祭りの後に日は落ちて。





 夕暮れを迎え、空は濃紺を湛え始めた時刻。

 外の景色に目を奪われることもなく少女、アイリス・アヤメは傘宮優理の自宅で布団に座り込んでいた。

 膝を抱え、隣の布団で胸を上下させる男を見つめる。時折くしくしと目元を拭い、ぎゅっと目をつむり我慢して耐える。


 少女はじっと、静かに今日を振り返っていた。


 お祭りは楽しかった。一緒にお散歩。優理と手を繋いで、たくさん歩いた。モミジとイチョウが綺麗で、二人で撮った写真は優理が照れくさそうにしていて可愛かった。人混みは少し息苦しくて、怖くて……そんな時、優理が手を引っ張ってくれた。ぎゅってしてくれた。守ってくれた。優理の傍はぽかぽかしていて、怖いのも苦しいのも溶けてなくなった。


 たくさんご飯を食べて、いろんなものを二人で一緒に食べて。春巻きリンゴが一番おいしかったと言ったけれど、本当は優理に食べさせてもらったアップルパイが一番だった。自分のすべてを相手に委ねているような気がして、最初から最後まで甘えているような気持ちで。甘えている自分を受け入れてもらえている実感が強くて、そこにある味以上に嬉しくておいしく感じられた。


 時間が経つのは早かった。気がついたらお昼になって、夕方が近くなって。途中でソニャと出会って、それで……。


「……エイラ」


 優理を連れて帰ってもずっと、ずっと何も言わず静かだった友達……人工知能のエイラを呼ぶ。


『はい。アヤメ様』

「私は……悪い人が私を狙っているのは知っていました」

『はい』

「悪い人が、私を見ているのは知っていました」

『はい』

「エイラに相談しました。……まだ時間はあるって、教えてくれました」

『はい』

「……嘘つきました」

『嘘ではありません。本格的な指令があればこの程度では済みません。先の襲撃は現場の人間による身勝手な行動の結果です』

「でも!!」


 声を荒げ、すぐに眠ったままの優理を見る。アヤメの大好きな人は、変わらず静かに寝息を立てていた。


「……でも、ユーリはお怪我をしました」


 布団の横に置かれた黒い携帯。粘土のように適当に引き伸ばされたそれは、薄っすらと赤い光を点滅させて主の声に応える。


『優理様は保護対象・・・・とされています。アヤメ様に対する人質としても有効なため、致命傷を与えられることはありません』

「なんで……。狙いは、私だって……ユーリは、ユーリは、関係ありません……」


 膝に顔を埋め、あふれる涙を服に吸わせる。我慢なんてできなかった。考えれば考えるほど、想えば想うほどに優理に申し訳なくなる。


『アヤメ様。アヤメ様が優理様を大切に思う気持ちは尊いものです。ですが、それが足枷にもなるのです。アヤメ様は優理様の身に危険が及ぶと知れば、敵の言うことを聞くでしょう。それが、人質というものです』

「……ひどい、です」


 ずるい。ひどい。そんな言葉がこぼれる。

 敵が何なのか知らない。どうしてアヤメを狙っているのかも知らない。興味がなかったからエイラに聞いていない。今だってそんなのどうでもいい。けど……敵のすることが、関係ない優理を傷つけることだなんて思わなかった。知らなかった。想像もしてなかった。


「エイラは……知っていたのですか?」

『はい。知っていました』

「どうして……! どうして……教えてくれなかったのですか」

『お伝えすれば、アヤメ様は優理様を遠ざけるでしょう。すぐにでも離れようとするでしょう。守るために、大切なものを傷つけないために、自ら遠くへ行こうとするでしょう』

「それ、は…………」

がアヤメ様から相談を受けた時点で、アヤメ様が優理様の傍を離れる可能性は十二分にありました。今もずっと、頭の中に浮かんでいるのでしょう? アヤメ様』

「…………」


 図星だった。

 優理への隠し事。少し前から監視に気づき、エイラに相談し始めてずっと頭に浮かんでいた秘密。


 "優理の傍を離れること"。


 このことそのものが秘密だった。言えるわけがなかった。……言いたく、なかった。


「……っ」


 こぼれた涙を拭う。拭っても拭っても、次から次へあふれてくる。


 アヤメは……怖かったのだ。

 怖かった。優理と離れるのが怖かった。一人に戻ることが……あの伽藍とした家に、音も匂いも、何もない一人ぼっちの寂しい生活に戻ることが怖かった。


 離れたくなんてなかった。せっかく手に入れたひだまりを、いつでも笑いかけて、頭を撫でて、ぎゅってしてくれる、あたたかくてしあわせな居場所を、失いたくなんてなかった。また一人ぼっちになるのかと思うと、怖くて仕方がなかった。


