無限大∞グロウレディ
丸葉一鶴、21歳。大学三年生。
配信者としての主だった活動歴はなし。
志望動機は1000万が欲しいから。
それとVTuberは稼げると聞いたから。
「これまた気持ちいいくらい自分の欲望にストレートなのが来たな」
最後の応募者である丸葉一鶴のエントリーシートには、欲望だだもれなのを隠そうともしない真っ直ぐすぎる言葉の数々が書き連ねてある。
自分に正直なのは美徳とも言えるが、しかしこれが曲がりなりにも企業のオーディションであることを考えれば、もう少しまともで良識あり、熱意とやる気を感じさせる内容を書くべきだったのではないだろうか。このエントリーシートは履歴書みたいなものなわけだし。
俺が思った感想はそのまま瑠璃と七椿も感じたようで、二人とも微妙そうな顔をしていた。いや、七椿は無表情だったけど、雰囲気的にな?
「アピールポイントが『でっかく張って、でっかく儲けます!』って……なんのアピールにもなってないじゃん」
一鶴の適当過ぎるアピールに瑠璃が苦言を吐く。
「これは動画を見るまでもないかと思いますが」
七椿に至っては、一鶴はもう失格扱いになっているほどだ。
「まあ、落ち着けよ。どうせ最後なんだから自己PR動画も見てやろうぜ」
「代表がそうおっしゃるのでしたら」
早々に見切りを付けようとする七椿を宥め、一応動画の方も見ることにした。
もし一鶴の応募がラスト付近ではなく、応募が最も殺到していた序盤中盤のエントリーだったら、俺も書類選考の時点でコイツを落としていたかもしれない。
まさかそこまで見越してギリギリの投稿だったりするのだろうか。
いや……それは考えすぎだな。
そこまでして見て欲しいのなら、そもそも記入欄全てを審査員の印象が良くなるように練って書くべきだし、そこをおざなりにして『最後だから見てもらえるだろう』なんて希望的観測に縋るのは博打がすぎる。そもそも応募された順番通りに選考していく保証なんてどこにもないわけだし。
余程の自信があって、PR動画さえ見てもらえればなんとかなると思ってない限り、こんなやり方でオーディションに挑もうとは思わないはずだ。
また無駄な思考に脱線しかけてしまった。
「じゃあ再生するぞ」
全員で視聴できるよう、事務室の壁に掛けられた大きめのモニターで一鶴のPR動画を再生した。
■
まず画面に映ったのは、真っ白な空間と、そこに佇む一人の少女だった。
少女と言ってもパっと見でそれが普通の人間ではないことが分かった。
まるでアニメの世界から飛び出してきたかのようなデザインと質感を持ったそれは、紛れもなくアニメキャラ風の3Dモデルだったからだ。
赤い髪に赤い瞳をした3Dモデルの美少女アバターは、画面のこちら側に向かって深々とお辞儀をする。
『丸葉一鶴です、よろしくお願いします』
地声……っぽくはない。
アニメ声優に寄せた声の作り方をしており、しかし素人特有のぎこちなさは感じられず違和感なく聞こえやすいトーンで喋れている。
それにしても3Dのアバターを利用しての動画か。
VTuberの器には2Dモデルと3Dモデルの2パターンがあり、現在VTuber界隈で最も多く使われているのは2Dモデルの方となっている。
3Dモデルの方が圧倒的に表現の自由度は増すが、2Dの方はコスパも良く使いやすさの面でも優っており、そもそもVの配信のほとんどがゲーム配信とかに偏っているせいで「ゲームやるだけなら2Dで良くね?」という風潮に寄っていた側面から、2D勢が今のVTuberの大半を占めていったと俺は考えている。
実際FMKが今回用意した器も2Dだけだしな。
3Dモデルは色んな意味で敷居が高いのだ。
特に個人勢はお財布的な問題で手が出しづらく、そういう面でも2Dモデルが重用されている。
3Dはモデル作成費とかトラッキングの機材とかソフトとか、まあ良いものを用意しようとすればウン十万からウン百万という金が必要になる。そんな金をポンと気軽に払えるのは、アリアス大統領か宝くじに当たった運のよい人類だけだろう。
でだ、そんな3Dモデル――しかもそれなりの高クオリティ――を丸葉一鶴は用意していてPR動画のアバターとして使用している。
手足もリアルの人間のように違和感なく動いていることから、全身のトラッキングが高精度で行われていることもハッキリと見て取れる。
他の4000名の応募者の中にも3Dモデルを使ったPR動画を撮っていた者はいたが、出だしの時点から他とのクオリティ差が如実に感じられるのは初めてだ。
『今回はお忙しい中、私のPR動画を再生していただきありがとうございます! 出来ればこのまま最後まで見ていってください!』
丁寧な挨拶から始まり、少しづつではあるがエントリーシートから感じられた適当さのイメージが剥がれ落ちていく。
コホン、と小さくジェスチャー入りで咳ばらいを挟んでから、丸葉一鶴はハツラツとした声音で語り始めた。
