エキザカム

 ランベールが20歳になった時、宰相などの重要な役職の代替わりが行われた。それにより、ランベールは希望通り宰相になることが叶った。

 また同時期に、ルナとシャルルの間に子供が産まれた。産まれてた子は男の子で、ガブリエルと名付けられた。フルネームはガブリエル・ルイ・ルナ・シャルル。いずれ王太子として立太子され、次期国王になるだろう。ランベールはガブリエルの誕生及びルナの回復祝いのパーティーに出席した。このパーティーでは役職の代替わりも宣言される。その際、ルナはいつもの王族としての威厳と品がある笑みだったが、シャルルの隣にいる時は穏やかで幸せそうな笑みになっていた。ランベールはそれを見て切なげな笑みを浮かべた。

(やはりまだ私は女王陛下を愛してしまっている。この想いは簡単に消えぬものなのだな)

 ランベールはルナに恋をした。絶対に報われることのない恋だ。しかしルナを想っている時、ランベールの胸の中は幸せと甘い喜びで満ち溢れていた。

 そんなある日、ランベールの幼馴染であるキトリーとマルセルの結婚式が行われた。婚約当時はマルセルがヌムール公爵家次期当主となる予定だった。しかし、ルナが女性も家督や爵位を継げるように国の制度を変えたので、キトリーがヌムール公爵家次期当主となった。ナルフェック王国初の女公爵になる予定だ。ちなみにマルセルは当主になれないということに悔しさなどは全く感じていない様子だった。元々キトリーが家督を継ぎたくてうずうずしていたことはマルセルもよく知っていたからだ。

 そしてランベールにも縁談が次々と届いている状態だ。家同士の力関係やメリットやデメリットなどを考えた上で、ランベールはヌムール公爵家の次女、つまりキトリーの妹であるオルタンスと結婚することになった。






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 ランベールがオルタンスと結婚して1ヶ月が経過した。

 社交シーズンは終わり、領地を持つ貴族達はこぞって領地に戻って行った。しかしランベールは宰相としての仕事があるので王都へ行く頻度が高い。メルクール領は王都から近いので、ランベールは王都と領地を往復する日々を送っていた。

 この日もランベールは王都からメルクール領の屋敷に帰って来た。その時、庭で過ごしているオルタンスを見つけた。

「ランベール様、お帰りになられたのですね」

 オルタンスはふわりとした儚げな笑みを浮かべている。

 ふんわりと甘く可憐な、ベリーの香りがした。

「ああ。ところでオルタンス、一体何をしているのだ?」

「花を愛でておりましたの。エキガサムの花でございます」

 オルタンスが示した先には青紫色の小さな花をたくさん咲かせている鉢植えがあった。

「この花はエキザカムというのか。オルタンスは花の名をよく知っているのだな」

「お姉様に植物図鑑を見せてもらったことがございましたので」

 オルタンスはふふっと笑った。

「そうか。……オルタンス、外にいては体を冷やしてしまう」

 ランベールは自分が着ていたコートを脱ぎ、オルタンスの肩にかける。

「ランベール様、お気遣いありがとうございます」

 オルタンスは体が弱く、寝込んでしまう日もあった。ランベールはそれを知っているのでこうしてオルタンスを気にかけている

「ランベール様……わたくしは、たとえお互いの家の為の政略結婚だったとしても、ランベール様と結婚出来たことが……とても嬉しく存じます。わたくしは、幼い頃からランベール様のことをお慕いしております」

 儚げで触れたら壊れてしまいそうなオルタンス。しかし、彼女のヘーゼルの目は真っ直ぐランベールを見つめていた。

 突然のことに、ランベールはたじろいでしまう。

「まさか……オルタンスが私のことをそう思ってくれていたとは……その、驚いた」

 ランベールにとって、オルタンスは妹みたいな存在だった。

「ランベール様も同じようにわたくしのことを想って欲しいわけではございません。ただ、わたくしはランベール様のお側にいることが出来るだけで満足でございます。たとえ、ランベール様に想い人がいらしたとしても」

