがった、コイツ」


 負けたら終わりのギャンブルに、1000万円という大金をBET出来る人間などそうそういない。どころかその1000万を配信で10倍以上に増やしてしまう人間なんて、最早有り得ないという言葉しか出てこない。

 狂気じみた度胸と、類まれなる幸運と、少しでも勝利に近付くための分析力と、そして金。それら全てが合わさって生まれた奇跡だ。

 何かやるヤツだとは思っていたが、一鶴は俺の想像以上の化け物だったのかもしれない。


「すご……」


 流石の瑠璃も口をポカンと開けて配信画面にくぎ付けになっていた。

 幽名はあまり状況を理解してなさそうだ。

 七椿は……いつもの鉄面皮。

 リアクション薄いなぁ、この事務所の人間。


「SNSのトレンドに億馬券と、それから金廻小槌が入っています」


「え、マジ?」


 どんな状況でもクールすぎる七椿は、どうやら小槌の配信が世間にどの程度の影響を及ぼしているのかつぶさに観察していたらしい。

 言われてSNSを見てみると、まだ順位は低いがトレンドの下の方に億馬券と金廻小槌の名前が見えた。


「SNSのフォロワー数と、チャンネル登録者数も急激に伸びています」


 現在、金廻小槌chのチャンネル登録者数は4100人。そして画面を更新している間にどんどんじわじわと数字が伸びてきている。

 このままの勢いならすぐに1万の大台を突破出来るかもしれない。


 小槌は今オークスの感想戦に入っているが、配信の山場を越えたというのに同接までもが増加し始めていた。

 同接5000……5100……見ている間にどんどんと増えていく。

 既に大手事務所の中堅VTuberと大差ない同接を出せている。

 億馬券の破壊力エグいな。


「にしても勿体ないよな、これなら3連複か3連単もいけたんじゃないか?」


 小槌はゴンサンフリクスとメルエムのどちらを2着にするか迷っていたようなことを言っていた。

 つまり、小槌の中ではレース展開は予想外だったとしても、3着までの結果はほとんど予想通りだったのだと言えるだろう。

 そう考えているのは俺だけではなかったようで、勝利を祝うチャットの流れにそんな声もちらほらと混じり始めていた。


:こうなるなら3連単にしとけば良かったね


『んー、チャットでも気にしてる人がいるから言っとこうかな。今回3連単にしなかったのには、あたしなりの理由があるんだけど』


 と、そこで初めて小槌が馬券の選定基準について語り始めた。


『物事には順序って奴があるじゃない? 最初に戦う四天王は一番弱くちゃならないし、たい焼きは頭から食べなくちゃならない』


「なんの話してんだ?」


『だから、まだ前哨戦でしかない・・・・・・・・オークスで3連単なんて賭けたら勿体ないからね。お楽しみは本番まで取っておかないと』


「は?」


:え?

:本番?

:ん?

:おいまさか


 小槌の言葉に誰もが疑問符を浮かべた。

 ?でチャットが埋め尽くされる中、小槌は笑顔で爆弾を投下した。


『それじゃあ今日はこの辺で! 今度は来週の日本ダービーで会おう!』


 そこで配信が終了した。

 一瞬の静寂。

 次いで、


「えぇぇえええええええぇええええええええええええええ!!?」


 俺の大絶叫がFMKの事務所を震わせた。



 ■



 さて、勝負事には引き際と言うものがある。

 勝ち続けるギャンブラーなどいないように、人はある程度の勝ちを拾えた時点で、どこかで自分自身に待ったを掛けて止まらなければ、いつかはどうしようもない破滅に見舞われるものなのである。

 今回皆さんに聞いて頂きたいのは、ブレーキがぶっ壊れていたせいで、折角手に入れた億という金を失った憐れな馬鹿の悲鳴です。

 それではどうぞ。



【来たわよ日本ダービー!】1000万→1億3800万→???【金廻小槌/FMK】




『あびゃああああああああああああああああああ!? あ゙だじの゙い゙ぢお゙ぐがあ゙ぁああああああああああああああああああああ!!?』




 あろうことに1億3800万円を一瞬で溶かしきった小槌の配信は同接2万を超え、FMK所属の金廻小槌は、僅か2回の配信をもって伝説に名を刻んだのであった。

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