オーディション開催

 FMK初のVTuberの魂オーディションがいよいよ始まった。

 採用された魂には、活動資金として1000万円を支給という触れ込みが功を奏したのか、募集開始から数日で事務所はそれまでの暇さを払拭するほどの慌ただしさを見せ始めていた。


「既に応募件数が500件を越えています、最終的には4桁はゆうに越えるかと」


 七椿の報告によると現在の応募状況はそんな感じだそうだ。

 ここから更に増えるとなると、俺と七椿だけでは選考作業を進めるのがどんどん大変になっていくな。

 まあ、嬉しい悲鳴ではあるのだろうが。


「ちゃっちゃと選考していくか」


「はい、応募者の情報は共有サーバーに上がっていますので、そちらから確認お願いします」


 早速作業を始める。

 まずは書類選考からだ。

 公式フォームに記入された必要事項その他を確認して、明らかに不適合と思われる応募者を弾いていく。

 悪戯や冷やかし目的の応募、それから日本語がかなり怪しい感じの人間も申し訳ないがこの段階で落としていく。

 それから志望動機だとか、デビューした後の目標だとか、配信経験の有無だとか、配信に役立ちそうな特殊技能は持っているのかとか、こちらが用意した設問に対する回答を評価付けして、評価ランク毎に応募者を振り分けていく。

 ここで優判定に振り分けられた応募者が、とりあえずは一歩抜きんでた存在になると思っていくれていい。


 とはいえこれはまだ書類選考でしかない。

 問題はここからだ。


「動画の確認も並列して進めていくか」


 専用フォームには、必須項目として自己PR用の動画を用意することが義務付けられている。

 この動画の内容こそが、第一関門である書類選考において最も重要だと言っても過言ではない。

 声質、トーク力、動画編集技術や配信ソフトに対する理解、人間性、その他諸々が自己PR動画を通じて見えてくるだろう。

 たとえ最初の志望動機やらの記入で及第点以下の評価だったとしても、このPR動画で光るモノを見出すことが出来れば余裕で巻き返しは可能だ。むしろ俺はこの動画審査を一番重要に捉えている。

 少しだけ楽しみに思いながらイヤホンを耳に装着して、目に付いた応募者の動画を開いていく。


『どうも初めましてー、配信者をやらせてもらってるケンGと申しますー』


「男じゃねえか」


 イヤホン越しに聞こえてくる声は紛れもなく男性のそれだ。

 今回、FMK側で用意した器は4人とも全て女性キャラクターとなっている。

 当然そのことは公式サイトでもSNSの公式アカウントの投稿でも確認出来る。

 女性VTuber募集とも明記してあるはずなのに、どうして……。


『1000万円がどうしても欲しくて応募しました! 男ですけどやる気はあります! ワンチャンください!』


 今回はワンチャンもねえよ、帰れ。

 黙って動画を閉じた。

 いきなり前途多難だな……金の匂いに釣られてこういう手合いも来るとは予期していたけれども。

 とにかくケンG氏には、男性VTuberを募集する時に改めて応募してもらうとしよう。

 次だ、次。


『……を……で…………は……』


「あ?」


 ゲームをプレイしている画面が映ってはいるが、肝心の応募者の声が聞こえない。

 いや、なんかボソボソと喋っている声が微かに聞こえるな……。


『あ…………てき………………こ…………たね』


 なんて言ってるんだ…………もう……分からん……機材変えて出直してきてくれ……。

 はい、次の人どうぞ。


『ブリブリブリティッシュです!!!!!!!(超爆音)』


「鼓膜吹き飛ぶ!」


『自己PR動画ということで得意な歌を歌わせて頂きます!!!!!!』


「うるせー!!」


「代表、お静かにお願いします」


「すいません」


 鼓膜を失ったばかりか七椿にまで怒られてしまった。

 おのれブリブリブリテッシュ。

 ちなみにブリブリブリテッシュは超絶音痴だった。


「おいおい、今の所3連続で外れなんだが……次は頼むぞ」


 4つ目の動画を開くと、どことも知れない深夜の雑木林が画面に映った。

 動画の中央には白装束を着た、髪の長い女が立っている。


「なんだこれ……」


『物心付いた頃から恐山でシャーマンとしての修行を積んで来ました……』


「ひえぇ……」


『オーディション……合格させてくれなければ……末代まで祟ってやるうぅううううううううううう!!』


「怖いー!!!」


「代表、お静かにお願いします」


 その後もかなりの割合で落第レベルのPR動画を引いてしまい、俺は精神力とSAN値を大幅に削られるのであった。


 ■


「おはようございまーす……って、あれ? おに……じゃなくて代表、どうしたの? 死んでるけど」


 数時間後、魑魅魍魎の動画を片っ端から確認したせいで疲れ切った俺は、事務所2Fの談話スペースにあるソファの上で灰になっていた。

 瑠璃は学校が終わったので選考作業を手伝いに来てくれたのだろうが、やつれきった俺を見て困惑している様子だった。


「俺はもう駄目だ……呪詛師に動画越しに呪われたかもしれない。お前も気を付けろ、PRは動画は特級呪物の集まりだ……」


「はぁ? いつにも増して分けわかんないんだから」


「……」


 ムカついたので瑠璃にも同じ動画を見せてやった。

 普通にビビッて泣きそうになっていたのでざまあみろだ。


 この調子だとオーディションが終わる頃には俺の精神が崩壊してるかもしれん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る