大手の強みと新興の弱点

 VTuberオーディション。

 厳密にはVTuberの中の人を決めるオーディションである。


 現存する大多数の企業勢VTuberは、予め企業側が用意したガワに入るためのオーディションに合格して、その魂となる権利を勝ち取っている場合がほとんどだ。

 無論そこには例外もあって、器だけじゃなくて魂まで企業側が全て用意してデビューというケースもある。

 が、しかし、今のVTuber界隈において圧倒的多数を占めており、尚且つVTuberを愛するメイン視聴者からの支持を得ているのは、やはり在野から実力者を募ってデビューさせるやり方だろう(俺調べ)。


 従来のキャラクター産業……例えばアニメやゲームの声優なんかは、養成所やら専門学校やらで訓練を積んだプロが声を当てるのが一般的だ。

 勿論そこにも例外はあるが、あえて素人声優を起用する手法を好むアニメ監督の話にまで言及すると一生脱線出来る自信があるので脇に置いておく。


 対してVTuberの魂達は、その大半がプロとしての訓練を積んでいない素人である。多分。要出典。

 VTuberの活動は主に配信や動画投稿であり、VTuebrが流行る以前から、その分野は熱意ある在野の人間達によって支えられてきた。


 この界隈で求められるのは、キャラクターに声をあてて演技する能力ではなく、配信を見てくれるリスナーを楽しませるためのトーク力や企画力とか、なんかそういうアレなのだ。

 長年の配信活動などによりそこんとこのノウハウを大量に蓄積していた配信者たちを、企業側が積極的に拾い上げて採用していった結果が、今の企業勢VTuberの多くがそもそも声優業の経験なんて微塵もない素人軍団という図式を作り上げたのかもしれない。


 だけど結果的にそれが良かったのだろう。

 上でも述べたが、VTuberに求められる能力はプロ声優や芸能人に求められるそれとは違う。

 プロとしての教育を受けていないからこそ、時にVTuberたちは危うい発言・行動をとって炎上にまで発展することもある。

 だけどそんな荒削りで破天荒な彼ら彼女らだからこそ、リスナー達は魅了されて片時も目を離せなくなるのだ。


 台本を読んでキャラクターを演じる声優には出せない味がそこにはある。

 VTuberは演じるものじゃない。

 求められているのは魂の入っていた、生きているという存在感だ。

 少なくとも俺はそう思っている。 


 グダグダと持論を並べたが、ようするに、うちの事務所でもオーディションで在野から人を集めますよという話だ。


「2日前に各種SNSにて、事務所の公式アカウントを用いてオーディションの開催を告知しました。が、ハッキリ言って注目度は低いです」


 七椿が遠慮ない物言いで意見を述べる。

 働くうえで忌憚ない意見をと指示したのは俺だが、七椿の言い方は本当に容赦ない。

 まあ、事実なので反論はないけど。


「なんで注目されてないの?」


 どうしようもなく今を生きてるだけで頭からっぽの女子高校生な瑠璃が、まるで最初から自分で考えることを放棄しているかのようなレスポンスで質問を投げた。


「今時VTuberのオーディションなんて巷に腐るほど溢れてるからな」


「それはそうかもだけど」


 俺の答えに瑠璃は納得がいかない様子だ。

 Vの魂募集が群雄割拠の戦国自体並みに乱立してるのは事実だが、それはうちの事務所が注目されていない原因の一側面に過ぎない。


「VTuebrになりたいという希望者の大半は、最大手の事務所に流れて行くからというのが一番の理由だと思いますが」


 七椿が情報を補足する。


「VTuberになったところで、リスナーを確保出来なければ食べていけない。しかし最大手の事務所に所属するというだけでチャンネル登録者やフォロワーを万単位で獲得出来るのですから、より稼げるであろう楽な方へと人が流れて行くのはある種当然かと」


 ふむ……。

 VTuberになりたがる人間の多くが業界最大手に流れているというのは俺も認知しているところであるしそこに異論はないのだけれど、いかんせん七椿は単純な数字だけを見て、人間の感情を計算に入れていない節がある。

