お嬢様を侮るなかれ

 七椿が推してきた応募者であるトレちゃんの自己PR動画は、審査員である俺の心をグッと鷲摑みにしたね。

 まるできらら作品に出てくるようなカタコト金髪美少女が、リアル顔出しビデオレターを送って来るとは思わなかったというのもあるが、肝心のPR内容もなかなかのものだった。


『トレの特技はセータイモシャ声帯模写デース! どんな声デモ物真似出来ちゃいマス!』


 そう言って画面の中の美少女が、新旧アニメキャラの声真似を次々に披露していく。

 一部元ネタが分からないものも混じっていたが、知っている部分に関しては目玉が飛び出るほどのクオリティだったと保証しておこう。あまりにも似すぎているので、アニメの音声を編集で引っ張ってきているのかと疑ったくらいだ。

 どんな声でもという言葉にも嘘偽りがなかったようで、老若男女問わずあらゆる音域の声を喉奥から再生出来るようだった。

 それに加えて歌も上手いようで、PR動画の中ではソプラノアルト、バスなどの様々な声色を駆使して器用に歌ってくれていた。しかしモンキーマジックとか銀河鉄道とか微妙に選曲が古いのはなんでなんだ。


「凄かったな、トレちゃん。間違いなく今までの応募者でもトップクラスの才能を感じたよ」


「はい」


 七椿も心なしか嬉しそうだ。

 顔出しNGというVTuberの性質上、中の人の顔面偏差値などは採用基準に含まれないし、評価しない。

 ある意味一番重要なものは『声』であり、七色の……どころかあらゆる声を操れるトレちゃんのポテンシャルは筆舌に尽くしがたい。オマケに歌も上手いときたもんだ。

 そこら辺をしっかりと動画で披露してくれるあたり、ちゃんと自分のセールスポイントを理解しているのも好感触。

 何を当たり前のことをと思われるかもしれないが、そのPR動画で自分のアピールすべき点をアピール出来てない応募者がそれなりにいるのだから、相対的に評価を上げたくなっても仕方ないと俺は自己弁護するね。


「トレインさんは国籍が海外ということだけあって当然英語が堪能……というかそちらがメインの言語となっています。日本語圏だけではなく英語圏の視聴者も取り込みやすいことを考えれば、将来性は他の追随を許さないでしょう」


