雨天の激闘&告白。

 エロスなボディスーツのロリ声美女が空高くよりスーパーヒーロー着地で現れ、スマートにクールに去ってしばらく。


 空気を読んだのか雰囲気に呑まれたのか、新参者(リスナー二人)は大人しくソニャと一緒になって周辺警戒護衛任務に就いていた。もしかすれば、優理から前払いで与えられた報酬「○○(好きな名前呼び)さん、来てくれてありがとう……(ハグ&囁きASMR)」台詞により、しおらしくなったからかもしれない。


 未だに二人はぼんやり、心此処に在らずといった顔をしている。それでも実咲曰く「気配探知自体はそれぞれ一級品であり、問題なく行えておりますよ」とのことなので、問題はないのだろう。


 とにもかくにも、これで戦力増強は行えた。

 スカイタワー内部の階段は謎の眼鏡美女によりバラまかれた、よく滑るローションや催眠ガスのせいで阿鼻叫喚の嵐となっていたりもするが、優理たちのいるバルコニーは至って平和そのものであった。


「……」


 ひとたび場が落ち着くと今度は気分が落ち着かなくなる。

 雨が冷たい。アヤメは寒がっていないだろうか。ひとりぼっちで寂しくないだろうか。震えて泣いていないだろうか。そんなことばかりが浮かぶ。


 頭を振り、騒がしいコメント欄と対話することにする。気晴らしだ。


「暇だから質問コーナーするよ」


▼チャット▼

暇じゃないんだよね

呑気かな?

さすがユツィラ

あたしたちのユツィラはだてじゃないってね!



「聞きたいことある?」


▼チャット▼

聞きたいことしかない。そこのメイド何者?

優理きゅん、わたしにもワンチャンある?

アヤメたん、くると思う?

ソラナ・カヨウについてどう思っているのかしら?

花咲リリカについて興味関心あるかな??



「……」


▼チャット▼

女たちさぁ

いくら押したらいけそうだからって前のめり過ぎる

これが私たちの代表かぁ(諦観



 特定の個人に対する興味関心は無視するとして……。


「メイドは僕もあんまり知らない。何なんだろうね。よく映画とか小説にいるじゃん。意味深で超凄腕の謎キャラ。あんな感じでしょ」


▼チャット▼

ここ現実なんだけど?

創作とリアルを混ぜないでっ!

ここは映画の中だった……?

実は私も超能力使える説あります!

優理君と運命的な出逢いを果たす五秒前



「説明つかないからね。さっきのヒーロー着地ロリ声澄香さんも同じ類でしょ。ソニャも同じ感じ。花咲さんとソラナさんも同じ」


▼チャット▼

全員じゃん……

超人だらけのドキドキ銃撃大会

超人に紛れた一般人枠

ユツィラだけ一般人とかやばくない?

なかま♡



「……僕のことはさておき。アヤメ、来るかな。来てくれるかな」


▼チャット▼

ユツィラが信じなくてどうするのさ

逆に考えよう。優理がアヤメたんの立場だったらどうする?

わたしなら世界征服する

あたしならユツィラ攫って逃げる

待つしかないでしょ



「そうだよね。待つしかないよね」


 結局はそう、優理にできるのはアヤメを待つことだけ。

 ここまで案内も、護衛も、戦いも。全部全部人任せにしてきた男だ。人徳と言えばそれまでだが、だからこそ一番に大事なことは誰にも任せられない。アヤメを待って、待って、待ち続ける。


「ははっ」


 少し、思い出してしまった。

 以前、リアラとデートの待ち合わせをした。あの時も雨で、あの時もこうして待ち続けていた。


 場所は違うし相手も違うし、天候だって今の方が断然ひどい。状況もまったく違う。でも、なんだか懐かしく感じて笑ってしまった。


 当時の待ち合わせ相手であるリアラにも、色々と手を尽くしてくれている灯華にも、友人の香理菜にも。皆にアヤメのことを頼まれてしまったのだ。

 たった一人の少女のために、たくさんの人が動いてくれている。そのことがすごく嬉しくて、そのことをあの子に伝えてあげたくて。


 「君のことを想う人が、こんなにいるんだよ」と、そう直接言ってあげたくて。

 それが優理と言う男経由であっても、同情や憐れみであっても、アヤメが一切の縁を持たなかった頃を思えば著しい進歩だ。


 もう寂しいなんて言わせない。一人ぼっちだなんて言わせない。面倒くさい人間のしがらみが、絡みついて離そうとしない人の繋がりが寂しがりやのお姫様を引き留める。


「ふふっ」


 強まる雨に降られながら笑って、髪も頬もびしょびしょに濡らしながら優理は大きく息を吸う。不思議と不安塗れの気持ちは溶け消え、アヤメのことを全力で呼びたい気持ちだった。叫び出したかった。