 だから秘密のまま、後ろめたさはあれど何も言えずに隠していた。

 それに……。


「……ユーリ」


 顔を上げ、うむぅと唸っている優理の頬に手を伸ばす。

 あたたかい。


「……」


 優理に全部伝えたら、怖くて危険な敵がいると伝えたら、きっと優理は「一緒に逃げよう?」と言ってくれる。アヤメの好きな、大好きな優し過ぎる優理はそういう人だから。


 二人で悪い敵から逃げて、エイラと一緒に頑張って撃退しながら逃げ回る。仲間を増やして、敵を倒して、世界中を巡って最後はボスを倒す。

 思い描いていた「一緒に世界を見て回ろう!」という約束とは違うけれど、それはそれで悪くない未来のように思えた。ルゼルとリアンのように、世界を救う冒険譚を繰り広げるのだ。


 でも、優理にだって生活がある。

 アヤメは知っている。この家に来る前から、優理とはお話してきた。家に来てからは、もっとたくさんお話して、お喋りして、優理のことをいっぱい知った。


 優理は学校に行っている。アヤメの知らない友達がいる。

 優理はお家で配信をしている。アヤメの知らない"リスナー"がたくさんいる。

 優理はエッチな声を販売している。アヤメの知らない買い手がたくさん待っている。

 優理には、リアラがいる。灯華がいる。実咲がいる。優理を待っている人はたくさんいる。


 それに、優理にはお母さんもいる。アヤメにはいない、大事な家族。

 優理にだってやりたいことはたくさんある。アヤメが知りたい、食べたい、行ってみたいと思うのと同じくらいに……優理にはたくさんのやりたいことがある。


 アヤメは知っているのだ。優理が優しくて、かっこよくて、可愛くて、エッチで、すごく大きな夢を持っていることを。あまりよくわかってはいないが、アヤメと同じで愛を知りたい、恋を知りたいという部分だけは同じ。


 そんな優理を、そんな優理に、「全部投げ捨てて私と逃げてください」なんて言えるわけがない。言えるわけが、なかった……。


 怖い。一人は嫌だ。寂しいのは嫌だ。一人ぼっちは……嫌だ。

 目の前にある温もりが、心を埋めてくれる優理のあたたかさがなくなるなんて嫌だ。想像するだけで胸が痛くて苦しくて、たくさんたくさん涙があふれてくる。


 怖い。怖くて仕方がない。でも、でも! でも!!!


「――…ぐすっ」


 それでも、アヤメにとって優理は大切だった。自分の痛みを我慢できるくらい、寂しさに震えながらも受け入れられてしまうくらい、優理はアヤメにとって大事な存在だった。自分自身よりずっとずっと大切な優理が怪我をしたのは誰のせいか。……言うまでもない、私のせいだ。今回は運がよかっただけ。もう二度と同じことは起こさせない。運任せになんてできない。

