5.2 泣いたって知らねぇぜ、っていおうとしたんだ
「それにしても、紗夜ちゃん、本当に可愛い!」
ごまかすんじゃねぇ、と蒼一が翻しかけた反旗を小さいウィンク一発でねじ伏せたグロリアは、次の狙いを巫女に定める。
「日本には『萌え』という
「ぐ、グロリアさん、ちょっと恥ずかしいです」
「一体なに食ってりゃこの可愛さを手に入れられんのかねぇ? お紗夜、アタシの妹になんない?」
「やだ、紗夜ちゃんは私の娘になるのよ。ね?」
「アンタの見た目でそれいわれると、割とシャレになんないんだけど」
薄い化粧や整えられた髪、巫女装束が汚れたり崩れたりしないよう気をつかわれるかわりに、紗夜は言葉でぽこぽこいじくり回される。ただでさえ大人しい彼女のこと、狙い打たれてしまうとただ頬を染め、「同い年なんだけど……」とあたふたするばかり。少女二人にためつすがめつされてしまった巫女が助けを求める相手は、自然と男二人に移る。
「お二人も、浴衣とっても似合ってますよ! ね、蒼一くんも、荒城くんも、なにかいってあげてください!」
グロリアがまとう浴衣は、濃紺の地に白で紙風船が染め抜かれた古風なもの。帯は薄紫色で、自身の髪の色と調和している。
一方の日奈、浴衣では浅葱色に色とりどりの風鈴が鮮やかに踊る一方で、リボンと同じ黄色の帯が彼女らしい活発さを引き立てる。
同級生たちの晴れ姿を見た野郎共の反応は対象的だ。
「ああ、うん、ふたりとも似合ってる」
「あら、ありがとう、蒼くん」
「そんだけ? もっと褒めろもっと褒めろ」
まず、デカい方は語彙に乏しく、シンプルな物言いしかできない。言葉足らずもいいところだが、グロリアは妙に嬉しそうだし、日奈もまんざらでもなさそうだ。普段から他人の装いにどうこういわないせいで、当たり障りがなくとも褒め言葉が出てくるだけマシ、とでも思われているのかもしれない。
一方、坊主頭の方は
「グロリアちゃん、それ、自分で着付けやったの?」
「変なところないかしら?」
「和洋折衷っちゃーこのことだよな。アメリカ生まれのダイナマイツバディから溢れ出る健康的な色気が、日本古来の伝統衣装たる浴衣に包まれることで艶を増す感じ、すげぇいい」
どこでそういう表現覚えてくんだよとか、その言い回しは昭和臭くないかとツッコまなかった蒼一の判断は、おそらく正しい。細かいことを掘り下げてしまうとキリがない。
「あとね、委員長、そのカッコはファインプレーだ。試合を決定づける一発、ぶっ放したあなたがMVP」
「褒められてるんですよね、それ……?」
「当然! 黒髪ストレート清純派の委員長が、まがい物じゃねー本式の巫女装束ってレア装備を身に着けてんだ。清楚の大権現様だ! その威光は煩悩をぶっ飛ばすどころか世界をひれ伏せさせるってもんよ、なあ蒼一?」
清楚さがさらに増している、というのを荒城流に言うとこうなるわけだが、いかんせん味付けが濃すぎる。胸焼けの気すら出てきた一同に、神道と仏教がごっちゃじゃないか、と指摘する余力はなかった。
そんな中、一人の少女が、大いなる疑問とともに立ち上がる。
「……アタシに対しては、何もコメントないわけ?」
「ん? ちゃんと似合ってるぜ?」
荒城の顔は、日奈の装いに言及した途端、見事に間抜けヅラに変わる。グロリアや紗夜のときと違い、褒め言葉もまったく力がない。炭酸が抜けきったコーラのほうがまだ活力にあふれている。
普段はいがみ合っている相手はあるが、邪険に扱われるのは我慢ならない。そんな日奈の乙女心は、強い衝動となって顕現する。
「急に落ち着くな!」
「痛ってー!」
