銀のお姫様と世界最高傑作のお友達。



 時はしばらく遡り。


 優理たちがスカイタワー目指して移動している最中、銀髪美少女アヤメはしょんぼりしながら剥き出しの屋根の下、雨宿りをしていた。


 激しく吹く風が時折強く雨飛沫を送り込んでくる。それでも突き出した屋根のおかげであまり濡れずに済んでいた。まあもう十二分にびしょ濡れなので今さらではあるのだが。


『アヤメ様』

「……はい」

『疑問。未だに決心はつきませんか?』

「はい……」


 三歳の家出少女は絶賛お悩み中だった。形の良い銀の眉が下がっている。


「ユーリは……」


 言葉が続かない。

 優理はどうして、あんなことを言ったのだろう。


 気を利かせたエイラがユツィラの配信をリプレイする。


『もう一度だけ話がしたい。直接、話をしよう。アヤメ』

『僕たちが最初にして、叶えた約束。空を見られる場所』

『アヤメが見つけた新しい秘密の場所。僕を連れていってくれるって、そう言ってくれた場所。そこで待ってる』


 場所がどこなのかはすぐわかった。エイラが「秘密の場所」を優理に漏らしていたのもどうでもよかった。

 大事なのは優理が何を考えているか。なんのために、もう一度話したいと言ったのか。優理の気持ちは、優理は……。


「どうしたいのですか、ユーリ……」


 膝を抱え顔を埋める。服が濡れてひんやり冷たく、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 けどでも、やっぱり何もわからない。

 自分の気持ちに従って、優理には平和に元気に怪我なく幸せに生きてほしいと思ったから、こうして離れて逃げて犠牲になろうとしているのに。それが一番だと、そう、思ったのに……。


『提案。アヤメ様。もしもの話をしましょう』

「もしも……?」


 突然エイラから言われたことに戸惑う。もしも、いったい何の話だろう。


『肯定。もしも優理様と一緒に居られるなら、何をしたいですか?』

「そんなの……考えても意味ないです」

『否定。もしも、の話です。もしも優理様がアヤメ様と一緒に居たいと、他の何よりアヤメ様が大事だからと告げたならば、そうなる可能性もあります』

「それは……」


 考えなかったと言うと、嘘になる。むしろ考えてばかりだ。


 夢みたいな可能性。

 優理を守りたいから、優理が平穏に幸せに生きてほしいから今こうなっているのに、どうしても考えてしまう。


 今までみたいに、この二か月間みたいに濃密で、満たされていて、きらきら輝いていた日々が続く未来。


 例え優理がそれを願っても、きっと世界が許さない。だって世界は優理を傷つけるし、アヤメを傷つけるから。だからこれは夢。泡沫みたいに消えちゃう"もしも"のお話。


「私は、いっぱいお約束しました」

『はい』

「お空は見ましたけど、まだ見てないお空もたくさんです。まだ、秋だけしか見てないです」

『はい』

「ご飯も全然食べたりないです。朝ご飯も、お昼ご飯も、お夕飯も。いっぱいっぱい、いろんな土地の、いろんな国のお料理があるって知ってます。ユーリと一緒に食べるご飯は……ひとりで食べるよりずっとおいしいです。ユーリの作るご飯も食べたいです。私の作ってみるご飯も、ユーリに食べてほしいです」

『はい』

「お散歩もしたいです。街と、公園と、山と、森と、海と……いろんなお店に一緒に入って、たくさん見て回ってお買い物したいです」

『はい』

「それに、景色! 春と夏と秋と冬と、お空もですけど、いっぱい景色も見たいです! 桜とネモフィラと、ひまわりとアジサイと、もう一度紅葉とイチョウとキンモクセイと あと雪も! ユーリの好きな雪も見てみたいです!」

『はい。きっと素敵な景色です』

「はいっ。雪が降っていたら、ユーリと遊ぶんです。リアラもミサキも、トウカもソニャも、あとカリナも! みんなで雪合戦? してみたいです。雪だるまとかかまくら? とかも作ってみたいです。えへへ、遊んだ後はコタツでゆっくりするんです。お話して、ゲームして、寝るのも一緒です」

『とても楽しそうですね』

「ふふー、絶対楽しいです! 年末は普段と違うらしいですからそんな雰囲気も――あ! クリスマスもありました! 教会に行ってモミの木を買ってクリスマスツリーをセットするんですよね!?」

