女友達with美女二人。
「ここが、香理菜ちゃんの家か」
「ここが雌猫の御家にございますか」
「ここがおんなの家……」
「……二人とも人聞き悪いから変なこと言わないで」
「うふふ」
「えへへ」
笑って誤魔化す美女たちに嘆息する童貞である。
場所は香理菜家前。表札に
既に「家の前まで来たよ☆」とは連絡を入れてある。連れがいるとも言ってあるが。
「……」
しとしとと、雨が降っている。
雨脚は弱い。しかし止む気配はない。今日は一日雨予報だ。雨天の空はどんより薄暗く、今後の道先を暗に示しているようで気が重くなってくる。
何かを振り払うように、優理は黒の傘をくるりと回した。
ちらと背後を、一歩後ろに立つ二人を見て。
相合傘で並ぶメイド服美女と露出の激しい美女を見て、男は一人苦笑する。
「ミサキ、せまい」
「ソニャ様こそ大きな胸が邪魔にございますよ」
「でもミサキもおっきいよ。ぜいにく」
「そこは脂肪の塊と言ってくださいませ」
「? ちがうの?」
「……思えば、胸の表現は多種多様にございましたね。敢えて言葉は濁させていただきますが」
「どうして?」
「ソニャ様には今少し早い淫語にございます故」
「ふーん……」
仲が良いのか悪いのかわからない二人は最初「パパと同じ傘はいる」「ご主人様と相合傘♡」と言っていたが、一人しか入れないので諦めてもらった。それに香理菜に挨拶するのに相合傘だなんてしていられない。結果、実咲とソニャが一つの傘に入り優理はソロぼっちとなった。ちょっぴり後悔している童貞だ。
とはいえ、連れがいるにしてもまさかこんな人たちだとは思っていないだろうなと、優理は香理菜に向けていろんな感情を抱く。メイドと夏服護衛と……しかも何故か相合傘。謎が過ぎる。
「……ふぅ」
気持ちを落ち着け、改めて香理菜の家を見る。
香理菜の家は一般的な一軒家だった。
普遍世界同様人口の減り始めた性欲逆転世界である。ごく一部の都心を除き多くの土地は余り始め、優理や香理菜の住む地域も個々の家はある程度大きく、5LDKや6LDK以上がいわゆる「普通」となっていた。
香理菜の家も例に漏れず、横に大きい二階建てだ。
門はなく、三台ほど停められる駐車場がある。うち一つには車が停まっていた。
周囲は閑散とした住宅街だ。駅よりそう遠くないらしいので、元から繫華街ではなくベッドタウンとして機能している駅なのかもしれない。
優理たちは実咲の運転する車で来たので電車は使っていない。追手は家周辺のエイラお手製攪乱機能と妨害機能で撒いた。というか、優理家周辺だと碌に車も電子機器も使えなくなるため歩行者しかいなかった。
敵対組織は一定範囲外まで動かないと誰とも連絡が取れず、さらに連絡手段の携帯や無線機がすべて壊されているので公衆電話やら伝書鳩やらを使うしかなかった。まあ今の時代どちらもほぼ存在しないので、すごすご帰って上官に怒られるのだが。
そのような背景はエイラとディラと実咲とソニャしか知らず――つまり優理以外全員知っている――ミツボシ捜索班の三人は呑気にドライブとやって来ていた。
インターホンを押すべきか押さないべきか。
悩む優理は「私奴が押して差し上げましょう」「遠慮しとく」「わたしが……押す?」「遠慮するよ」「ソニャ様、じゃんけんで決めましょう。今朝のリベンジにございます」「むふふ、まけないよ」等々、意味のないやり取りを小耳に挟みつつ待ち続ける。
その後一分、二分ほど経って玄関ドアが開く。優理は緊張に身を固くした。
ちなみに背後のじゃんけん勝負は今回もソニャの勝利であった。
「お、お待たせー。……え、えっと、由梨?」
「や、やっほー。……ど、どうもあなたの大親友、由梨ちゃんです!!」
ここまで来たらいつも通りやってやるぜ! と勢いに任せる優理だ。
現れた香理菜は表情を困惑から納得に変え、「由梨だったかー」と呟き手招きする。
とことこドアまで寄り、香理菜に挨拶する。
「おはよ! 香理菜ちゃん」
「おはよー。イメチェン……ていうか半分別人だけど、まあ、うん。それより後ろのお二人は……どなた?」
「あ、うん。えっと……メイドと護衛?」
呑気に手を振っているのとぼんやり空を見上げているのと。メイドにしてはフランクだし、護衛にしては緩すぎる。が、他に言いようもなかった。