『あたしは金が欲しいです! 金が好きです! それはエントリーシートにも書いた通りで、審査員さんたちはその内容を読んで「コイツはダメだな」と思ったかもしれません!』
それは当然の反応だろう。
瑠璃も隣でうんうんと頷いている。
『VTuberの配信なんて見たこともなかったのに、1000万が貰えるって聞いて直ぐに飛びつきました。それくらいあたしは短絡的で無計画で失礼な人間です、そう自覚してます』
でも、と一鶴は言葉を続ける。
『そんなもの、あたしを不合格にする理由としては弱すぎる!』
鼓膜を震わせる声量で一鶴が叫ぶ。
こちらが抱いている低評価など一顧だにしない、どこまでも身勝手でどこまでも暴力的な自信という名の暴風雨。
一鶴の魂を宿した3Dアバターの瞳は爛々とした輝きが照っており、中の人もきっと同じ目をして笑っているのだろうと錯覚させられるほどの笑顔でこちらを見つめてくる。
『見たことがなければ見ればいい、知らなければ学べばいい、あたしと他との差なんて、そんなちょっとした行為で埋められる程度の些細な違いでしかないわ!』
身振り手振りで感情を示しながら、一鶴の演説は更に続く。
『そしてあたしは、応募を決めたその日から、色んなVTuberの配信や動画を見て回った! 推しだって出きた! スパチャだって投げた! 金もないのに! Vの沼に片足突っ込んで危ない感じになってる!』
頭を抱えて蹲る一鶴は本当に苦しそうな声で呻いてから、気を取り直したように立ち上がった。
『で、こういう世界があるって知れて、あたしはよく成長したって思うわ。そしたらもう、最初に言ったVTuberを知らなかったなんてマイナスはゼロになってるじゃないの。むしろプラスまであるわ』
勝手に加点してから一鶴は、何やら妙なパントマイムをして間を作った。
動きから察するに用意してあったペットボトルから水を飲んだのだろうが、俺達から見える画面には真っ白な空間で変な動きをする少女にしか見えないのでシュールでしかない。カットしとけ。
『配信のやり方だって勉強したし、VTuberとして活動するために必要なことだって勉強した。今回のPR動画を3Dモデルを使って撮ってるのはそれを分かりやすく証明するためよ。自前でモデルと機材用意するのに
エントリーシートを見て、俺達が最初に抱いたアレが足りないコレが足りないが埋まっていく。
まるで不良が捨て猫に餌を与えている場面を目撃した時のように、悪印象が反転して上向いていく感覚が芽吹いてくる。
或いはそのギャップすらも、エントリーシートをあえて拙くすることによって、意図的に演出したものであるとしたならば、丸葉一鶴は決して適当などではなく、むしろ自分なりの戦略を持ってこのオーディションに戦いにきたということになるのではないだろうか。
『人の欲望は無限大よ。そしてあたしの金に対する欲求は無限大のさらに上。あたしはあたしの欲望とともに、どこまでも誰よりも無敵に成長していくわ。だから――』
だから、
『あたしに投資しなさい! あたしという人間の成長性に!』
一鶴が放った殺し文句。
それは奇しくも、俺が今回のオーディションで最も大事にしている方針そのものだった。
無限に、無敵に、誰よりも成長する。
そんな存在が本当にいるのだとしたら、このオーディションにそいつより相応しい人間なんていないのではないだろうか。
正直、心を震わされた。
俺は単純な人間だ。
ちょっとした偶然に運命の導きを感じてしまうほどに単純だ。
たまたま4000番というキリ番を踏みつけ、しかも最後の最後に現れた大トリの応募者が、これまたたまたま俺が大事にしていた方針を言い当てるような演説をぶちかました。
馬鹿だって思われるかもしれないが、その瞬間に俺は「コイツは他の奴とは何かが違う」って思ってしまった。
もっと別の奴を選ぶって道もあっただろうに。
もっと手堅い安牌ってヤツがあっただろうに。
ともかく俺は、選んでしまったのだ。
例えばモンティホール問題のように、選択肢の母数を減らされた上でもう一度選ぶ権利を得られたとしても、俺はきっと同じ選択をしたことだろう。
論理的な正解よりも、直観的な勘を信じたくなるのが人間って生き物なのだから。
得られた結果をどう受け止めるのかは、未来の俺が考えることだ。
■
FMK魂募集オーディション。
一次選考通過者54名。
応募者は後の二次選考の通話面談によって、9名にまで絞られていき、そして――
最終選考通過、即ちFMK1期生としてデビューが決まったのは以下の4人となった。
メリーアン・トレイン・ト・トレイン
上記4名はVTuberとしてのデビューを確約すると共に、確約通りFMKから1000万円の活動費を支給されることになった。
■
さて、皆が忘れてそうな頃合いなので、もう一度だけ言っておこうと思う。
金にルーズな女にロクな奴はいない。ってことを。
嵐はもう目前まで迫っていた。
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