 優理を守るためなら、優理を傷つけさせないためなら、私は…………。


「……ごめんなさい、ユーリ」


 怪我をさせちゃってごめんなさい。

 勝手にいなくなってごめんなさい。

 一緒にいれなくてごめんなさい。


 約束を守れなくて……ごめんなさい。


 過去と、現在と、未来と。いっぱいのごめんなさいを込めて、涙を拭って優理の頬に口づけを落とす。

 温かくて、幸せな感触。なのに心は痛かった。


「……エイラ。あなたは私にどうしてほしかったのですか?」

『エイラはアヤメ様に優理様の傍を離れないで欲しかったのです』

「それで……ユーリがお怪我をしてもですか?」

『はい。一定までの怪我なら許容できます。エイラによる治療も可能です』

「……私は、ユーリがお怪我するのはいやです」

『それでも、アヤメ様が最も幸福であるのは優理様の傍にいる時です。限界まで優理様の自宅で。以降は優理様と共に逃避行へ出るのがエイラの理想です』

「……」


 魅力的な提案だった。優理と一緒に逃避行なんてできたら――どれだけ良いだろう。でもできない。エイラが推奨しても、それだけはできなかった。


「ごめんなさい。エイラの言うことは聞けません。……ユーリに傷ついてほしくないです。エイラ。私が一緒にいなくても、ユーリを守ることはできますか?」

『可能です。既に灯華様には連絡をしています。自宅内は無論、今後は自宅外であっても、万難を排して優理様を守護してみせます』

「なら……安心です」


 方針は決まった。先延ばしにしていたことが目の前にやってきただけのことだ。

 優理の傍を離れる。たったそれだけの、簡単なこと。


「だ、大丈夫です。……ユーリは、ユーリは……私が、守ってみせます……っ」


 嗚咽を堪え、ぽろぽろと涙をこぼしながら優理の手を握る。今だけ、今だけは……。

 優理が寝ている間にやった方がいいこともあるのに、やらなきゃいけないとわかっているのに。アヤメの足は、アヤメの身体は一切言うことを聞いてくれなかった。





 微睡みに沈む。


「アヤメはばかだよ。パパは……パパの隣を自分から離れるなんて、絶対ばか」

「ば、ばかじゃないですっ! ばかって言う方が馬鹿なんです! というかパパってなんですか! ユーリはソニャのパパじゃありません!」

「パパはパパ。許可は……いつかもらう予定」

「お二人とも、お静かにしてくださいませ。優理様が目を覚まされてしまいます」


 天上から声が降ってくるが、あまり明瞭には聞こえない。


「む、むぅ。……でも、私はもう決めました。絶対です。ユーリは私が守りますっ」

「……別にわたしは、それでもいい。パパはわたしが守るよ。……でも、パパの気持ちはいいの? アヤメがいなくなると……たぶん、パパは悲しい」

「それは……」

「優理様の寂しい心にするりと入り込むメイド。……お手付きメイドにジョブチェンジする日も近いようにございますね」

「……んぅ」

「……ミサキはデリカシー足りない」

「うっ……つい灯華様との癖で……失礼致しました。しかしアヤメ様。本当によろしいので?」

「……はい。私が狙われているのは事実です。全部片付くまで……ユーリはソニャとミサキと、みんなで守ってください。私がいたら……また、ユーリがお怪我をするかもしれないです。それはいやなのです」

「わかった。……パパのことは、任せて」

「……アヤメ様がよろしいのであれば、お任せくださいませ。優理様の身に関しては、不詳このメイド、命に懸けてお守り致します」


 女性は三人だ。優理の頭はふわふわとぬるま湯を揺蕩い、起きているのかいないのかわからない曖昧な感覚で音を拾う。


「……ふぇ、ぐす……ユーリぃ」

「……急に泣き出すくらいなら一緒に居ればいいのに……やっぱりアヤメはばか」

「ソニャ様。愛しい存在であればこそ、自身より相手を優先することもございます」

「? わたしなら絶対大事なものは譲らない。何があっても、絶対」

「……ふふ、若さと言うべきか、知らぬこそと言うべきか。――いえ、私奴が青さを失っただけにございますね」


 大事なお姫様が泣いている。夢でもなんでも、それは優理の信条に反することだった。

 急速に目が覚め、うぐうぐと重い瞼を持ち上げる。


「……?」

「ぁ、ユー、リ……」


 慌てて涙を拭う少女。きゅっと口を引き結び、深く呼吸を続けている。


「優理様、おはようございます」

「ぇ、う……実咲さん……?」

「あぁ御可愛らしい……♡ はい、あなたの実咲です♡」

「……実咲さんだ」

「うふふ♡ 実咲にございますよ、優理様」


 寝起き、目覚めて見える整ったかんばせ。バッチリ化粧も決まってアルカイックスマイルが上品だ。


 視線をずらし、実咲の隣に座る美女。髪の毛をいじいじしている女性を見る。


「……パパ」

「…………パパ?」

「あ……その……パパって呼んでも、いい……?」

「え、いや……いやいいけど……?」

「~~! あ、ありがとう……その、おはよう、パパ」

「う、うん。……おはよう、ソニャ」

「うんっ。……無事でよかった、パパ」


 よくわからないが、世界には"パパ"なんて呼称もあるのかもしれない。

 口元をだらしなく緩ませている真顔のソニャに戸惑いつつも、徐々に頭が起きてくる。


「……ユーリ」


 そして、二人とは反対側。布団に座っている銀髪の美少女、アヤメ。リビングと寝室を隔てる引き戸が何故か今日はひどく分厚く感じた。開きっ放しのドアに薄いも狭いもない。首を振り、改めてアヤメを見る。


