ストームレディ
「活動資金に1000万ですか」
「い、い、い、1000万円!?」
俺の出した提案に瑠璃と七椿は対照的な反応を見せる。
七椿は大して驚いた風でもなく、眼鏡をクイっとさせただけ。
一方瑠璃は、
「私にもくれるの!?」
と、興奮した様子で立ち上がった。分かりやすい奴。
俺が手で座るように促すと、瑠璃は気恥ずかしそうに着席し直した。
二人が聞く姿勢に入ってるのを確認してから、1000万支給の件に関してもう少し踏み込んで話していく。
「オーディション合格者は、個人勢ではなく企業勢VTuberとして活動していってもらう以上、それなりの頻度で配信していってもらう。それこそ毎日配信してもらうくらいが理想だと思っている」
「そうですね。他社のオーディションでも、応募要項に週何回以上の配信が出来る方、という条件はよく見られます。FMKのオーディション要項にも同様の文言は入れる手筈になっていますが」
七椿の解説に俺は頷く。
「配信者は配信してなんぼだからな、web小説家だって毎日更新が理想なわけだし……」
「なんの話?」
「すまん、脱線しかけた。あー……毎日配信してもらうのが理想とは言ったが、VTuberだって中身は人間だ。夢のない話になるが、配信を収益化してそれだけで食っていけるようになるまでは、働きながら配信していかなければならないという人もいるだろう」
配信の収益だけで生きていくのはそれなりにハードルが高い。
大手のVになるならともかく、うちのような新興ならその難易度は更に跳ね上がる。
「で、VTuberの活動のみに専念したいという人間のために、当面の活動資金として1000万を支給する。勿論VTuberとして成功しようが失敗しようが、支給した1000万は返還の必要は一切ない。そこらへんをオーディションの目玉として推していきたいと思っている」
「成る程、代表の意見は分かりました。企業側が有望なクリエイターに資金面のサポートをするのは有りだと思います。日本でも、企業がインディーゲームの作者に1000万を支給した例もありますし、世間的にも好意的に受け入れられるでしょう」
「そういうワケだから、そういう方向で話を進めて欲しい。そして瑠璃、お前には1000万はやらん」
「なんで!? 私もお金欲しい!」
自分の欲望に素直な妹は、駄々っ子のようにその場に転がってじたばたし始めた。
七椿が無表情でその様を見ているのが非常にシュールだ。
「お前にまとまった活動資金はいらんだろ、うちの事務所にいる限りは俺が一生養ってやるから我慢しろ」
こんなでも一応家族だしな。
俺が諭すと、瑠璃は駄々っ子ムーブをピタリと止めた。
むくりと上体を起こして俺を見てくるが、その顔は何故だかちょっと赤い。
「い、一生養うって……まあ、それなら、いいけど? でもお小遣いは欲しい……」
「はいはい、分かったから椅子に座りなさい」
仕方のない妹だ。
「すまんな、七椿。話を戻していいぞ」
「はい」
目の前で繰り広げられた茶番劇にも七椿は無関心そうだ。この人ちゃんと感情があるんだろうか。
それはそうと、七椿は俺と瑠璃が兄妹であることを知っている。
オーディション開催前の時点から瑠璃が所属タレントとして内定している以上、現時点での裏方スタッフに瑠璃の存在を隠すことは難しい。
瑠璃をオーディションに参加させて、八百長的に俺が瑠璃を無理やり拾い上げる方法も考えたが、そんな回りくどいことをするなら、いっそ口の堅そうなスタッフを雇って共犯になってもらうのが楽だと判断した。
そこらも加味しての七椿という人材の雇用だったのだが、なかなかどうして彼女は優秀だ。瑠璃がボロを出すことはあっても、七椿から情報が洩れることはないだろう。
そんなサイボーグのように職務に忠実な七椿が、高速でパソコンのキーをタップしながら話を進める。
「FMK1期生オーディションでの合格枠は全部で4名……瑠璃さんを抜いて3名まで合格者を選ぶことになっています。総支給額は最低でも3000万になりますが」
「金の心配はいいよ」
今のところはまだまだ余裕があるしな。
最近転がし始めた株もわりと順調に元手を増やしていってくれてるし。
「分かりました」
「それと、有望そうな応募者がいたら、定員以上の合格者が出ることもありえるってことにしておいてくれ」
今回オーディションのために用意した器は4つ。それが多いか少ないかは置いておく。
合格枠うち1つは瑠璃が使うことになる以上、残された枠は実質3と言うことになる。