「そう……。よくわからないけど、あの二人がお連れ様だね。了解、上がって上がって」
「う、うん。ありがとう!」
あっさりと家に通される。傘は玄関外の傘立てに置かせてもらった。
親御さんへの挨拶があるかと思ったが、香理菜の意向なのか特になかった。お邪魔します、とだけ言っておく。実咲に小声で「香理菜ちゃんのお母さんも護衛しないと」と言うと「既にリアラ様が手配しております」と返された。
やはりリアラはすごい。先回りしてくれている。
香理菜の家は一階に部屋が多く、リビングの他はすべて和室だった。そのリビングでさえ和洋室っぽく、建物のテイストが和なのだと思われる。ちらと見えた部屋の一つは旅館の一室を狭めてアレンジしたかのようだった。
二階に上がり、優理家のリビングくらいある部屋に案内され驚く。
「え、広いね……」
「二階は三部屋しかないからねー。いつも持て余してたけど、今は感謝かなー。ようこそ、我が居城へー……なんて」
即座に乗って拍手する優理と真似するソニャ、実咲は無駄に綺麗な指笛を吹いていた。
「お、おおー……思ったより反応良くて困る。ありがとう」
「うん! それじゃあ失礼しまして……」
さっと視線を流し、ソファー、テレビ、ベッド、机、椅子、書棚と完備されているのを確認する。ここに冷蔵庫でもあったら一人暮らしの部屋のようだ。
年頃の乙女らしくはないが、和洋室で機能的な部屋だった。香理菜らしいとも言える。書棚に詰められた大量の少女漫画は、この世界の女子あるあるだろう。
優理は迷わずソファーに座る。ソニャは窓際横に立ち、映画のワンシーンのようなアンニュイさで姿勢を楽にする。実咲はメイドらしく傍に控え――ず、普通に優理の隣に座ってきた。
「うふふ♡」
意味深な笑みは見なかったことにした。
香理菜は机と別売りっぽいちょっと高価そうな居心地良い椅子を引いてきた。優理が使っている系の長時間座っていても平気な椅子だ。
「由梨……なにから話そう?」
「そうだね。……まずは状況のことから。たぶん香理菜ちゃん、何も知らないよね?」
「……込み入った事情なのは察してるけどさ。アヤメちゃん。あの子が家出したんでしょ? やー、理由は聞けなかったよ。すごい泣きそうな顔してたからね……」
「アヤメ……」
胸が痛い。脳裏に過る少女の涙。銀のお姫様が泣いている。
軽く首を振り想像を消し去る。その涙を拭うために今動いているのだ。心痛めている場合じゃない。
「……そっか。アヤメ、やっぱり香理菜ちゃんの家にいたんだね」
「うん」
「香理菜ちゃん」
「うん?」
「実はあなた、命を狙われています、とか言われたらどう?」
「どうも何も……え、それ本当なやつ?」
「うん☆」
「うわすごい笑顔。……え、と……えー、由梨、詳しく」
「りょーかい!」
真剣になった香理菜へざっくり説明を行う。
アヤメが実はすごい出自で、世界中から狙われていて、優理を守るために家出したと。で、アヤメへの人質=優理→優理への人質=優理の家族友達=香理菜という方程式が成り立つ、とも伝える。
「――でね。それだけならよかったんだけど……」
「まだあるのかぁー……」
ほんの十分程度で疲れた顔をしてしまっている。優理個人としてはここからが本題だ。
「香理菜ちゃん、このアクセサリー見たことある?」
首元に提げたモノ。五感誤認アクセサリーを服から取り出し見せる。
「んー? それ、由梨がつけたりつけなかったりしてるやつ?」
そういう認識になるのか、と一人納得する。
誤認アクセサリーは相手の五感を騙すものなので、服装によってはアクセサリー自体が認識されないらしい。逆もまた然り。
「……」
一度深呼吸する。怯える心を制し、気持ちを整える。
「えー……これ、五感誤認アクセサリーと言いまして」
「なんで敬語? というか、五感誤認アクセサリー……?」
「うん。これはね。人の認識を誤魔化すためのものなのです」
「?」
「あ、わかってないね。うん」
「べ、べつにわかってないことないけど?」
「えーっと……あ、あー。これでどうかな?」
「え、いや…………え?」
いったん声だけ機能をオフにした。目を丸くする香理菜がいる。そして隣では後方腕組み彼女面をするメイドがいた。ソニャは護衛を全うし――寝ている!?
