孤独な少女とミツボシ捜索班

☆☆☆



 風が吹いています。ぴゅうぴゅうと、冷たい風が。

 遠く白いお空から太陽が上がってきて、少しだけ残念で、でもほっとするような気持ちでいっぱいです。


「……日の出です」


 日の出。

 ユーリと一緒に見るとお約束した日の出。真っ暗なお空から顔を出す太陽はまだ見ていません。私が見たのは昇り始めた途中からでした。だから、まだユーリとのお約束を破ったわけじゃないです。


 見てみたかったという気持ちと、一緒じゃなきゃやだという気持ちと……もう、ユーリと見ることはできないのかもという気持ちと。


「――ぐす」


 ほんのちょっぴり考えただけでぽろぽろ涙が出てきて、くしくしと拭いました。もういっぱい拭い過ぎて、ちょこっと目元が痛いです。


『注意。アヤメ様。目の周辺皮膚は薄いので、あまり強く擦らないことを推奨します』

「わかってます……」


 エイラにはぽつりと言葉を返して、壁に背を預けたままお膝にお顔を埋めます。

 ぎゅって縮こまっていると、少しだけ気持ちが安らぐのです。……一人ぼっちですけど、寒さが薄れるような気がして。


「はぁぁ……」


 息を吐いて、ぐるぐるとお腹の奥で回っているものを吐き出します。

 溜め息をつく人は、何か嫌なものから気を紛らわせるために溜め息をつくと聞きました。聞いたときはよくわかりませんでしたが、今はなんとなくわかります。ちょこっとだけ……重たい何かが減る気がするのです。


「エイラ。……私は、次はどこに行けばよいのでしょうか……」


 ユーリの家から逃げてきて……なんにもお別れも言えずに逃げてきて、荷物は私の鞄と、ユーリの大きめなお出かけ用鞄の二つだけ。勝手に持っていくのは悪い子かもですけど、これくらいは許してほしいです。ユーリのお洋服も……お洗濯の前にもらってきちゃいました。寂しくなった時用の、私のお薬です。本当はユーリのお布団がほしかったですけど、我慢しました。


『回答。金銭はエイラ端末に含まれる電子マネーを使えば問題ありません。アヤメ様は既に一人で買い物、外食が可能です。問題は寝床の確保でしょう』

「……」


 おやすみする場所。

 ユーリと一緒の時は、私のお家……私とユーリのお家でおやすみしていました。だから、寝床なんて考えてもみませんでした。……ユーリの顔を見たらお家から出られなくなる気がして、本当に逃げるようにここまで来ました。


「……寝床は、ホテル、とか旅館、でしょうか?」

『肯定。はい、アヤメ様の現状を鑑みると、ビジネスホテルが最適でしょう。最も数が多く、オンラインチェックインシステムも普及しています。余人に触れず手早く宿に入れるため、この案を推奨します』

「……それでいいです。お願いします、エイラ」

『肯定。了解しました。アヤメ様……』


 少しだけエイラが何か言い淀んだような気がしました。気を遣わせているのだと思います。ごめんなさい、エイラ。……でも、今はあんまり元気がありません。私は……私のことでいっぱいです。


「――……さむい、です」


 高いところにいるからかもしれません。建物はいっぱいで、数えきれないくらいいろんな高さの建物があります。あんまり見えませんけど、ぎゅっと目を凝らせば車も見えます。人もいっぱいです。

 高いところは遮る物が何もなくて、びゅーって強い風が吹いているとインターネットで見ました。きっとそのせいです。風が強くて、冷たくて……胸の奥が凍えそうなのは、そのせいに決まっています。


「そうじゃないと……」


 首を振りました。ぷるぷると頭を振って、ぎゅっとお膝に顔を埋めました。

 だってそうしないと……このままずっと、ずっと寒いままだったら……なんて考えてしまって、苦しくなりそうだったから……。


「――――」


 唇を引き結びました。勝手にお喋りをしないように。勝手に、ユーリを呼ばないように……。


『相談。アヤメ様』

「……ん。んんむ、んーんんん」

『理解。お喋り禁止期間ですね。ならばそのままで問題ありません。お聞きください』

「……んん」


 身じろぎです。

 エイラの声は平坦で全然普通ですけど、どうして今の私の言葉でわかったのか不思議です。変です。


『エイラであれば、あらゆる探知をくぐり抜けて優理様の家に赴くことが可能です。優理様のいない家に忍び込むことも造作なく、定期的に優理様の――いえ、アヤメ様の家に帰ることが叶います』

