ラストランカー

 オーディションの締め切り最終日がやってきた。

 あくまでも締め切りの最終日なので、以降も選考作業は続くのだが、今日を境に応募が増えることはないと思うとちょっぴり気持ちが楽だったりする。

 砂漠の中からダイヤの粒を見つけるような作業も、明確なゴールが見えてくるとやる気力が湧いてくるってもんだ。


 現在の応募総数は3996。

 ここまで来たのならもう4000までいけよと思うのだが、締め切りは15時で今は14時52分。残り10分もない。

 事務室で時計を気にしながら作業をしているうちにジワジワと時間は迫り、時刻はとうとう15時ジャスト。応募状況を確認してみると、ギリギリの駆け込み乗車をしてきた応募者が4名。つまりFMK最初のオーディションの応募総数は、ピッタリキリ良く4000人となったのである。


「エントリーナンバー4000は、この丸葉まるは 一鶴いずるって子か」


 最後の最後でキリ番を踏んで応募を締めくくった応募者の名前をなんとなく読み上げる。

 深夜にふと時計を見たら4時44分だったとか、コンビニの会計が777円だったとか、人間ってのはこういう数字が見せる些細な偶然に運命めいた何かを勝手に感じてしまう生き物なわけで、俺は一鶴というなんだか目出度い空気感のある応募者の名前を、キリ番を踏み抜いた持ってる女だと勝手に認識して覚えてしまった。


 4000人中、一次選考の審査を終えているのが現在で3900人ほど。

 そのうち一次選考通過内定者は52名。

 議論を重ねて、絞りに絞って悩みぬいた結果、なんとかここまで候補を絞ることが出来た。

 最終的には3人しか残らないということを考えるとこれでも多く感じるが、残った応募者はいずれも精鋭揃い。2次選考が面倒になるからと安易に数を減らさずに、しっかりと通話面談、あるいは面接を終えてから判断するべきだという意見にまとまったからこその人数の多さだ。


 一次選考で「この子は良さそうだ」と思った子が、いざ面談面接になるとボロが見えて駄目だこりゃってなるパターンもあるだろうしな。

 そういう事態が多発した時のためにも、補欠候補は多く確保しておいて損はない。

 逆もまた然りだ。


 ちなみにではあるが、七椿が推しているトレちゃんと、瑠璃がバックアップしている幽名も一次選考をクリアした52名の中に名を連ねている。

 トレちゃんはともかく、幽名が一次を突破出来るほどの実力を証明してきたのは俺も驚いた。


 常識知らずで一人じゃ何も出来ないお嬢様だと思っていたが、成る程――無知で何も出来ないからこそ、逆に彼女にしか出来ないことがある。ということを俺は気付かされた。

 それもただの無知というだけではなく、超が付くほどの箱入り娘で、しかも独自の世界観を脳内に形成して生きているという土台があってのケミストリーなのかもしれないが。

 まあ、それでもまだ通話面談と面接が残っている。幽名がそれらをクリア出来なければ、彼女のスペシャリティを世界にお披露目する日は来ないのだけれども。


 いずれにせよ、幽名という人間の魅力を最大限に引き出すやり方を見つけたのは瑠璃だ。

 アイツもアイツで意外な才能を発揮してきやがる。

 俺も頑張らないとな、タカキも頑張ってるし。タカキって誰だ。


 ■


 さて、残りの一次審査を終えていない100名の選考の話だ。

 この100名の実力次第では、一次選考合格者が52名から更に増えることになる。

 俺と七椿、そして瑠璃は手分けして慎重に選考を進めていった。

 俺達は時に意見を交換したり、時間を掛けて議論したりもしたが、3999名の選考を終えた時点で合格者は53名と1名増えただけだった。


「エントリーナンバー3999、福井沢 神辺カンナ。現役の配信者フォーチュン・ショットとして活動しており、チャンネル登録者は89万人。経歴も実力も文句なしの合格レベルかと」


 七椿が読み上げたのは、53人目の合格者である福井沢の活動歴だ。

 相当数の現役配信者が応募してきたが、フォーチュン・ショットのチャンネル登録者数89万人はここまででトップの数字だ。

 これくらいの人ともなると、そもそもわざわざVTuberなんかにならなくても既存のチャンネルの収益だけで十分に食っていけるのではと思ってしまう。

 というかFMKみたいな新興事務所に応募せずとも、大手のVTuberグループのオーディションでも簡単に合格出来そうな気がする。


「そういう人材が応募してくるのを狙って、1000万円という活動資金の支給を考えたのでは?」


「大手で落ちたからうちに来たのかも知れないじゃん」


 俺の抱いた疑問は七椿と瑠璃によって一瞬で論破されてしまった。

 俺だってそれくらいは分かってるわい!


 福井沢の書類を見ると、VTuberが好きでどうしてもなりたくて応募した、というような熱意ある動機が書いてある。

 PR動画の方でもその辺りには触れられており、本人の肉声でしっかりとVTuberへの愛が語られていた。

 そこらへんはトレちゃんと似たようなタイプの応募者であるようにも思えるのだが、何故か俺には動画を通して耳にする福井沢の言葉が薄っぺらく聞こえてしまっていた。


 うーん、なんでなんだろうな。

 熱量があると見せかけて、ただ用意された台本をそれっぽく読んでいるだけのような……妙な手慣れた感があるような気がしてならない。

 いや、そこんとこを気にしてたらキリがないか。

 実力のある人間が来てくれたのは素直に喜ぶべきなのだろうから。

 

 とはいえ、俺が原石発掘を最優先事項に据えているのは今も同じだ。

 いくら福井沢が名うての配信者だったとしても、俺がコイツこそはと思える原石を見つけたらそちらを優先したいと思っているのは変わらない。

 現状の福井沢を抜いた52名の中で、ネームバリューと実績という最大の武器を凌駕するほどのきらめきを感じたのは、俺の中では2人しかいないのだが……。


「……次で最後だな」


 満を持して、4000人目の選考に入る。

 ラストランカー、丸葉一鶴のターンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る