灯華と実咲とソニャと優理と。

 回復したのか疲れたのかわからない優理はともかく、傘宮家に行って実咲とソニャの二人は確実に回復していた。前者は心身双方の充足を、後者も精神的充足を得た。特に実咲は、たまっていたモノをさっぱり流してスッキリしていた。如何に超絶優秀メイドでもたまるものはたまるのだ。だって女だもの。


 頭が冴え渡ったメイドとAIが運転席で話す一方、優理とソニャは後部座席で会話をしていた。


 実家を出て少し、今からの動きの話である。


「えー、結局家でご飯まで食べちゃったのになんにも決まってないけど、とりあえずリアラさんの話で国の調査機関に行くことになりました」

「? 誰に話しているの?」

「自分に。あとソニャに」 

「むふむふ、わたしに、だね。……うん。そこにトウカもいるんでしょ。わたしも、トウカは知ってるよ」

「え、そうなんだ」

「うん。トウカは……日本のてだしむようランキングナンバーテン、だよ」

「え、そうなの? ていうかワンじゃなくてテンなんだ……」

「ん……たぶん、テンくらい。ロディだと手は出しちゃだめって言われてた」


 曖昧だなぁと苦笑する。でも海外から見れば日本の要人なんてそんなものなのかもしれない。


「それで。実咲さんすごいそわそわしていますけど」

「敬語」

「あ、ごめん。実咲」

「はい♡」

「すごいそわそわしてるけど、どうしたの」


 大体察しているが一応本人に聞いておこう。というかこの人、毎度毎度よく敬語の訂正してくるな。つい忘れる優理も優理だが、きっちり言ってくるのも無駄に律儀だ。それだけ敬語を使われるのは嫌、ということなのだろう。


「灯華様のお話をなされていましたね」

「うん。してた」


 バックミラー越しに見えるニッコリ笑顔。華麗に満面の笑みを浮かべている。ものすっごく楽しそうだ。このメイド、八乃院灯華のことが好き過ぎる。


「うふふ、灯華様が日本大統領に最も近いというお話にございますね?」

「日本にそんな役職は存在しないよ」

「そうでしたか?」

「そうです」

「昨今の灯華様はお忙しくなされておられますから。外に内にと挨拶回り。アヤメ様保護のため尽力中にございます。事が終わった暁には、是非お褒めくださいませ」

「僕が褒めて喜ぶかな、あの人……喜ぶか」


 普通に喜びそうだ。灯華は性に奔放な典型的な海外の人(優理イメージ)なので、好みの男である優理から褒められれば嬉しくもなる。灯華自身は完全に純日本人であるため海外要素は一切ないが。


「とてもお喜びになられるかと。何か肉体接触に関わるご褒美があれば、より一層やる気は出るでしょう」

「そんな単純なケダモノか何かじゃないんだから……」

「? 灯華様はケダモノですが……?」

「心底不思議そうに聞かないでもらえる?」

「困りました……」

「困るのは僕だよ」


 おふざけなのか真面目なのかわからないのが怖いところだ。


「えっと……灯華さんってその国の調査機関にいるんだよね? 今回の事件用で設置されたとかリアラさん言ってたけど」

「おられますよ。場所は私奴が存じ上げております。ひ、み、つ♡ にございますからご容赦を。ですが、もしも本当に優理様が"教えてくれ、実咲"、と申されるならば、このメイド、覚悟を持ってあなた様♡ に従います……♡」

「結構です」

「そんなぁ……」


 この人絶好調だなぁ。

 元気な実咲に優理は苦笑した。


「パパ、トウカは……どんなひと?」

「どんな……」


 実咲と目を合わせ、二人で頷く。


「「変態」」


 意見が揃い微笑み合う。当人が聞いたら憤慨し「わたくしは変態ではなく、ちょっとエッチなだけですの!!」とかなんとか言いそうだ。


「そうなんだ。……パパ、あぶないから近づいちゃ、だめだよ?」

「ふふ、そうだね。ありがとうね」

「あぁ灯華様……御労しや……」


 こんなところでも好き勝手言われる八乃院灯華、やはり不憫な女である。


 和気あいあいと話をしながら、カーナビディラの案内に従い目的地を目指す。東京の郊外、北部県境にその建物はあった。

 周囲は整えられた広い空間、水道や発電設備といった大規模施設が並び、見通し良く道路が続いている。人工的な緑と小川が近くに流れており、風力発電らしき風車がのろのろぐるぐると回っていた。