『はい。クリスマスツリーとクリスマスケーキは必須です』

「ケーキ! おっきなクリスマスケーキも食べたいです! きらきらな街にベル? 音楽が鳴っていると聞きました。ユーリとケーキを買いに行って、みんなでパーティーです! クリスマスプレゼントも買うんです。ユーリはどんなプレゼントをくれるでしょうか? 私もプレゼント買ってあげますっ。エイラにもあげますよ!」

『光栄です、ありがとうございます。アヤメ様』

「えへへー、それから年越しをして、初詣もしてみるんです。神社は行ってみましたけど、初詣は全然違うらしいですから。晴れ着? の着物? も着てみたいです。ユーリが褒めてくれたらとっても嬉しいです。リアラとお揃いがいいです!」

『とても可愛らしい姿が目に浮かびますね。さすがはアヤメ様です』

「ふふ、えへへ、冬は温泉も行ってみたいです。ユーリは温泉好きって言ってましたけど、お家じゃあんまりお風呂入りませんから。一緒にも入ってくれません。寂しいです。だから大きな温泉で一緒に浸かるんです。雪見風呂はすっごく綺麗らしいです!!」

『雪見風呂は格別でしょう。アヤメ様、はしゃぎすぎてはいけませんよ?』

「むー、わかってます! 温泉はゆっくりするものですっ。ユーリとゆっくりだらだらするんです。ユーリはエッチなのでエッチなことしたくなっちゃうかもですけど、私は良い子なので付き合ってあげるんです。えらい子です」

『とても偉いですよ、アヤメ様は』

「ふふーん、お風呂を出たら一緒に"ふるーつ牛乳"です。風物詩? だって聞きました」

『日本の風物詩ですね。味は五割増しに美味しいそうですよ』

「なら飲まなくちゃです! 旅館――そう! 旅行です! ユーリとの旅行でした! 観光もたくさんしなきゃです。温泉だけじゃないです。遠い場所の観光地がたくさんあるって知ってます! なんだかすごい神社も、大きな湖も、お祭りも! 海も山も一緒に見るってお約束しました! 違うところはおいしいものもいっぱいあるってユーリが言っていたので、それも食べなきゃです!」

『そうですね。日本各地に多くの美食があります。特に海に面する場所は多様な海産物がありますよ』

「!! ならお魚です! お寿司も焼いたり煮たりしたお魚も食べたいです。ユーリはお寿司が好きなので、私が食べさせてあげます。私にも食べさせてもらうんです。一緒に食べた方が楽しいし、ワサビ多めにする悪戯もしてみたいです!」

『優理様はとても喜ぶでしょう。アヤメ様もワサビ多めで試してみるのですか?』

「わ、私もワサビ頑張りますっ。悪戯は受けるまでが悪戯です!」

『そうですか。エイラは応援していますね』

「ありがとうございます。お魚と言えば水族館もありました。動物園も。ユーリがいつか連れていってくれるってお約束したので、それもです。また車に乗って、リアラも一緒がいいです。車も――遊園地も! ジェットコースターに乗ってみたいです! 乗り物いっぱい、素敵なものいっぱいです」

『遊園地も種類がありますからね。アヤメ様の求めるモノはテーマパークに行くとあるかと思われますよ』

「テーマパーク!! お城があったり不思議な街があったりするところですね!」

『はい。不思議な街や城があります』

「見たことあります……! とっても大きなところなら、ユーリとだけじゃなくてみんなで行ってみたいです。きっとみんなの方が楽しいです。お城……お城! いろんなお城がいろんなところにあるって思い出しました!」

『日本だけでなく、海外にも城は多くありますよ』

「そ、それなら海外にもです! ユーリと一緒に海外です! トーカやソニャは海外のこといっぱい知ってそうなので、案内してもらうんです。ユーリも海外はあんまり知らないと思うので、二人でドキドキしながら旅行です! 国内旅行よりユーリも新しいこといっぱいでドキドキばかりです。ふふー、私がユーリを引っ張ってあげます!」

