襲撃迎撃、配信中。

 ヘリから人が降りてくる。

 全身黒い服で包み、頭部にはぴっちりとしたヘルメット。服、というよりボディスーツのようだ。身体のラインがよく見えている。全員揃って女性だった。

 優理は童貞なので一瞬目を奪われてしまったが、相手は敵なので心を賢者にして耐える。


 ソニャは無手だが遠目に何かしている。胸に手を突っ込んで、小さなもの――銃を取り出す。


「映画みたいなことする人本当にいるんだ……」

「私奴も仕込んでおりますよ」

「……メイド服なら他に仕込む場所あるでしょ」

「ですが、いつの日かご主人様に胸の谷間から銃を取り出していただく機会があるやもと……」

「そんな機会ないから」


▼チャット▼

わかるよその気持ち

わかんないなー

ありえないでしょ

うんうん、あるよねー

やりたくなる気持ちはわかる



 ネットは意見が割れていた。ある派が四割、ない派が六割。意外と拮抗していて優理はリスナーの頭がおかしいと思った。いや痴女ばっかだし変な人ばかりなのは仕方ないか。時には諦めも必要である。


 戦いが始まる。

 上空より降りてくる敵はソニャを囲うように姿勢制御する。しかしソニャは素早く身を屈め、無言で銃を連射した。


「――安心して、みねうちだよ」


 そういえばインカム付けていたなと思い出した。

 耳元からソニャの声が聞こえてくる。一応配信にも乗るように設定してあるので、声はネットにも流れている。戦闘の邪魔にならないよう、優理側の音声はOFFのままにしておく。


「銃にみねうちとかあるの?」

「銃弾の峰で撃てばみねうちにございますよ」

「へー」


▼チャット▼

意味不明な理屈で草

銃弾に峰なんてあるんですかね……

これが現代の戦いなんだ……

これ映していいの?チャンネルBANされない?



「BANは大丈夫。血は謎の光でカバーされるし、倒れた人は謎の光に包まれていなくなる設定だから。それに僕の護衛は超強いからね。大丈夫、僕は弱いけど、メイドとソニャはちゃんと強いから」


 言っているそばから、ソニャが獣のようにバルコニーを駆け敵手を打ち倒していた。

 閃光が瞬き、雨音に紛れくぐもった銃声が響く。微かな悲鳴が連続し、灰色の影が天地を舞う。


「パパをまもるわたしは、いままでで一番強いよ……!!」


 空より降りてきた敵は数を減らし、誰も彼も地に伏していた。

 手早い制圧をして。


『くっ、何なのよその女は!!』

「ソニャだよ。僕の護衛」

『ロディグラーシの女でしょう!? その程度わかっているわ! アタシのデータにも能力値はきちんと揃っているのよ! でも……その戦闘力はおかしいわ!』

「むふふ、わたしはパパをまもる使命を得て、真のちからを覚醒させたんだよ」

『意味不明なことを言わないで!!』


 AIメィラに怒鳴られたソニャが、しょんぼりしながら雨に打たれる敵手たちを引きずり引っ張り縛り付けていく。


 そんな哀愁漂う光景を、優理はメイドと並んで見ていた。


「さすがはソニャ様にございますね。例の薬により肉体性能が向上及び安定しております」

「変な言い方しないで。リスナーも聞いてるんだよ」

「うふふ」


 流し目で理解した。ナノマシンについては秘密、ということか。


▼チャット▼

危ない話してて草

それ、エッチな薬じゃありませんか?

エロ薬で覚醒とかエッチ過ぎるでしょ

10歳になんてものを……この変態主従!

ソーちゃん強すぎー!!



『ふん! まあいいわ。所詮第一波に過ぎないもの。その女もメイドも、次で片付けてあげる。呑気に構えていなさい。傘宮優理、アンタは確実に捕らえるわよ』

「あ」

「あら」


▼チャット▼

ふぁーwww

これが完全暴露配信ですか……

はいお名前ゲット

これで私も改名すればカサミヤ家の住人に!