「アヤ――」

『第三ラウンドと行くわよ!!』

「――……はぁ」


▼チャット▼

優理くんしなしなで草

間が悪すぎる声ていうか、この声だれ?

謎の女幹部(ポンコツ臭

配信者は独り言多いってほんとなんだね!それでも好きだよ!

――ラストバトルと征こうか



 とても気持ち晴れやかにアヤメと向き合えそうだったのに、台無しだ。

 トントンと実咲が優しく背を叩いてくれる。慰めメイド。慰メイドだ。ちょっといやらしいか。


「さて優理様」

「うん?」

「私奴の傍から離れないでくださいませ」

「う、うん」

「少々強力な敵が来たようにございます故」

「そう、なんだ」


 ごくりと喉を鳴らす。

 しっかりと顔を上げ周囲を見渡してみると、深い雲に包まれた空にいくつもの影が見えた。さらにはバルコニーの段々の外、つまりはスカイタワーの外壁から跳び上がってきた多くの影。

 揃って大きな仮面を身につけており顔は見えない。その動きは大胆かつ俊敏だった。無駄のない動きは洗練されており、これまでの相手より数段"上手い"と素人目にもわかる。でも。


「ここは通行止め、だよ」


 優理の護衛もまた、戦闘力で言えば上澄みに位置する者ばかりだった。


 灰色の美女にしてみれば、空中の敵など的でしかない。

 気配探知は研ぎ澄ませたまま、ナノマシンの恩恵を存分に生かし"部分制限解除"を瞬間発動する。あまり頭の良くない十歳児のソニャだが、その戦闘力は特殊部隊ロディグラーシの元実動部隊前線リーダーを張っていただけのことがある。


 空中の敵二人の脳天を最速最短ピンポイントで狙い、謎の動きで宙をスライドした相手に避けられる。が、そこは先んじて弾を置いて・・・いた場所だ。非殺傷弾により気絶した相手がバルコニーの外へ落ちていく。


「あ」


 やば、殺しちゃったかも、と思うが、「地上には灯華様の部隊が待機しておりますので問題ございませんよ」との声で戦闘を継続する。


 ソニャの一方的な先読み迎撃を横目に、目を閉じた異国の美貌のソラナ・カヨウは刀の柄に手を添えていた。


「――」


 瞬閃。

 カチリと音が鳴り、雨に紛れ影が沈む。


「みねうちよ。錆となり、消え果てなさい」


 居合抜刀。素早い剣閃は一度ならず二度三度と続く。自然体で歩きながら敵を打ち倒す姿はまさに刃の領域。目を閉じたまま銃弾を避けるのはどんなトリックか。ひらりひらりと舞う黒髪は芸術のよう。


 刀円舞を披露するソラナから離れた場所、何もいないはずの・・・空間を走る敵手たち。


「隙だらけだよー☆」


 とさり、と影が崩れる。

 何もいない場所、そこには彼女がいた。地を這い景色に同化する美女、花咲リリカだ。

 いるのに、いない。見えないのに、見える。陽炎のように消えて現れを繰り返す女は、特殊な歩法と気配絶ちの技術を用いた、一応は誰もが会得可能な戦い方をしていた。まあ可能だからと言って会得している人間はそういないが(リアラは会得済み)。


 大雨なんていう、五感全てを妨げる素晴らしい環境はリリカにとって最高の舞台だった。潜み、狩る。ゆるりふわふわとした佇まいとは裏腹に、この場の誰よりも堅実かつ効率的に敵手を狩っているのが彼女だった。