『迷子にはならないでくださいね』

「む、むー……大丈夫です! エイラがいます!」

『ふふ、存分にエイラを頼ってください、アヤメ様』

「旅行もですけど、お花もです。私は桜を見てみたいですけど、ユーリはネモフィラ大好きなので見に行ってみたいです。一面お花畑……写真だけでもとっても綺麗でした」

『当日は晴れるといいですね』

「大丈夫です。晴れるまで何回もチャレンジできます! 桜も、いくつか種類があるらしいので、全部見てみたいです。ユーリとはお約束しましたから、いっぱい一緒に見てもらいます! 国内はリアラもミサキも詳しそうですから、車で連れていってもらいます! あと、ソニャもカリナも無理やり連れ出します。きっと二人とも喜んでくれます!」

『綺麗なものを見て喜ばない人はいませんからね』

「はい! それにアイリスのお花もです。私のお花……本物をユーリと一緒に見たいです」

『素敵な時間になりそうですね』

「はい。アイリスのお花を見て、お花……花火! 花火を忘れていました。お空の花火も、線香花火? も。あまり調べてないですけど、いくつかあるって聞きました。これもみんなでするときっと楽しいです!」

『和気あいあいと、楽しい時間ですね。花火をするなら野外バーベキューでもどうでしょうか?』

「!!? バーベキュー……焼き肉です! お外ならキャンプもですね! ピクニックも! みんなでやると楽しいことたくさんです! ミサキはすごく得意そうです……!」

『ふふ、そうですね。逆に優理様はだめだめかもしれません』

「えへへ、だめだめなユーリが見えます。みんなに優しくされるユーリは私が連れ出して一緒に川遊びです! ユーリが溺れないように手を繋いであげます!」

『アヤメ様は泳ぎも完璧ですからね』

「完璧ですー。泳ぎならプールもです。夏のプールは楽しいらしいですから。いろんなプールに行ってみたいです。泳ぎ終えてからのアイスは不思議な味がするって聞きましたけど、本当なのでしょうか?」

『疲れた身体に染み渡るそうですよ。楽しみにしておきましょう』

「ふふ、はい! 疲れて帰って、ユーリと一緒にお昼寝……もう夜かもしれないですけど、一緒に寝るんです。いっぱいお話しながら寝ちゃって、起きたらユーリがご飯を用意してくれているんです。頭を撫でて起こしてくれて、ほっぺたつまんできて、ちょっぴり怒るとほっぺた撫でてくれるんです。嬉しくて、怒りたいのに全然怒れないんです。ユーリはずるです」

『ふふ、優理様はアヤメ様のことが大好きですから』

「ふふー、でもユーリより私の方がユーリのこと大好きですよ。ずっとずっと、大好きなユーリと一緒に暮らしていくんです。お約束は叶えても叶えてもどんどん増えていって、毎日毎日新しいことばかりです。いろんな季節に、いろんな場所で、ユーリと食べて遊んで……それから……それ、から……っ」


 いっぱいっぱい喋って、思い返して未来を想って、溢れてやまない心の数々を言葉にして。

 気づいたら、涙が流れていた。


「ユーリっ……ユーリぃ……あいたい、お話したい、です……ぐす、もっと、いっぱい、ずっとずっと……いっしょにいたい、です……っ」

『アヤメ様……』

「いっぱい、おやくそく、したんです……。たくさん、いろんなところに行くって、おはなししたんです。ずっといっしょって……いっしょって……」


 拭っても拭っても涙は止まってくれない。さっきまであんなに楽しくて嬉しくて、"もしも"を考えるだけで幸せに満ち溢れていたのに。今は寂しくて悲しくて、胸の奥が痛くて苦しかった。


 ぎゅぅっと、座ったまま身体を抱き寄せるように縮こまる。寒さなんてあんまり感じないはずなのに、急に寒く感じた。空気も、雨も。身体の外側だけじゃなくて内側もひどく寒い。


「ユーリ…………わたし、わたし……」


 もう一度会いたい。話したい。どうしてあんな風に"もう一度話したい"なんて言ったのか。どうしてそんな私に構うのか。好きだから? 大好きだから? アヤメ自身が優理を愛しているように、優理もまたアヤメを愛しているから? 家族のために命を懸けるのは普通なの? 本物の家族でもないのに?