嫁入り準備完了♡



 爆弾を置いていなくなったメィラのせいでコメント欄は大騒ぎだった。

 メイドは嫋やかに微笑んでいる。ソニャは敵が多くて全員縛るのが大変そうだ。優理は微妙な顔で。


「まあ……もう今さらか。別にそれバレたところで誰が手出しできるわけでもないし」


 顔も声も名前も晒している今、名字一つで変わることもない。そんなの気にするより過去配信とASMRを気にした方がいい。


▼チャット▼

まあ今のバトル見て手を出す勇気なんて出ないよね

あぁ、私のユツィラが遠い世界の住人に

大きくなったものよ、あたしたちのユツィラも

同接150万人だよー!!

これがあたしの旦那様なんだよー!!



「旦那様でも恋人でも婿でもないから。同時視聴者百五十万は……国の人もネットの人も宣伝ありがとうございます。お礼は元気なアヤメを見せられたらと思うので、もう少しだけ時間をください」


 こんな平日の昼にこれだけの人が見ているというのは、たくさんの人が宣伝して拡散して、一種のニュース的なものになっているからだ。大雨だし場所が場所だから人は来ないが、もしかすればスカイタワーの近くには野次馬もいるかもしれない。


「日本国が立ち入り禁止エリアを拡大しているため、既に一般人の立ち入りは困難にございます」

「先読みありがとうね。……というか、ならリスナーは?」

「既に階段挑戦中にございますね」

「あぁ、やっぱそうなんだ……」


▼チャット▼

がんばれわたしたちの代表!

上り切った後立場変わってよね!!

これが男への――否、ユツィラへの執念

女の執着は熱いわよ

本物に会ったらキョドるリスナーが見える見える



「パパー、おわったよー」

「――油断にございますよ」

「っ……!」


 優理が気を緩めてソニャを迎えようとした時、実咲がぬるりと動く。一人だけ時を速めたようなコマ送りの動きで、何もない空間から伸びてきた腕を捻り上げる。目を見開き、最速で反応したソニャはナノマシンにより得た" 部分制限解除" 能力を行使する。


 肉体性能のうち、五感のみを一時的に超人の域へ。

 スローモーションの雨粒、鼻に香る雨、木材、実咲と優理と自分と、誰かの体臭、雨の匂い、耳に届く雨飛沫の音。


 実咲が一人目に続き二人目を無力化した直後、走り出したソニャが逃亡を図っていた敵手を蹴り倒していた。悲鳴を上げる暇もなく、敵手は意識を失った。


「えっ」


 そこで追いつく優理の意識。


▼チャット▼

えっ

は?

なに?

はぁ?



 そこに流れるリスナーたちの声。

 優理は曲がりなりにもナノマシンが入っているため、既に大衆より能力値は高い。色々知っていることもあり、すぐに状況を理解した。


「なるほど。僕とリスナーたちは村人視点というわけか」


▼チャット▼

超次元戦闘じゃん!

知らない世界ですね……

これが主人公たちを見る村人の気持ちですか……

ユツィラがあたしら側なの笑う



「ほんとだよ。なんで僕は君ら側なのさ。僕って超主要人物だよ? 一切戦闘に関与できないどころか、守られるお姫様ポジじゃん」


▼チャット▼

よっ! わたしたちのお姫様!

男は姫みたいなもんだし妥当

ユツィラきゅんが仲間でよかったぁ

操作キャラが村人視点とかいうクソゲーはここですか?

どうすれば戦闘力は上がりますか?



 優理とリスナーが観客ABCになっている間、反省中のソニャは実咲に慰められていた。


「ごめんね、ミサキ」

「お気になさらずに。私奴でも近づかれるまで気づきませんでしたから。優理様に手を伸ばした時、どうやら欲を出したようにございますね。微かに身体が勢いづいておりました。おかげで無力化が叶いました。……ソニャ様、御相手方は想定より高度な技術を用いているようにございます」

「うん。……気配探知はわたしががんばる」

「はい。私奴も気の緩みを正します故、優理様の守護は二人で全う致しましょう」

「うんっ」


 二人の関係値がぐんぐん上昇していく。


 気合を入れる二人だが、待ちの姿勢であることには変わりない。

 五分、十分、十五分。


 三十分が過ぎ、まだまだアヤメはかかるかなと思ったところでバルコニーの入口がそろぉーりと開かれた。

 さらに実咲から。


「優理様、上空より人アリとの報告が」


 との言葉があった。

 どちらに対応すればいいのかと思うも、とりあえず空には何も見えない……雨ばかりで見えるわけがないので、近くのドアに意識を向ける。


「わぁーお……ほ、本物だぁっ」

「そのようね。……本物、ね」


 顔を覗かせたのは二人組の女性。

 