 バルコニーより離れたスカイタワー内部の階段では、一人のボディスーツ眼鏡美女が無双ゲーのごとく敵の群れを圧倒していたりもするが、優理たちには関係のない話だ。


 そして、優理と隣のメイドはというと。


「ふむ……どこかで御会いことがございますか?」

「……」


 近寄ってきた影の一人と対峙していた。


「優理様、私奴ではなく、優理様を気にかけておられる御様子」

「や、すごい僕のこと見てるけど、会ったことないはずだよ……ないよね?」


 対峙というと語弊があるか。

 優理と実咲は一つの影、先ほどまで敵手の姿(ボディスーツに仮面)をしていた女性と対面していた。


 女性――黒髪前髪ぱっつん姫カットの少女である。


 この世界では珍しく、明らかに優理より背が低い。アヤメと同等レベルであり、顔つきも幼く童顔だ。黒髪なので日本の血が濃いのだろうが、真っ白な肌と髪型も相まって日本人形のようにも思える。


 ストレートの髪は雨粒を浴びて艶めき、暗黄色の瞳が大きく見開かれている。長い睫毛に彩られた形の良い瞳は、見つめていると奥に微細な金色こんじきを感じる。不思議で妖しく、美しい瞳をしていた。


 小柄で儚げな人形のような少女は、今はボディスーツの代わりに立派なゴスロリ衣装を身に纏っており、黒基調のレースやリボンがたっぷりとあしらわれて揺れていた。


 質問の答えがないのを良いことにじっと観察してしまったが、優理は思った。

 この少女、普通にちゃんとめっちゃくちゃ可愛いな!! と。


 傘宮優理という童貞は、女装癖があることもあって単純に可愛いモノに弱いのだ。服とかアクセサリーとか、あと可愛い女の子とか。

 とはいえ状況が状況なので、実咲の傍を離れず警戒を止めず、再度目の前の黒髪美少女へ声を掛ける。


「君は、敵なの?」


 年下に声掛けするっぽくなってしまったのは仕方ない。


 優理に問われ、少女はようやく我に返り瞬きを繰り返した。彼女の頬に、さぁぁっと朱が差していく。


「……お」

「? お?」


 見た目より大人っぽい品のある声に驚きつつも言葉を返す。

 少女は瞳を揺らし、ぎゅっと目をつむってから続けた。


「お慕いして、います……っ、わ、わたしと、契りを、お、お願いします……っ」


 潤んだ瞳に赤らんだ頬、紅の唇から発せられた言葉は超ド直球な告白の台詞だった。


「……――っ」


 危なかった。つい、勢いで「よろこんで」と言いそうになってしまった。

 これだから童貞はよくない。美少女から真っ直ぐ告白されたら即、頷きそうになってしまう。


 今はそんな時間、状況じゃない。

 よく知りもしない相手に、初対面の相手に気を許してはいけない。いくら相手が日本人形風正統派美少女だとしても、だ。


「と……友達からよろしくお願いします……」


 隣からじっとりとした眼差しを感じる……。が、言ってしまったものは仕方ない。


「――はいっ!!」


 目の前の女の子が笑顔になったから、とりあえず良しとしよう。これで演技だったら女性不信がぶり返すかもしれない。


「えっと……ところで君、名前は? あ、知ってるかもしれないけど僕は傘宮優理ね」

「優理、さま……」


 噛み締めるように呟く少女は、なんだか初見、初聞のような反応をしていた。この場に来ていて自分を知らないとは……なんて自意識過剰かと苦笑してしまう。


 耳の横を掻き、少女の返答を待つ。


「も、申し遅れました。わたしは月影つきかげ小鈴こすずです。小鈴、とお呼びくださいっ」

「や、それは」

「どうか、貴方さまだから、優理さまにこそ、呼んでほしいのです」

「……」


 儚げなようでどうにも押しが強い。ちらとメイドを見て、アルカイックスマイルを浮かべたままの美女に嘆息する。このメイドと言い、メイドの主と言い、目の前の月影さん……小鈴と言い、優理の周りには押しの強い女性が多い。