 ランベールは目を見開いた。オルタンスの気持ちが痛い程分かる。ルナを想う自分の姿と重なったからだ。それだけでなく、ランベールはオルタンスの全てを見透かすような目を見てドキリとした。

 ふんわりと甘く可憐な、ベリーの香りがランベールの鼻を掠めた。

(叶わぬ恋……。私はルナ様を想っている時、幸せでもあったが苦しくもあった。……目の前にいるピンクのシクラメンのような儚げな女性……オルタンスに苦しみを味合わせるわけにはいかない)

 ランベールは出来る限りオルタンスの側にいようと決めたのであった。

 その翌日からランベールは仕事を終わらせるとすぐにオルタンスの元へ帰るようになった。また、オルタンスが体調を崩して寝込んでいる時はなるべく側にいるようにしていた。

「ランベール様……」

 熱を出してベッドに横たわるオルタンス。

「オルタンス、大丈夫か? 苦しくはないか?」

 ランベールはオルタンスの手をそっと握る。

「大丈夫でございます。ただの風邪ですわ。ですが、ランベール様に風邪がうつってしまいます。どうかご自身のお部屋にお戻りください」

「いいや、ここにいよう。風邪は他人にうつすと治ると言われている。君がよくなるまで私はここにいる」

 ランベールはオルタンスの手を握る力を先程より少し強めた。

(そういえば、昔お茶会の途中でオルタンスが体調を崩したことがあった……。その時もこうしてオルタンスの側にいたことがあったかな。あの時は女王陛下もいらしていて、陛下からのお土産をオルタンスに渡す役を申し出た覚えがある)

 ランベールは子供の頃にあった出来事を思い出した。

「ランベール様……ありがとうございます」

 オルタンスの表情が少し和らいだ。ランベールはそれを見て少し安心した。

 この時ランベールの胸の中でじんわりと温かいものが芽生え始めたのだが、ランベールはそれに気が付かなかった。







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 翌年の春になり、社交シーズンが始まった。ランベールもオルタンスも領地の屋敷から王都アーピスにあるタウンハウスに移る。

 ランベールは宰相としての仕事や社交界に顔を出す日々だ。オルタンスも体調を見ながらお茶会や夜会に出席する日々を送っている。

 そんなある日、ランベールは花屋でピンク色のチューリップを見つけた。

(オルタンスにプレゼントしたら喜んでくれるだろうか?)

 ランベールはピンク色のチューリップを購入し、急いでタウンハウスに戻るのであった。

「ランベール様、お帰りなさいませ」

 ふわりとした笑顔でランベールを迎えてくれたオルタンス。

「ただいま、オルタンス。これを君に」

 ランベールはピンク色のチューリップの花束をオルタンスに差し出す。

「まあ、わたくしにでございますか? とても嬉しく存じますわ」

 オルタンスは花が綻んだような笑みになった。ランベールの胸の中に温かいものがじんわりと広がった。

 そして時が過ぎ、翌年にはランベールとオルタンスの間に娘が誕生した。髪色はランベール譲りの黒に近い焦茶色。目の色はオルタンス譲りのヘーゼルだ。そして全体的な顔立ちはオルタンスに似ている。ランベールは体の弱いオルタンスを心配し、子供を儲けずメルクール家の跡継ぎは親戚筋から養子を迎え入れようとした。しかしオルタンスは子供を産みたいと珍しく1歩も引かなかったので、ランベールは心配しながらもそれを受け入れることにした。そうして産まれた娘がルシールだ。ルシール・オルタンス・ド・メルクール。ミドルネームにオルタンスの名前を入れた。ルシールはすくすくと健康に育った。ルシールを見守るオルタンスの表情はとても柔らかで幸せそうだった。ランベールもそれを見て穏やかな笑みになる。

 ランベールは無意識のうちにオルタンスとの穏やかな日々に幸せを感じていた。

 部屋に飾ってあるエキザカムが存在感を放っていた。



エキザカムの花言葉:あなたを愛します

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