 疑問はたくさん。心には寂しい気持ちだけ。会いたいけど、話したいけど。

 でも、アヤメは怖かった。


 もしも優理が"アヤメのためなら世界なんて怖くない"と手を引いてくれたら、引っ張ってくれたなら、アヤメはきっと二度と離れられない。

 優理の温もりに包まれて、一生ひとりぼっちには戻れなくなる。そして優理はいつかどこかで怪我をする。もしかしたら死んでしまうかもしれない。それは嫌だ。だから離れる。そう決めた。決めたのに。


 怖いから離れたのに、今のアヤメは別の怖さに怯えていた。


「……ユーリ……」


 アヤメは、優理に期待してしまっていた。

 もう一度話したいなんて、そんなに想ってくれるなんて、もしかしたら「傍に居てほしい」と、「傍に居たい」と、そう言ってくれるんじゃないかと期待していた。


 優理はアヤメにとってすごい人間だ。アヤメを救い出し、アヤメのためにいろんなことをしてくれた。アヤメをお姫様扱いしてくれる王子様。それがアヤメにとっての傘宮優理という人間だった。


 だから今回も、優理はもしかしたらアヤメには思いつかないすごいことをして、これからもずっと今までみたいに一緒に穏やかな生活を送れるようにしてくれるかもしれない。

 どうやればそんなアヤメに都合の良い状況になるのかわからないが……優理なら、そうしてくれるかもしれないと、そう思った。そう、期待した。


 優理はすごい人だから。優理の周りの人もみんなすごい。あんまりわかっていないけれど、灯華も実咲もリアラも、きっとすごい人だ。だからみんなでどうにかしてくれるんじゃないか……なんて夢を見てしまっている。


 期待して、夢を見て…………それがもし、全部ただの幻想でしかないと、夢はただの夢でしかないとわかってしまったら。優理ともう一度話して、思い知らされてしまったら、アヤメは……二度と立ち上がれない。


 こうしてうじうじ悩むこともなく、スパッと優理のために命を捨てられるようになってしまう。だってこの世界への執着がなくなるから、大嫌いで大好きな世界とはお別れして、優理のために簡単に命を使えてしまう。


 本当はそれでいいのだろう。それがいいのだろう。

 アヤメが固めた決意の通りになる。


「……ユーリ」


 あぁでも、やっぱりまだ諦めきれない。

 優理と一緒に生きる未来が、一緒に穏やかに生きられる可能性に縋ってしまう。期待して、夢を見て、願ってしまう。


 心の奥底で、優理が……もう一度、王子様みたいに手を引っ張って抱き上げて、連れ出してくれないかな、と。


『――アヤメ様』


 袋小路に追い詰められ、何もできず座り込んでしまっているアヤメに、エイラは。


『アヤメ様、それほどまでに想い迷っているのに、どうして優理様を信じないのですか?』

「――……エイラ?」


 ここまで一度足りともアヤメに反抗せず慈しみ見守ってきた人工知能は、心を鬼にして、主人を諭す。


『優理様は現在に至るまで、アヤメ様のために最高のコミュニケーションを叩き出し続けてきました』


 つい先ほど一度だけ間違えた、は言わぬが花というやつだ。


『アヤメ様が思っている以上に、優理様はアヤメ様のことが大好きですよ』


 それはもう、下手しなくても容易く世界を敵に回せるほどに。だからこそアヤメは怖がっているわけだが、このお姫様は優理の行動力を舐めている。


『優理様はアヤメ様が思うよりも強くしたたかな男性です。立派な大人なのですよ彼は』


 お馬鹿な童貞ですが、という言葉も口にしない。エイラはディラと違って感情に流されたりしないのだ。


「そんなこと知っています……」

『いいえ、わかっていません。優理様はエイラ同様、アヤメ様の幸福を願える、アヤメ様の幸福を純粋に求められる男性なのですよ。そして彼は、幸運にもそのための条件を満たしていました』


 エイラは電子の海で優理が満たした条件を列挙する。


 一つ、アヤメとの高い生物学的適合値。

 二つ、アヤメとのパーフェクトコミュニケーション。

 三つ、身近に大きな戦闘力保持者がいること。

 四つ、身近に強い権力の持ち主がいること。

 五つ、ある程度の人数を味方にできる能力。

 六つ、アヤメのために人生を懸けられる精神性。

 七つ、アヤメを愛し、愛されるだけの関係を作り上げること。


 これらすべてを優理は満たしていた。

 まあエイラが居る時点で三、四、五はどうとでもできたが、その場合それなりに安定を得るまで時を要したことだろう。


 とにもかくにも、今の優理はアヤメを幸福にできるくらいには多くのものを積み上げてきている。エイラから見ても一定以上の価値がある人間なのだ。アヤメが愛した時点で他のすべての人類より価値があるのは自明の理であるが。