「――」

『アヤメ様は既に監視から逃れています。人のいない家であれば行動も容易いでしょう。アヤメ様、このことを頭に入れておいてください』

「――……それは」


 自然とお口が開いてしまっていました。

 だめかもしれないって思います。こうして離れてきたんです。ユーリを守るんです。そう決めました。でも……でも…………でも。


「いつ、でしょうか」

『返答。それは、"いつ"であれば帰宅が可能か、という問いでしょうか?』

「はい」


 でも、やっぱりつらいです。悲しいです。寂しいです。寒いんです。お胸の奥も、お腹の奥も、全身ずっと冷たくて寒いんです。

 ユーリがいないなら、ユーリを守ることができるなら、私はお家に帰って……ぽかぽかのお家でゆっくりしてもいいんじゃないかと……思ってしまいました。思ってしまったら、もう……もう、だめです。身体が勝手に動いちゃいます。ずっと重くて硬かった身体がぐんぐん軽くなります。


『回答。いつでも。優理様は外出を予定しています。帰宅時間は夜が近いと推測可能なため、今より向かえばちょうど良くすれ違えるかと』

「行きます」


 葛藤は一瞬だけでした。……ううん、一瞬もなかったかもです。だって、だってだって。だって。


「お家に帰ります!」


 だって、急に元気いっぱいになったんです!


「お空、こんなにも綺麗だったんですね」

『肯定。はい。普通に生きていては見ることの叶わない景色です』

「えへへ、じゃあ今度ユーリも連れてきてあげます。ひみつでこっそりですっ」

『理解。それまでは、エイラとアヤメ様だけの秘密です』

「ふふー、はいっ。私たちだけの秘密です!」


 くるくると床でステップを踏んで、そのまましゅたっと宙に飛び出しました。しゅるりと変形して飛行機みたいになるエイラと二人で空中お散歩です。

 向かうはお家、ユーリと私のお家です!



☆☆☆



 ミツボシ捜索班の傘宮優理、ソニャは、実咲の合流を待ってからアヤメのいそうな場所目指し移動を開始していた。

 「ミツボシ捜索班」については、捜索隊の結成にございますね! と言い出した実咲により謎の名前付けが行われた。深い意味はない。ちなみに命名者自体は発案者の実咲ではなく優理である。


 時刻、朝の八時。

 既に日は高い。実咲も急いで出戻りしはしたが、「わたくしも行きたい行きたい優理様に会いたいぃ」と駄々を捏ねる灯華をなだめ無理やり家に押し込むのに手間取り時間がかかったのだ。


 彼女はメイドだが運転手でもあるので、勝手に灯華所有の車を持ち出し優理の家にやってきた。持ち主は家でめそめそだらだら「優理ASMR」を聞いているので知らない。まあ当人は幸せそうな寝顔を晒しているので良いのだろう。


「ちょっと遠いね」

「うん。パパ、疲れたら言ってね。……わたし、おんぶならするよ」

「私奴もおんぶでも肩車でもお姫様抱っこでも、どんな体勢でも優理様ならウェルカムにございます。さあさあ、いつでもどこでも今すぐにでも」

「これから電車乗るのに疲れたも何もないよ。しいて言うなら君らのせいで疲れそうだ……」

「「??」」

「ソニャはともかく実咲さんは全部わかってて言ってるでしょ……」


 何もわからないですよぉ、みたいな顔をする実咲から目を逸らす。

 話していてもしょうがないので、さくさく歩いて駅に向かった。


 電車を乗り継ぎ、日曜日の人混みを抜け目的地へ。

 自称メイドはメイド服を着ていないただの一般お姉さんだし、ソニャは地味で目立たない童貞に効きそうなニットを着ている。衣服自体はソニャの自前だ。彼女の趣味である。豊満な胸が豊満で目のやり場に困る。そんな優理は紺のズボンに灰色シャツを着て地味度を上げていた。近頃女装無しでの外出が当たり前になってきた童貞だ。今日も男の子スタイルで行く。


