秋のお祭りデート⑧+ワンアクシデント

 ハンバーガーを食べた後に食後のデザートとしてメロンパンを食し、優理とアヤメは「白紅原参道」まで戻ってきた。

 久しぶりに時間を確認すると、今は十四時半を過ぎたところだった。参道に訪れた時間が十三時半前だったので、ほぼ一時間は飲み食いで使ったことになる。


 写真撮ってご飯食べて、食べて食べて食べて、ホームズ(ポニーの名前)と戯れて、食べて食べて食べて。


 大体食べていたが、食べ歩きしていた時間も長いので経過時間はこんなものなのだろう。


 なんだかすごく長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。途中でお手洗いに寄ってべたついていた手は綺麗にさせてもらった。汗と油分は落ちても、心に残った煩悩は洗い落とせない。厳しい世界だ。


「えー。アヤメ。これからどうするかわかりますか」

「えっと……焼き印所巡りです?」

「大正解」


 パンフレットを開き、現在地の「白紅原参道」を指差す。


「ここから東に動いて、残りの焼き印所全部回っちゃおう」


 指を右にスライドさせる。そのまま五つの焼き印所を通り過ぎる。


「で、最後に本部に戻ってきてくじ引き? 福引か。それと、最後の最後に"全国ご当地グルメ屋台村"。ここね、ここに寄って、色々食べて帰ろう」

「ふーむむ。わかりました! まずは手形を全部集めるんですね!」

「うん」


 指は右に行ってから左に戻り、本部で止まって本部すぐ近くの屋台村で止めた。それが今日の優理とアヤメのゴール地点だ。


 さあ行きましょう! と意気込むアヤメとせかせか歩き出す。

 目的地が定まれば動きやすさも格段に上がるというもの。さっきまでと違い一直線と言うこともあり、モミジ&イチョウ並木の下をしゅたたたーっと進んでいく。



 六つ目、「中央東焼き印所」


「近くに屋台村があるけど、僕らは行きません」

「むぅ……美味しそうな気配がしますっ」

「まだ行かないよ。というかアヤメ、お腹空いてるの?」

「? ユーリは空いていないのですか?」

「……あんまり」

「私はまだまだ食べられますよ!」

「そりゃよかった。いっぱい食べて大きくなろうね」

「はいっ、えへへー」


 七つ目、「小東焼き印所」


「あー、ここお寺になってるのか」

「ふふふーっ」

「おや、どうしたのさ。そんな得意げな顔して。可愛い顔が可愛くなってるよ」

「えへへ、私、神社とお寺の違いをちゃんと知っているんです!」

「わお、すごい。教えてほしいな」

「むふー、神社は神様を祀る場所です! お寺はですねー、お墓があるんです! 仏像もありますよ!」

「そうだね。神道と仏教の違いだけど、初詣のイメージは皆神社なんじゃないかな。よく知ってたねー。すごいぞー」

「えへ、えへへぇ、もっと褒めて撫でてくれてもいいですよ?」

「ふふ、すごいすごい。物知りアヤメだー」

「えへへへへ」


 八つ目、「東焼き印所」


「さっきの甘酒おいしかったです! ここでも甘酒売っているんですね」

「みたいだね。割とどこの焼き印所でも売ってる感じかな。甘酒なら販売しやすいのかも。鉄板も油もいらないし」

「ふむむ……」

「飲みたい?」

「……のみたいです」

「じゃあ買おうか。いっぱい歩いたご褒美ってことで」

「えへ、ユーリユーリ」

「うん?――っと、どうしたの?」

「いーえ、ただぎゅってしたくなっただけですっ」

「そか。……ん、飲みながらちょこっとここで休憩しようか」

「はいっ」


 九つ目、の前に。


「ユーリ。おトイレ行きたいです」

「あいあい。甘酒飲んだもんね。……お酒回ってないよね?」

「ふふ、アルコール分解機能なら備えていますよ?」

「そんなことだろうと思った。トイレ行こう。僕もついでに寄らせてもらうよ」

「一緒に入りましょうっ」

「……個室だからね?」

「? おトイレですから個室です。違うのですか?」

「いや違くないよ。うん。……今のは僕の心が悪い」

「???」


 九つ目、「大東焼き印所」


「――ユーリ」

「え、うん。なに?」

「私は発見をしてしまいました……」

「一応聞くけど、食べ物系じゃないよね?」

