第4章 二人は秘密の夏休みを過ごす
4.1 ありがとな、蒼一
期末試験が終わった学び舎は、一気に開放感と安堵感に満たされる。受験なんてまだまだ先、とたかをくくっている下級生ほど緩みは顕著だ。すぐ後に控えている成績発表はひとまず忘れ、もう手の届きそうなところにいる夏休みをいかに面白おかしく過ごすか、詰めの作業で盛り上がる。
蒼一たちのクラスも然りだ。しばらく不在にしていた仲間二人も退院し、公園で起きた事故もいつしか風化しつつある。浮足立った空気の中で、いかめしい顔をしているのは彼くらいのものだ。
日奈は期末試験の直前に帰ってきた。
事件に関する記憶の封印措置とそのフォローを徹底的に実施したと、桃香からは説明がされている。一見すると、退院前後で日奈がどう変わったかよくわからない。時間をかけ、慎重かつ丁寧なメンタルケアを施した成果だろう、と思うほかなさそうだった。
ただ、彼女が物憂げに空席を見ている回数と時間が、明らかに増えた。ちょっと前まで空席の主の言動に呆れ、時に辛辣な言葉をぶつけていたとは想像がつかない。
「荒城くんがいないと、やっぱり寂しいですね」
「別に、静かでちょうどいいじゃん」
「早く帰ってくるといいですね」
「……ホント、いつまで寝てる気なのかしら、あのスケベ」
紗夜への反発にもどこか力はなく、それどころかため息ばかりつくものだから説得力に欠ける。
面会謝絶を申し渡されていることもあってか、苛立たしげな言葉の端々には物足りなさが浮かぶ。仲良くケンカしてばかりしていたネコとネズミが相棒の不在に気づいたら、きっとこんな感じなのだろう。
素直になりきれない、ちょっぴりひねくれた友人をみて、紗夜はくすくす笑っていた。
一方、荒城はなかなか、学校に戻ってこられなかった。外傷もさることながら、魔物化した彼は瘴気の侵食度合いが深く、メンタルケアにも記憶の処理にも余計に時間を要し、終業式の前々日まで、入院生活を余儀なくされた。
期末試験の追試と夏休み中の補講が自動的に確定したが、それでも久しぶりの学舎は楽しいらしく。入院していたブランクを取り戻すかのようによく喋る。クラスメイトの多くも、はじめは微笑ましげに応じていたのだが、どこぞの大御所お笑い芸人さながらのペースと物量の言葉に圧倒され、一人、また一人と荒城を囲む輪から脱落者が出る。
結局、最後に残ったのはいつもの面子――蒼一、グロリア、紗夜、日奈の四人だけだった。
「振り返ってみるとさ、病院も案外悪くなかったぞ?」
「なにいってるの、みんな心配してたのよ」
「……え、なにそれ、グロリアちゃんも? グロリアちゃんも心配してくれてたってコト?」
「私はほどほど、だけどね」
終業式の日、荒城が帰り支度をしながら漏らした不謹慎な感想は、グロリアに年長者らしくたしなめられる。
だが、悪寒を覚えそうになるニヤニヤ笑いをみれば、話がまるで通じていないのは明らかだ。今の彼は、グロリアの言葉なら箴言も冷たい罵倒も関係なく、すべて自分への興味関心と都合よく解釈する体になってしまったらしい。愛情が行き過ぎた上に歪みきってしまったのか、瘴気の後遺症か、あるいは統括機構の処置の副作用かは定かでない。
「日奈ちゃんとか紗夜ちゃんにくらべれば、私はまだまだかな」
「友達が入院してれば、それなりの心配はしますよ」
「なんでアタシをそこに入れるのさ、グロリア……」
控えめであたりさわりない答えの委員長に、露骨に心外そうな顔で巻き込むなとアピールするポニーテールと、引き合いに出された二人はいつもどおりの反応だ。本来ならここで終わっていても不思議でない話題ではあるけれど、留学生はさりげなく、しかし確実に場をかき回す。
「荒城くんがいない時に、ため息ついてたのは誰だったかしらね、紗夜ちゃん?」
「日奈ちゃん、ずっと荒城くんの席みてました」
「う、嘘だ! 捏造すんな! そんなことない、絶対ない! 二人が寝ぼけて見間違えたんだ!」
バカ言ってんじゃないわよ、とばかりに反論を試みる日奈だが、状況証拠を盾にした二人の前ではやや弱い。
グロリアにからかわれて日奈が噛みつき、焚き付ける側だったはずの紗夜が一転して板挟みにあってオロオロする仲睦まじいやり取りの傍らで、荒城はいつになく大人しくしていた。
「……ありがとな、蒼一」
気味が悪くなるくらい静かな坊主頭の口から、静かに、感謝の言葉が染み出す。
「何だよ、ヤブから棒に?」
「オマエが救急車とか、警察呼んでくれたって、きいたからよ」
「まあ、うん、一応な」
「そこは謙遜するとこじゃなくて、恩を売るとこだろーが。オマエがいてくんなかったらさ、オレ、今こうしてられたかわかんねーし。だから感謝してんだぜ」
帰ってきても、荒城は変わらない。
お調子者で、女好きで、スケベで、底抜けに明るい。でも、あの夕暮れの空の下で起きた真実は、何一つ覚えていない。彼が頼みにしているのは、魔法少女統括機構によって植え付けられた偽りの記憶だ。
対象的に、蒼一は頭から終いまで見届けた側だ。荒城が瘴気に侵され肉塊へと変貌する様も、血の気と一緒に気を失った日奈も、現世と常世の境界を切り裂く黒い影も、しっかり覚えている。グロリアが自分や日奈を助け、荒城を【救済】して街の平和を守った、そんなおとぎ話じみた真実が秘されて葬られた過程も然りだ。
魔法少女とそれを支える組織は、人々を、報道を、国を、そして世界を相手どって、完璧かつ巧妙に嘘をついている。そんな壮大な虚構に、蒼一が孔を開けるわけにはいかない。お前を助けたのは俺じゃなくてグロリアだ――なんて、口にすることもほのめかすことも許されないのだ。
「なあ、荒城」
「どしたよ?」
「例えばさ、」
さてどう問うたものか、と蒼一はしばし考える。露骨な言い回しは避けつつも、自分の真意をうまく伝えるにはどうすればいいか。口下手な彼にとってはなかなかの難問だ。
「……お前の知り合いがさ、悪事に手ぇ染めたとすんじゃん?」
「また急なハナシだな。まあいいや、知り合いって例えば誰よ? 悪さしそうなのっつーと、オマエくらいしか思い浮かばねーけど?
「いろいろ不満はあっけど、別にいいやそれで。もしそうなったら、俺をどうする?」
「ブン殴って止める。容赦なんて一切しねー。日頃の恨みを込めて全力でいく。いっつもグロリアちゃんとベタベタしやがって」
「お前なぁ」
「それくらい本気ってこったよ」
蒼一がきき終える前に、荒城は答えを出している。そこにいつものようなニヤけ面はなく、伊達や酔狂でいってるわけではないと、蒼一にだってすぐわかった。
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