オタクは誰だって金髪の美少女に弱いんだ
USAでの一悶着を経てからのFMK事務所。
俺達はとりあえず幽名から身の回りの事情を聞いておくことにした。
2Fの応接間に集まって質疑応答をすることで判明した事実がいくつかある。
まず、音信不通になっている幽名の両親だが、どうにも雲隠れというか夜逃げをしているかもしれないことが分かった。
というのも、幽名の父親の会社『幽幻コンツェルン』が数日前に倒産していることが七椿の調べで判明し、そこから幽名の証言を元に様々な角度から推測した結果、幽名の両親は借金の取り立てから逃げるために海外へ高飛びした可能性が非常に高いこということになった。
そして幽名の住んでいた屋敷は、昨日の時点で家財を含めて丸ごと差し押さえられていたらしい。
同時に通っていた聖那須野院女学校とかいうお嬢様学校からも追放され、そこから一人でウロウロと都内を彷徨い歩いていたのだそうだ。
なんというか……ジェットコースターばりの急転直下な転落劇だな。
「大変だったろうに」
「いえ、なかなか楽しめましたわ。市井の民草の暮らしを肌に感じられて、とても良い刺激になりました」
市井の民草っすか。
すかんぴんの住所不定女なのに、雲の上からの発言が凄まじいな。
「庶民の皆様はとても生き急いでいて常に余裕が無さそうな足取りで歩いていますが、そんなところがまるで働きアリのようで愛らしいと思いましたわ」
働きアリのようというか、その生き急いでいらっしゃった庶民の方々は多分サラリーマンか何かだろうから、本当の意味で働きアリなんだと思うぞ。
無自覚なのだろうが、触れるモノみな傷付けそうなお言葉にヒヤヒヤさせられる。
コイツは確かにFMKとしての素質があるかもしれないな
全然嬉しくない素質だが。
「そ、そうか。本人が現状を苦に感じていないのならこれ以上は言わないでおこう。とにかく、そういう事情があるなら、何処か住むところが見つかるか、誰か保護者が現れるまではうちに居てくれて構わない」
「重ね重ねありがとうございます」
幸いこの事務所には仮眠室やシャワールームなどもあるし、住むには困らない程度の設備は備わっている。部外者を置いておくことに不安がないといえば嘘になるが、まあコイツなら大丈夫だろう。
それにいずれは部外者じゃなくなるかもしれないしな。
俺はそう思いながら瑠璃の方を見た。
「こっちの瑠璃が身の回りの世話を焼いてくれるはずだから、色々と頼ってくれ」
「よろしく、姫様。私は瑠璃ね」
「瑠璃様ですわね、よろしくお願い致しますわ」
簡単に自己紹介を済ませた二人は、瑠璃の「事務所の中を案内したげる」という提案を幽名が了承したので、揃って出て行ってしまった。
FMKの事務所はこのビルの2F~5Fまでを占拠しており、内部には色々な施設を有している。しばらくは探検から戻ってこないだろう。
ようやく一息だ。休憩を挟んだはずだったのになんかどっと疲れたな。
「代表、幽名さんのご両親の件に関してですが、私の方でもう少し詳しく調べておきたいと思うのですが宜しいでしょうか」
「え? ああ、別に構わないけど」
そういうのって調べようと思って簡単に調べられるものなのだろうか。
特殊な情報網や伝手がないと得られる情報には限度あると思うのだが。
訝しむ俺をよそに、七椿は眼鏡をくいっと指で押し上げて「調べておきます」と言い切るのだった。
調査の結果、ご両親は既に東京湾に
借金取りに追われて逃げたみたいだし。
■
「それはそれとしてですが、先程喫茶店で話していた気になる応募者についてなのですが」
あー、そういやそんな話もしてたっけ。
七椿がピックアップしてきた無名の応募者を教えてもらうんだったな。
幽名のインパクトが強すぎて頭から完全に抜けていた。
果たしてどんな人物なのだろうか。
「書類審査用のデータと動画を代表のPCに送りましたので確認お願い致します」
「分かった」
まずはざっと書類選考用のデータに目を通していく。
えーっと、何々……本名は……。
「メリーアン・トレイン・ト・トレイン……? あ……? これ本当に本名か?」
メリーアン・トレイン・ト・トレイン。
どう考えても日本人の名前じゃない。
どこが名前でどこが苗字なのかも分かんねえし。
アニメキャラか何かの名前にしか見えない。
「書類を読めば分かりますが、トレインさんは海外に籍を置く留学生です。ですので恐らく本名だと思われます」
確かに他の項目にそのようなことが書いてあった。
なんでも、以前から日本のサブカル文化に興味を持っており、日本に留学してきたのもそれが理由なのだとか。
特に日本のVTuberが大好きで、いつも海外向けの切り抜きを見て楽しんでいたこと。その切り抜きや、Vの配信を直接みることで独力で日本語を習得したことが、しっかりと違和感ない日本語で書かれていた。
この間のアラビア語の人はエキサイト翻訳全開だっただけに、それだけでポイントが高くなるな。
それから日本のアニメのここが好きとか、日本に来て良かったこととか、ここが変だよ日本人とか、日本への愛を綴る言葉がこんな堅苦しい応募フォームのいたる所に書き連ねてあり、読んでいるこっちが照れ臭くなるほどのラヴが溢れかえっていた。
物凄い単純だと言われるかもしれないが、俺は外国人が日本を褒めてくれるとなんか無条件で嬉しくなってその人を好きになってしまうタイプの人類なのだ。
「うーむ……確かに逸材かもしれないな」
配信歴の項目には『自分で配信したことはありまセーン! でもニホンの人の配信はいつも見てマース! 最近はいつもVTuberばかり見てて、ワタシの推しは《Poker》に所属してるナナナリアで――(以下略)』と書かれているので、実績は皆無なのだろう。
しかし日本のサブカルに興味があるという理由だけで留学までしてくる行動力と、独力で日本語を習得したという学習能力を考えれば、配信に関するノウハウがなくてもそんなものは直ぐに自分のモノに出来るだろうことは容易に想像が付く。
自分がやりたい事のために全力で突っ込んでくる熱量は、今まで見て来た候補者の中でも随一に思えるくらいの好印象だ。
だがここで安心するのはまだ早い。
まだ動画審査という関門が待ち構えているのだから。
書類審査がどれだけプラス評価だったとしても、PR動画次第では失格になるのは皆さんご存じの通り。
ここまで数多くの残念なPR動画を見てきただけに、否が応でも緊張してくるというものだ。
無駄に肩に力が入る俺に、七椿がご自慢の眼鏡を光らせながら告げる。
「動画を見ればもっと気に入るかと思います」
なんと七椿が太鼓判を押す持ち上げっぷりだ。
へへ……ハードル上げてくれるじゃねえの。
ポチっとクリックして動画を開く。
『ハーイ! 審査員さんコンニチワー! メリーアン・トレイン・ト・トレインと申しマス! トレちゃんって呼んでくだサーイ!』
動画を開くと、金髪ツインテールのメイド服を着た、八重歯が特徴的な容姿端麗スタイル抜群の属性盛りすぎな美少女が、笑顔でこちらに手を振っていた。
しかも声もしっかり可愛い。
こ、こいつは……!
「95点……!!」
思わずヒソカになってしまった俺を誰が責められようか。
メリーアン・トレインなんたら以後トレちゃんは、それほどのオーラを画面越しに放っていたのだった。
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