 一人は桃色メッシュが入った明るい茶髪の女性。ゆるふわな髪は肩まで伸び、淡い琥珀色の目はくりっとしている。フリルの多いシャツにフレアスカートと、髪型もファッションもどことなく由梨みを感じさせる。親近感とキャラ被りに動揺する女装童貞だ。あと胸が大きい。


 もう一人は青のメッシュが入った黒髪ロングの女性だった。青みがかった瞳と小麦色の肌、整った顔立ちは異国の香りを運んでくる。海外の血が色濃いのだろう。胸も結構大きい。

 よく見れば服もただのパンツスーツではなく、意味不明なスリットが至る所に入っていた。なんだあの変態衣装は……。優理は目を逸らした。


「あー……もしかしなくても、増援に来たリスナーですか?」

「みゃはは☆ そうだよー! ユツィラ、優理くんだよね! ね?」

「そうですね。よくその服で階段上って来られましたね。汗かいてませんか? 今ならシャワー浴び放題ですよ」

「ええ!? ふ、二人でシャワールーム!!??」


▼チャット▼

私たちの代表がコレですかぁ

煩悩しかなくて草

シャワー(雨

わたしにはわかる。この女ども、しっかり汗拭き取ってからユツィラに会いに来たわね。わたしでもそうするもんね



「何を言っているのよ、あなたは。彼も困っているでしょう? 私まで馬鹿だと思われるから止めて欲しいのだけど」

「ひどい!!」

「酷くはないわ。至極真っ当な意見よ。リスナーなら皆私に賛同するはずよ。何故なら皆、ユツィラにイイところを見せたいから」


 自慢げな顔をしている。言いたいことはわかるが、ちらちらこっちを見てアピールしてくるのはやめてほしい。どんな顔すればいいのかわからなくなる。


▼チャット▼

――ま、あたしには煩悩なんてないからね

性欲薄くなってるからねーわたし

ユツィラとなかよくできちゃうかもねー

頭もよくて性格もよくて気遣いもできる私

あたしに見惚れてもいいのよ?



「寝言は寝て言ってね」


 煩悩しかないリスナーには辛辣に返しておいた。次いで、仲良く言い争い中の二人に顔を向ける。


「お二人は……とりあえず、戦える側の人間なんですよね?」

「ふふー、みゃはは☆ じゃーん! わたしの武器だよー!」

「見せびらかすのはあまり好きではないけれど……私のメインウエポンはこれよ」


 ピンクメッシュは腰から、青メッシュは背中から武器を取り出す。

 片や二丁拳銃、片や鞘に収まった重そうな刀。二人とも立派な武器を持っていた。


「銃刀法違反は?」

「優理様、現在の東京スカイタワーは治外法権にございます」

「ええ……」

「大丈夫☆ わたしたちの武装は殺傷力ないから!」

「みねうちなら任せなさい」


 よくわからないが、ここに来た時点でかなりの戦闘能力は保持しているのだろう。もしかすれば裏社会では有名な人なのかもしれない。


「ねえ実咲、ソニャ」

「はい」

「うん」

「あの二人って有名な人?」

「御一人であれば」

「しらないひと」


 ソニャはぼんやりした顔をしており、「大丈夫?」と聞くと「気配さがししてる。がんばる」と返された。頭を撫でると唇をもにょらせ「気が散るけど、うれしいから……あとでしてほしい」と言われてしまった。


 博識な実咲に情報を尋ねる。


「あちらの刀を構えた痴女の方はソラナ・カヨウ様にございますね。凄腕の刀術家にございます。メディアへの露出も行っておりますが……あぁ、優理様はインターネット以外無縁でしたか」

「テレビないからね……」


 テレビにも出ているならちゃんと有名人なのかもしれない。コメントにも知ってる人いるのだろうか。見てみると。


▼チャット▼

ソラカヨいて草

本物マジ?

成長のための一歩に迷ってるとかインタビュー見たけど、その一歩がこれでいいの?

