フィットニア

 ランベールはルナと出会い、傲慢だった自身の愚かさに気がついた。反省したランベールは態度を改めて、今まで嫌な思いをさせた相手に謝ることから始めた。

「ランベール、まさか君が謝るなんて……。どこか具合が悪いのか? 今すぐヌムール領の医者に診察してもらうべきだ」

 キトリー・エディット・ド・ヌムールは、そんなランベールの態度に驚愕していた。

「……キトリー嬢、私はどこも具合は悪くない。少し驚き過ぎではないか?」

 ランベールは苦笑した。

「いやいや、あの傲慢で他者を見下していたランベールが私に謝るなんて……。もし具合が悪くないのだとしたら、何かよからぬことを企んでいるに違いない。マルセルもそう思うだろう?」

 キトリーは隣にいたマルセル・ゴーチエ・ド・ジョーヴランにに話を振った。

「まあ……キトリー嬢の言うことは分からなくはないね。私もランベール殿には散々言われてきたから」

 マルセルは苦笑した。

「いや、マルセル……殿、今まで本当に申し訳ない」

 ランベールは気まずそうに謝罪した。

 キトリーはヌムール公爵家の長女だ。アッシュブロンドにヘーゼルの目をしており、中性的な顔立ちである。年はランベールより1つ下だ。キトリーはあまり令嬢らしくない砕けた話し方をしているが、正式な場ではきちんと令嬢らしく振る舞えるらしい。

 マルセルはジョーヴラン侯爵家の次男だ。栗毛色の髪に紫の目で温和な雰囲気だ。紫の目と言うことで、マルセルも先祖を辿れば王家に行き着くだろう。ランベールと同い年で、背は少し低めだ。

 ランベール、キトリー、マルセルの3人は幼馴染である。

「ランベール殿の言葉に嘘がないと信じよう。きっと何かきっかけがあったんだろう」

 マルセルは柔和な笑みを浮かべていた。

 ランベールはそれに頷く。

「ありがとう、マルセル殿。実は、王太女殿下にお会いして、己の愚かさに気がついたというか」

「へえ、ルナに会ったんだ」

 意外そうな表情をするキトリー。だがランベールは彼女の言葉に驚愕し、目を零れ落ちそうなくらい大きく見開いた。

「キトリー嬢、王太女殿下を呼び捨てにするとは、無礼にも程がある……!」

 ランベールは口を魚のようにパクパクしていた。ちなみに、ランベールも初対面でルナをあんた呼ばわりしたことがあるが、それは完全に棚に上げている。

「王家主催の夜会とか、そういう正式な場でならちゃんと王太女殿下と呼ぶさ。だけど、非公式で人も少なければ、気軽にルナと呼んでもいいじゃないか。友達なんだから」

 キトリーはあっけらかんとしている。

「王太女殿下と……友達……!?」

 ランベールは後頭部をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。

「まあね。ルナはヌムール領に医学を学びに来ているんだよ。医学とか化学に興味があるみたいでね。彼女は理解が早いから、次期女王としての教育もかなり進んでいるらしい。5歳から教育開始してわずか2年で10ヶ国語を完璧に話せるようになっているみたいだし。だから、医学とか他の学問を学ぶ余裕もあるって噂を聞いたことがある。ルナとの医学的な議論、結構面白いよ。しかも、同年代の令嬢で医学とか化学に興味のある人がいてとても嬉しい。まあ令嬢ではなく王太女なんだけどさ」

 キトリーはへへっと嬉しそうに微笑んでいた。ヌムール領は土地が痩せ細っており、農業などには向かない。また、鉄鋼などの資源が採掘される土地でもない。そこで、知識産業で土地を発展させた。とりわけ医学に力を入れるようになった領地だ。そして、まだ女性が理系の学問を学ぶことが少なかった時代なので、そういったことに興味を持っているキトリーは変わり者の令嬢だと言われていたのだ。