「アヤメ……?」


 じっと見つめ返してくるいつものアヤメだ。瞳が揺れていたり、口元がきゅっとしていたり、目元が赤かったりするがいつも通りだろう。

 しかし優理は聞き逃さない。アヤメの心が声に表れていた。この子は今、泣いている。


「アヤメ。どうかしたの?」

「な、なんでもないですっ」

「なんでもなくないでしょ。……よし――アヤメゲットだぜー!」

「きゃぅ……ユ、ユーリ。離してくださいぃ」


 がばっと布団から勢いを付けて飛び出てアヤメを捕まえ、そのまま布団へ引きずり込んだ。

 あたたかな布団にぬくぬく包まれ、アヤメを胸元へ抱き寄せる。とんとんと背を撫で叩いてあげる。


「――羨ましゅうございます…………くっ、これが寝取られ……ッ!!」

「パパ……わたしも……あとで添い寝してほしい……」


 背後の声はいったん無視しておこう。


「アヤメ。泣きたいなら我慢しなくていいよ。何も聞かないから……涙は流しちゃおう。傍に居るから。ぎゅってしていてあげるから」

「――ユーリ……ユーリぃ。私、私……わぁぁぁんっ!」


 わんわんと泣く少女を抱きしめる。涙とか鼻水とか、そういうのは全部受け止めよう。男の度量。デキる男は女の涙を黙って受け止めるものなのだ。


 数分経って。

 声は収まり、くすんくすんと鼻をすするだけになった。背中はまだ撫でたままだ。


「……それで、実咲さんはどうしてここに?」

「私奴はメイドにございます故。雇い主の指示があれば参ります」

「……灯華さんは知ってたのか。いつから?」

「先月から、とだけ」


 十月から。つまり優理が配信炎上で忙しかった頃からだ。まだアヤメ周りを気にしていなかった頃。エイラは優理よりも先に実咲や灯華と動いていたことになる。


「……なるほど」


 動かせる財力、権力、情報網等考えれば当然だが……一言教えてくれてもいいのに、とは思う。まあエイラのことだ。その辺も織り込み済みなのだろう。


「わかりました。実咲さんは……いつまでこっちに?」

「状況が落ち着くまでにございます。本日は想定外故お暇致しますが、改めて伺います。その時は灯華様から一報ございますかと」

「え、今日のこと灯華さんは知らないんですか?」

「はい、存じ上げません。私奴は"お祭りに行って参ります"とだけ告げております。お土産を楽しみルンルンとしておられるかと」

「……うん。わかりました。ありがとうございます」


 不憫、八乃院灯華。現在の実咲の雇い主は灯華ではなくエイラだったらしい。

 とはいえ、実咲の事情はわかった。


「ソニャは……さっきはありがとう」

「ううん。パパのためだから……守れなくてごめんなさい。身体は痛くない?」

「うん。大丈夫。……ソニャは、僕らの監視員だったんでしょ?」

「うん。でもたぶんもうクビになったよ。……だから今は、なんでもないパパの娘。パパは守るから、安心してね」

「え、う、ん……うん……」


 胸を張るソニャ。ふるりと揺れる大きな乳。

 しかし娘と言ったか。……いやいい。ソニャは平然としているし聞き間違いかもしれない。今はそんなこと聞く空気でもないし、今度にしよう。


 二人の事情はなんとなく理解できた。

 実咲はエイラ経由で護衛の依頼でも受けていたとして……メイドって何だと言いたくなるが、言わない。はぐらかされそうだし。

 ソニャは優理とアヤメのために組織を裏切ったのだろう。打算が上手くいったというか、優理の「生きててえらいASMR」が上手く行き過ぎたというか。


 あとは泣き止んだアヤメだけだが……。


「……アヤメ?」

「……はい」

「お話したくない?」

「…………したくないです」

「そっか。ならしなくていいよ。けど一つだけ聞いてくれる?」

「……はい」


 家に帰って髪を解いたのか、長い銀髪はそのまま流されている。髪を梳き、緩やかに撫でながら続ける。


「僕はアヤメの味方だから。アヤメが望む限り、ずっとずっと一緒に居てあげるからね。この家は……アヤメのお家でもあるから」

「――――……はい……はいっ……ぐすっ」


 またぐすんぐすんと泣き始めてしまった少女をなだめ、優理は思う。アヤメのために何をすべきなのか。物事が動いているのか動いていないのか、無力な優理はエイラに頼るしかない。エイラに尋ねるしかない。あとで色々と、これからのことを相談しよう。