浴衣の裾の合わせを、ローキックが鋭く割る。履き慣れない下駄をものともしない力強い踏み込みから繰り出された一撃に、ふくらはぎを穿たれた荒城はうずくまるしかできなかった。
「ったく、オメーもスミにおけねーな」
「何の話だよ」
「俺たちに内緒で、巫女服姿の委員長を拝もうとしてやがったんだろ? 抜け駆けしやがって」
しばらく悶えていた荒城だったが、立ち直ったら立ち直ったで鬱陶しい。日奈からもらった一撃の後遺症はどこへやら、暑い盛りにニヤニヤ笑いながら距離を詰めてくる坊主頭を、蒼一は迷惑そうにあしらう。
「時間になりゃあいつの出番がくるんだから、差なんてあってねぇようなもんだろうが」
「バーカ、家族でも祭りの関係者でもねーヤツに、いの一番に晴れ姿を見せる意味がわかんねーってか? これだから童貞は困る」
軽くひっぱたいてやろう、と蒼一が振るった左腕は、悪役じみた笑いとともに受け止められる。
「そう邪険にすんなよ。俺にしてみりゃ、オメーがそっちに流れてくれんなら願ったり叶ったりでね」
「なんのこったよ?」
「競争相手が
「……お前、あんだけフラれて、まだあきらめてねぇのか」
荒城がちらりと盗みみるのは、再び紗夜を愛で始めたグロリアだ。
これまで多くの男子生徒が彼女に愛をささやき、交際を申し込んできたが、その全てが撫で斬りにされている。荒城がただ一人、複数回のアタックを試みてはいるが、成果はまったくあがっていない。彼の挑戦は愚直で前向きという域を越えつつあり、袖にされることを楽しんでいるとすら思えてくる。
「熱上げすぎんのもほどほどにしとけよ、じゃねぇとお前、前みたいに」
蒼一は言葉を飲み込む。
瘴気にやられたことも、魔物になったことも、こいつは覚えていない――。
「俺がどーかしたか?」
「……泣いたって知らねぇぜ、っていおうとしたんだ」
瘴気に侵され魔物と化しただけでなく、黒い剣士の手によって危うく葬りかけられた荒城。
友人が異形の姿へ堕ちる異常事態を目の当たりにし、ショックで意識を失った日奈。
人知れず魔物を【救済】する魔法少女・グロリアに、何も知らない紗夜。
蒼一は精一杯の力で、みんなを守るための嘘を付いた。
「俺の不屈の闘志をなめんなよ、蒼一。次の挑戦に乞うご期待だぜ!」
幸か不幸か、荒城は不思議そうな顔こそするけれど、この話題を必要以上に追いかけようとしない。
妙な勘ぐりをされないうちにと、蒼一は数回手を叩き、グロリアと日奈の可愛がりから紗夜を解放してやることにした。
「ふたりとも、もうそれくらいにしといてやれよ。さ……藤乃井も、まだ準備残ってるだろ?」
「ええ、実は、そうなんです」
「残念だけどしょーがないね。行ってらっしゃい、お紗夜」
「演舞、楽しみにしてます!」
「頑張れ委員長!」
頬の熱も冷めない紗夜を名残惜しげに開放した二人と、一部始終を見ていた荒城が、口々に激励の言葉を贈る。静かなのは蒼一だけだ。
――後で迎えに行くから。
目線を交わし、ただ口だけで伝えれば、紗夜は承知したとばかりに大きく一度頷き、
「また後で」
と一言だけ残して、静かに去る。その背中はいつも通り、すっとよく伸びている。舞の本番を控えても堂々とした佇まいは、小柄なはずの彼女を、グロリアに負けないほど大きく見せていた。
「アタシらもボチボチ出ましょうか? 表で時間潰せるとこあるかな?」
「お店が開くには、まだちょっと早いかもね」
「ちっと知り合いにきいてみるわ。……おい、蒼一、行くぞ!」
最後まで紗夜の背中を見送っていた蒼一は、荒城に呼ばれてようやく踵を返し、先を歩く友人たちを追う。
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