動画見たけど本物じゃんすご!

痴女過ぎて全然ソラカヨって気づかなかった……



「あだ名ソラカヨなんだ……。ていうか実咲もだけど、皆ちゃんとあの服痴女だって思ってるんだね」

「如何に私奴と言えど、あのようなスリットだらけのパンツスーツは着用致しません。優理様が望むのであれば……このメイド、全身全霊でスケベ下着を身につける所存ッ」

「迫真の顔してるところ悪いけど、そんな望みは絶対にしない」

「左様ですかぁ……」


▼チャット▼

このメイド面白過ぎない?

アヤメちゃんにはごめんだけど、今の状況すき

私も優理きゅんに頼まれたらどんな下着も着ちゃうかな

男に頼まれたら断れない。女が廃るってものよ

ちょっとアレを普段着には……ドエッチな私でも無理><



「――いくら温厚な私であっても、このコメントたちにはムカつくわね」

「温厚……?」

「何かしら? 私に何? 文句あるの?」

「みゃ、みゃはは☆ べっつにぃ、なんにもないよぉ! そ、それよりね? ユツィラ、優理くんって呼んでもいい?」

「いいですよ別に」

「やったー☆ ありがとっ。それでね、わたしたち応援に来たんだけど……どうすればいいかな? そこのメイドさんとソニャちゃんがちょー強くて、敵はもういない感じだよね?」


 急に近寄ってきたゆるふわ系美女に動揺する。実咲もソニャも止める気配がないので、敵意も殺意も一切ないのだろう。性欲はありそうなので、こっそり実咲が優理の傍に寄っていた。こちらにも性欲はありそうだ。逃げ道はない。


「そうですね。けど今階段上ってきてるらしいので、そっちの対処をお願いしたいです。それでいいよね、実咲」

「ふむ……」


 珍しく考えているメイドだ。

 唇の下に指を当て、視線を流しもう一人の護衛へ。


「ソニャ様、もう御一人、探索型の仲間がいるとどうでしょうか?」

「ん……けっこう楽、かも。いまはパパの近くまでしかむりだから」

「了解致しました。御二人……失礼、御名前を拝聴してもよろしいですか?」


 実咲が優理から離れ周辺警戒に動くという選択もあるが、それをするにはリスナー二人への信頼が足りない。ソニャとの役割チェンジも悪くはないが、射撃スキルのみに限れば実咲よりソニャの方が高いのだ。メイドは銃や弓など、手慰み程度(超一流)にしか使ったことがないのである。

