Chapter 1 "Start-Up Ready?"

裏方二人と、タレント一人

 都内某所。

 どこにでもあるような何の変哲もないオフィス街に、絶妙に年季が入っているがそこそこ小奇麗な、これまたどこにでもあるような貸しビルが立っている。


 そのビルの1Fは喫茶店。

 《U・S・A》とかいうアメリカンステイツなネーミングのオシャレな喫茶店が営業している。


 そして2F~5Fまでは、最近設立されたばかりの新興ネットタレント事務所が占領している。

 ……のだが、所属タレントがたったの一名で、しかもその一名も活動前の準備段階。故に居を構えてはいるものの、実際はほとんど活動していないのも同然な、何がなんやら分からないような団体の溜まり場になっていた。


 そんでもって、周辺地域の皆様にとって非常に胡乱であるこの組織の長こそが、何を隠そう先日まで億単位の金の上に胡坐を掻いてぐーたらニートライフを満喫していた俺なのであった。


「思うんだけどさ、やっぱ事務所の一階は喫茶店とかが入ってるべきだと思うんだよね」


 掃除の行き届いた会議室。

 俺は上座で偉そうに足を組みながら、この事務所の立地がいかに俺の要求を満たしているのかを端的に言葉にした。

 すると同席していた我が事務所の現状唯一のタレントは、眉根を寄せて不可解な生き物を見る目付きで俺を睥睨へいげいしてきた。


「はぁ……おにいって、昔からそういう意味わかんない拘りを持ってるよね」


 呆れたように呟く我が事務所の期待の星――もとい、我が妹の瑠璃の反応に、俺は逆転が得意な弁護士の如く、机を叩いて異議を唱える。


「意味わかんないとは心外だな。身体は子供、頭脳は大人な名探偵が居候してる探偵事務所だって1Fは喫茶店だろ」


「だろって言われても」


「この条件を満たす物件を探すのに苦労したんだぜ?」


「馬鹿じゃないの? っていうか探さなくても、ビルごと買い取ってから、1Fに自分で喫茶店を開けば良いだけじゃん。お金はあるんだから」


「それは養殖だろ、天然ものじゃないと俺は嫌だったの」


「やっぱり意味わかんないんだけど、おにいの性癖」


 やれやれ、理解されないってのは辛いもんだ。

 なんてくだらない冗談はさておき、俺はちょっとだけ真面目なトーンで瑠璃にダメ出しをする。


「瑠璃、おにいは止めろって言ったろ」


 訂正を求めると、瑠璃は少しだけむず痒そうな顔をしながら、おずおずと口を開く。


「すいませんでした、代表・・


 俺が宝くじで10億円を当てた事実を、瑠璃と共有してから早半年。

 話し合いの末に、俺は社長、そして瑠璃は事務所の所属タレントとして、兄妹で協力してネットタレントの――VTuberの事務所運営を目指していくことになった。


 俺が大金を手にしていたことと、それを隠して嘘を吐いていたことを知った瑠璃は、一時は癇癪を起して大いに俺を困らせた。が、最終的には自身の夢のためにと怒りを飲み込んでくれた。

 それから色々と話し合って、紆余曲折を経て、ようやく活動拠点となる事務所を手に入れる所まで漕ぎ着けたのだ。そしてその辺の話はさして重要でもないので割愛させてもらう。


 兎に角、話し合いの中で、幾つか二人の間で決めたことがある。

 瑠璃に俺を代表と呼ばせているのは、その決まりごとの中の一つだ。


 理由は至極単純。

 瑠璃が縁故採用であることを隠すためだ。


 ほとんど瑠璃のためにVTuber事務所を立ち上げたようなものだが、やると決めた以上は半端な姿勢は見せられない。

 所属VTuberも瑠璃だけではなく、これからどんどん人数を増やしていくつもりだ。

 そのためのオーディションも既に開催告知を出している。


 瑠璃が社長である俺の妹だと知れれば、必ずそれを良く思わない人間が現れるだろう。

 人間って生き物は、勝手に邪推して、勝手に妄想して、勝手に失望して、そして勝手に己の正義を振りかざす生き物だ。

 実の妹だから俺が瑠璃を贔屓しているとか、妹だからオーディションも受けずにVTuberになれたんだとか(これは事実だけど)、そういう噂が立てば組織にいらぬ不和が生じてしまうはず。

 上に立つ者として、余計な諍いの種は早めに摘み取っておきたかった。

 だからこその取り決めなのである。 


「ああ、気を付けろよ。特に他に人が居る時はな」


「はいはい」

 

 今、この会議室には俺と瑠璃の二人しかいない。

 だからといって、おにい呼びを許すような甘い真似はしない。

 こういう事は普段から徹底して脳に刻み込んでおかないと、絶対に何処かでボロが出てしまうだろうからな。


 ちなみに社長じゃなくて代表(取締役)の方で呼ばせているのは、なんとなく社長呼びがしっくりこなかったからである。俺が。

 ここら辺も瑠璃に言わせてみれば、意味のわからない拘りなのだろうが、俺としても感覚で言ってるだけなので何か明確なロジックが自分の中で確立されているわけじゃない。

 こういうのはフィーリングなのだよ。


 なんてくだらな過ぎるやり取りをしていると、不意に会議室のドアがノックされた。


「入って、どうぞ」


 しょうもないネットミームで入室を促すと、ドアが開いてスーツ姿の女性が入って来た。


「おはようございます、代表、瑠璃さん」


 分厚い書類とノートPCを小脇に抱えて登場した、眼鏡着用のクールビューティー。

 彼女の名前は七椿ななつばき沙羅さら

 うちの事務所で働いて貰っている事務員だ。

 主な役職は社長秘書、経理、マネージャー、それからまあ……その他諸々全部を任せている。

 見た目の通りのスーパーウーマンで、無能な俺に代わって大体の雑務を片付けてくれる有難い存在だ。

 なんでこんな有能な人が、うちの事務所の事務員募集に応募してくれたのか謎なくらいのハイパーな経歴の持ち主だったりする。そこはいずれ触れることもあるだろう。


「おはよう、七椿」


「おはようございます、沙羅さん」


 俺には横柄な態度で接してくる瑠璃も、七椿相手だとかなり丁寧で礼儀正しい感じになる。この猫被りめ。

 かなり愛想良く笑っている瑠璃に対し、七椿は地獄の一丁目から出張に来た殺人鬼のような鉄面皮を保ったまま、空いている席にロボットみたいな人間味の薄い動きで腰を掛けた。


 俺、七椿、そして瑠璃。

 これが現状のこの事務所のフルメンツだ。


 裏方スタッフが俺と七椿だけと少ないのは、まだそこまで人を必要としていないから。

 必要に応じて人員を補充していく予定ではあるが、今は七椿だけで過剰戦力なくらいだ。

 金に物を言わせて手に入れたこの事務所も、あまりの人の少なさにオバケでも出て来そうな雰囲気だけど、いずれは賑やかになってくるだろう。と思いたい。それくらい忙しくなってくれなきゃ困る。


 所属VTuberの数に関しては、今まさに会議の議題として話し合うところだ。


「それでは時間も惜しいので、会議を始めましょう」


 七椿が眼鏡をキラリと光らせる。


「本日は新生VTuberグループ(仮)オーディションの概要を詰めていきたいと思います」

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