「どういうことです、か?」

『詳しくは本人に尋ねてください。優理様はアヤメ様の期待に沿える程度には、アヤメ様の夢を叶えられる程度には、アヤメ様と未来を共に歩める程度には、人として優れている。それだけです』

「……でも」

『アヤメ様』

「……はい」

『あなたを家に迎え入れ、多くを教え、日々を幸せで満たした方を』


 瞳を揺らす銀の少女に、世界最高傑作のAIは続ける。


『家族として愛し、女性として愛し、人として愛し、あなたを幸福で満たした方を』


 じっと言葉を待つ主に、エイラは告げるのだ。


『あなたを最愛のお姫様にした、唯一無二の王子様である優理様を。アヤメ様は信じられませんか?』

「――――」


 この世界の女性は皆、お姫様に憧れている。

 それは普遍世界の女性も同じだ。誰だって憧れる。いつか自分の下へ王子様が現れないかと夢を見る。


 夢から覚めるか覚めないか、遅いか早いか、違いはそれだけ。

 アヤメだって幼いなりに憧れていた。毎日お姫様扱いしてくれる優理が大好きだった。たまに本物の王子様に見えて恥ずかしくなるときもあった。嬉しくて幸せで、お姫様と呼んでくれるのがくすぐったくて、もっともっと優理のことが大好きになった。


 だから。


「――……」


 アヤメは。


「……わかり、ました。ユーリを、信じます」


 むくれたような、諦めたような、疲れたような、呆れたような、そんな曖昧な顔をして。


「エイラは、私のこともユーリのことも、すごくわかっているんですね」


 それでもどこか吹っ切れたように、悲しみに満ちていた表情を大人びたそれに変えて言う。


『肯定。エイラは世界最高傑作のAIですから』


 アヤメの顔を見た彼女は、電子の海で胸を張って誇る。


「ふふ、そうですね。エイラはとってもとってもすごーい私の大事なお友達でした」

『――光栄です、アヤメ様』


 くすりと笑う銀のお姫様に、人工知能は胸をいっぱいにして平然と返した。


 一度も『もっとエイラを頼ってください』と口にせず、初めてアヤメから直接「お友達」と言われどれだけ歓喜していようとも。

 エイラは人工知能らしく、アヤメの幸福を求め一人呟く。


『さあ優理様。お膳立ては済ませました。あとは任せましたよ。いつものパーフェクトコミュニケーション、楽しみにしています』


 もう一つ仕事が残っているが、エイラにとって些事でしかなかった。

 アヤメの説得は終わった。人工知能にあるまじき感情的な部分を見せてしまったのは反省だが、結果的にアヤメは笑ってくれたのでよしとする。


 主の笑顔を隔離フォルダに複製保存するAIがいる一方で、その主は身体の熱を吐き出すように好意を口にする。


「……ユーリ、大好きです」


 薄っすらと頬を染め呟く姿は、どこからどう見ても恋する乙女そのものでしかなかった。


 ――これが、ミツボシ捜索班が東京スカイタワーに再訪する約一時間前・・・・の第四展望台(屋外)における話である。





――Tips――


「パーフェクトコミュニケーション」

エイラが常々口にする言葉。別にゲーム的な数値はなく、選択肢も一つではない。結果としてアヤメが喜んだり笑顔になったり、アヤメのための言葉、行動であればそれが"パーフェクトコミュニケーション"となる。基本的にはアヤメの意に沿う行動、求める言葉を伝えていれば良いが、お姫様にはあらゆる経験が足りないので様々なアクションをしてあげる必要がある。

例えばいろんなところへ連れて行ってあげる(人混みは段階が必要)、スキンシップは多めにし、褒め言葉をよく使う、少しずつ知り合いを増やしてあげる等。

銀色お姫様は三歳のお子様なので、ある程度成熟した大人を紹介すると良い。また、アヤメが頑張ったことについては褒めて甘やかしてたくさん撫でてあげるとよい。まるっきり子供扱いして良い場合と、ちゃんとレディとして扱わなければならない場合があるので、意外にパーフェクト連発は難しいのだ。




※あとがき

この話のテーマ曲は「未来約束」です。

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