 遠距離戦に秀でた方がバルコニー外、空中の迎撃には向いている。


「ご存知のようだけれど、私はソラナ・カヨウ。刀術を専門にしているわ。刃引きはしているから殺傷の心配はしなくて構わないわよ。見敵必殺なら任せなさい」

「みゃはは☆ わたしは花咲リリカだよ! ふふー、詳しくは秘密☆ だけど隠密と変装は得意だよーっ。不意打ちと騙し討ちなら任せて☆」


▼チャット▼

不殺なのか必殺なのかどっちかにして♡

物騒過ぎる自己紹介で草

なんだこいつら(戦慄

なんだこいつら(ドン引き

これがわたしたちの代表ですかぁ??(困惑



 優理、リスナーと気持ちを同じくする。

 誇らしげに笑みを見せるソラナ・カヨウと朗らかに笑う花咲リリカ。どちらも笑いながら危険なことを言っている。怖い人たちだ。


「左様にございますか。私奴は冬風実咲と申します。あちらの頼れる美女はソニャ様、そしてこちらの御可愛らしい姫君は優理様。よろしくお願い致します」

「うんっ、よろしくねー!」

「ええ、よろしく」

「早速ですが、御二人とも気配探知能力は充分にある御様子。階下の迎撃は御一人に任せ、もう御一人はソニャ様とバルコニーの警戒に回っていただきたく存じます」

「「……」」


 見合う二人。真剣な顔だ。ちらっと優理の方を見たことに意味はある。意味しかない。わかりやすいリスナーだった。


「――私がバルコニーね」

「――わたしがバルコニーだね☆」

「「はぁ?」」

「私の方が探知能力に優れているわ。初速なら絶対的に私が勝るのだから、カウンターを決められる私が優理さんの傍にいるべきよ」

「わたしの方が広範囲を警戒できるし、思考の隙だって上手く突けるよ。そういうお仕事だからね。どう考えてもわたしが優理くんの傍にいるべきだよ?」

「笑止。あなたでは不意打ちに間に合わず敵の攻勢を防げないわ。単純な能力値が足りないのよ」

「みゃは☆ ソラちゃんじゃ遠距離攻撃に対処できなくて終わりだよ? 猪突猛進で周り見えなくなっちゃうところ直せてないんだから、後ろに引っ込んだら?」

「リリカでは戦闘能力が不足していると、私はそう言っているのだけど?」

「ソラちゃんじゃ優理くんを守り切れないって、わたしは言っているんだけど?」

「「……」」


 バルコニーの屋根を抜けて舞う雨に降られながら、二人の美人が喧嘩をしている。見た目も性格も真逆に思える二人の口喧嘩は、持ち得る自我と自尊心、そして己の欲望のため両者共に一歩も引く様子がなかった。


 そんな光景を見ている優理はというと。


「ねえ、僕姫君扱いされて普通に流されたんだけど。超不服なんだけど」


▼チャット▼

よっ! お姫様かーわいい!

守護らねば……

守りたい、この男……

女の喧嘩ほど醜いものはないものよ



「皆も喧嘩したらあんな感じになるの?」


▼チャット▼

男を取り合うことがない

男がいないからね

出会いがない(血涙

相手にされない(悲哀



「喧嘩する機会がないのか……。いいじゃん、平和で。ああなるよりはいいと思うよ……うん……」


 優理の視界では冷めた目で睨み合う二人の女性がいた。私がわたしが、と自我を剝き出しにしている。そんなにバルコニーにいたいか。屋内でも屋外でも大して変わらないだろうに。


 好きな配信者の近くにいたい気持ちはわかるが、もっと大和撫子的思いやりを、人間的優しさを持ってほしいと思う。優理は根本的におしとやかな美女が好きだった。そう、例えるならリアラのような……。


「――優理様、上空より降りて参りますよ」

「え、何が?」


 そろりと差し込むメイドボイス。囁きはちょっとエッチに聞こえてドキッとした童貞だ。

 何がと問いつつも、先ほど聞いた"上空の人影"という単語が脳裏に過る。


「ご安心を。どうやら私奴の知り合いのようでございます」

「知り合いって……空から降ってくる人が?」

「はい」

「こんな雨風強いのに?」

「はい」

「こんな着地するような場所じゃないところに?」

「はい」

「……不思議な知り合いだね」

「はい」


 アルカイックスマイルで頷く実咲だった。

 そして上空に見え……見えない影。


「空暗いし雨だしなんにも見えないよ」

「もう来られましたね」

「えっ」


 そして本当に現れた影。急降下、着陸。次いで濛々と立ち込める白い煙。害はないのか咳き込むことはない。


「けほけほ、何なのよ!?」

「こほこほ、うー、なにこれー!!」


 訂正、ちゃんと害ならあった。 

 いつの間にか実咲により付けられたマスクで優理は咳き込まなかったが、背後の二人は普通にけほけほしていた。実咲はノーマスクでノーダメージ。さすがメイドだ。ソニャはどこから取り出したのか新しい紙袋を被っていた。それで防げるのか……。


▼チャット▼

もう私の頭じゃ追いつけない展開だよ!

急転直下(文字通り

超展開過ぎて草

映画かな?

ユツィラの周りはおかしな人ばかり



 ちらと見たコメント欄は想像通りで、優理は内心うんうんと頷いていた。気持ちは同じだリスナー諸君。ただし"優理の周り"ではなく、"この世界が"と訂正しておいた。口にはしないが心の中で。


 広がる白煙が水気を吸い、薄れ消えていく。次第に現れる人影。


「ええ……」


 困惑である。

 着地したと思わしき人影。ロボでもパワードスーツでもなく、普通の人間サイズ。そこはいい。問題は姿勢だった。


 右膝を地面に、その前に右手の平を。そして左足の踵は右手の平と並ぶ形で地面へぺたりとつける。

 身を屈め、顔は俯きがち。

 溢れ出んばかりのオーラと、一般人では高所からの着地で絶対に膝を破壊するであろうその姿勢は!