が、他に渡すのが勿体ないような候補者が集まってしまった場合は、いっそ枠を増やすことによって全て拾いあげてしまおうという作戦だ。
器はその時に応じて新しく発注を掛けるということで。
説明するまでもなく俺の意図を理解したらしく、七椿は頷いて黙々と作業を進めていく。
VTuberの活動資金に1000万。
配信者に対する初期投資としては破格だが、これくらいのサポートがなければ人は集まらないだろう。
問題は2期生、3期生とオーディションを開催していくうえで、同様のサポートを継続するのかどうかだが、その時のことはその時に考えるとしよう。
少なくとも、今回のオーディションはそこそこの注目度は得られるはずだ。
とは言っても、興味を引けるのはあくまでもVTuber志望の人間に限られる。
界隈的にある程度の宣伝効果は期待できるだろうが、これがデビュー後のリスナーの獲得にも繋がるのかと言うと怪しいところだろう。
まだまだ課題は多いな。
その後も会議は続き、オーディションの概要が次々と決定されていった。
まず、応募者は事務所が用意した専用フォームに必要事項を入力していく。
専用フォームには自己PR用の短い動画を貼るスペースを設けられ、その自己PR動画が実質的な一次選考となる。
二次選考が通話面談、最終選考が事務所での面接。それら全てをクリアした者が、晴れて合格となるワケだ。
まあ、ほぼ既存の事務所のパクリみたいなもんだけど、真似できることは真似して仕事を減らしていかないとね。
「では本日の会議はこれくらいということで」
内容が殆どまとまったところで、会議はお開きとなった。
オーディションに関して詰められるところは詰めたはずだ。
後は野となれ山となれ。
七椿がノートPCを閉じると、会議の途中で飽きて寝ていた瑠璃がビクリと反応して顔を上げた。
「ふわぁ……終わった?」
完全に寝起きの瑠璃の額には、俺が落書きした肉の字が自己主張している。
ははは、こいつなんてアホ面してやがる。
「ああ、終わったからもう帰っていいぞ」
「じゃあ帰るけど……私今日必要だった?」
「1000万の話するのに必要だった。後から言ったらキレるだろ、お前」
「まあ、キレるけど。じゃあ、お先に失礼しまーす。沙羅さんまた明日ね」
なんて言いながら瑠璃は事務所を後にした。
あの顔のまま帰りやがった。ぷぷっ。会議中に寝るヤツが悪い。
■
数日後、俺の期待していた以上にオーディションは反響を得られることになる。
しかしそれは同時に、金に群がる有象無象の魑魅魍魎を呼び寄せる結果となり、オーディションはかなりの混迷を極めることになるのだが、それはまた次回以降の話だ。
そしてなにより、真の意味で常識が通用しない妖怪級のやべえ奴が来るとは、この時の俺はまだ予想していなかった。
■
「1000万……!」
暗がりでスマホを見つめる一人の女が、画面に表示された桁違いの金額に瞳を爛々と輝かせた。
部屋が暗いのは就寝前だからなどではなく、単純に電気を使えないから。
蛇口を捻っても水だって出て来やしない。
ついでに家賃も滞納している。
女は分かりやすく困窮していた。
「このままだと風俗かデビルハンターになるくらいしか道がないと思ってたけど、これならあたしにもワンチャンありそうね!」
世迷い事を口走る女は、光の速さで友達に電話を掛ける。
「あ、もしもし? あたしあたし。ちょっとパソコン貸して欲しいんだけど、あたしんち電気止まってて……え? 違う違う、オンラインカジノからは手を引いたから。もっと真っ当なやり方でデカく稼ぐことにしたの。うん、そうそう。この恩は倍にして返すから、よろしく」
通話を切り、女は今度は何が必要なのか思案を巡らせる。
そして数秒後には、まるで最初から決めていたかのような速さで、出かける支度を始めた。
「エビでタイを釣るにも元手がいるわね」
スマホの明かりを頼りに、部屋の片隅にまとめてあった数枚のチラシに目を通していく。
そのチラシは、全て最寄りの金融業者のパンフレットだった。
女は少しだけ吟味する素振りをみせてから、パンフレットを全部折りたたんで鞄の中に大事にしまいこんだ。
「先行投資は必要経費よ、でっかく賭けた分だけおっきくなって返って来るんだから。だからみんな喜んで貸してくれるわよね」
バラ色の未来を夢想しつつ、女は何もかもが滞納されたアパートの一室を後にした。
ひとたび動き出せば周囲を巻き込んで無差別に被害を与える存在を、人は嵐と呼ぶ。
今、暴風が吹き荒れようとしていた。
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