 公共施設の一角、小さな事務所のように構えられた場所が今回の目的地であるらしい。ディラ曰く『敵対組織にバレない居場所、かつ既に人が多く入っているところ』だそう。木を隠すならなんとやらだ。


 時刻は十六時が近く、そろそろ日も落ちてくるだろうとの夕方前。

 微かに薄まり始めた空を見ながら、三人で車を降り、インターホンを押した実咲に続く。すぐ先へ通され、いたって普通のドアノブを捻る。

 ドアの先はこぢんまりとした事務所になっていた。長机は二つ。座れる人数は十二人まで。埋まっているのは六つほど。左に長い部屋の入口が右手前にあるとすると、机は部屋奥に向けて縦に二つ並んでいる。部屋を開けてすぐ、見覚えのある顔がこちらを向いた。というか、六人全員こちらを見た。言うまでもなく皆女性だ。


「おや、灯華様。壮健そうで何よりにございます」

「実咲さん……よくもわたくしの前に堂々と顔を出せましたね!」

「――私奴、自らの顔に自信がございます故」

「ええ確かにあなたは美人ですけれど――ってそうではありませんの!」

「左様ですか。それより灯華様、ご紹介したいお方がおります」

「え? え、ええ」


 ぬるりと入った実咲が灯華を連れてくる。

 明るい赤毛混じりの茶髪がゆるふわしている。ふわりと香る金木犀は彼女のシャンプーの香りだ。気分が落ち着く。


「こちら、私奴の新しいご主人様、傘宮優理様にございます」

「はぁぁ!?」

「えっ!?」

「そして私奴、冬風実咲から傘宮実咲にネームチェンジ致しましたこと、ご報告致します」

「はぁぁあ!?!?」

「ええ!?!?」

「……わたしも、ソニャ・マレーヴァ・傘宮になりたい」

「とりあえずソニャは一回静かにしていようね!」

「むぐぐ」


 ただでさえ面倒なのに、ソニャまで混ざると大変なので一度口を塞いでおいた。アヤメだと背丈差で楽なのに、ソニャは優理と身長が近しいため口を塞ぐのもやりにくかった。


「むふふー」


 なんだか嬉しそな声が聞こえる。この辺アヤメと同じだなぁと思う優理だ。


 さておき、メイド主従である。


「ネームチェンジってなんですの!?」

「そんなこと……灯華様、いやらしい♡」

「はぁ!?!?」

「そんなに声を荒げると血圧が上がりますよ。ただでさえ普段半裸なのですから、衣服を着るのは御辛いでしょう?」

「わたくしが蛮族みたいな言い方はしないでくださる!!?」

「ですが半裸なのは事実にございます」

「そ、それは……」

「それより灯華様、状況はいかがですか?」

「状況? そんなことより優理様と何が……」

「少々彼ピの御母堂に御挨拶しただけにございますよ」

「彼ピ!?!??」

「むぐ……パパ、彼ピってなに?」

「僕が知りたいよ」


 なんだろうね。ピって。あんまり可愛くないし嬉しくもない。


「パパ……わたし、パパのむすめピ」

「絶対真似するのやめようね」

「? うん」


 十歳美女を撫でて止めておく。

 一方で「あいさつ、挨拶? 家族に挨拶……?」と繰り返している灯華に対し、実咲は「そう、交流許可をいただきました。仲良く・・・と、よろしく・・・・と。無論、深い意味はございます」とか宣っていた。