 七椿が俺とは違う視点からトレちゃんの評価を後押しする。

 配信稼業は視聴者という数に限りのあるパイの奪い合いだ。

 日本語しか喋れなければメインの視聴者層は、この狭い島国である日本人のみに偏ってしまう。

 しかし扱える言語の幅が広がれば、日本を飛び出して世界中のありとあらゆる人々に見てもらえる可能性が出てくる。

 そういう観点から複数の言語を操れる人材は、このVTuber業界においてもやはり貴重なのだ。


 とはいえ俺はあんまり外国語を喋れるかどうかなど重要視してないけど。

 やっぱ日本語の柔軟性と機能美が一番なワケよ。

 日々新しい言葉が生まれて原型をとどめないくらいにブレイクしていくこの言語が好きなのであって、もう全人類日本語で喋れって思ってるくらいだからな。

 古のネット民だって言ってたじゃないか。日本語でおk、と。その古き良きわびさびの心を大事にしていきたいと思っているんだ、俺は。


「代表、脳内リソースを無益な思考に浪費しすぎです」


「俺の思考を読むのやめてもらえる?」


 起きている時間の7割くらいの間、俺の脳内は意味のない独白で埋め尽くされていることが七椿にはバレつつあるな。真面目に仕事に意識を移そう。


「とりま、トレちゃんは一次選考通過で良いだろ」


 一次選考通過者は他にもそれなりの人数がいるが、その中にトレちゃんも振り分ける。

 二次選考は通話での面談になるわけだが、実際に話してみるのが少し楽しみだ。


 ■


 あっという間に時は過ぎ去り、気が付けばオーディションの締切日が2日後のところまで迫ってきていた。


 現在の応募総数は3800ほど。

 やはり駆け込み需要的なものは存在しているらしく、一時は落ち着いていた専用フォームも、締切日が近付くにつれて賑やかさを増していっているようだった。

 このペースならギリギリ4000を超えるか超えないかくらいのところまではいくかもしれないな。

 そして俺の予想が正しければ、そろそろヤツがオーディションに応募してくる頃合いだと思っている。


「皆様、御機嫌よう~」


 そのヤツが、ガチャリと開いた事務所の扉から姿を現した。

 美しく目立つ白い髪を優雅に靡かせる元お嬢様の居候――幽名姫衣のご登場だ。


「おはよーございまーす」


 幽名の後から入って来た瑠璃が、後ろ手に扉を閉める。

 元お嬢様が扉を自分で開けられないのは相変わらずらしく、今も恐らく瑠璃が開けてあげたのだろう。

 最近瑠璃と幽名はいつも一緒に行動しており、俺の中では既にニコイチ的な扱いになっているが、瑠璃はそれでいいのだろうか。

 やっていることは完全に付き人か、そうじゃなきゃ介護人のそれだ。

 何せ幽名は着替えすらも自分一人じゃ出来ないらしいからな。

 どんだけ箱入りだったんだが。


 そんな要介護なお姫様だったが、どうやらFMKのオーディションに応募することに対しては意外と乗り気らしかった。

 流石にタダ飯食って居候していることに引け目を感じているのだろう。食い扶持くらいは自分で稼げるようになりたいと思っているに違いない。

 そんな風に考えていたのだが全然そんなことはなかったらしく、ただ単に『庶民の娯楽に興味がある』というただそれだけの理由らしかった。


 そんな熱意の低さで攻略出来るほどオーディションは甘くないと思うんだがな。

 そもそも身の回りのことを何一つ出来ないような人間が、どうやって配信するんだよ。

 下手すりゃパソコンの電源すら入れられないんじゃないのか。


「おはよう、姫様、瑠璃。……分かってると思うが、オーディションの締め切りは2日後だぞ」


「分かってるってそんなの」


 一応念を押してみたが瑠璃に焦りの色はない。

 もしかしたら案外順調なのか?


「俺は一切忖度しないつもりだからな。そこだけは理解しとけよ」


「はいはい。いいから黙って見ててよ、私の姫様の実力を」


 釘を刺しても暖簾に腕押しでまるで手応えが無い。

 どうやら幽名の合格にはかなり自信があるように見える。


「代表は姫様を侮り過ぎだから。姫様のPR動画を見たら感動でむせび泣いて失禁するわよ」


「するか馬鹿、そんなにハードル高く設定して大丈夫かお前」


「姫様はハードルを全てなぎ倒すくらいの才能がある」


 倒したら駄目じゃねえか。


「まあ見ててよ、今日中に姫様の応募は終わらせるつもりだから。後で吠え面かいても知らないからね。スタジオの鍵借りてくから」


「おう楽しみにしてるぞ」


「それでは代表様、また後で~」


 言いたいことを言って瑠璃と幽名は事務室を後にした。


 所属するVTuberが事務所からでも配信出来るように、3Fのスタジオには防音完備の配信専用ルームを設けてある。

 最近二人はそこに入り浸って色々と準備をしているようだった。

 この2週間あまりであのお嬢様がどこまで成長したのか気になるところだが、さてどうなるかな。

 万が一オーディションに落ちたとしても、それで追い出すような非道なことはしないが、その時は事務仕事でも手伝ってもらうようにしようかな。いや、どう考えても姫様には無理だろ。かといってあのまま一生介護必須のお荷物のままってのもなぁ。


 数時間後、そんな心配を抱える俺の下に新しい応募者の通知が届いた。

 すぐさまプロフィールに目を通す。

 ついに来た、幽名姫衣からのオーディション申請。


 まずはざっと書類審査を終わらせる。

 瑠璃が手伝ってただけあって、こちらはさして問題点は見られない。問題があるとするなら、やはり自己PR動画の方だろう。

 このオーディションの、ある意味最大の鬼門と化している動画審査。こればかりは書類審査とは違って誤魔化しは効かない。本人のポテンシャルが全てだ。


「さあ、見せてもらうぞ。お嬢様の可能性を」


 ■


『代表様〜、御機嫌よう~』


 動画の出だしから思いっきり俺に向けて挨拶してきたので、思わずズッコケそうになった。

 いや、幽名の審査をするのは俺だって予め言ってあったから、そうなるのは分かるけども。

 でもそこはせめて、見ず知らずの審査員へ向けての動画という体にしとけとツッコミたい今日この頃。


 ちなみに動画には、幽名本人が実写で映り込んでいる。撮影場所は事務所のスタジオだろうか。幽名は椅子に腰掛けて、テーブルの前でニコニコしている。形式的にはトレちゃんと似たようなタイプのPR動画だ。

 となると、ここから自身の売りとか目標なんかをスピーチしていくか、もしくは特技やらなんやらを披露していく流れになるのだろう。まあ、自己PR動画だしな。そういうスタイルに収めるのが1番無難だろう。

 ちょっと破天荒なものを期待していただけに、少し肩透かしではあるけども。


 そう思いながらコーヒーを口に含む。

 さあ、このお姫様はどんなスピーチを聞かせてくれるのかな。


『姫様、はいこれ』


 画面外から現れた瑠璃が、テーブルの上に三角形の見慣れた物体を置いていった。

 なに普通に映り込んでるんだアイツ……っていうか、瑠璃が今置いていったアレはアレだよな?


