【馬】自己紹介はさておき……1000万の使い途を知りたいよね?【金廻小槌/FMK】#2

 競馬とは、簡単に言ってしまえば馬のレースだ。

 観客はどの馬が勝つのか予想を立てて金を賭ける。

 そして見事予想が的中すれば、オッズに応じた金額が上乗せされて払い戻されるという公営のギャンブルだ。

 その賭けをする際に購入するのが馬券であり、これにも色々と種類がある。


 まずは単勝。

 これは分かりやすく1着になる馬を当てるだけの馬券だ。

 最もシンプルで、最も当てやすい馬券と言えるだろう。


 小槌が買うと言った馬単というのは、単勝よりも少しだけ難易度高い馬券になっている。

 単勝は1着を当てるだけだったが、馬単ではそれに加えて2着に入る馬も着順通りに当てなければならない。


 オークスに出走する馬は全部で18頭。

 単勝ならば単純計算で18分の1で勝ちを拾うことが出来るだろうが、対する馬単は306分の1。パーセンテージにすると約0.3%。ソシャゲでSSRを引ける確率どころの話じゃない。

 勿論競馬はレースである以上、強い馬と弱い馬が存在しており、しっかりと情報を精査することが出来れば勝率を可能な限り高くすることは出来るだろう。

 それでもギャンブルはギャンブルだ。どれだけ足掻こうとも、イカサマか八百長でもしないかぎりは価値の眼を100にすることは叶わない。

 そこに1000万円という大金を一点張りするというのは、最早狂気を通り越して馬鹿じゃないかと思うほどだ。


「普通に考えて単勝で賭けるところだろ……アイツマジでどうかしてるぞ」


「でもおかしくない?」


 ドン引きする俺に、瑠璃が唐突に疑問を呈した。


「確かにおかしいな、一鶴の頭は」


「いや、それもあるけどそうじゃなくって」


 地味にFMKを発揮しながら瑠璃が疑問を口にする。


「なんで3連単でも3連複でもなくって、馬単なんだろって言いたかったの」


 3連単と3連複も馬券の種類だ。

 3連単が1着から3着までの馬を着順通りに当てる馬券で、3連複が1着から3着までを順不同に当てる馬券。

 18頭立てのレースで3連単だと確率は約0.02%、3連複でも約0.12%と、賭けの倍率が高い代わりに

馬単よりも更に勝つのが難しくなっている。

 普通に考えれば、大金を賭けのテーブルに乗せる以上勝てる見込みがそこそこある方を選びたくなっただけに思える。なら単勝にしろと言いたいところだが、そこは人間の欲深さが悪さをしたのだろう。多少のリスクを背負ってでも賭けの倍率の高い馬単なら、と思ってしまったに違いない。

 実際俺も「ああ、本当は3連単で勝負したかったけど、冷静に考えて勝てないだろうから馬単にしたんだろうな」程度の感想を抱いていた。


「3連単3連複で勝負しない程度の理性はあったけど、単勝じゃなくて馬単にする程度に欲深かったってだけじゃないのか?」


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないんじゃないかなぁ」


「どういう意味だ?」


「さあね」


 言って瑠璃は事務所の壁掛けカレンダーに意味深な視線を向けてから、幽名の爪の手入れの方が大事だと思ったらしくそっちの方に意識を戻していった。

 そういう思わせぶりな態度取るのやめない? ゲームとか漫画とかにたまに匂わせ全開のセリフばかり吐くキャラが出てくるけど、そういう手合いが出てくるたびに、いいからさっさと知ってること全部喋れよ……って思っちゃうし。

 

:悪い事言わないから単勝にしとけ

:馬単とか日和ってないで3連単でいこうぜ


 チャット欄を見ると馬券について突っ込んでいるコメントがかなりあったが、小槌はその手のコメントに対しては今の所触れる気配がない。

 他のコメントに対してはそれなりに反応したりしてるのに、まるであえて触れないようにしてるかのようにさえ見えてきてしまう。

 瑠璃が変なこといって惑わせてきたせいでそう感じるだけなのだろう。

 俺はそう割り切って気にしないことにした。


「で、小槌はどの馬に賭けるつもりなんだ?」


『まずは1着の予想だけど、これは1番人気の3番モローヒソカで決まりね』


 俺の疑問に答えるかのように、タイミングよく小槌が予想を発表していく。


『モローヒソカは圧倒的な逃げ脚を持つ今回のレースの鉄板よ。騎手も連勝続きの高橋騎手で、枠番も内枠でかなり有利。調教内容も良いし、1着はほぼ間違いないとあたしは思ってる』


