値段の付いた宝石か、磨けば光る原石か
オーディションの選考作業は順調なようなそうでもないような、そんな何とも言えない空気感のまま進行していった。
最初の頃は500ほどだった応募者も、更に2週間ほど経った今では2000ほどにまで膨れ上がっている。
1000万効果ありすぎじゃね? と思ったが、それほどまでにVTuberとして安定して配信していける環境は需要があるのかもしれない。
ただSNSでの反応を見ると「1000万貰ったら新車買うw」なんて、それVTuberの活動に関係あるのかという使い道を考えてる奴もいるので、やはり単純にみんな金が欲しいだけという説もある。
まあ、使い道自体は受け取った側の自由でいいけどな。ドブに捨てるような真似さえしなけりゃなんでもいいよ。
さて、応募の勢いはここら辺がピークだとは思うが、こちらが設定した締め切りまでまだ3週間ほどある。
駆け込み投稿の存在を考慮するならここからジワジワと伸びていって、総数が今の倍以上に増えるのも視野に入れて作業を進めるべきだろう。
「でも気分が乗らね~」
PCの前でげんなりと溜息を吐く。
俺のモチベが異様に低いのは、オーディション応募者が用意してきた自己PR動画のせいだ。
女性限定なのに男が応募してきたり、マイクの音量設定がイカレてたり、採用担当者を呪殺しようとしてきたり……。出だしからある意味個性的な応募者を引いてしまっていたが、あの後もクオリティが著しく低いPR動画を添付してくる者がそれなりの割合で見かけられた。
「こいつら受かる気あんのかな……オーディション」
「さあ? 宝くじでも買う感覚で応募してきてるのが多いんじゃない?」
事務所のPCを使って選考を手伝ってくれていた瑠璃が、律義に俺の独り言を拾う。皮肉か、それは。
「そもそもVTuberのオーディションなんだから、PR動画の中でも声くらいしっかり作るべきなのに、それすら出来てない奴もいるしよ~」
「愚痴り始めちゃった」
「開始数秒でブラウザバックしたくなるようなPR動画を送ってくる奴は、もうちょっと客観的に動画を見直してから投稿してくれよ頼むよ~」
「ちょっと、こっちの集中力まで削がれるんだけど。ほら、代表なんだからしっかりしてよ」
「イヤ! ヤダーッ!」
「そんな小さくてかわいいやつみたいな叫びかたしても、全くこれっぽっちも可愛くないからダメ」
「わァ…………ぁ……」
「泣いちゃった」
「代表、瑠璃さん、仕事の邪魔をするなら帰って頂いて構いませんが。後は私がやっておきますので」
「「すいませんでした」」
七椿に怒られたので作業を再開する。
とまあ、色々と文句は言ったものの、全ての応募者が軒並み低クオリティというわけじゃない。
しっかりと水準以上の完成度で動画を作ってくる者は多いし、中には思わず「おっ」と声が出そうになるような興味を惹かれる動画もあった。
そういう合格ラインの内容を送ってくれた応募者は、一先ず保留ということにしてフォルダを分けておく。
最終的には、俺と七椿、ついでに瑠璃とで議論を重ね、この保留組の中から更に候補を絞って、2次試験である通話面談へと進める者を決める算段だ。
「しかしアレだな、出来の良いPR動画を送ってきた人のプロフィールを見ると、やっぱり動画投稿や配信で既に成果を出したことのある人間が多いな」
何がウケるのかを理解している人間が作る動画は面白い。
それはオーディション用のPR動画だとしても同じだ。
これが才能というやつなのだろう……妬ましいな。
「前世のファンがデビュー後もそのまま付いて来てくれるってこともあるし、実績ある人なら合格枠に回してって良いんじゃない?」
「まあそうかもな」
前世、というのはこの界隈において『VTuberになる前にどんな名前で、どんな活動をしていたか』を示す。
誰が言い出したのかは知らないが、なかなかユニークな用語だと思う。
基本的にVTuber界隈では、表立って前世の話をするのはマナー違反だとされている。
VTuberは生きている一個の生命体だ。なのに中の人の存在が見え隠れしてしまうと、途端にただのキャラクターになってしまう。夢の国の住人が、どう見ても着ぐるみなのに着ぐるみじゃない、中の人などいないと言い張るのと同じだ。
だから界隈の人間は中の人のことを魂と呼ぶし、迂闊に前世の話題に触れて現実に引き戻されるようなことがないように配慮しているのである。
俺の持論も含まれてるが大体そんな感じだ。
「俺としては、既に値段が付いてる宝石を買うよりも、磨けば光る原石みたいな奴を合格させたいけどなぁ」
「うわっ、出たよおにい……じゃなくて代表の変な拘り。磨けば光る原石か、それともただのクズ石なのか、そんなのを見抜ける審美眼が代表に備わってるわけないじゃん。私は安牌拾っていくべきだと思うけど」
「お前を起用してる時点で安牌とは程遠いんだけど――痛いよ蹴るなよ俺が悪かったよ!」
そこまで騒いだ所で、七椿が無言の圧を掛けてきていたので二人とも作業に戻った。
それにしても原石、か。
凡人でしかない俺が他人の才能を見抜けるとは確かに思えない。
だがもし、万が一、俺が無名の人間に対して、コイツは他とは何か違う、明らかに異質で何故かどうしても目が離せない。そんな感情を抱くことがあったのなら――。
その時がこの事務所の本当の始まりになるのではないだろうか。
何となくだが、そんな気がするのだ。
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