「高いなぁ……」


 ぐぐぐっと顔を逸らし、首を曲げて天を仰ぐ。

 そのまま後ろへ倒れ込む、なんてへまはしない。優理は二十歳の男なのである。


「ん、パパ。……大丈夫?」

「……うん。大丈夫、です。うん」


 背中を支えられてしまった。倒れるつもりはなかったのに、先んじて背中の上部がふにょんふにゅんとした弾力のある柔らかな重みに支えられる。これは……胸だ。俗に言う乳枕。


 努めて感触は気にせず、視線の先の高い高い「東京スカイタワー」を眺める。天を衝く塔とは、こんな塔をこそ指すのではないだろうか。


「優理様。既に関係者として内部を探索する許可は下りています。私奴の身分証を提示すれば何処へなりとも行けるでしょう」

「すごいですね。ちなみにどうやって?」

「私奴、メイドにございます故」

「そうですか」


 アルカイックスマイルが美しいメイド(私服)だった。

 メイドに言われた通り、建物の受付で足が止まることはなかった。関係者用のエレベーターに案内され最上階へ。特に同行人もなく観光客立ち入り禁止のフロアへ入り、自然な流れで命綱を身につけ外へ。


「うわすご!」


 風吹き付ける外界。空の上。見渡す限りに広がる都市の群れ。普段なら見上げるほどに高い建物も、こうして日本一のタワーから見ると小さく思える。


「ふふ、男性と共に下界を睥睨するこの仄暗き感情……私奴も大きくなったものにございますね」

「パパ……すごい。こんな高いところ、初めてきた……」


 前に実咲、後ろにソニャ、真ん中に優理。

 妙に前後の感覚が狭く、半歩進むだけで背中にぶつかる。定期的にむにゅんと当たる感触もある。前門のうなじ、後門の乳。これは難題だ……。


 実際のところ優理が姿勢を崩してもすぐカバーできるように二人は距離を詰めているだけなのだが。まあ当たり前に他意はある。


「エイラ。アヤメの探知はできる?」

『優理様。ディラはエイラではありませんよ。本機をエイラ本体と同等と見做すのは不服です』

「あぁうん。了解。ディラ、アヤメは?」


 変なところを気にするAIだ。ちゃんとディラと呼んであげよう。エイラにはエイラなりに自身のスペックに誇りがあったのかもしれない。


『既に探知は終了しています。現在地より上方、タワーの出っ張りが見えますね?』

「え、うん」

『そちらにアヤメ様が留まっていた映像データがあります。衛星より受信しました。確認しますか?』

「え、する」


 そんなわけで、ディラの端末(エイラと同じ黒い伸びる板。割と小さめ)を三人で覗き込む。左右から迫る美女の迫力たるや素晴らしいものがあった。


 異性に気を取られながらも、ディラの言う映像とやらを見る。


「「「……」」」


 三者無言。


「アヤメ飛び降りてるけど……」

「ハンググライダー……にしては小型にございますね」

「……アヤメ、紙飛行機みたい」


 紙飛行機にしてはちょっと速度出過ぎじゃないか、そんな疑問は飲み込んだ。仕組みはエイラ基準なのだし考えたってしょうがない。どうせまた"現存人類では技術力が足りません"的なアレだろう。科学の力ってすご……皆まで言うまい。