優理は子供に優しいので、居眠りしているソニャを見なかったことにした。二人を見てかなり気持ちは落ち着いた。
「これが真の私……素敵ボイスを堪能しなさい!」
「や、いつもの由梨だこれ……。声変わっても由梨のままって……」
「突っ込むのそこなの!?」
「あ、あははー。だって、ね?」
なんだその「わかるでしょ?」みたいな目は。
「わかんないよ! 由梨ちゃんなんにもわかんない!!」
「っ、くふ、ちょ、やめてっ。ふ、ふふ、その声で変なこと言わないでっ」
「……ちょっとふざけた僕も悪いけど、普段の由梨を変って言われると胸が痛いよね」
「――優理様、私奴はどんな優理様でも深い心で御受け入れ致しますよ。そう、深いところまで……♡」
「はいはいメイドは静かにしていてね」
急に差し込んでくる下ネタは流させてもらう。「塩対応もしゅき♡」とか言っているメイドはもう無視だ。
「……ゆう、り……ねえ由梨」
「うん」
「由梨って……配信者ユツィラって、知ってる?」
「うえええ!?」
「あ、もうわかったからいいや、うん。ありがと」
「こっちはなんにもわかってないけど!」
「だって由梨ってユツィラでしょ?」
「うぐ……」
「ていうか、ユツィラってことは……由梨って男の子だったん、だ。そっか……そっかぁー……」
「理解が早すぎる……」
「ゆうり、で由梨……安直だね。由梨……ううん、どっちで呼んだ方がいいの?」
「え、まあ学校以外は優理でいいけど……」
「漢字はどう書くのさ」
「
この友達すごい冷静で理解早いなと拍子抜けしてしまう。考えすぎだったか、と優理は内心で妙な気恥ずかしさを覚えた。
「ん、ありがとー。……それ、でさ。その、優理……は、姿、とか見せてくれたり……する、の? や、だめならいいんだけどさ、うん。友達だし、ほんとの姿も見ておいた方がいいかなって思ったりしてね。誤認アクセサリー? だっけ? それの性能? みたいなのも確認しておきたいし。わたしそういうの全然知らないから、うん。ど……どうかな?」
全然考えすぎじゃなかった!
ちゃんと驚いてるし微塵も冷静じゃなかった。よく見れば顔は赤いし目は合わないし、手はもじもじ人差し指組んでくるくるさせているし、しっかり動揺していた。
「……ふふん! しょうがない香理菜ちゃんだね。ええと、これで全部オフだから……はいどうよ! これが真の僕だよ! 由梨ちゃん改めて優理君です、どうもはじめまして、これからよろしくね」
キラッと全開スマイルを披露した。最近は女性との接触が増えて男として表に出ても気圧されなくなってきた。加えて今回は相手が香理菜だ。友達だ。これくらいはできる。
僕も成長したな……。一人浸る童貞である。
「――……スゥ……ほ、ほんと、だったぁ……」
「えっ」
目を見開いた香理菜は、蚊の鳴くような声で呟いた。
「あぁ優理様、年頃の処女乙女に男性力が上がりに上がって魅力溢れ始めている優理様のPerfect Smileは極大ダメージにございますよ……!」
「実咲の発言にツッコミどころが多すぎる……。"ツッコミ"に下ネタは要らないからね」
「く……先回りしてお口封じとは……ふむ、お口封じというのも、また良いものにございますね。どうせなら下のお口も封じてくださいませ♡」
「どこからでもエロいことに繋げるのやめない?」
聞くと、やれやれわかってないな、みたいな顔で首を振られたので見なかったことにした。この女、自分がメイドだってこと――いや実咲はメイドじゃなかった。ただの自称メイドだった……。実咲の本業は灯華の秘書兼護衛兼運転手兼家政婦兼いろいろである。
「……えっと、香理菜ちゃん、いったい何に驚いているんだい。僕はただの一般男の子さ」
「や、やー、それは、うん。無理がある……んじゃない、かなぁ。だってユツィラ、でしょ? 登録者200万人、超えてるすごいエッチな配信者じゃん……」
「……」
そういえばそんなこともあった。
例の男CO配信から約一か月。配信者ユツィラは真なる男だと世間に周知された。極めて稀な下ネタOKでエロに寛容な男性配信者、しかも大炎上を上手く乗り越え自身の性癖やら性欲やらをオープンした馬鹿。
結果、登録者は増えた。これでもかってくらいに増えた。炎上の規模が規模だっただけに、本当に男だと知られ、欲望に忠実な世の女性たちの多くが登録者になったわけだ。禍を転じて福と為すをそのまま表したような出来事であった。
