ノーマネーでフィニッシュです

「居る所には居るもんなんだな、本物って奴は」


 白髪のお嬢様っぽかった少女が、ガチもののお嬢様っぽいことに驚きつつも、俺と瑠璃は空いてるカウンター席へと腰かけた。

 流石にお嬢様の直ぐ近くに座るのは恐れ多かったので、少し離れた席を確保した。

 それでも気になってつい視界の端でお嬢様を捉えようとしてしまう。

 隣に座る瑠璃は、そんな俺に対して盛大に溜息を吐く。


「代表の好きな天然ものに会えて良かったね」


「ああ、たまには息抜きするもんだ。神に感謝」


「バカじゃないの」


 なんてくだらない会話をしていると、カウンターの反対側から店員が話しかけてきた。


「ヘイボーイ、ご注文は」


 テンガロンハットを被ったカウボーイスタイルのガタイが良いオッサンに注文を聞かれ、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

 まさかの西部開拓時代。USAを店名に掲げるだけのことはあるぜ……。

 だったらこちらもユナイテッドステイツ感のあるオーダーをぶつけてやらねば礼儀を欠くというもの。


「アメリカンコーヒーを一つ頼むぜ、マスター」


「悪いな、うちはアメリカンは置いてないんだ」


「USAなのに!?」


「アメリカン嫌いなんだよ、オレ」


「その見た目で!?」


 メニューを確認すると本当にアメリカンはなかった。

 アメリカン以外はなんでもあるのに。

 そもそも何故店内BGMがドイツ国歌なのか問いただしたかったが、休憩しに来たのにツッコミ疲れしそうだったのでスルーすることにした。


 結局無難にエスプレッソを注文した。

 瑠璃はカフェラテとパンケーキを注文。

 そして例のお嬢様はカレーとパスタとドリアとオムライスを注文していた。

 めっちゃ食うじゃん。


「代表、あんまジロジロ見ると失礼だってば」


「ああ、悪い悪い」


 瑠璃に諭されると負けた気持ちになるので流石に自重しなければな。


 ■


 その後、少し遅れて七椿が喫茶店に姿を現した。

 マスターの勧めもあってテーブル席に移動した俺達は、休憩とは言いつつもオーディションの進捗具合について話し合う流れになっていた。


「誰か良さげな候補は見つかったか?」


 瑠璃と七椿の顔を見比べながらそう尋ねる。

 瑠璃は追加で注文したコーラをぶくぶくと行儀悪く泡立てながら、芳しくなさそうに眉を下げた。


「あんましかなー。平均より上って人は一定数居るけど、絶対にこの人だ! って感じでビビっと電流走るような人はまだ」


「2000人以上も集まってるから、中には結構凄い人もいるんだがな。現役で配信活動してて、チャンネル登録者が数万から数十万の人も応募してきてるし」


「ネームバリューを選考基準に入れるなら、そこらへんの人たちが第一採用候補だよね」


 実力を保証された値段の付いた宝石達を迎え入れれば、事務所の実力は相応のレベルまで高まるだろう。

 しかし俺はやはり磨けば光る、まだ名前の付いていないような原石が欲しいという気持ちが強い。


「前世で名が売れている人間ばかりを採用すれば、オーディションに注目している全ての人間から『あの事務所は前世の数字を何よりも重視している事務所』だというレッテルを張られかねない。そうなると結局、出来レース感が強まって温まりかけている空気が冷えてしまうと俺は思う」


「言いたいことは分かるけど」


「それにVTuber事務所だって形は違えど芸能事務所の端くれだ。この手の業界はニワトリを買うよりも、タマゴから大事に育てていくやり方が当たり前じゃないのか?」


「まあ……確かに」


 従来の芸能事務所に対して、名前も見た目も一新し、転生するような形でタレントをリクルートするVTuber界隈は異質だと言える。

 何も前世で人を選ぶやり方を否定しているわけじゃない。

 何が正解で何が不正解かを決めるのは常に世論であり、V界隈についてはそのやり方が普通に支持を得られている以上、自分の考えの方が正しいなどと思いあがるのは傲慢の極みだろう。

 ただ、これは俺の我が儘なのだ。


「この際だからハッキリと明言しておくが、俺は多少実力が低かろうとも無名に近い人間を採用していきたいと思っている」


「それは成長性に投資したいと、そういうことでしょうか」


 七椿が眼鏡を光らせる。

 この人、眼鏡光らせるの得意だな……。


「そういう感じだ」


「ふーん、代表の事務所だし好きにすればいいんじゃない? ま、誰が来ようと私は負ける気がしないしね」


 などと強気な発言をかます瑠璃だが、お前もその無名な人間の一人であること忘れてやいないだろうか。


「代表の方針は分かりました」


 と、七椿が空になったカップを置きながら言った。


「実は私の方で気になる応募者がいたのですが、全くの無名なのでプッシュしていいか迷っていました」


「へえ」


 数字でしか人を見ないと思っていた七椿にそこまで言わせるということは、相当な有望株なのだろう。


「そりゃ気になるな、事務所に帰ったら早速教えてくれよ」


「分かりました……ではそろそろ休憩も終わりにして戻りましょうか」


 七椿が席を立ったので、俺も伝票を手にして立ち上がる。


「休憩って言っても仕事の話しかしてなかった気がするんだけど」


 なんて瑠璃はブーたれているが、俺の金でちゃっかりおやつまで食べているので文句を言う資格などない。

 とにかく事務所に戻ったら、七椿の見つけた金の卵を見せてもらうとしよう。


「おいおい、そりゃ困るぜお嬢ちゃん」


 会計のためにレジに向かおうとしたが、そのタイミングで揉め事が発生していた。

 強面カウボーイの店主に、あの白いお嬢様が捕まっていたのだ。


「金がねえって……そいつは笑えねえ冗談だな」


 あろうことか無銭飲食で。

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