初顔合わせ(3)
「さて、これで全員揃ったわけだが」
会議室に集まった面々を一人一人見やっていく。
瑠璃、幽名、トレちゃん、一鶴。
そして事務員の七椿と、代表の俺。
計6名が正真正銘、現在のFMKの総戦力である。
いよいよここから本格的な活動が幕を開けるんだなと思うと、胸の内からこみ上げてくるものがなくもないのだが、いかんせんまだスタート未満だという感も大いにある。
何しろ色々と決めておかなくてはならない事や、やらなくてはならないタスクがそこそこ湧いて来ているからだ。
今日の集まりは単なる顔合わせをしたかったわけではなく、どちらかと言うと彼女たちにしか出来ないタスクをこなしておいて欲しかったからに他ならない。
「話を始めようと思うんだが、その前に一鶴」
「ん? なにかしら」
「お前、格好はそのままでいいのか?」
「え、ああ、忘れてたわ」
会議室に姿を現した一鶴だが、キャスケット帽を目深にかぶり、サングラスとマスク着用というまるでお忍びで旅行して週刊誌にすっぱ抜かれる芸能人のお手本みたいな姿をしていた。
俺が勝手に全員分の自己紹介を済ませるという奇行に出たせいで、脱ぐのを忘れていたのだろう。一鶴は思い出したように帽子とサングラスとマスクを同時に剝ぎ取って素顔を晒す。
赤みがかった長髪が帽子の中からばさりと広がって、白髪と金髪のお陰で既に華やかだった会議室に新たな彩りが加わった。
目鼻の形の整った凛々しい系の顔立ちをしており、身長は女性にしては高い174cm。分かりやすくモデル体型で、立ち居振る舞いもやたらと堂々としている。典型的な、嫌でも人目を惹いてしまうタイプの人間だ。
そして一鶴の見た目は、自己PR動画に使用していた3Dモデルに瓜二つだった。
あの3Dモデルは自前で用意したようなことを動画の中で言っていたので、面接の時にそこらへんを聞いてみたが、どうやら意図的に似せて作るように依頼したのだそうだ。
そのお陰で初めて会った時は少々驚かされたが、そこももしかしたら計算のうちだったのかもしれないな。
面接と言えば、一鶴は面接の時も顔を隠して現れたので、最初は本当に芸能人か、或いは何か顔を出すことが売りの仕事をしている人間なのかもと疑った。
だが一鶴が顔を隠している理由は、ただ単に「知り合いに会いたくないから」というだけのことだったので、俺もそれ以上は深く追求はしなかった。
まあ、外で知り合いに会いたくないってのはちょっと分かる感覚だし。オフの時に声とか掛けられたくないってのも激しく同意だ。分かりみ~。
「丸葉一鶴です。好きなものはお金、嫌いなものはしつこい男。座右の銘は金は天下の廻りもの。あたしにお金を貸してくれれば、倍にして返しますので、興味のある人は後で連絡ください。以上」
「貸した金が絶対に返ってこない類の怪しい発言を自己紹介に入れるな」
「でも投資ってそういうものだし」
口ごたえをする一鶴は全く悪びれた様子が無い。
コイツが金に意地汚いのは、自己PR動画、通話面談、面接を通して分かっていることだ。
これはこれで面白い個性との言えるが、金銭トラブルを事務所内で引き起こされるのは危険すぎる。
とりあえずライバー間での金銭の貸し借りは、やむを得ない場合を除き禁止だと、後で全員に言い含めておこう。
その後、一鶴と他のメンバーが再度自己紹介をし始めた
それが終わるのを待ってから、俺は代表らしく幕開けを飾るに相応しい感じの言葉を上の口から捻りだす。
「さて、まずは改めておめでとうと言わせてくれ。FMK初となるVTuberオーディションは、4000人という当初の予想を遥かに上回る応募者が集まった。その厳しい戦いを見事に勝ち上がり、たった4つしかない合格枠を手にすることが出来たのは、ひとえに君たちの実力と才能の賜物だ。そして――」
「代表、その話長い?」
瑠璃が話をぶった切ってきた。
コイツ……。
「お前ちょっとくらい我慢出来ないの?」
「だって早く本題に入って欲しいし」
「俺だってちょっとは代表らしい挨拶とかしたいじゃん」
「似合わないから止めた方が良いよ」
などと口論を始める俺と瑠璃。
そんな俺達を見て、一鶴が不思議そうな声をあげた。
「なんか代表さんと瑠璃ちゃんって随分と仲が良さそうだけど、元々知り合いか何かなの?」
「「赤の他人です」」
「そうとは思えないくらいシンクロしてるけど……」
「わたくしは皆さまとは初対面ですわ」
「それは聞いてないけど」
一鶴、君のような勘の良いガキは嫌いだよ。
というか、いくらなんでも瑠璃との距離感が近すぎたか。
俺も幽名に言える立場じゃないな、これからは気を付けよう。
「瑠璃さん、今回は注意で済ませますが、次からは人の話は遮らないようにお願いします。自分はこれでも事務所の代表ですので」
「すいませんでした、以後気を付けます」
「なんかとって付けたように余所余所しくなった……まあ、なんでもいいか」
なんとか誤魔化せたようだ。
やれやれだぜ。
「あー、なんだったっけか……色々とそれっぽい事を言おうと思ってたんだが飛んじまった。まあ、なんだ、うちはまだ新興事務所で拙い部分もあるが、悪い所は随時改善しながらやっていくので、不満や意見があったら気兼ねなく俺か七椿に言ってくれ。これからよろしくお願いします」
よろしくお願いします、と声が返ってくる。
一先ず挨拶はこんなもんだろう。
「それじゃあ七椿」
「はい」
七椿が律義に立ち上がってから頭を下げる。
「事務員の七椿沙羅です。代表はああ言いましたが、事務所への不平不満に関しては上に直接言う前に、まずは私を通してください。今は人がいないので私がここにいる全員のマネージャーを担当させて頂きますが、後に人員が潤沢になって他の人間がマネージャーになった場合は、その人に意見を言うようにお願いします。決して順番を蔑ろにしないように気を付けてください」
七椿の眼鏡がギラリと光った。
有無を言わせぬ迫力に俺も含めた全員が黙って首を縦に振る。
それで満足したのか、七椿の眼鏡の光がギラリからキラリに変わった。
「堅苦しい話はここまでにしておきましょう。今日はVTuberとして活動するにあたり、皆様に決めておいていただかねばならない事案があったので集まって頂きました」
流れるように本題に入った七椿が、全員に資料データの入ったタブレットを配布する。
「まずは画像データの『器』という名前のフォルダを開いてください」
「ウツワ!」
トレちゃんが真っ先に嬉しそうな声を出した。
「VTuberの見た目のコトデスよネ!」
「それじゃあ今から決めるのって」
一鶴の言葉に俺は頷いた。
「ああ、誰がどの器を使うのか選んでもらう。それとVTuberとしての名前も考えてもらうし、SNS用のアカウントを作って、ハッシュタグとかも今日中に全部考えてもらうからな」
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