 そんな深い意味はない。というか仲良くなんて台詞は母の口から聞いた覚えがない。……いや言っていたのだろうか。わからない。どちらにしろ、母は深い意味を持たせていないから実咲は間違っている。


「う"っ……の、脳が壊れますわ……」

「うわ、灯華さんの目が……」

「俗に言う、レ目というものにございますね」

「全然話進まないじゃないですか。実咲さん、どうにかしてくださいよ」

「敬語を」

「あ、ごめん。実咲、どうにかしてよ」

「はいっ♡」

「――え、ちょ、ま、お待ちになってくださいまし!!!」

「戻ってきた……」

「さすがは灯華様。自力復帰おめでとうございます」

「ありがとう――そうでなくて、あの、お二人とも? 特に実咲さん? え、言葉遣いどうなって……?」


 そこが気になって戻ってきたのか。

 そういえばリアラも気にしてはいた。ただ彼女の場合「優理君とはその、もうそんな言葉一つで変わるような浅い関係じゃないから……えへへ」と上位者的にとろけた笑みを浮かべていたので問題はないのだろう。ちなみに今の台詞はすべて優理の妄想だが、リアラ自身は大体似たようなことを考えていた。


「敬語やめてって言われたので、やめたんですよね。そんな言うならいいかなって」

「――……そうでした、か。な、ならわたくしも……!」

「灯華さんはちょっと……こう、さすがに舐めた口利けない感じするので……」

「私奴、驚きにございます。舐められていたのですか……――それはそれで大アリ、にございますね!」

「ね。ほら、実咲はこんなんなので」

「説得力がありすぎですわ……」


 がっくりと肩を落とす灯華がいたとかいないとか。

 そんな話を経て、ソニャの紹介をして調査機関の面々の紹介も受け、状況整理に入る。


「――現状、アヤメ様の居場所は把握できておりませんわ。さすがはEra Systemといったところです。国内外問わず敵対組織の動向は把握しております。Era Systemが残した痕跡を辿るのが目下の最重要目標ですの」

「やはりアヤメの場所把握は難しいですか」

「はい。監視カメラにも街人の声にもおりませんわ。完璧に隠れている様子ですわね……」

「そっか……逃げてるなら、まだいいか……」


 誰かに捕まっているとはじゃないならいい。エイラが傍に居る時点で心配は薄かったが、少しほっとする。


「リアラさんからここ来るよう言われたんですけど、今言ってた痕跡っていうのはなんですか?」

「ええ。ご説明しますわね」

「お願いします」


 灯華が言うに、「痕跡」とは敢えてエイラが残したアヤメの足跡、のことだそう。どこかで聞き覚えのある文章だ。

 要するにそれを追えばアヤメに辿り着けるということ。なんだ、簡単じゃないか。もう見つかったようなものだな、ガハハ!