元は60万人だった登録者は三倍以上。アヤメの件でここ数日配信していないが、先週までの平均同時視聴者数は約5万人。
大きくなったものだぜ、と思う一方、この世界なら男バレしたらこれくらいは増えるか、とも思う優理であった。
そんな優理――ユツィラを知っている香理菜はというと。
「……もしかしなくても、香理菜ちゃんユツィラリスナー?」
「……引かない?」
「僕らは友達だよ! 引かない! 信じて!!」
嘘偽りない友への眼差しを向ける。目を逸らされた。悲しい。けれど、香理菜はこくりと頷く。
「……や、えっと、さ……わたし、二年前くらいから見ててね」
「古参じゃん……」
「
「荒らしじゃん……」
「荒らしじゃないから! ユツィラの配信♡文字多いでしょ? だから荒らしじゃないよ……」
「エッチなリスナーだったか……」
「ユツィラのリスナーは全員エッチだよ……」
「……香理菜ちゃん」
「な、なに?」
「ごめん、ちょっと引いた」
「うわぁぁー!! もうやだぁぁ!! ユツィラのASMR抜き出しデータ全部消してやるぅぅぅ!!!」
「mp3化してたの!?!?」
頭を抱える香理菜に優理も頭を抱えたくなった。まさか女友達がここまでどっぷりユツィラ沼にはまっているとは……。
「……ていうか、香理菜ちゃん僕が男だってことよりユツィラだってことの方が驚いてるよね」
「うぅ……そりゃそうだよー。由梨が……優理が男だからって別に……や、割と変わるか。もう一緒にお泊まりとか無理だし着替えも無理だし……え、由梨? 着替えとかすごい一緒だったよね……?」
「うん☆」
「――……もうおしまいだ」
「大丈夫だよ。僕も見せてたからお相子さ」
「普通に女に見えてたけど???」
「そういうこともあるよね」
「そんなことないよー……」
はぁ、と息を吐く香理菜。癖っけのあるショートボブをくしゃくしゃっとかき混ぜ、ジト目て見てくる。ニコリと笑みを返した。目を逸らされた。
「まー……うん。色々変わるけど、由梨は由梨で優理は優理だからねー。男だからってそんな大げさに変わりはしないよ」
「……うん」
ちょっとうるっときてしまった。やはり友達はいいな。だから"友達"なのだ。
「でも、さ。由梨……優理。今まで色々見られた分、色々見せてもらってもいいよね?」
「……ん?」
「だ、だから……男の子なら、あるじゃん。いろいろ」
「…………なるほど」
「な、なんの"なるほど"?」
堂々と言ってきた割に反応が初心い。エッチ漫画で見たような展開だ。ここはきちんとお説教してあげねば。優理はセクハラ耐性の高い童貞なのである。
「――任せて、色々教え合いっこしよう」
「優理様!?」
「パパ、その台詞はまちがってるよ」
「あ、間違えた」
とほほ、童貞は欲に忠実でもあるんだよぉ。つい勢いでエッチ漫画の流れを踏襲しちゃったんだ……。
美女二人からツッコミを受け、優理は我に返った。けど仕方ないとも思う。だって女友達とのエッチなアレコレなんて使い古されたエッチの極みじゃないか。流されたって仕方ない。だって童貞だもの。
――Tips――
「
優理の女友達。優理からはかなり重めな感情を向けられている女学生。
ゆるふわ癖っけショートボブの中性的美人。女子人気もそこそこあるが、当人は実は女性が苦手なのでいつも内心苦笑している。深い友達付き合いは優理(由梨)とモカくらいで、さっぱりとしたモカと何故か話しやすい優理だけはかなり信頼している。優理についての"話しやすさ"の正体は今回の件で発覚した。そりゃ男なら「女苦手」も関係ない。深層心理に刻まれた苦手意識が発動しなかったのはそういうことだった。
ユツィラの古参リスナーで、実は本編内にも香理菜のコメントは散りばめられている。碌なことを言っていないので読み返す必要はない。
隠し事をしているが、優理が暴露してくれたように香理菜も友達への隠し事はやめようかと考えていた。
性欲逆転世界の住人らしく普通に性欲はあるので、優理のことはしっかり"異性"として意識し始めてしまっている。そもそも友達としての好感度は高く、"男性が持つであろう女性苦手意識"へのシンパシーもあり、「優理なら頼めばエッチさせてくれそうだなぁ……ま、まー考えるだけは、お願いするくらいはいいよね」と思っていたりもする。
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