『映像は以上です。エイラが敢えて残したアヤメ様の情報でしょう』

「情報って言われてもこれじゃあどこ行ったかわからないし……ううん。とりあえずディラ、ありがとう」

『いえ、ディラも状況の精査に入ります』

「ソニャもありがとう。本当に"すべてを見渡せる場所"がアヤメの目的地だったみたいだね」

「ううん。……パパの役に立ててよかった。わたしもアヤメの行き先考えるね」


 ソニャ曰く「わたしだったら遠くからでもパパが見える場所に行く」とのことで、今回はそれがバッチリ当たっていた。


 アヤメが飛んで行った方向は位置的に西なので、単純に考えればアヤメの生家が第一候補になる。


「……にしても、笑顔だな」


 優理の引っ掛かりポイントはそこだった。

 エイラが残した映像なだけあって、表情までしっかり見える。アヤメは笑顔だった。寂しがりやなお姫様だから、もっとしょんぼりしていると思ったが……これは何か良いことでも思いついた顔だ。たぶん。


「優理様。アヤメ様の笑顔は状況から見て、アヤメ様にとっての何らかの吉報を示すと思われます。心当たりはございますか?」

「んー、ない」

「左様ですか……」


 ちょっと風強いなぁと、いったん建物内部に戻る。

 冷えた風を浴びていたせいか、少し寒く感じる。思ったが即、ぴとりとくっついてくるメイドと護衛。どちらも巨乳だ。繰り返す、どちらも巨乳だ。


「――……」

「ソニャ様、何か考えはございますか?」

「ううん。……でも、アヤメにとって良いことなんてそんなに考えられないと思う。状況が状況だから……。ただ、パパに関わること……だと思うよ」

「優理様、にございますか……」

「うん。……わたしが今のアヤメだったら……パパとすぐ会える、かも、とかで嬉しくなる……かも」

「……優理様との離別を覆す、もしくは一時的な……そう、一時的な接触……?」

「あ……そうだね。一時的かも。それなら……ずっと我慢、が、ちょっとだけ我慢、になったら嬉しい」

「……それでしたら、直接的な優理様との接触にございましょうか?」

「ん……。パパ。……パパ?」

「え、う、うん。なに?」


 話は聞いていた。アヤメが一時的に会いに来るかもみたいな、そんな話だったはず。

 まあそれ以上に左右の胸が両腕を包んで大変なことになっていたのだが。話に集中なんてできるわけないだろ! なんだこのハーレムは……。


 いつの間にか自分がハーレムを形成しているという事実に戦慄――はしない。男女比考えれば本来こんなものじゃすまないのだ。それに相手はメイドとアヤメの後輩(暫定)である。関係値が足りないよ、関係値が。でも巨乳はずるい。胸はずるいって……。


「ふふ……パパ、おっきい胸、好きなんだね」

「――嫌いな男はいないでしょ」

「うふふ、それなら私奴もたっぷり押しあて致しますね♡」


 いったん思考にリセットをかけた。

 煩悩に振り回されていても疲れるだけだ。


「……えっと、アヤメの考え方の話だよね?」

「うん。……アヤメはパパに会おうとするかも、って思ったの。……どう?」

「うーん……」


 それはないと思う。アヤメは頑固なお嬢様なので、そんなすぐ考えを改めたりはしないはずだ。とはいえ、ソニャと実咲の考えが的外れ、というわけでもなさそうだ……。


 アヤメは寂しがりやだし一人ぼっちは嫌がる女の子だけど決めたことは守る子でもある。しかし……アレで結構抜け道があればそっちに流れるような雑なところもある。それこそ今二人が話していたような"一時的"なんて謳い文句があれば尚更だ。


 例えば、「遠くから見るだけなら会ったカウントにならないよ」「壁一枚挟めば会ったカウントにならないよ」「バレなきゃ会っても問題ないよ」


「いやいやさすがに……」


 ないか。ないな。

 バレなきゃ良い判断をするアヤメじゃない。それでいいなら電話でもなんでもしてくるだろう。連絡を絶たないと危険に巻き込むかも、そう思っているからの今である。とすると、やはり優理自身に会うという考えはない。あるとするなら……。


「家か……?」


 家。優理の家。自宅。"アヤメの家"だよとも伝えているし、優理がいない間なら入っていても大丈夫かな、の精神はあってもおかしくない。というかエイラならそれを伝える。あの家、防犯機能すごいし。