「――スーパーヒーロー着地だ……!!」


 童貞、歓喜の声。でも仕方ないよね、男の子だから。


▼チャット▼

はい膝終了のお知らせ

リアルであの着地する人初めて見た。これ映画?

実は全部作り込みで映像でしたって言われた方が納得できる

わたしの世界観をこれ以上破壊しないで!するなら責任取ってもらうよ!もち結婚!

優理きゅん大歓喜で草



 ざわつくリスナーたちの中には、優理同様リアルスーパーヒーロー着地を見て歓喜の声を上げている者も多かった。それだけのポージングに憧れる少年少女は多いのだ。皆ちょこっとその場で試してみて膝が痛くて諦めるが。


 煙が消え人の姿が見え始めた時、絶好のタイミングでその人物は顔を上げた。


「――ワタシの出番が回ってきたようですね」


 小さな、けれどよく通る声。

 当然のように女性だが、彼女は見た目からしてひと味違った。


 肩下まで伸ばした黒髪をお下げにしているのは童女のようだが、切れ長の垂れ目に長い睫毛からは宿した大人の知性が垣間見える。何より、彼女の目は赤と紫のオッドアイだった。この世界で優理が初めて見るオッドアイだ。本物でも作り物でも、その美しさは変わらない。


 さらにスーパーな美女は目を隠す形で銀縁の眼鏡を掛けており、知的さに磨きがかかっている。

 肌に張り付くボディスーツはエロスの塊だが、この状況を見越しての服装選びなのだろう。背後の一般衣装リスナー二人組にも言って聞かせたいくらいだ。あれくらい着てきてくれと。隣のメイドと夏服護衛は……まあ、そういうこともあるか。うん。服装は忘れた。


 咳がなかなか収まらず涙目の二人を置いて、白煙を裂いて歩いてきた美女。

 自信に溢れた歩みはこの場を圧倒し、巡らせた視線が一瞬だけ優理に固定された。流れ、実咲へ。


「――メイド、お久しぶりですね。アナタから連絡を受けた時は、まさかと思いましたよ」

「――眼鏡様、お久しぶりにございます。この度は私奴の要請を御受け頂き誠に感謝致します」

「いやナチュラルに会話始めてるけど、なにその呼び方?」


 さすがにツッコミを入れざるを得ない優理だった。

 アルカイックスマイルのメイドと意味深な笑みの眼鏡美女と。二人の視線が優理に向く。


「優理様、こちらは私奴の同業者、眼鏡様にございます。眼鏡様、こちらは私奴の代理ご主人様、優理様にございます」

「ユウリさん。はじめまして。……ワタシは雪紫原ゆきしはら澄香すみか、澄んだ香りと書いて澄香です。よしなに」

「ご丁寧にどうも……傘宮優理です。優しい理科で優理です。配信者ユツィラやってます。よろしくお願いします」


 挨拶には挨拶を返す。それが社会人(前世)クオリティ。なんだか凄い顔をしている実咲が気になったので、目で聞いてみた。


「眼鏡様、御名前がございましたか……」

「ええ……」


▼チャット▼

さてはこのメイド、バカね

さてはこのメイド、アホね

眼鏡が本名なわけないでしょ

代理ご主人様とかいう謎ワードを聞き流すのはやめて??



 意味不明なことに驚いているメイドはさておき、澄香氏のことである。


「雪紫原さんは」

「澄香で構いませんよ」

「でも」

「ワタシもユウリさんとお呼びしますから」

「はぁ……澄香さんは、実咲とどこで知り合いに?」

「無論、戦場にて」

「そ、そうですか……」


 ドヤ顔でカッコいいことを言っているようだが、実際は夕食の材料を買いにスーパーマーケットで遭遇しただけの話であった。メイドは灯華の食事作り、澄香は当時の依頼主である名家のための食事作りと、揃って家政婦をしていた。もちろん他にもメイドの言う"同業"に意味はあるのだが……。


「澄香さんは……戦闘力はあるんですか?」

「ありますよ。ワタシは強いので前衛中衛後衛、あらゆる場面で役に立ちます。もし個人的なご依頼があれば、こちらに」

「あ、はい。ありがとうございます」


 黒塗りされ見えにくかったが、ボディスーツの前にはチャックがあった。首から股上まで続く長いチャックだ。

 澄香はスムーズな動きでそれを引っ張り、胸元まで下ろして深い谷間からカードを取り出した。淀みの無い動作で手渡された丈夫なカードには人肌の温もりが残っており、これが谷間であったかくてそれはつまりこうでこうでこうで……と、優理の脳をバグらせるには充分だった。


▼チャット▼

さっきから嘘みたいな映像ばっかり

胸から色々取り出すのは女にありがち……なわけ!

