5.3 そこはほっといてくれねぇのかよ?

「蒼くん、そんなに名残惜しい?」

「強豪に投げ勝つ試合度胸があるくせに、色恋沙汰になると一歩踏み出せねぇってどういうこったよ?」

「なんであそこでちゃんと名前呼んであげらんないのかね、?」


 三人にはもう、からかう気配を隠すなんて粋な真似はやめていた。意地の悪さに多少の差がある程度で、蒼一の痛いところを容赦なくつつき回し、ぐうの音を出す暇を与えない。


「アタシの周りの男って、なんでこう極端かな……? かたや今時珍しいレベルの純情ウブ、かたや見境なく愛だの恋だの吹聴するバカ」

「誰がバカだよ」

「自覚はあったんだ」


 やんのかコラ、と粋がる荒城も、鼻息荒く迎え撃つ日奈も、もはや見慣れきった光景。タヌキとキツネが化かし化かされするようなやりとりは犬も食わないし、蒼一たちもまた始まったと意に介さない。


「蒼くん、ちょっと顔が怖いわよ?」

「うっせぇ」

「大丈夫、お……私は、ちゃんと応援してるから。紗夜ちゃんに向きあってあげなさいな」


 ケンカするほど仲のいい二人ではなく、蒼一むすこに水を向けたグロリアしおんから、危うく長年の習慣がこぼれそうになる。自分の正体をごまかそうと、優しい檄と飛ばしつつ必要以上に強く背を叩いてくるものだから、蒼一としてはたまったものではない。


「あの調子なら、お紗夜も憎からず思ってそうだし、いいんじゃない?」

「俺たちは影から見守っててやっからよ」

「そこはほっといてくれねぇのかよ?」


 右から荒城が、左から日奈が、示し合わせていたような自然な連携で蒼一の脇を小突く。先程まで火花を飛ばしていたはずの二人が一転して結託し、留学生に同調するので始末が悪い。


「今まで浮いた噂がロクになかった男が春を迎える瀬戸際なんだ。こんな面白れーハナシ見逃せるかってんだよ」

「お紗夜のこと泣かすなよ?」

「出番が終わったら、紗夜ちゃんのこと、迎えに行ってあげてね」


 言い放題、からかい放題、囃し立て放題ではあるが、友人三人にこれだけ後押しされているのだ。蒼一にだって、今こそ腹を括るべき時という自覚が芽生える。

 きっかけこそ偶然の邂逅かいこうだったかもしれない。でも、この夏、二人は誰よりも長く共に時間を過ごし、少しずつ大切に距離を縮めていった。その事実も、そっと少年の背を押す。


「……悪いな」

「いいってことよ。その代わり、後でハナシ聞かせろよな」


 ――あ、と、で、む、か、え、に、い、く……、と。


 短いメッセージを送り終えた蒼一は、ほんの少しの間、遠い空を見つめる。

 沈む夕日に成り代わるように東の空から姿を表したのは、夏とは思えぬ冷たさで輝くまるい月。

 提灯を模した白熱灯が灯されるにはまだ早く、まだ暖簾のれんをしまったままの出店が多い。それでも、気の早いお囃子と熱気に導かれた人々が、三々五々に集まり始めていた。




 この夏祭り、かつてはもっとこぢんまりとした催しだった。テキ屋の屋台が居並ぶ旧市民広場、そのど真ん中に建てられたやぐらを囲んで盆踊りが行われ、花火も締めに打ち上げられる程度だったという。

 様相が一変したのは、市民広場が総合運動公園と統合し、今の立地に移転された年だ。それ目当てで観客が訪れるほどの規模となった花火は、もはや夏の終わりの合図ではない。併催されるご当地アイドルや若手のお笑い芸人のライブ、近隣で活動をしている音楽やダンス系の部活やサークルが参加するフェスが、賑やかさに容赦なく拍車をかける。今や地元のテレビ局やインターネットの生中継まで入り、フェス出場者を選考に通して選ぶほどの大規模イベントへ変貌を遂げた――と、地元民あらしろ新参者たちそういちとグロリアに教えてくれた。

 宵の口、市民広場のあちこちでステージが始まって盛り上がりが加速する頃合いに、蒼一たちは多目的広場に陣取っていた。

 伝統芸能を主としたプログラムが組まれているとはいえ、人の詰まり具合は他の会場にも劣らない。仮設の舞台は小ぶりでも、赤絨毯の敷かれた花道を有する立派なものだし、音響機材も必要にして十分。揺らめく篝火かがりびを模した照明が、雰囲気づくりに一役買っている。

 すでに幕は上がった。市内各地で活動する巫女たちがそれぞれの神社に伝わる神楽舞を順番に披露し始める。友人の晴れ姿を心待ちにする少年少女が見上げる先で、榊や鈴、扇を手にした乙女たちが、古式ゆかしい笙や篳篥ひちりき龍笛りゅうてきことが織りなす厳かな調べに合わせ、流麗かつ優美に歩み、廻り、舞う。

 それはそれで美しく趣があるのだが、肝心の紗夜は、なかなか姿を見せない。


「なあ蒼一、委員長、いつ出てくんだ?」

「さあな」

「……まさか、何をやるかもきいてないってことないよね?」

「みてのお楽しみ、っていわれた」


 バカ正直にもほどがある蒼一の答えに、まっさきにしびれを切らした荒城も、呆れた様子の日奈も、揃って追求を諦めた。

 紗夜は誰とも仲がいいが、それは付かず離れずの交友関係の成れの果てだ。グロリアはもちろんのこと、荒城や日奈のとの間にも、見えない一線を引いているフシがあった。実際のところ、四人の中で最も彼女にちかしいのは、腕を組んだまま舞台を見つめたままの元・野球少年だ。その彼が知らないならこれ以上の問答は不要、と結論づけるのに、そう時間はかからなかった。


「そのうち出てくるでしょうから、気長に待ちましょう。ね?」


 グロリアのいう通り、演目が終わるまでのどこかで必ず紗夜が出てくるのはわかりきっている。焦る必要はこれっぽっちもないはずだ。それでも、若いは友人の晴れ姿を過剰に心待ちにしており、多かれ少なかれ落ち着きを保てずにいる。

 そんな一同をよそに、いつしか笛と琴の音はやみ、腹に響くような拍動だけが広場の空気を揺らし続けていたのだが――

 

 何の前触れもなく、場の空気が張り詰めた。

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