シャルルは真っ直ぐな愛を貫く

赤い薔薇

 彼女への愛は、シャルルにとって道標みちしるべのようなものだった。






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 シャルル・イヴォン・ピエール・ド・ユブルームグレックスは、ユブルームグレックス大公国の第3大公子として産まれた。太陽光を浴びたようなブロンドの髪にサファイアのような青い目で、将来美形になるであろう顔立ちだ。

 ユブルームグレックス大公国は、ナルフェック王国とガーメニー王国の国境上にある国だ。国土は隣接する2国の10分の1程度と狭いが、国力は侮れない。公用語はユブルームグレックス語だが、初代大公国はナルフェックの王子、初代大公妃はガーメニーの王女なのでナルフェック語とガーメニー語も多くの国民が使っている。故に、ユブルームグレックスの者は、最低でも3ヶ国語は話せる。シャルルもそうだ。

 シャルルは1番上の兄で大公世子であるオーギュスト、姉のノエラ、2番目の兄のロイクと共に教育を受けて育った。シャルルは姉や2人の兄にほんの少し及ばないが、外国語と人の懐に入る上手さは4人の中で1番上だった。シャルルは優秀な兄や姉と比較されても、腐らず前向きに努力出来る少年だった。

 シャルルが7歳になる年に、婚約者が決まった。相手はナルフェック王国の王太女、ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ。シャルルより1つ年下だ。言わずもがな国の為の政略結婚である。

(ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ様……一体どんな人だろう?)

 シャルルはルナに興味を持った。

 ルナとの交流の時間は婚約後すぐにやって来た。大公と大公妃である両親と共に、ナルフェック王国に行くことがあった。シャルルはそこで初めてルナと出会う。

 甘美で格調高くエレガントな薔薇の香りが、空間を支配したような気がした。

 月光を浴びたようなプラチナブロンドの真っ直ぐな長い髪、アメジストのような神秘的で吸い込まれそうなな紫の目、陶器のような白くきめ細やかな肌。紫の薔薇を彷彿とさせる少女だ。そして誰もが話しかけることを躊躇ってしまうような美しさ。しかしシャルルは物怖じせず笑顔でルナに挨拶をする。

「初めまして。シャルル・イヴォン・ピエール・ド・ユブルームグレックスと申します。王太女殿下にお会いできて大変光栄でございます。どうぞよろしくお願いします」

「ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌでございます。大公子殿下、遠路遥々お越しくださいまして感謝いたしますわ」

 澄んでいて華やかな、品のあるソプラノの声。ルナはまだ6歳ながら、ミステリアスで上品な笑みで落ち着きがあり次期女王として風格もあった。背丈もシャルルと同じくらいである。

「どうぞシャルルとお呼びください」

 明るい笑みのシャルル。

 ルナは一瞬だけ驚いたような表情になったが、またすぐに上品な笑みに戻る。

「では、わたくしのことはルナとお呼びくださいませ、シャルル様」

「はい。よろしくお願いします、ルナ様」

 シャルルはルナに手を差し出し、握手を交わした。お互い婚約者として上手くやっていけそうだと感じた。






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 シャルルはルナと共に場所を移動して、薔薇園を散歩していた。

「ルナ様は普段、自由時間には何をして過ごされているのですか?」

「チェスやポーカーをすることが多いです。それから、ネンガルド語やガーメニー語で書かれた本を読むこともございますわ」

「他の国の言語で書かれた本を読むと勉強になりますよね。チェスやポーカーはどなたと一緒にやるのですか?」

「お兄様とすることが1番多いですわね。時々国王陛下お父様王妃殿下お母様ともいたしますわ」

「ルナ様はお強いのですか?」

「どうでしょうか? ただ、今のところ誰にも負けたことはございません」

「国王陛下、王妃殿下、王子殿下に負けたことがない……。とてもお強いではありませんか。僕もルナ様とチェスやポーカーをしてみたいです。弱いかもしれませんが」

「それではシャルル様、チェスを1戦願えますか?」

「ええ、是非お願いします、ルナ様」

 シャルルは楽しそうに話していた。ルナとチェスをすることが決まり、テーブルと椅子のある温室へ移る。そしてチェスを始めたのだが……。

「チェックメイトでございますわ」

 ルナが涼しげな笑みで黒のナイトを動かした。

「う……。参りました。ルナ様……強過ぎです。開始5分でチェックメイトとは……」

 シャルルは唖然としていた。

「国王陛下や王妃殿下や王子殿下とチェスをなさる時も、こんな感じなのでしょうか?」

王妃殿下お母様やお兄様とする時は今と同じくらいの時間で終わってしまいますわ。国王陛下お父様とでございましたら、1時間程度ですわ」

 ルナは上品な微笑みを浮かべている。

「凄い……! ルナ様は本当にチェスがお強い。ルナ様ともっと長くチェスを楽しめるように頑張ります」

 シャルルはサファイアの目をキラキラと輝かせた。

 その時、紅茶とケーキが運ばれて来た。キームンという種類の紅茶と、苺のタルトだ。

「シャルル様、ティータイムといたしましょう」

 相変わらず上品な笑みのルナ。シャルルは頷いた。

 シャルルは苺のタルトを食べるルナの仕草をさりげなく見ていた。ルナはナイフとフォークでタルトを美しく切る。王族らしく洗練された動作だった。そしてタルトを一口食べた瞬間、アメジストの目が輝きを増し口元が綻んだ。シャルルはその表情に見惚れてしまった。

(ルナ様は苺のタルトがお好きなのか。とても可愛らしい。ルナ様はチェスの駆け引きも優れていて、いずれ国を背負うお方。だけど、その前に6歳の女の子でもあるんだ)

 シャルルは目を細め、優しい笑みを浮かべた。それと同時に鼓動が高鳴り胸の中に暖かいものが広がる感覚になった。

「ルナ様、僕のタルトを半分いただいてください」

 シャルルはルナの前に自分の苺のタルトを差し出した。ルナは目を輝かせているが、少し戸惑った様子だった。

「実は王宮に来る前にお昼を食べたので、お腹いっぱいなのですよ。ですが、残すのはもったいないです。えっと、確かタルト生地には小麦が使われています。クリームも確か牛乳から作られていますよね。民が作った小麦、民が作った苺、民が作った牛乳。それから調理をしてくださったシェフ。食べ物や料理には民の努力や頑張りが詰まっています。それを残してしまうのは、民の努力や頑張りを無駄にしてしまうこと。だから、いただいてください」

 シャルルは真っ直ぐルナを見て微笑んだ。

「……ありがとうございます、シャルル様」

 ルナはそっと差し出されたタルトに手を伸ばした。その目はキラキラと輝いており、嬉しさが滲み出ていた。

 その後、シャルルはユブルームグレックスに戻ってから今まで以上に勉強や剣術に励んだ。そしてチェスやポーカーの駆け引きを学ぶこともあった。

(僕は、ルナ様に相応しい男になる! ルナ様を守るための盾、そしてルナ様が倒れそうな時は支えることが出来るようになりたい! ルナ様と共に歩みたい!)

 全てはルナの為だった。

 赤い薔薇が強く咲き誇っていた。



赤い薔薇の花言葉:愛、情熱

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