「一応候補は――」

『――皆様、アヤメ様の生家より信号が送られてきています。言葉に表すならば"私はここ"、です』

「罠じゃん」

「罠にございますね」

「罠、かも」


 三人で口を揃える。

 急にそんな情報、どう考えても罠以外にない。でも。


『しかし、生家には優理様のためのナノマシンも用意してありますので、一度立ち寄ることは必要です。生家――研究所であれば怪我をしても容易く治療が可能です。ナノマシンもありますし』

「そうなんだよね。一度は行った方がいいんだよね……」


 罠だとわかっていても、行った方が良いかもしれない。どうせ行くなら護衛も万全で、高度な治療法もある時の方がいい。


「ちなみにナノマシンが奪われる可能性は?」

『皆無です。研究室のある地下室はロックが掛けられており、上部の家屋は侵入者を撃退するシステムが完備されています』

「なるほど。……二人とも、いいかな?」

「お任せを。不詳優理様傍付きのメイド、全身全霊にて玉体を御守り致しましょう。――そして閨も共に致します」

「任せて。パパはわたしが守るよ。……今度は、怪我させないわ」


 頼もしいソニャに頷き、頼もしいメイドには「同じ布団はだめだよ」と言っておく。メイドは華麗な微笑を浮かべていた。意味深だ。


「よし、じゃあ行こうか。――アヤメの育った家に」


 ディラに頷き、東京スカイタワーを後にする。

 キリっとした顔の優理、その両腕は、大きな胸の双子山にそれぞれ挟まれていた。





――Tips――


「その頃のアヤメとエイラ」

 優理たちが東京スカイタワーを出ようとしていた頃。アヤメは優理家にいた。普通にそのまま敷かれていた自分の布団――ではなく、優理の布団に潜っている。


「えへへ、えへへへへへ」

『報告。アヤメ様、優理様の布団に涎は付けないでください』

「えへへぇ、もちろんつけませんよー! えへー」


 ニコニコにまにまゴロゴロ。優理の匂いのする布団にくるまって、全身でひだまりを感じて心のささくれを全部溶かしていく。優理本人に会えなくても、こうしていつもの"しあわせ "を感じられて、アヤメは満たされていた。


 そんな、だらしなく顔をとろけさせ、可愛い笑い声を漏らし続ける主に、エイラは「ニッコリ」していた。ここまですべて予定通り。優理たちも演算通り動いている。アヤメが悲しんでいる姿には魂魄から切り刻まれるような痛みを覚えたが、それも今のアヤメを見て治った。浄化された。


 今のところのちょっとした想定外は、思っていた以上に人間臭くなったエイラ――ディラの思考回路と、未来演算でもレアケースに近いソニャの積極的介入だろう。

 ディラは面白いので、このままデータを採取し続ける。"エイラの可能性"と思えば興味深くもある。結局アヤメ第一なのは変わらないので、大局に変化は起きないだろう。優理たちとのやり取りが面白くなるだけである。


 ソニャの方は、想像より優理の「生きていて偉いASMR」が効き過ぎたようだ。やはりアレは存在意義を失っている女性への劇薬だ。この一件が終わり次第、乱用は控えるように優理へ伝える必要がある。

 ただまあ、今回のケースは悪くない。ソニャが優理の傍にいる場合は優理の成長も早いし、時間的余裕が生まれる。何より、最終局面で大きな変化が……。


「エイラー。ユーリは今どこにいるのでしょう?」

『回答。優理様は現在アヤメ様の生家に向かっています』

「……私の恥ずかしい過去がばれてしまいます!」

『否定。アヤメ様に恥ずかしい過去はありません。しいて言うなら片付けをしていない部屋でしょう』

「うぅ、こんなことならお片付けちゃんとしておくんでしたぁ……」

『報告。問題ありません。アヤメ様の代わりにエイラがお掃除は済ませておきました』

「! わぁー! ありがとうございますっ! エイラ!」

『返答。どういたしまして、アヤメ様。エイラの勤めです』


 浅い思考は捨ておき、エイラは"現在"の流れを見守る。

 大事なのは可愛い可愛い可愛らしさの権化である主の可愛らしい姿を永劫隔離フォルダに保存しておくことだ。それ以外はすべて些事。エイラは今日も、いつも通り平常運転だった。

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