「しかし、その痕跡が今途切れておりますの」

「だめじゃないですか……」


 何がガハハだよ。見つからないよ……。


「最後の痕跡ってどこだったんですか……?」

「東京スカイタワーですわ」

「もう行きましたね、そこ……」


 もう確認済みなところだった。

 わざわざ調査機関までやってきたが、今回は無駄足だったか……。トホホ。息を吐き、実咲にバトンタッチする。


「優理様」

「? なに?」

「バトンタッチ、ならば必要なことがございます」


 片手を掲げる実咲。その仕草で察した。苦笑し。


「はいはい。話し手交換ね」

「――はいっ、承りました」


 そっと手を合わせ、妙な照れくささを隠して空いていた椅子へ。当たり前にソニャは座ってくつろいでいたので、その隣だ。


「パパ、パパ」

「うん」

「わたしもハイタッチしてみたい」

「いいよ。はい」

「むふふ、やった、ね。これで……わたしもハイタッチ経験者」

「よかったね。嬉しい?」

「うんっ」


 口元がほにゃほにゃしていて可愛い。癒される。こういうので喜んでもらえるなんて、男でよかったと心底思う。


「ねえ、ソニャはアヤメの行き先、何か思いつく?」

「ん……東京スカイタワー」

「それ行ってきたでしょ」

「えへへ……うん。ほかに、だよね」

「うん。他に」

「……アヤメはばかだしわたしより子どもだから、もうお家に帰ってるかも、よ?」

「……そうだね。それは僕も少し考えたよ」


 他の事に気を取られて頭から抜け落ちていた。

 アヤメだけならともかく、あの子の傍にはエイラがいる。なら帰っていてもおかしくない。寂しがりやのお姫様を言いくるめて帰宅させるAIの姿が目に浮かぶ。


「……パパ、帰る?」

「そうだなぁ……時間も時間だし、今から帰っても十七時過ぎるよね?」

「うん。……たぶん?」


 実咲の運転でそれなりに時間がかかった。実家に帰るよりは全然近いが、一時間以上はかかるだろう。早くて十七時。遅ければ十八時か。一度帰って、家の様子を見てもいいか。


「……帰るか。ソニャ、帰ろう」

「うん。……おうち、帰ろ」


 悩んだ時間は少しだけ。だらりと机で伸びているソニャに頷き、何やら静かに論を交わしている主従に近づく。


「どうして優理様の顔立ちの良さがわかりませんの? あの笑顔、あの苦い顔、仏頂面、本当に見ているだけで濡れますわ」

「はぁ、浅いですよ、灯華様。優理様の素晴らしさはその瞳にございます。あの力強い瞳、見つめられ言葉をかけられただけで押し倒される瞬間を幻視して……私奴、不覚にございます」

「あなた、それ声が理由じゃありませんの?」

「声は言うまでもないことにございましょう?」

「……それもそうですわね」

「付け加えるならば、優理様は強引に私奴を押し倒し組み伏せてくださるお方です。好いた男性に身も心も奪われ犯される感覚ほど気をやってしまうものはございません」

「実咲さんがただMなだけでしょう?」

「そうですが、何か?」

「……何か、じゃありませんわ。あまり性癖を暴露するものではありませんわよ」

「灯華様に言われたくはございませんね。半裸プレイ大好きな灯華様」

「わ、わたくしはべつに……いえ、確かに時折、衣服の鬱陶しさに苛立ちますが……」

「末期ですね」

「末期なのは実咲さんです!」


 優理は逃げた。無言でソニャの隣へ戻り、眠そうな顔の美女にほんわかする。


「ソニャは一緒にいると落ち着くね」

「むふむふ……わたしも、パパといっしょだと……ねむくなる」

「まだ寝ちゃだめだよ。家帰ったらいっぱい寝ようね」

「うん……がんばって、起きてる」


 性癖バトルを繰り広げる女性二人から離れ、優理とソニャはのんびり穏やかな時間を過ごすのであった。




――Tips――


「性癖:裸族」

割とポピュラーな性癖。別に性的な意味がなくとも裸族は意外と世の中にいる。

これは性欲逆転世界でも、普遍世界でも変わらない。読者諸兄の中にも裸族はいるだろう。

裸族の利点はいくつかあるが羅列するならば

・洗濯物が減る

・開放感がある

・手早くトイレや風呂に入れる

・布の鬱陶しさがない

等ある。逆にデメリットは

・人前に出られない

・急な来客で詰む

・窓際に立てない

ことが言える。

八乃院灯華の場合、裸族の中でも半裸族に含まれるのでなんとか人間的品位は保てている。実咲がいる前でも当たり前に半裸で過ごすため、時折色々と見えている。いくら灯華大好き人間の実咲でも、食事中や料理中にアレコレ見えたりすると気分が下がるのでやめてほしいと思っていたりする。「これもメイドへの試練……!」と一人自身の境遇に酔っているのでどっちもどっちである。




※あとがき

キャラクターイメージソングを作ったので、聞いてみてください。

https://kakuyomu.jp/users/sakami_amaki/news/16818093079793678032


近況ノートにリンク貼ったので、ぜひ!

ちなみにイラストもありますが、あくまでそっちは想像図なので……。

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