初顔合わせ(2)
「オハヨウゴジャマース! ハジメマシテ! メリーアン・トレイン・ト・トレインと申しマス! マダマダ日本語がフナレでご迷惑オカケスルト思いマスが、以後お見知りオキをデース!」
ドカーン、と効果音が付きそうな勢いで会議室に飛び込んできた金髪碧眼メイド服着用の海外産サブカルガールは、不慣れなんて言葉が謙遜にしか聞こえないほどの達者な日本語で、元気100倍な挨拶をしてきた。
ま、眩しい。根が陰な人間にとってトレちゃんの明るさは健康に悪い。
しかし代表たる俺が所属タレントの迫力に気圧されて黙っているわけにもいかないので、威厳が損なわれる前にちゃんと挨拶を返しておくことにした。
「おはよう、トレちゃん。面接の時以来だな」
「オー! 代表さん! お久しぶりネ! ソノ節はアリガトウゴザマシタ! ゴーカクするとは思ってナカッタから、ゴーカクの通知キタ時はとっても嬉しカッタヨ!」
日本語だけでなく謙遜まで上手なトレちゃんだが、面接での印象は全応募者中ダントツのトップだった。
明朗快活で人当たりが良く、強力で分かりやすい個性と武器を持った即戦力の外国人助っ人だ。
俺としては4番バッターでエースピッチャーくらいの活躍を期待して採用している。トレちゃん、お前はFMKの大谷になるんだ。
ちなみにPR動画ではメイド服を着ており、なんなら今日もメイド服で現れたトレちゃんだが、面接の時もさも当然のように白と黒を基調としたメイドスタイルで登場したので度肝を抜かれた。確かに面接はご自由な服装でとは言ったけど。
本人曰く、「メイド服はジャパニーズスピリッツ溢れる日本のデントーテキな民族イショーネ! コレ以上に面接に適したイショーは持ってナイヨ!」とのことだが、メイド服には日ノ本魂もなければ伝統的と言われるほど歴史が深くもないし、オマケに面接にも適していない。
現代の日本にまだ侍と忍者がいると信じてそうなくらいに日本について間違った知識を持っているトレちゃんだが、本人の心根が眩いくらいに天使なのでもう全部許せる感じになっているのがすごいと思いました。作文!?
「ムムム! もしやコッチのお二人は、ワタシと同じゴーカク者の人デスか!?」
と、トレちゃんが瑠璃と幽名の方へと視線を向けた。
瑠璃が慌てて立ち上がり、遅れて幽名がゆったり優雅な仕草で腰を上げた。
「初めまして、私瑠璃。苗字で呼ばれるの嫌いだから名前だけ教える。どうせ本名で呼び合う関係じゃなくなるだろうし」
ぶっきらぼうに自己紹介する瑠璃にトレちゃんが一瞬で距離を詰めて、自分の両手で瑠璃の両手をぎゅっと握り締めた。
「ルリ! デスネ! ワタシもフルネームが長くて覚えヅライので、トレちゃんって呼んでくだサイ! 末永くヨロシクデス!」
両手で握手をしたトレちゃんが、瑠璃の腕ごと自分の手をぶんぶんと上下に振る。
「ちょ、ちょ……距離感ー!」
俺と同じく根が陰寄りでクールぶってる瑠璃は、陽オーラ全開のトレちゃんにパーソナルスペースを易々と侵略されてたじたじになっていた。
「ふふ、ワンちゃんのように元気な方ですわね」
悪気無さそうに初対面の人間を動物に例えた幽名が、スカートの端を摘まんでぺこりとお辞儀する。
「わたくしは幽名姫衣ですわ。どうぞ気兼ねなく姫様とお呼びください」
「ヒメ様!? 何やらヤンゴトなき身分の気配が漂ってマス!」
「やはり分かる人には分かってしまうのですね」
住所不定で居候している身分の人間が何か言ってますね……。
面倒だし、幽名が事務所住まいなのを知られるのはマズいのでツッコミは入れないが。
「よろしくお願い致します、トレちゃん様」
「ヨロシクデス、ヒメ様ー!」
これで一応トレちゃんとの挨拶は問題なく終わったか。
そう油断していると幽名が不穏な動きを見せ始めた。
「ちなみにわたくしとトレちゃん様は初対面ですわね」
「ほぇ? そうデスよ?」
謎の確認作業にトレちゃんが首を傾げる。
「わたくし、瑠璃様とも初対面ですの」
「そうなんデスネ? ゴーカク者が集マルのはこれが初めてダカラ、トーゼンだと思いマスケド」
「ええ、はい、そうなんです。わたくしと瑠璃様は誰が何と言おうと初対面です。全然合格前からの見知った間柄などではありませんし、絶対に100%天地神明に誓って初対面ですので誤解なきようお願い致しますわ」
やめろ、初対面を強調しすぎて逆に不自然になってるだろ。
余計な事を言わないで黙ってれば良いのになんで自分から墓穴を掘りに行くんだよ。
「代表様とも初対面ですわ」
「えェ? そうなんデスか?」
馬鹿! 面接したのは俺だから俺と初対面はおかしいだろ!
確かにここにいる全員と初対面とか言ったけど全員の中に俺を含むなよ!
見ろよトレちゃんも困惑しちゃってるじゃねえか!
「ははは……そ、そうだ。幽名の面接をしたのは七椿だったんだよな。だから俺と幽名が会うのは今日が初めてなんだ」
話の整合性を保つために助け舟を出す。
「何をおしゃっていますの? わたくしの面接を担当したのは代表様ではないですか」
矛盾RTAやめろ。
トレちゃんの吹き出しが「??????」で埋まってるし、あーもう滅茶苦茶だよ。
「に、日本語って難しいよね。ちょっとしたことで会話が食い違っちゃうし」
「オー、ナルホド! 日本語は確かにナンカイで奥が深いデスからネ! 会話のイミがフメイになってましたが納得デース!」
瑠璃のナイスなフォローによって、その場はトレちゃんを誤魔化すことに成功した。
やっぱり天然で天然な幽名に、口裏を合わせて嘘を吐くなんて高度な腹芸は土台無理な話だったか……。
このまま幽名に自由に喋らせておくのは危険極まりないな。ここは俺が代表としてなんとかせねばなるまいて。
そう決意したところで、またも七椿からのメッセージがスマホをバイブさせた。
『丸葉さんもお見えになりました。会議室までお連れします』
最後の一人が到着したか。
とにかく幽名に喋らせておくと心臓がいくつあっても足りないので、ここは俺が先手を打っておこう。
「失礼します、遅くなってすいません。丸葉一鶴、現着しました」
軽い謝罪と共にFMK1期生の最後の一人である丸葉一鶴が、七椿と共に姿を現した。
俺は即座に立ち上がって一鶴を歓待する。
「やあ一鶴、面接ぶりだな! みんな、彼女は丸葉一鶴。みんなと同じFMKでVTuberとして活動することになった仲間だから仲良くしてやってくれ! そこの金髪碧眼はトレちゃん、白い髪は姫様、そいつは瑠璃で俺は代表だ! みんな初対面同士だけど俺とは面接で会ってるはずだから俺とは初対面じゃないからな! そこんとこに誰かの発言と矛盾が生まれたとしても、それは日本語が生み出した奇跡と神秘のすれ違い的な様式美だから気にしないでくれ! オーケー!?」
「な、なんなのこの人」
一気に捲し立てた俺に、一鶴がヤバイ人を見る目を向けてくる。
秘密を守るためなら、安いもんだ……俺の風評くらい。
そんな感じで、FMK1期生が事務所の中に勢揃いしたのだった。
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