エリカ

 あっという間に時が経過し、シャルルは18歳になった。背も高く伸び、端正な顔立ちになった。この日、シャルルは祖国から離れ、ナルフェックの王家に婿入りする。ルナと結婚するのだ。出会ってから定期的に文通や実際に会って交流を続けてきたので、シャルルとルナの関係は良好だ。シャルルは7歳からルナと釣り合うように勉強、剣術などに励んできたのだ。

「お久し振りでございます、ルナ様」

 シャルルは王宮でルナに挨拶をする。

「お久し振りでございます、シャルル様。ご立派に成長なさいましたね」

 澄んでいて華やかで、威厳のあるソプラノの声だ。ルナはミステリアスで上品な微笑みを浮かべた。プラチナブロンドの長い髪は艶やかで、アメジストの目は神秘的である。相変わらず神々しい美貌も健在だ。

 甘美で格調高くエレガントな薔薇の香りが、空間を支配した。

「ありがたきお言葉です。しかし、ルナ様の方がご立派ですよ」

 シャルルは真っ直ぐルナを見ていた。

 結婚式もパレードも滞りなく行われて、シャルルはナルフェックの王族となった。ルナとの関係も良好。今まで努力した結果のお陰か、シャルルを受け入れる者達が多かった。シャルルが行う必要のある公務に関しても、協力してくれる者が多い。側から見たら何の問題もなく順風満帆に感じるが、シャルルは何となく寂しさを感じていた。

(この国には気軽に話すことが出来る人もいる。ユブルームグレックスにいる兄や姉とは気軽には会えないけれど文通は出来る。ルナ様とも政治的な込み入った話まで出来るようになっている。だけど……僕はルナ様からちゃんと男として愛されているのだろうか?)

 シャルルは王宮の庭でため息をついた。

 王宮の庭には、白く小さな花をびっしり付けた低木ーーエリカが風で揺れていた。






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 ある日、シャルルは公務の休憩中、ルナの笑い声が聞こえたのでその方向に足を運ぶ。

 王宮の薔薇園まで来ると、ルナの姿が見えた。彼女の隣には、アッシュブロンドの髪にヘーゼルの目で中性的な顔立ちの少女がいた。年はルナやシャルルと近いように見える。そしてルナより背が低いが、長身だ。

 ルナはその少女の前で砕けた笑みを浮かべていた。それはシャルルがよく見ている王族らしい気品のある笑みとは全く違う、17歳の少女らしい笑み。

(ルナ様のあんな表情……初めて見た……。あの方はルナ様とどういう関係なのだろうか? あの方は何故ルナ様の年相応の笑顔を引き出せるのだろうか?)

 シャルルは初めて見るルナの表情に衝撃を受けたと同時に、ルナと話している少女が何者なのか興味を持った。

 すると、背後から誰か来る気配を感じた。振り向くと、栗毛色の髪に紫の目をした、甘めで柔和な顔立ちの少年がいた。白いジャスミンを彷彿とさせる少年だ。彼はボウ・アンド・スクレープでシャルルに礼を取る。

「これはこれは、マルセル殿、ご機嫌よう。どうぞ頭を上げて楽にしてください」

 シャルルは少年ーーマルセル明るい笑みを向ける。

 マルセル・ゴーチエ・ド・ジョーヴラン。シャルルと同じ18歳の、侯爵家三男だ。同い年でその穏やかさから、シャルルにとってとても話しやすい友人のような存在だ。

「ご機嫌麗しゅう、王配殿下。ところで、ここで何をなさっているのですか?」

 マルセルは穏やかな笑みを浮かべながら首を傾げた。

「実はルナ様の声が聞こえたので、ここまで来てみたら……あのように楽しそうな様子でして」

 シャルルはキトリーと楽しそうに話すルナを見ていた。

「左様でございましたが」

「マルセル殿は、今ルナ様とお話ししているあの方をご存知ですか?」

 シャルルは素直にマルセルに聞いてみたら。

「ええ、彼女はキトリー・エディット・ド・ヌムール嬢。ヌムール公爵家のご長女で、私の婚約者でございます、王配殿下」

 マルセルは一瞬ルナと話していた少女ーーキトリーに目を向けてから、シャルルに対して笑みを浮かべる。

「マルセル殿のご婚約者でしたか。ルナ様があんな風に肩の力を抜いていたので、彼女は一体何者だろうかと少し気になりましてね」

 シャルルは照れ隠しなのか、頭を掻いた。

「女王陛下とキトリー嬢は幼馴染でございます。女王陛下は医学や化学、それから技術系の学問にもご興味をお持ちなのは王配殿下もご存知だとは存じますが」

「ええ、マルセル殿。ルナ様がそれらの学問に興味をお持ちであることは、交流を通じて知りました。ルナ様が肺腐病の治療薬を開発したことも。少し前までは不治の病だった肺腐病も、ルナ様が開発した薬のお陰で完治するようになりました。本当にルナ様は素晴らしいお方です」

 シャルルはサファイアの目をキラキラと輝かせていた。シャルルは結婚前の定期的なルナとの交流で、ルナが医学、薬学、化学、技術系の学問に興味を持っていることや、不治の病と言われている肺腐病の治療薬の開発を試みていると本人から聞いていた。

「ええ。女王陛下は歴代国王の中で最も優れた頭脳を持つと言われております」

 マルセルはシャルルの言葉に同意する。そして言葉を続ける。

「実はその肺腐病の治療薬開発に関して、キトリー嬢は女王陛下のサポートをしておりました。ヌムール公爵領は医学が発展しておりますので。最近は薬学にも力を入れております」

「なるほど。つまり医学などに興味を持っているルナ様は、昔からヌムール領に足をお運びになることが多かった。それでルナ様はキトリー殿にはあのような気軽な態度になっていらしたのですね」

 マルセルの話に納得した様子で、シャルルは再びルナとキトリーに目を向けた。

「左様でございます、王配殿下。キトリー嬢も医学や理系の学問に興味をお持ちで頭もいいので、女王陛下と大変気が合うのでしょう」

 マルセルも見守るかのように、ルナとキトリー、そしてシャルルを見ていた。

「ところで王配殿下、ここ最近浮かない顔をしておりますが、何かおありになりましたか?」

 穏やかで優しく、まるで親のような笑みのマルセル。

 優しく安心感のあるカモミールの香りがシャルルを包み込む。

(マルセル殿にならルナ様とのことを相談出来るかもしれない)

 シャルルはポツポツと話し始める。自分はルナから男として愛されている感じがしない、それが寂しいということを。

 マルセルは黙ってシャルルの話を聞いている。

「……ということで少し悩んでいるんてす」

 全てを話し終わり、シャルルは寂しげな笑みを浮かべていた。

「左様でございましたが」

 マルセルは穏やかに微笑む。シャルルと同い年だが、大人びて見えた。

「王配殿下、ここは思い切って女王陛下にご自身のお気持ちをお伝えしたらいいかと存じます」

「僕の気持ちを……。確かにルナ様に伝えたことはなかったです。政略結婚なので、そういうことを聞いたり言ったりするのは些か野暮だと思っていましたから。でも……確かに言わないと分かってもらえない。……マルセル殿、ありがとうございます。貴方のお陰でどうしたらいいか分かりました」

 シャルルはスッキリとした笑みになった。

 ひらりとエリカの花が1つ落ちるのであった。



エリカの花言葉:寂しさ

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