「わかりました。小鈴さんで」

「は、はい……!」


 ぱぁぁっと可愛らしい顔に花が咲く。


「小鈴さんは……どうやってここまで?」

「わたしは……言付かりを受けまして」


 言付かり、つまり指示、指令、依頼のことだ。

 小鈴曰く、彼女はフリーの暗殺者をしているらしい。この時点で優理とリスナーの頭は痛かったが、実咲が言うに「それなりにおりますよ」とのことなので、裏社会では一般的らしい。


 そんな小鈴のところへ傘宮優理暗殺の依頼が来たらしい。地味にライトなユツィラリスナーだったので、本人に会ってみてもいいかなーと思い、敵の一人に成り代わってやってきたらしい。で、ユツィラ――優理本人に会ったら見た目が超好みで顔が好きで一目惚れしたと。


 全部"らしい"ばかりなのは優理が色々懐疑的だからだ。イマイチ信じられない。……が、彼女の乙女な顔を見てしまうと信じなくてはとも思う。それくらいわかりやすく、頬を染めて「一目惚れを……」といじらしく言っていたのだ。有り体に言って可愛い。


 ちなみに、この会話中もソニャ、ソラナ、リリカは戦闘中である。メイドもちょくちょく手を動かして流れ弾を銃弾で弾いたり、すり抜けてきた敵を撃ち抜いたりしていた。


 リスナーたちはそんな光景を画面越しに見て大歓喜していた。「スタイリッシュリアルアクションゲーだー!!!」と過去一に盛り上がるコメント欄であった。


 また、小鈴は最新鋭の光学迷彩スーツを纏った集団に混じってここまでやって来たが、自分以外は邪魔だなと思って先んじて処分していた。AIメィラの策略が一手崩れたのは、なにげにこの一目惚れ系暗殺者のせいでもある。


『なんなの……何なのよアンタたち……』


 ぶつぶつと言っていたメィラが動揺を露わにする。

 小鈴の状況はわかったので、とりあえず対応を実咲に任せて優理はメィラと話をする。


「何って言われても、ミツボシ捜索班……ではもうないか。アヤメの愉快な仲間たちだよ」

『こんなの、アタシの演算には……』

『――捕まえました』

『な――――』


 ぷつりと、電波が途切れるようにメィラの声が消える。

 一瞬聞こえたのはディラの声のようにも思えたが……。


「ディラ?」

『――こちらですよ、優理様』

「え」


 よく通る声が降ってきた。見上げればバルコニーより遥か高い空に影。

 目を凝らすとわかる。それはパワードスーツだった。ただし中身はない。そして。


「アヤメ……?」


 色濃い曇天に紛れるよう灰色一色に塗られたパワードスーツの肩の上、ちょこんと腰掛ける少女が見えた。遠くて誰かはわからない。でも、あの長い銀色の髪は、雨の空に靡く美しい銀色と、じっとこちらを、優理だけを見つめる藍色は忘れない。間違えるわけがない。


 傘宮優理の探し人、銀色お姫様、アイリス・アヤメその人が空に座っていた。





――Tips――


「月影小鈴」

ゴスロリ日本人形系美少女。ライトなユツィラリスナーだった。

適当に配信を垂れ流していたら殺しの依頼が来ており、割と顔が好みだったので「参ってみましょうか……」と来てみた。超一目惚れした。

ちょうど二十歳を迎えたばかりだが、幼少期から暗殺者として育てられ、既にプロ。家族関係も希薄なので一人で暮らしている。孤独に慣れているが故の、友人や恋人、家族への憧れもある。

思い立ったが吉日、一直線一途な女子おなご。教育の在り方により古風な言い回しをすることがある。

黒の衣装と可愛い物が好き。

実は微ヤンデレ気質。優理が特に何のしがらみもない一般人で、街中ですれ違っただけなら普通にストーカーして声かけて、慣れない誘惑くらいなら即していた。男女の機微には疎いので、童貞パワーに押し負けて顔を真っ赤にするあれやこれやがあったりもする。そんな平行世界の未来もあったかもしれない。


また、リスナー五人、という情報は「ソラナ」「リリカ」「澄香」「小鈴」そして「パワードスーツ遠隔操作のエイラ」で完成する。噂の元がエイラだったりするので、実は絶対に違うことのない情報だった。





※あとがき

来週の木曜日から日曜日までまとめて投稿してFinです。

完結までお付き合いくださると嬉しいです。

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