「……むぅぅ」

「そんな膨れてもだめだからね。ほっぺたちゅ……このやり取り二回目だな」

「むーむー」

「……ふむ、何を求めているのかさっぱりだ」

「むぅぅ!」

「あぁはいはい。わかったよごめんね。はいちゅー」

「ん! んふ、んふふふー」

「はいはい幸せそうで何より」

「ユーリユーリ! クレープ屋を発見したのです!」

「……僕の目にも見えてるよ。屋台じゃなくて普通にお店か。今日クレープ食べなかったっけ」

「クレープは別腹と聞きました!」

「……そんなに食べたい?」

「食べたいですっ」

「んー、じゃあ可愛くお願いしてみて?」

「む……えと……ユーリユーリ、私クレープ食べたいです。ユーリと一緒にクレープ食べたいですーっ。だめですか? ユーリと一緒がいいです。二人でクレープ……食べませんか?」

「うーん可愛い。超可愛い。ぎゅってしたくなる可愛さ」

「えへへ、ぎゅってしてもいいですよ?」

「じゃあ、ぎゅー」

「ん、んふぅ……ユーリの匂いがいっぱいです」

「クレープ買おっかー」

「はいっ」


 十か所目、最後。「最東焼き印所」


「――おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「こちら、完歩賞です!」

「ありがとうございまーす」



 「最東焼き印所」にて完歩賞をもらう。

 ちょっとした記念品なので、渡されたのは手形がペイントされたストラップだった。ストラップよりも十か所分の焼き印が押された「手形」の方がお土産感は強い。


 完成した手形とストラップを手に入れ喜んでいるアヤメに、優理は微笑み声をかける。


「これで後は福引しに行くだけだね」

「はい! 長い旅も終わりが近づいてきています……!」


 十五時十分。それが「焼き印所巡り」を終えた時刻だった。

 朝の十時半頃から始め、ざっと五時間。結構な充実具合だったんじゃないかと思う。アヤメは大大満足、優理も大満足。食べてばかりのお祭りデートではあったけれど、楽しめたからそれでいい。


「本部に戻ろうかー」

「はーい!」


 ――駆け足十三分ほど。


 元気いっぱいな美少女が早く早くと急かすので、「じゃあおんぶしてくれたら走ってもいいよ」と冗談交じりに伝えた。今日のアヤメに冗談は効かなかったので、優理は美少女の背にしがみついて十分少々過ごすことになった。


 大通りを避け、人目のないところは加速し、人の近くを通る時は速度を落とし。それでも結構な速さで道路を駆け抜け、気づいたら本部である。


 優理は高速移動が怖くてほぼずっとアヤメの髪に顔を埋めていたので、少女の甘く爽やかな香りにリラックスしていた。あとドキドキも。

 途中、「くすぐったいですユーリ」「ごめん。でも怖いし。アヤメ良い匂いだし。怖いし」「む、むぅ。……あんまり嗅いじゃだめです」「大丈夫。アヤメの匂い好きだから」「わ、私もユーリの匂い大好きですー!」とかなんとか、そんなやり取りがあったが、栓無きことである。


「――ふぅ、福引の時間だ」


 美少女の背を離れ、柔らかな肢体と高い体温を惜しみながらも本題に入る。

 色々満たされ気分の良い優理と異なり、アヤメは背中から急に熱がなくなってそわそわしていた。寂しがりやの超人お姫様だ。


「ユーリぃ、背中が冷たいです……」

「そりゃ離れたからね」

「もう一回おんぶしてあげます!」

「遠慮します」

「どうしてですかー!」

「福引したいし、屋台村も行くんでしょ?」

「――! 屋台村……忘れていましたっ」

「最後までお祭り楽しもうね」

「はいっ!」


 意識を逸らさせることで会話を捻じ曲げる。

 童貞特技、話題逸らしの術。ただし効くのは幼い心を持った信頼度の高い相手だけ。そりゃ今まで使う機会なかったわけだよ……。


 気合は充分。がらがらとガチャを回している人の列に並ぶ。ここの福引は日本の伝統、色付き玉が出る方式らしい。

 景品は食事券、クーポン券、化粧品、食料飲料、白紅平原の入場券、観光施設の入館券、他協賛企業の製品諸々、お祭りらしく鳴子や下駄、浴衣のレンタル券に手形サンプル(本物)なんてものまである。そして本日の目玉、温泉旅行券だ。


「ふむ……」


 脳裏に過る前世の記憶。温泉旅行、独り身、寂しい悲しいカップル羨ましい。でも一人旅行も楽しいは楽しい。今世でソロ旅行はきっとする機会がないだろう。


「? なんですか?」

「ううん。ふふ、アヤメは何がほしい?」

「福引ですか?」

「うん」

「んー……今日はいっぱいご飯を食べたので、あんまり欲しいものはないです。でも博物館と美術館は行ってみたいです。……特賞は温泉旅行券ですか…………ユーリ」

「うん?」

「温泉旅行券を当てます……!!」

「え、うん。けど福引って当てるとかないよ?」

「それでも当てます……!」

「そっか。誰かと行きたいの?」

「ユーリです! ユーリと温泉! 絶対に楽しいです。私にはわかります……。リアラもユーリと混浴したいと何度も言っていました……!!」

「そ、そっか」


 そんなようなことを聞いたような聞いていないような。

 他人の秘密を盗み聞いてしまったようで少し悪い気になる。まあそんなことぼやくリアラも悪いか。いつか誘ってみよう。混浴はしないが。


 はりきってむんむん! としているアヤメには悪いが、福引券が当たらなくても温泉旅行は計画しよう。来年の一月か二月か。温泉ならやはり雪見風呂だ。


「次の方、おや完歩したんですねー。おめでとうございます。完歩賞はもう受け取られましたか?」

「え、えと、はいっ」

「じゃあ福引ですねー。ぐるぐる回してください」

「わ、わかりましたっ。絶対に当てます!」


 張り切るアヤメに福引担当の人も和んでいる。これで回した後に「実は特賞もう出ちゃったんですよぉ、おほほ」とかされたら感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。一応聞いておこう。