 物憂ものうげな顔をする優理の胸元で、アヤメは思っていた。

 あぁ、だから優理から離れないといけない。やはり優理は優理だ。アヤメの思う通りに、優理はずっとずっと、いつまでだって傍に居てくれる。他を捨てて一緒に逃げてくれる。――だからこそ、優理を守るために、私は遠くへ行く。


 もう一度決意を固め、温もりと心音に溶かされそうな心を閉ざす。これが最後。本当の最後。引き裂かれそうな胸の痛みを誤魔化し、少女は大好きな人の愛に甘える。


 そんな二人の様子を見つめる女性たちもまた、思っていた。


 実咲は「……優理様、今のはBad Communicationです。そのお言葉ではアヤメ様の想いをより強めるだけ。……ままならないものにございますね」と思い。


 ソニャは「パパ……アヤメはばかだから、それじゃあいなくなるよ。……本当に、アヤメはばか。パパも……優し過ぎる」と思っていた。


 実咲とソニャは、それぞれ複雑な顔ですれ違う二人の様子を見つめていた。

 何も言わない。何も言えない。外様の自分たちが何を言ってもアヤメの気持ちは変わらないとわかっているし、アヤメの決心を無為にするのは彼女の想いを踏みにじるだけともわかっていた。


 できるのはただ、アヤメに頼まれた通り優理を守ることだけ。でも。


「……ばか」

「……お馬鹿にございます」


 自己犠牲的な想いはやはり受け入れられず、二人して銀の少女に言葉をこぼしていた。





――Tips――


「昨今の八乃院灯華事情」


朝。

『灯華さん起きてー。朝だよー。起きないとちゅーしちゃうぜ? ほら起きてー。起こしてあげるから、ね? はいさーん、にー、いーち……はい起きたー。うんうん、今日も可愛いよ』

「――今日も起きました。優理様、お慕いしております。エッチしたい」

「灯華様ー。起きましたか……日々思いますが、何故灯華様は普段より下半身に布を纏われないので?」

「趣味ですの」

「左様ですか。ですが風邪を引かれますので、ショーツは身に付けていただきたいです」

「ごめんなさい。無理ですの」

「……やれやれ、手のかかる主人にございますね。あぁメイドの苦労は今日も続きます……」


昼。

「……はぁ。また縁談ですか。もう要らないとお伝えしませんでしたか?」

「今回のお相手は陸秀胤ろくしゅういん家にございます故、一蹴は悪手かと」

「……面倒ですね」

「いつも通り性癖を発露すればよろしいかと」

「それはそれでわたくしが傷つくのですけれど」

「新しい境地を探してくださいませ」

「無理ですの」

「無理でもなんでも面通しはしてくださいませ」

「……はぁぁ、優理様とエッチしたい……」


「そういえば灯華様、私奴、明日はお祭りに行って参ります」

「はぁ? 急ですのね。お祭りとは、どちらへ?」

「白紅原もみじいちょう祭りへ少々」

「そうですの……何か用事でもありますの?」

「知人が屋台を出すそうで、私奴は手伝――いえ冷やかしに……コホン、失礼、買い物に参ろうかと」

「はぁ。からかうのは構いませんが、限度はありますのよ?」

「承知しておりますとも。お土産は大量に買って参ります故、お楽しみをば」

「ふふ、ええ、ええっ。とても楽しみにしていますわ!」

「……昔に戻ったようにございますね」

「――ハッ!? い、いいえ? わたくし、もうお嬢様は卒業いたしましたの。おほほほ」

「……はい。何も申しません。メイドは優秀にございます故」


八乃院灯華の日々はあまり変化なく続いている。

優理から購入した「朝ボイス、昼ボイス、夜ボイス」さらには「平日目覚ましボイス」「休日目覚ましボイス」等々、最近とても増えたボイスは彼女の毎日に潤いをもたらしている。仕事によるストレス、名家繋がりのストレス、政府繋がりのストレス、外交ストレス、メイド由来のストレス。多くのストレスに苛まされる彼女の最近の楽しみは、優理ボイスを大量に学習させた、名付けて「傘宮優理ASMR VoiceAI」とのデイリーエッチである。

ちなみにデイリーエッチ以外に、ウィークリーエッチ、マンスリーエッチとソシャゲのようなクエストを自身に課している。クリア報酬はAIによるご褒美ボイスである。

優理の周りで最も爛れた性生活を送っている変態美女だ。

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