表か裏か
というわけで、FMK1期生のために用意した器を見ていこうと思う。
まず一人目。
黒髪、ロングヘア、セーラー服。
三種の神器を備えた、ザ・王道メインヒロインって感じの器。
ほんわかした雰囲気のかわいらしい女の子ですね、これはポイントが高いですよ。
変に凝ったデザインではなく、個人的にはこういうシンプルなキャラデザが一番好みだったりする。引き算の美学とでも言うべきか……まあ、情報密度の濃いキャラデザが嫌いってわけでもないのだが。
二人目。
金髪、ツーサイドアップ、アイドルみたいなキラキラした衣装。
大人しい感じだった一人目の黒髪ちゃんに対して、派手で煌びやかでキラキラとしたデザインの器だ。
瞳に星☆が入っており、他にも星型のアクセや、衣装にも星が散りばめられている。
トップスター級のアイドルというイメージを込めて発注したが、イラストレーターさんは本当に良い仕事をしてくれた。完璧だよ。
三人目。
真っ白な髪の少女……オマケに瞳の色は赤。
なんというか、まるで幽名を二次元に落とし込んだような見た目の器だ。
幽名とは初対面になるトレちゃんと一鶴が、タブレットと幽名を交互に見比べて眉を顰める程度には似ている。
俺も初めて幽名を見た時は『ちょっと似てるかも』と心の片隅で思ったりしなくもなかったが、実際に見比べてみるとやはり似ている。
服装はドレス風の白いワンピースだ。
そして四人目。
他の器よりちょっぴり幼い見た目の、水色っぽい青い髪をした少女だ。瞳の色は紫。
しかもネコミミと尻尾が標準装備ときたもんだ。ねこさんですねえ!
全体的にあざとい空気感をひしひしと感じるキャラデザとなっている。
発注したのは俺だが、絵師さんが想像以上に性癖を込めてデザインしたような力強さが伝わってくる。
服装は薄手のパーカーのようなものを着ており、下はスカートだ。
「――とまあ、この中から誰がどの器に入るかを決めるわけだが」
「ちょっといいかしら」
一鶴が挙手して俺の言葉を遮ってきた。
「なんだ?」
「デビューしたらどの器を使いたいかの希望って、応募段階でエントリーシートに書いてたと思うんだけど、あれは考慮されないの?」
書類選考に使ったエントリーシートだが、その項目の中に一鶴が今言った希望する器を選ぶ項目は確かにある。
「そこについても今から説明する。まず一鶴が言ったように、誰がどの器を使いたいかという希望は、エントリーシートを通じてこちらは全て把握している。運営としては、なるべくタレントの希望に沿った器を使わせてやりたいとも思っている」
ただし、と俺は注釈を加える。
「希望者が二人いる器がある。こればかりはどうしようもないので、申し訳ないがどちらか一人には希望とは別の器を使ってもらうことになる」
「ああ、そういうこと。つまり実質、その二人のための話し合いの場ってわけ」
一鶴が納得したように頷いた。
「で、その二人って誰と誰なの?」
「一鶴とトレちゃん」
「ワォ」
「ふーん、なるほど」
トレちゃんが目を丸くして驚き、一鶴が顎に手を添えて何故かニヤリと口端を歪めた。
「一鶴とトレちゃんは二人とも、この黒髪ロングの器を希望となってたな。一応聞くけど希望に変更はないか? 相手に譲るとかの申し出でもいいぞ」
「あたしは譲るつもりはないけど、そっちは?」
「ミギに同じデス! 黒髪ロングのヤマトナデシコがアコガレなんデス! コレダケは譲れまセーン!」
「そうこなくっちゃ面白くないわね」
一鶴が不敵に笑う。
出来れば穏便に話し合いで解決して頂きたいのですけれど大丈夫ですかね。
「ちなみにだけど、瑠璃ちゃんと姫衣ちゃんは――」
「どうぞ姫様とお呼びください」
「――瑠璃ちゃんと姫様は、希望が被ってないのよね。二人はどの器を選んだの?」
「私は青髪のネコミミ娘」
「へー、瑠璃ちゃんって声可愛いし良いチョイスね」
そうかぁ?
