その花の名は 〜あなたの香りに包まれて〜

報われぬ恋をしたランベール

ラッパスイセン

 ランベールにとって、その出会いは人生を変えるものだった。






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 ランベール・ブノワ・ド・メルクールはメルクール公爵家に産まれた。メルクール公爵家は筆頭公爵家で、ナルフェック王国の第二の王家と言われている。もし王家に万が一のことがあった場合には王位に就くことが決まっているのだ。ランベールはそんなメルクール家の次期当主だ。また、公爵家は王族が臣籍降下する際に嫁入りもしくは婿入りする家なので、王家とも血縁がある。ランベールは黒褐色の髪に、紫の目だ。プラチナブロンドの髪と紫の目はナルフェックの王族によく現れる特徴である。よって紫の目を持つランベールが王家と血縁があるのは明確だ。

 当時ナルフェック王国では王位継承件を持つのが王太女であるルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌしかいなかった。ルナには七つ歳の離れた兄、レオ・マリレーヌ・ルイ・カトリーヌがいるが、彼らネンガルド王国の王室に婿入りすることが決まっていたのでナルフェックの王位継承件は破棄している。ネンガルド王国の王太女が病死し、レオの婚約者であるネンガルドの第二王女アイリーンが王太女となり次期ネンガルド女王になることが確定したのだ。ナルフェックとネンガルドの同盟の為、この婚約は解消するべきではない。そこで、レオがネンガルド王国に婿入りすることになった。

 当時は王太女ルナに万が一のことがあることを考え、ランベールと彼の父ブノワも王位継承権を持っていた。ブノワが王位継承順位二位、ランベールが三位だ。そして貴族達の中にはランベールを次期国王にと担ぎ上げる者達もいた。ランベールを褒め称える彼らの声により、自分は特別な存在で、自分が願えばどんなことも周囲が叶えてくれる、どんなわがままも通る。本気でそう思っていた。

「おい! この料理はピーマンが入っている! 私はピーマンが嫌いだから入れるなと言っただろう! 父上に言いつけてお前をクビにしてやるからな!」

 料理にランベールの嫌いなピーマンが入っていたと言うだけで料理人をクビにしようとしたり。

「この課題、お前がやっておけ。私は忙しいんだ」

 家庭教師からの課題を使用人に押し付けて領地内にある街へ遊びに行ったり。

「何故お前のような無能な下級貴族がメルクール領にいる? 誰がこの地に足を踏み入れていいと言った?」

 下級貴族の令息を馬鹿にしたり。

 ランベールは傲慢でわがままだった。

 しかしランベールが八歳の時、そんな考えは打ち砕かれることになる。次第にランベールの周りに人がいなくなったのだ。

「ランベール様を次期国王に推しても旨みがない」

「王太女殿下の方が遥かに優秀だ。何でも、全公爵家と主要な侯爵家と伯爵家を全て味方につけたそうだ。それに、下級貴族や平民からの支持も厚い」

そういった声があり、ランベールを次期国王にと担ぎ上げていた者達は軒並み王太女ルナへと流れていった。ランベールはそのことでとても憤慨していた。

(王太女のせいで私の周りに人がいなくなったのか。だったらそいつを怒鳴りつけてやろう。女だから少し怒鳴れば言うことを聞くだろう)

 あろうことか、自分より立場が上の王太女にまでそう思っていた。

 そんなある日、王太女ルナがブノワとの会談の為にメルクール邸へ来るとの情報を聞きつけたランベール。

(王太女に怒鳴り込んでやろう)

 そう意気込んでいたランベール。しかし、メルクール邸の庭でルナの姿を見た瞬間息を呑んだ。

 腰まで真っ直ぐ伸びた、月の光に染まったようなプラチナブロンドの艶やかな髪、神秘的なアメジストのような紫の目。これらは王族の特徴だ。更に、陶器のような、白く透明感のあるきめ細かい肌。まだ七歳だが実年齢より大人びており、神々しい美しさだった。背も八歳のランベールより少し高い。そして王家の色である紫のドレスが良く似合う。次期女王としての風格があった。

 どことなくミステリアスで、紫の薔薇みたいな人だと、ランベールは思った。

(あれが……王太女……)

 薔薇の香り。甘美で格調高くエレガントな、薔薇の香りがした。

「貴方はメルクール公爵令息のランベールですわね」

 華やかで大人びた、品のある声。

 ランベールはコクコクと頷く。

「その……私を次期国王に推す者がほとんどいなくなった。……あんたのせいだ」

 怒鳴り込もうとした勢いはすっかり消えていたが、それでも言いたいことは言うランベール。

「王太女殿下に何というか口の聞き方ですか!? ランベール様、今すぐ謝罪なさってください!」

「構いませんわ。わたくしは気にしていませんので」

 慌てるランベールの従僕に、ルナは余裕の笑みを向ける。

 ランベールはルナの言葉に目を見開く。

(無礼を許す……だと!?)

 ランベールなら、目下の者が自分に対して無礼を働いたら間違いなく怒鳴り散らす。しかし、目の前の少女はそれをしない。王太女でもあるのにも関わらず。

 それからルナはランベールに目を向ける。口元は微笑んでいるが、アメジストの目はスッと冷たさを帯びているように見えた。

 ランベールの背筋がゾクリとする。

「貴方の噂は聞いていました。本当に傲慢ですのね。貴方の支持者がいなくなったのは、他でもない貴方のせいですわ。自分の言動を反省なさい。今の貴方では民はついて来ないでしょう」

 ランベールはハンマーで後頭部を殴られたような感覚だった。今まで自分を注意する者達は身分が低かったから嫉妬だろうと思い馬鹿にしていた。しかし目の前にいるのは王太女。ランベールは自分が今までとんでもなく愚かだったことに気付いた。

「その様子からすると、ようやく自らの過ちに気がついたようですわね」

 ルナは少し目を細めた。穏やかな、女神のような笑みに見えた。

 ランベールはその笑みに見惚れてしまう。

「過ちに気がついたのなら、後は正すだけですわ。ランベール、貴方も王位継承権を持っているのでしょう。本気で国王を目指すのならば、民のこと、国の未来を考えなさい」

 ルナは言い終わると、護衛や従者と共にその場を立ち去った。甘美で格調高くエレガントな、薔薇の香りが残っていた。

「はい、ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ王太女殿下」

 ランベールはルナの背中に向かってポツリと呟いた。

 ランベールはこの時恋に落ちた。自分と釣り合うのはこの女だという傲慢さからではなく、純粋にルナの側にいたいという思いだ。 しかし、同時に失恋も確定していた。ルナにはシャルル・イヴォン・ピエール・ド・ユブルームグレックスという婚約者がいるのだ。シャルルはランベールと同い年で、ユブルームグレックス大公国の第三大公子である。それでもランベールはルナの側にいられるよう、釣り合うように努力をしようと決めた。

 風が吹き、庭に咲くラッパスイセンが揺れていた。



ラッパスイセンの花言葉:報われぬ恋

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