「ちなみに特賞ってまだ出てないんですか?」

「出てませんねぇ。可能性はありますから頑張ってください」

「がんばりますっ!」


 まだらしい。チャンスは二回。

 優理はアヤメの後ろで少女の奮闘を見守る。


「えいっ!」


 からからから、ぽん。


「おや残念。参加賞のティッシュですよー」

「はぅっ」


 アヤメの肩がずーんと沈む。ティッシュは優理が受け取った。

 振り向き、涙目で見上げてくる。可哀想だけど可愛いので撫でてあげた。


「うぅ、当たらなかったです……」

「あ、僕の分もあるのでもう一回お願いします」

「はーい。じゃあもう一回ですねー」


 ということで、しょんぼりしている少女の肩を掴みくるっと一回転。あわあわしている可愛いお耳にワンモアチャンス、と。


「今度こそラストチャンス。僕の分もアヤメが回していいよ」

「えっ――わ、わかりました!! 今度こそ当てます!!」


 静かに見守る。


「ん……えいっ!!」


 からからから、ぽん。


「おや」


 結果は――――。




「くすん……」

「ほらほら。元気出しな? ナチョス美味しいよ?あーん」

「はむ……くすん、おいひいです……」

「ね?」


 福引結果。

 一回目、参加賞ティッシュ。

 二回目、三等賞、羊羹詰め合わせ。

 以上。


 アヤメの福引運は悪くなかったが、特賞を狙うにはちょっと足りなかったようだ。

 "全国グルメ屋台村"で買ったナチョスを口元へ運ぶと自動的に咀嚼されていく。しょんぼりしていてもご飯は食べるのだ。そこがまたいじらしく可愛らしい。


 食事はしても、元気のないアヤメを見ていると優理まで元気がなくなりそうになる。太陽が雲に隠れてしまった気分だ。


「アヤメ。温泉行きたい?」

「行きたいです……」

「じゃあ行こっか」

「え……」

「旅行券なくたって行こう。僕はアヤメと温泉旅行行きたい。アヤメはどう?」

「わ、私も行きたいですっ。ユーリと温泉……入りたいです!」

「なら行こう。約束、しよっか」

「ん……私とユーリの約束、です」


 小指を絡め、二人で約束する。旅行をしよう。旅をしよう。温泉に入ろう。

 今までもいろんな約束をしてはきたけれど、ちゃんと指切りをした約束は数少ない。これは絶対に守らなくちゃと深く思う。


「どこに行くかとかいつ行くかとかはまだ先だけど、冬に行こうね。雪見風呂は最高だよ」

「ゆ、雪見のお風呂……!!」


 そういえばアヤメはまだ大きなお風呂にも入ったことがないのだった。

 広い浴槽に浸かる感覚も知らなければ、露天風呂に浸かる感覚も知らない。俄然、知ってもらわねば、教えてあげねばと想いが溢れてくる。


「よし。とりあえずご飯だけ食べて今日は帰ろう! 帰って温泉について調べよう!」

「はい! はい!! 私もいっぱい調べます!」


 しょんぼりお姫様はきらきら笑顔の太陽お姫様に戻ったようだ。

 やはりアヤメは笑顔の方が似合っている。


 うんうんと頷き、"全国グルメ屋台村"の屋台を回って色々買って食べる。


 ナチョス、ハマグリ焼き、ナシゴレン、アジアンライス、魚介串、鴨ネギ汁、角煮バーガー、小籠包、明石焼、鶏もも肉のコンフィ、そしてクレープ。


 締めのクレープはバニラチョコクレープとアイス系だった。優理はバニラカスタードにしたので、いつも通りアヤメに半分あげた。


 監視員たちが、あのお子様どんだけ食べるんだよ……と引いている中、ようやく優理とアヤメのお祭りは終わりを迎えた。


 電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りる。

 自宅へは駅から十五分もあれば着くので、本日の感想を話しながらのんびり歩く。


「今日は楽しかった?」

「とっても楽しかったです!」

「そりゃよかった。ふふ、一回聞いたけど、今日食べたもので何が一番美味しかった?」

「ふふん、それはもう決まっていますっ。ユーリは決まっていますか?」

「うん。じゃあせーので言おうか。たぶん同じだし」

「はいっ」

「せーの」

「「春巻きリンゴ!!」」

「やっぱりですっ! えへへー、お揃いですっ」

「お揃いだね。やっぱあれだよね。超美味しかったし」

「ちょーおいしかったです!」


 繋いだ手をぶんぶんと振って歩くアヤメは本当に楽しそうだ。良いお祭りの思い出になってよかった。

 優理としても、今日は前世含めあらゆるお祭りの楽しさを圧倒的に凌駕する最高のお祭り日だった。アヤメに連れ回されて忙しく食べて歩いて写真撮ってとしていたが、その時間一瞬一瞬が楽しくて仕方なかった。


 色々悩み考えることはあったが、目の前の笑顔だけでお釣りがくる。今日、このお祭りがあってよかった。祭りに来られてよかった。


「ユーリ! 今日は連れてきてくれてありがとうございました! 私……またすごく楽しくて嬉しいことを知ってしまいましたっ。これもユーリのおかげです!」

「ふふ、ネットで見たお祭りと実物のお祭り、違ったかな?」

「全然違いました! いっぱいの人も、躍ったり太鼓叩いている人の熱気も、たくさんのご飯も。……インターネットで見たのよりずっとずっとすごくて楽しかったです!」

「その言葉が聞けてよかったよ」

「それに……」

「うん?」


 一歩前に出たアヤメが立ち止まり、そっと手を解いて見つめてくる。

 透き通っていた青空は色を変え、遠くから太陽の緋色を滲ませ始めていた。夕日に照らされたアヤメの顔が淡くオレンジに染まって見える。


「ユーリと一緒にお祭りデートができて、何より嬉しかったです。大好きですっ、ユーリ!」


 はにかみ、柔らかな笑みを浮かべた少女は可愛らしく、それでいて美しく。

 直球な言葉と笑顔を見ているのが気恥ずかしくなり、優理は耳の横を掻いて目を逸らす。逸らした先にある自身の影が遠く伸びていく。


 考え、返事をしようとして。


『――優理様、襲撃です。備えてください』

「え?」


 聞こえた声に意識が追い付かず、けれどずっとずっと頭の隅に置かれていた思考は正しく身体を動かす。


「きゃっ! ユ、ユーリ?」


 腕の中から困ったような恥ずかしいような、上ずった声が聞こえる。

 しかし優理に少女を気にする余裕はなかった。咄嗟に抱きしめるのが限界だった。


「――パパ! 逃げて!!」

「ソニャ!?」

「対象の確保を急げ!! この、邪魔だ!!」

「うる、さいっ。パパは……傷つけさせない……ッ!!」

「ぐ、こい、つ!!」


 後ろから聞こえるやり取り。

 何か重い物がぶつかり合う音が聞こえる。ちらと目線を送れば警棒のような物を持つ女が二人いた。相対する灰髪の女性、ソニャは素手でその二人と渡り合っている。

 遠くには忍者っぽい格好の人がいて、味方か敵かわからないが警棒の二人は焦っているようにも見えた。


「パパ!! 早くっ!!」

「ユーリ? ソニャ?」


 叫ぶソニャに余裕はない。アヤメはまだ状況をわかっていないようで、不安そうに優理たちの名前を呼んだ。優理とて状況はあまりわかっていないのだ。仕掛けてくるのはまだ先、そんな話だったはずなのに。これだから人の感情は厄介なのだ。何事も「想定通り」にはいかない。