瑠璃があんなあざといガワを被って喋るのなんて、兄の俺としては想像も付かないしちょっとサブイボなんすけどぉ? とは思っても口が裂けても言えない。
でも瑠璃は確かに猫被りなところがあるし、適役と言えば適役か。化けの皮にならなきゃいいけど。
で、幽名の器なのだが。
「わたくしは、こちらのわたくしそっくりな器を希望していましたわ」
令和と書かれた額縁を掲げる官房長官のように、幽名が顔の横に白い少女の2Dモデルが表示されたタブレットを持って来る。
こうやって並べて見比べると本当に似ているな。
「えぇー、それ選ぶんだ。姫様って変身願望とかないの?」
一鶴の言いたい事も分かる。
本来の自分とは違う自分になれるのも、VTuberの売りの一つでもあるわけだしな。
リアルと瓜二つのアバターに入るのってどうなのって思う感覚は正常だ。
だが幽名にそんな常識的な感覚は通用しない。
「わたくしはわたくしで完成されているので、特には」
「そ、そう、本人がいいならあたしも口出ししないけど。あたしの希望と競合してるわけでもないし」
当たり前のように自身を完成されてると口走る幽名に、一鶴が引き気味に会話を打ち切った。
幽名はほんとにブレねえな。
「そういうわけで、残った器は黒髪ロングと金髪スターアイドルの二人だ。どっちも譲る気がないならジャンケンとかで決めることになるが」
「ワタシはそれデモ構いまセンヨ! ジャンケンにはジシンがありマス! ホンダにも勝ったコトがありマスからネ!」
どのホンダかは知らないが、あの本田だとしたらトレちゃんは普通にラッキーガールだな。
俺も何度か戦ったけど、なんで負けたのか次の日までに考えさせられてばかりだったのに。
ちなみに何故負けたのかは未だに分かっていない。運しかねえだろ。
「うーん、ジャンケンか」
ジャンケンに乗り気なトレちゃんに対し、一鶴は苦々しい顔をしている。
「あたし、ジャンケンが超弱いのよね。これってフェアな戦いとは言えないんじゃない?」
ジャンケンにフェアとかアンフェアとかある?
まあ、あるかも知れないし、当事者が納得出来ないのなら別の決め方を模索するしかない。
「くじ引きとかはどうだ?」
「それでも良いけど、くじを作る手間が面倒よね。あっ、そうだ、これとかどう?」
おもむろに一鶴がポケットからコインを取り出した。
「コイントス、裏か表かを当てるだけの簡単なギャンブルだけど」
「なるほど、団員同士のマジギレはご法度だからな」
「そうそう、もめたらコインでってのは常識よね」
勝手に関係ない話で盛り上がる俺と一鶴。
ハンターハンター読者の悪い所が出た瞬間である。
そんな空気に負けじと、トレちゃんが「ハイ!」と元気よく手を挙げた。
「ワタシはドータイシリョクも強いデスけど、コッチの方がアンフェアじゃないデスか?」
「そうなの? でも回転落下するコインの表裏を見分けるほどの動体視力なんて普通はないし、大丈夫でしょ」
自分からフェアな戦いがどうとか言い出したわりに、やけにあっさりと一鶴は動体視力の件をスルーした。
実際、一鶴の言うように投げたコインの表裏なんて普通は分からないと俺も思うけど。
「こっちが表でこっちが裏だからね」
「了解デース!」
「いくわよ」
慣れた手付きで一鶴がコインを親指で弾く。
垂直に打ち上げられたコインが、綺麗にくるくると回りながら重力に従って落ちてくる。
ちゃっかりと回転の方向は横回転。これならコインを正面から見ている二人には、いくら動体視力があろうとも表裏の判別は困難なはず。問題ないと言いつつも対策を怠らない所に一鶴のしたたかさが垣間見えた気がする。
その一鶴が、落ちてきたコインを右手でキャッチして、それを自身の左腕の上に叩き付けた。
「さ、どっちでしょうか。トレちゃんが選んで良いわよ」
「オモテ、デス」
トレちゃんが即答した。
悩むだけ時間の無駄だろうしな。これは完全に運の領域だ。
さあ、結果はいかに。
一鶴が右手をどけた。
「……裏ね」
「ホワッツ!?」
コインは裏だった。
余程の自信があったのか、トレちゃんがいかにもステレオタイプな外国人っぽい盛大なリアクションで驚いている。
「ソ、ソンナはずは……ンンン??????」
「残念だけどあたしの勝ちよ。黒髪ロングっ子は貰ったわ」
「ウ、ウーム、仕方ないデスネ、潔くマケを認めマース」
トレちゃんは「確かにオモテが見えたノニ……」とまるで本当に見えていたかのようなことをブツブツと言っていたが、残念ながら順当に運の勝負で負けたのだろう。
そんなわけで誰がどの器を使うのかが決まったのだった。
一鶴が黒髪ロング。
幽名が自分とそっくりな白髪の少女。
トレちゃんが金髪のアイドル。
そして瑠璃が青髪猫娘だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます