4.2 それこそ思うツボじゃん?

「じゃあ、好きなだけぶん殴った後はどうする?」

「ふわふわした質問だな。どうするってなんだよ」

「許すとか、縁切るとか、いろいろあるだろ?」

「悪事が常習か気の迷いかでも違うかんな……。何度も繰り返してるよーなら見放すし、ちゃんと反省してるなら今まで通り付き合うだろーよ。終わったなら許す、水に流して今まで通り接する。オレはそのへん、度量の広い男だからな」

「そういうもんかね」

「オマエ、まさか、人様にいえねーあんなことやこんなことしてんじゃねーだろーな?」

「バカいってんじゃねぇよ、例え話だ」

「そんならいーけどよ。ま、他に困ったことがあんならいいやがれ。迷える子羊を導くなんて朝飯前だぜ」

「さっきまで病院の世話になっていたやつが何いってやがる」

「なに? 男の子同士で内緒の話?」


 ぼちぼち次の質問でも、と機を伺う蒼一の目論見を阻んだのは、いかにも楽しそうにくちばしを突っ込んできたグロリアだった。


「やめなさいよグロリア、どうせ荒城のことだからロクなもんじゃないって」

「なーに言ってやがる、もっと高尚なオハナシだっつーの。だよな蒼一?」


 さっきまで堂々と胸を張って侠気のあるところをアピールしていたはずの荒城だったが、その顔から面白いように締まりが失われる。グロリアにちょっかいをかけられると、真剣な気配を漂わせることすら難しくなるのかもしれない。荒城の口から飛びだすのは鬼か蛇か、蒼一は気が気でない。場をうまくつなげるような機転もないから、恐る恐る友人に成り行きを任せるばかりだ。


「入院ってやることねーから、ずっと観察に励んでてよ。その成果を蒼一ちゃんに報告してご意見うかがってたってワケ」

「観察? 何の?」


 きき返した日奈を筆頭とした女性陣に、話の筋がいまだみえていない蒼一を加えた全員が、あまり期待はしないでおこうという雰囲気を醸し出している。どの程度表に出すかくらいの差しかない。


「ナースを堂々と眺められる機会なんてそうそうねーだろ? ナース服があらわにする体のライン、歩くたびに揺れるハート型のケツ……。オレ、今まで頑なに乳派を貫いてきたけど、宗派あらためんのも悪くねーって思っちまってんだよ。蒼一、ケツもいいぞ、ケツも」


 の余裕で受け流しながらも硬い笑顔のグロリアの横で、息子がなんで俺を巻き込みやがったと盛大に苦虫を噛む。困った顔で蒼一の影に隠れる紗夜を守るように、日奈が前に出て睨みを効かせるのもお約束だ。

 そんな一同を前にしても、荒城は場の空気を読んだり、話題を変えたりなんてしない。垂れ流される自説の勢いは、立て板に流した水すら止まってみえるほどだ。恍惚とした面持ちで宙空をみつめているのは、魔物に堕ちた名残ではない。彼の素である。


「花泉くんもそういうのがいいの……?」

「藤乃井、誤解だ、俺はそんな」

「蒼くんも男の子だもんねー」


 グロリアしおんが向けてくる視線に、いつもとはちょっと違う温度が込められているのは思い過ごしに違いない、と蒼一は信じたかった。親に自分のを勘ぐられるのは、正直だいぶ恥ずかしく、心にクる。

 かといって、諸悪の根源をいくら睨みつけたところで、反省するはずもない。古いアニメにでてくる、レーシングカーの助手席に陣取った犬にどこか笑い方が似ている気がした。

 

「日奈ちゃんも、さすがに病み上がりの人には手を挙げないんですね?」


 こういうとき、大抵は日奈が鉄拳制裁するはず――なのだが、どういうわけか手を出さなかった。


「どうせコイツのことだもん、病院に逆戻りなんかさせたら看護婦さんを眺めて楽しむに決まってんだから。それこそ思うツボじゃん?」


 そういいながらも、武器はいつでも使えるよ、と見せつけるように、日奈は指の関節を鳴らしてアピールしてみせる。

 乱暴な照れ隠しの裏に見え隠れするちょっぴりの気遣いを見た紗夜とグロリアは、顔を見合わせて頷きあうばかりだった。




 お調子者でいるとうるさいが、いないと静かで違和感を拭えない、クラスのムードメーカー・荒城。

 物言いははっきりしているが、後腐れのないからりとした性分で、荒城へのツッコミ役を担う日奈。

 反応こそ様々ではあるものの、クラスの誰もが二人の無事と退院を喜んだ。もちろん、グロリアもその一人だ。退院早々に言い寄ってくる荒城を撫で斬りにしつつ、紗夜や日奈と和気わき藹々あいあいと過ごす。学校では蒼一のクラスメイトとして、家では母親として過ごすのも変わらない。

 心にもやもやを抱えたままなのは、蒼一だけだ。友人たちが戻ってきたこと自体は嬉しいし、知らないふりが上手いわけでもない。もともと仏頂面で通っており、さほど大きなリアクションをとらなくても怪しまれなかっただけだ。


 あまりにも普段通りに過ごしているグロリアが、遠く見える。


 ほんの二週間とちょっと前、熟れすぎた欲望が仇となり、荒城は瘴気に魅入られた。

 魔に堕ち、肉塊に姿を変えた友人に、グロリアは情け容赦なく【鎖】を振るった。それこそ【救済もくてき】を捨てて討ち滅ぼしにかからんとする勢いと殺意をもって。

 そんな命のやり取りを経てなお、今の彼女は、事件の前と変わることなく荒城に接している。好きだの愛してるだの軽々しく口にする彼をことごとく袖にするが、それは拒絶ではなく、柳に風と受け流す柔のあしらい。今までと何も変わらない。仮にもう一度荒城が変貌したとしても、彼女は同じことを繰り返すのだろう。

 グロリアのいさぎよい切り替えと割り切りを理解するには、少年はいささか若すぎるのかもしれない。


 蒼一が理解できないのはもう一つ。事件の功労者たる魔法少女の扱われ方だ。

 事件はものの見事にになっている。魔法少女統括機構がどんな手をつかったのか、新聞にも、テレビにも、ネットニュースにも、SNSにも、真実の痕跡は残っていない。公園で肉塊へと変わりゆく少年も、荒事に割って入る黒い影も、薄紫色の輝きの果てに魔法少女が掴んだ成果も、何もかもがはじめから存在しなかったかのように、世界は凪いでいた。

 本来ならあるはずの称賛や礼は皆無。さりとて、グロリアしおんも栄誉に頓着している様子がない。母として、そして魔法少女として、これまでどおりの日々を過ごしている。釈然としない思いを抱えているのは、事態の推移を記録しただけで、収拾する力のない蒼一ただひとりだ。

 同級生たちと笑い合うグロリアの横顔をぼんやり見詰めているうちに、一学期を終える鐘の音が夏空に響いた。

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