「エイラ! これは想定外!?」

『想定内です』

「……おっとそう来たか」


 エイラにとっては想定内だったらしい。びっくりである。一瞬気が抜けそうになる。急ぎ心の帯を引き締めた。


「パパ!!」

「わかった逃げるから! っていうかパパって何さ!?」

「そうじゃないあぶない!!」


 ――バチバチバチッ


「え、なんぐぅぁっ!?」

「ユーリっ!!」


 横の民家から現れた新手に脇腹をぶたれる。走る痛みと音的にスタンガンか!! そんな一瞬の思考も闇に塗り潰され、優理はその場に崩れ落ちた。


「――――」


 アヤメは。


「ぁ」


 アヤメは、力の抜ける優理を全身で支える。重くはない。自分に痛みもない。頭の中が真っ白になって、「や、だ」なんてうわ言のように声だけ漏れて、エイラの『アヤメ様』という呼びかけで意識が戻る。


 優理は……優理は生きていた。意識はない。気絶している。でもちゃんと生きている。血も出ていないし、心臓の音も聞こえる。とくりとくりと、規則正しい音だ。呼吸もしている。生きている。ちゃんと……生きている。


「――」


 襲撃者は保護対象・・・・の男を支えようとするが、優理の懐から突き出た拳に吹き飛ばされる。


「うぁぁ!?」


 コンクリートの壁に叩き付けられ呻く女。

 ソニャは優理の悲鳴を聞き、リミッターを外して即座に先走った同業者・・・を制圧する。

 振り向いた先ではアヤメが優理を背負って走り去るところだった。


「……さすがに速い」


 ぽつりと呟き、倒れた女たちの装備を漁って奪ってアヤメを追う。今日こんな風に割って入るつもりはなかったのだが……勝手に飛び出した同業者がいたからしょうがない。ソニャは優理を――パパを守ると決めたのだ。ちょっと守り切れなかったが、あの程度なら問題ないだろう。


 ソニャの知る限り、多くの裏組織において"夢人形の捕獲"と同時に"優良男性の保護"も指令に入っていた。後者はできれば、だが。どうせ実験研究に時間がかかるのだし、現状維持のための男性保護・・はしておいて良いかという意向だった。同居人なら夢人形に言うことを聞かせやすくもなるだろうと、人質の意味も込められていた。


 幸いにもソニャは優理やアヤメと知己を得ている。

 家を訪れて追い出されることはない……と信じたい。既に元の組織からは追われる身だ。たぶんきっと。勝手に行動して裏切ったようなものだし。ここでアヤメからも追い出されたら……悲しい。辛い。というかパパに嫌われたら本当しんどい。胃がきりきりする。


「……パパ、今行くわ」


 受け入れてくれることを願って、ソニャは音なく小走りで歩き始めた。


 そして、そんなソニャの姿を見つめていた影が一つ。


「――まったく、メイドの役目を取らないでいただきたいものです」


 夕日に伸びる影一つ。

 黒髪黒目、トートバッグにお祭り土産を詰め込み、片手でりんご飴をかじっているどこぞの名家の自称メイドが、その辺にいそうな私服のお姉さんスタイルで立っていた。




――Tips――


「福引」

商店街やお祭り等で定期的に見られる幸運値を計られる謎イベント。

大体参加賞や五等程度で終わるため、一般人にはあまり縁のない代物。稀に幸運力を発揮して一等や特等を得る者もいる。

本編には一切関わらない話だが、今回の福引の温泉旅行券は「トレーナーと担当」と呼ばれる男女二人組によって引き当てられた。たぶん一年か二年して色々落ち着いたら温泉旅行に行く。

ちなみにここまで付き添ってきた監視員たちも揃って福引を引き、それぞれティッシュを手に入れ撃沈していた。そのうち一人だけソフトクリーム無料券をもらってささやかな幸せを手にしていた。(お祭りを楽しみ福引を引いたのは全員穏健派である)


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