『瑠璃様? これは一体……?』


 幽名が三角の物体を持ち上げて、色んな角度から観察を始める。

 未知との遭遇の一場面を演じるお姫様が手にしているのは、どう見てもコンビニおにぎりです本当にありがとうございました。


『姫様、それは食べ物だよ』


『そうなのですの? 見たことのない形状の食べ物ですが、折角なので頂きますわね』


 そしておもむろにおにぎりに齧り付く幽名。包装はそのままに。


『ガツガツっ……???』


「ブッ……! ゴホッゲホッ!!」


 っぶねえ、思いっきりコーヒーを吹くところだった。いきなりの奇行はやめてくれ姫様、その術は俺に効く。

 画面の中の幽名は、歯型の付いたラッピングおにぎりを不思議そうに見つめている。その様がシュールすぎてジワジワと笑いが込み上げてきてしまう。

 オイオイ、もしかしなくて、この自己PR動画ってそういう趣旨?


『姫様、包装を解かないと食べれないよ』


『なるほど?』


 先に教えてやれ。

 いや、先に教えたら意味がないのだろうけどさ。


 つまりこれはアレだ。

 世間知らずの箱入りお嬢様という幽名にしか出来ない笑いを、彼女のコンテンツとしてPRしていこうという腹積もりなのだろう。

 なるほど、こいつは考えたな。世間一般では無知は恥だが、配信者の世界ではそれは時として強力な武器になり得る。無知も突き抜ければ人を笑顔にするということだ。

 まあ、笑わせるというよりは、笑われるの世界かもしれないが、それでもこの業界は笑わせたもの勝ちみたいなところはある。リスナーはみんな楽しい配信を求めているのだから(楽しいのベクトルは様々だけど)、ちょっとでも面白いと思ってもらえれば、それだけで次以降も継続して見てもらえる確率は高まる。

 何が言いたいかというと、俺が短所だと思っていた幽名の無知は、VTuberとしては立派なキラーコンテンツになるだろうってことだ。


『今度はちゃんと食べてね』


 俺が動画の方向性を理解したところで、また画面に瑠璃が出てきて追加のおにぎりを置いていった。2ラウンド目だ。

 オーケー、幽名が可能性を秘めてるってことは良く分かった。だが合格にはまだ足りない。ここを通りたければ、せめて俺くらいは笑わせてくれなきゃ話にならない。


 だからこれは勝負だ。

 もし俺を笑わせることが出来たら、1次審査は合格ということにしてあげよう。

 俺は迷わず、再度コーヒーを口に含む。コイツを吹き出したら俺の負けだ。分かりやすいだろう?


 勝手に一騎打ちみたいな空気になる俺の前で、画面の中の幽名が2個目のコンビニおにぎりを手に取った。

 幽名はおにぎりを様々な角度から観察しているが、もうその姿が既にちょっと面白いのがズルい。だがコーヒーを吹くほどじゃない。

 やがてハッとしたような顔で幽名が目を見開いく。何かに気付いたらしい。 


『なるほど……まずは、ここをこうですわね』


 恐らくは全然間違ってるやり方で強引に包装を剥がしにかかる幽名。

 めちゃくちゃ悪戦苦闘してる。でもこの絵面は正直予想の範疇を出ていない。余裕で耐えられるね。


『……』


 その後、2分ほどかけて包装を剥がすことに成功。

 黒い三角形があとは食べるだけの状態になる。


『……』


 そこから幽名は無言で海苔を剥がして丸めて捨てた。

 違うそっちは包装じゃない。それは食べられるやつだ。

 淡々と無言で海苔をぐしゃぐしゃにしてる光景が面白すぎて危うく吹きかけた。が、なんとか耐えた。


『もががががが』


 間髪入れずに、大口開けておにぎりを丸ごと口の中に放り込む幽名。

 あまりのスピード感と、マルクのビーム前モーションみたいな顔をした幽名に耐えきれず、


「ブーーーーーッ!!!」


 俺は事務所のモニターとキーボードをひとつずつダメにした。


『ちょ、姫様そんなに一気に食べたら危ないって!』


『もがもが……ですが、ほらここに、お早めにお召し上がりくださいと』


『それは速度の話じゃなくて時間の話だよ』


 黒い液体の掛かったモニターの向こうで、まだ幽名と瑠璃が何か言っていたが、コーヒーが変なところに入って俺はそれどころじゃなかった。

 とはいえ、これで勝負は俺の負け。

 幽名姫衣は、見事1次審査を乗り越えたのであった。


 ■


「いや、アレはズルいだろ」


「でも、面白かったでしょ?」


 翌日、事務所にやってきた瑠璃に幽名の1次審査通過を報せた。

 瑠璃は特に驚くでも過剰に喜ぶでもなく、これくらい当たり前だという風に頷いただけ。その対応にこっちがちょっと負けた気分になるのは何故だろう。


 だが幽名が持つ配信者としての面白さ……というか可能性を、瑠璃は確かに俺に示してみせた。

 その手腕は素直に褒めてあげるべきだろう。褒めないけど。


 なんにせよ、だ。

 八百長で幽名を合格させるようなことにならなくて一安心。

 堅物の七椿を説得するのは骨が折れそうだからな。なんつって。


 そしてオーディションは締切日を迎え、遂にギリギリの瀬戸際で、嵐を呼び込む女が姿を現すのであった。

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