「王太女殿下は噂通り優秀なお方なのか。そのようなお方と議論が出来るとは、キトリー嬢は幸せ者だ。私もお会いしてみたいものだ」

 マルセルはキトリーの話を聞き、穏やかに微笑んだ。どうやらマルセルはまだルナに会ったことがないらしい。

「キトリー嬢は王太女殿下と議論する仲なのか……」

 ランベールはそれを羨ましく思った。







−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






 その数日後、ランベールはヌムール領に来る機会があった。

「ランベール様、ヌムール邸へようこそ。歓迎いたしますわ」

「キトリー嬢、今日はお茶会のお誘いありがとう」

 ランベールは令嬢らしく振る舞うキトリーに少し苦笑した。

「やっぱりランベールとマルセル相手に令嬢らしく振る舞うのは慣れない。今日は見知った相手しかいない非公式な場だし、いつも通りでいいや」

 キトリーは令嬢らしく振る舞うのをやめた。ランベールはそれにも苦笑する。

 基本的にお茶会などは成人デビュタントし、社交界デビューした貴族が開催するものだ。しかし、上級貴族の中にはランベール達のように成人デビュタント前から子供達だけでお茶会を開いて交流をする者もいる。社交界デビュー前の予行演習みたいなものだ。

「ランベール殿、ごきげんうるわしゅう」

 マルセルは柔和な笑みを浮かべている。

「マルセル殿、数日ぶりだな。仕立てのいい服を着ているな」

「ありがとう、ランベール。去年の服だとサイズが合わなくなってきたから新調したんだ」

 ハハハ、と穏やかに笑うマルセル。まだ8歳、体は成長期だ。

「ところでキトリー嬢、今日のお茶会のメンバーは我々だけかな? 用意されている椅子が1つ多いようだけど」

 マルセルは今いる人数より椅子の数が多いことに首を傾げた。

「あと1人来るさ。お、噂をすれば」

 キトリーはニッと笑い、こちらに歩いて来る最後の招待客の元へ向かう。

 ランベールはやって来た者を見てハッとする。

 甘美で格調高くエレガントな、薔薇の香りが鼻を掠める。

(王太女殿下……!)

 ルナもキトリーに招待されていたのだ。

「お招きありがとう、キトリー」

 ルナは薔薇のように気品ある笑みを浮かべている。

「こちらこそ、お越しくださりありがとうございます。王太女殿下」

 キトリーは淑女らしい挨拶をした。

「今日は気軽なお茶会だと聞いているるわ。キトリー、いつものように畏まらないでちょうだい」

 ルナはふふっと微笑んだ。するとキトリーはへへっと笑う。

「じゃあありがたくそうするよ、ルナ。今日は護衛や従者の人数が少なめだね」

「ええ。個人的な趣味でヌムール領に医学を学びに来たのだから」

 2人は会話をしながらランベール達の元へ近づいて来る。ランベールとマルセルはルナに対してボウ・アンド・スクレープで礼を取った。

「また会いしましたわね、ランベール」

 ルナは先にランベールに声をかける。華やかで品のある声だ。

「改めまして、ランベール・ブノワ・ド・メルクールでございます。王太女殿下、先日はご忠告ありがとうございました」

「王位継承権を持つ者としての自覚が持てたのですわね」

 ルナは優しく品のある笑みをランベールに向けた。続いてマルセルに声をかけるルナ。

「貴方はジョーヴラン侯爵令息のマルセルですね」

「はい。マルセル・ゴーチエ・ド・ジョーヴランと申します。本日はお会い出来て大変光栄でございます、王太女殿下」

 初対面だったが緊張せず、柔和な笑みを浮かべているマルセルだ。

 こうして、キトリー主催のお茶会が始まった。

「ルナ、チェスとかボードゲームやカードゲームも用意しているけれど、やるかい?」

「ええ、是非」

 キトリーの言葉に微笑むルナ。

「王太女殿下はそういったものも嗜むのですね」

 ランベールは少し食い入るように会話に入り込む。

「ええ、よろしければランベールとマルセルにもお相手願うわ」

「喜んで」

 ランベールは声を弾ませた。

「お手柔らかにお願いします」

 マルセルは柔らかな笑みだ。

「2人はルナに勝てるかな? ルナはチェスもボードゲームもポーカーも全部強いんだ。私もレオ殿下も勝てたことがない」

 キトリーは悪戯っぽく笑う。

「駆け引きが上手く出来たのと運もありますわよ、キトリー」

「まあこういったゲームでは駆け引きは大切だからね。ルナの婚約者のユブルームグレックス大公国のシャルル大公子殿下ともチェスとかをやっているんだっけ?」

「ええ。シャルル様がナルフェックにいらした時にやっておりますわ」

 ルナは上品な笑みを浮かべた。

(キトリー嬢やシャルル殿下の方が王太女殿下と親しい……。私も王太女殿下のお側にいることが出来たらどんなにいいか)

 ランベールは少し面白くない様子だった。

 窓辺に置かれたフィットニアは、ポツポツと小さな花を咲かせていた。



フィットニアの花言葉:羨ましい

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