 すらすらと澱みなく理由を述べる小槌だが、競馬をあまり見ない俺には言ってることが正しいのか間違ってるのかすら判断が付かない。

 ただコメントを見る限りでは、小槌の言っていることは然程的外れと言うわけでもないらしかった。

 問題は2着をどの馬にするかだ。


:オッズを見る限り2番人気のメルエムが強そうだけど

:まあメルエムだな、俺はこいつ軸に考えてる

:今の東京競馬場なら逃げより差し馬の方が強くない? ヒソカが勝てるとは思えない

:データを見る限りメルエム以外有り得ないと思う


 リスナーの中ではメルエムとかいう馬がヒソカについで人気のようだった。むしろ一部ではヒソカより強いとの声すら見える。

 オッズを確認すると、モローヒソカが2.2、メルエム2.6と割と近い倍率になっている。3番人気の馬で4.1になっていることを考えると、馬単で買うならこの2頭が順当なのではと思えてくる。


 ただオッズはあくまでもオッズだ。

 全てが数字通りに運ぶのなら賭け事は成立しない。

 数字を超えた波乱が起きえるからこそ熱くなれし、賭けが成り立つ。


 特に競馬は生きている馬が走るギャンブルだ。

 いくら普段早い走りを見せる馬だろうと、その日のコンディションや、割り振られた枠番、騎乗する騎手、バ場の状態、様々な要因によって順位などいくらでも変動しえる。 

 故に、データだけを見て機械的に賭けていては、勝てない勝負というものは必ずあるだろう。

 

『あたしが2着に予想するのは、5番人気の8番ゴンサンフリクスよ』


 目に見える数字の先を見通すように、小槌が自身の予想を口にした。

 ゴンサンフリクスのオッズは7.4。

 5番人気ということもあってオッズはそれなりに高くなっている。

 その予想を受けて、チャットが賑やかさを増していく。


:難しいところにきたな

:ゴンサンじゃ無理じゃないか?

:俺も同じ予想だ

:外差し強いし普通にワンチャンあると思うけど


 どっちとも付かない微妙な意見の割れ方をするチャットが流れる。

 小槌は数秒ほど流れて行くチャット欄に視線を向けてから、うんうんと頷くような声を出した。


『あたしも2着は順当にメルエムにするか迷ったけど、やっぱり今回はゴンサンフリクス一択だと思ってるわ。材料はいくつかあるけど、まず潘騎手の存在がデカいわね。最近は不調だけど東京競馬場での駆け引きでこの人の右に出る者はいないと思ってるわ』


:インタビューでもそうとう強気だったしな


『そうそう、インタビューでの自信は凄かった。圧倒的な自信が画面越しに伝わって来るくらいね。それにゴンサンフリクス自身のコンディションも良いはずよ、輸送もないしね。前レースで見せた不調な中での圧倒的な追い込み力に更に磨きがかかって来ると思ったほうがいい。モローヒソカ、ゴンサンフリクス、この2頭の接戦になると思う。3着はメルエムとバラシヤジョネスのどっちかで縺れるんじゃないかしら』


 自分なりの買いの材料を揃えた小槌の言葉に、リスナーの中でも何人かが同意を示す。

 だが相変わらずメルエムが不動の2番人気を押さえているようで、チャットは既に小槌の敗色濃厚な気配が漂い始めていた。


『はい、もう買っちゃった。3-8で買っちゃったからね。もう後戻りは出来ないよ』


 そんな流れも知ったこっちゃないとばかりに、小槌が馬券をネット購入したスクショを配信画面に張り付けた。

 マジで買いやがった。

 1000万円をつぎ込んだ馬券に、リスナーたちもここ一番の盛り上がりをみせてくる。

 現在の同接は2700を行ったり来たりしている。悪くはない数字だが……この辺りがピークだという感じもある。

 予想が当たっても外れても美味しくはあるだろうが、それで伸びても3000に届くか届かないかといったところか。

 まあ、俺が個人VTuberをやってた時に比べたら羨ましいくらいの伸びだから何も言えないけど。


『さあて、そろそろレースが始まるわよ!』


「メインモニターにオークスの中継を流します」


 テンション高めの小槌の声を合図に、有能マネージャーの七椿が事務所の壁掛けモニターに競馬中継を映してくれた。


「ちなみに馬単3-8のオッズは13.8です。1000万円の賭け金でこれに当たれば」


「……1億3800万円か」


 当てれば億、負ければゼロ。


『金は天下の廻りモノ! 今日ここで勝利して、一気にあたしも億万長者よ!』


 金廻小槌、一世一代の大博打となるレースが始まった。

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