 俺がそう思っていると、なんも考えて無さそうだった瑠璃が納得したように頷いた。


「そっか。まー、大手に入れれば推しとも絡めるだろうし、皆がそっちに行くのは仕方ないか」


 瑠璃の言葉に七椿が鉄面皮を少しだけ崩して、眼を僅か数ミリほどであるが見開いた。

 自分とは別角度からの瑠璃の意見を聞いて、少なからず目から鱗だったのだろう。


 VTuber最大手の事務所に入るという事は、最も人気のあるVTuberとも絡む機会を得られるということである。

 VTuberになりたいという人間の一部には、推しと一緒に対等な立場で遊びたい、友達になりたいからという層がそれなりに居ると聞く。

 ならばそういった層の魂募集オーディションに対する関心が、推しの居る事務所以外に向くことなど有り得ないと言ってもいい。ぽっと出の訳わかんない事務所なら尚更だ。

 実力のある人間も、熱意ある人間も、軒並み大手に奪われていくのが悲しい現実なのである。


「新興の事務所はそこらへんが弱いな」


「心配しないでよ、おに……代表。私が全人類の推しになれば、事務所がパンクするくらい応募者がくるはずだから」


 どこからそんな根拠のない自信が湧いてくるのか、我が事務所唯一のタレントであらせられる瑠璃様は、悩みがないことが悩みだという晴れ晴れしい笑顔を俺に向けてきた。


「未来ではそうなってるかもな。とりあえず現状の瑠璃はデビュー前で実績ゼロで頼りにならない以上、今はなんとかしてオーディションの注目度を高めたいところだ」


 そのための会議だったのだが、本題に入るまでが長すぎる。

 会議が大好きで一日中会議ばかりしている日本人の悪い所が出ている気がする。

 膨れっ面になった瑠璃を無視して話を本筋に戻す。


「とりあえず、まずはオーディションの開催告知を確認するところからだな」


 各自がスマホやPCでSNSを開く。

 そして事務所の公式アカウントにアクセスした。


 ■


 FMK公式@fmk_jp


【VTuber魂オーディション開催告知!】


 FMK初の新生VTuberグループ1期生を募集します!


 オーディションの詳細は近日公開!

 公式アカウントをフォローして情報をいち早くゲットしよう!


 器のデザインは↓のURLから確認出来ます!

 https://XXXXXXX……


 ■


「うーん、なんていうか」


「情報が無さ過ぎて注目されないのもやむなし、って感じじゃない?」


 瑠璃の言う通りだ。

 分かるのはVTuberのオーディションを近々開催するということと、リンク先の公式サイトでガワの見た目を確認出来るということだけ。

 器の方は人気の絵師に発注して時間を掛けて作ってもらったものなので、クオリティにはかなりの自信がある。そこら辺は大手事務所にも負けていないという自負がある。

 だが、器が良いだけで人が集まるほどこの業界は甘くない。


 ちなみにであるが、FMKというのはうちの事務所の正式名称だ。

 届け出上の理由で会社の名称を決める必要があったので、パっと思い付いた名称を俺が適当に付けた。


 FMKというのは我が妹の心の代名詞でもある《触れるモノ・みな・傷付ける》の略称だ。


 しかしFMKという名前の由来を知るのは俺だけであり、公式サイトにも事務所の名前の意味など少しも書かれていないし書いてない。

 こいつは言えん、言えんわい(マジチキスマイル)


「オーディションの注目度は、デビュー後の盛り上がりにもダイレクトに直結します。何らかの対策は必須かと思われますが」


 七椿がそこで言葉を切って俺を見据える。

 代表らしく何か案を出せということなのだろう。

 実はと言うと、具体的な案は既に用意してある。


「あんまり使いたくない手だけど、金の力を使おうかと思ってる」


「金の力、ですか」


 七椿がデータキャラみたく眼鏡をくいっとさせてくる。


「広告を打つということですか?」


「それもやるけど、もうちょっとズルい使い方をする」


「ズルい?」


 瑠璃が小首を傾げた。

 天から降って湧いた金の力。

 目の前の問題を解決するにはコイツを使うのが一番手っ取り早い。

 俺は少し前から考えていた方針を、初めて二人に打ち明けることにした。


「オーディション合格者には、当面の活動資金として1000万円を贈呈しようと思う」

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