こんなことリアルでする人いな……いた!?

どうなってるのこの配信

どうなってるのよこの国



 リスナーのコメントを見て気分を落ち着ける。手の上のカードはポケットにしまっておいた。目の前の美女はさっさとチャックを上げてしまったので生白い胸はもう見えない。残念なようなほっとするような。


「――ちょぉぉーっといいかなぁ!?」

「――少し、いいかしら?」


 ドン!! と優理と澄香の間に割り込んでくる影二つ。

 巻き込まれそうだった童貞はメイドの手で引っ張られてその場から離れていた。崩れた姿勢はメイドの大きなお胸で支えられた。にこやかなメイドと、曖昧に笑うご主人様と。もう一人の護衛は無心で警戒を続けていた。健気な十歳児である。


「ワタシに何か?」

「わたしの優理くんに近づき過ぎじゃない?」

「私の優理さんに近づき過ぎよ」 

「アナタがたには関係ありませんよ」

「あるよ! 優理くんはわたしを頼ったんだから!!」

「いいえ、彼は私を頼ったのよ」

「みゃは☆ 冗談お上手☆」

「は?」

「ソラちゃんの威圧は効かないんだよねー☆」

「喧嘩は他所で……いえ、ワタシが行きましょう。ユウリさん、メイド改めミサキさん。報酬は弾んでくださいね。階下の敵はすべてワタシが引き受けましょう」


 二人の喧嘩に取り合わず、一人さらりとその場を離れていく。颯爽と歩く様からは歴戦の風格を感じ、思わず優理は息を吞み見惚れてしまった。メイドはしたり顔で深く頷いていた。

 ヒーローのように現れたボディスーツの女は、有り余る余裕を見せつけ去っていく。片手を挙げ、声を張って告げる。


「些事はすべて、ワタシ一人で片付けてあげましょう。――ユウリさん、為すべきことを、やり遂げてください」


 返事を待たず、澄香はバルコニーからいなくなった。後には大雨の音だけが残る。謎の激励を受けた優理は。


「あの人……超幼い感じの可愛い声してたね」


 誰もが言うまいとしていた言葉を一つ吐き出した。

 気まずそうに頷くリスナー二名と、こくりと頷く護衛二人と、大量の同意コメントであふれる配信チャット欄であった。





――Tips――


「ソラナ・カヨウと花咲リリカと雪紫原澄香について」

ソラナ・カヨウ……超凄腕の刀術家で芸能人だが、特に国との絡みはない一般人。純粋なリスナーであり、友人のリリカに誘われ今回の戦場に飛び入り参加した。割とフットワークは軽い。あんまり頭はよくない。実はM。


花咲リリカ……ファッションデザイナー兼国家諜報員。リアラの同類、ではなく、普段は一般人を装っている。身体能力は高く隠密、諜報スキルも優れているが、近接戦闘は得意じゃない方。手が空いており、地味にリスナーでもあり、国からの要請を受けてソラナを巻き込み参戦した。お姫様憧れ系乙女。


雪紫原澄香……自称一般人の幼ロリ声超凄腕傭兵。二つ名は「イカレ眼鏡」。メイドから連絡を受け参戦した。基本アホ。カッコイイことが好き。ソニャとは別経由の遺伝子強化人間。割と身柄を狙われてはいるので一所に留まりはしない。実はボディスーツは普段着にしているアホ痴女。理由はカッコいいから。実咲が一目置くレベルの強者。


余談だが、澄香は心から信頼する相手と出会えた時、一人称が「すみ」になる。声だけでなく内面も割と幼い。ただし見た目はエロ痴女お姉さん。

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