秋のお祭りデート⑦

 春巻きリンゴを食べたり、タコスを食べたり、ジェラートを食べたり、二人でおトイレに行ったり(乙女二人で連れション)。

 取り立てて大きな出来事はなかったが時間は取られ、ようやく屋台エリアを抜け出ることに成功した。


 そして新しい発見をするアヤメと優理。


「!? あ、あれは!!」

「ええ……すご。馬じゃん」


 びっくり仰天である。

 驚くべきことに、公園の芝生に馬がいた。大きさは人間の腰程度。ちっちゃくて可愛いポニーだ。そしてそのポニー、優理でも見たことのない全身真っ白の白馬だった。長い睫毛とふさふわっとしたたてがみが愛くるしい。


「お、お馬さんです!!」

「白馬だね」


 人だかりになりそうなものだが、意外にも皆遠くから写真を撮ったりするばかりで近寄ってはいなかった。白ポニーの近くに小さな机が置かれ、飼い主らしき老婆が簡易椅子に座って手綱を持っていた。ポニーは芝生を食んでいる。

 はむはむしているポニーが可愛い。


 とてとて音を立てず近寄っていくアヤメ。その手は優理の手を握り、恐る恐るといった様子で振り向きながら先導していく。緊張はしつつも興奮を抑えきれない顔をしている。


「あの、すみません。ポニーと写真撮ってもいいですか?」

「おや、構わないよ。ゆっくりね。人には慣れているけど、驚かせないでね。よく目を見て、声をかけてから触ってあげてちょうだい」

「はい」

「は、はいっ」


 老婆に声をかけ許可をもらう。

 緊張しすぎてもよくないぜー、とアヤメの肩を揉んで後ろからほっぺたももみもみしてリラックスさせておく。抗議してくると思ったが、アヤメは口元をもにょっとさせてひしっと抱きついてきた。おやまあ、と緩く抱きしめ、まだまだドキドキしている少女を撫でつける。


 なんだかんだ動物の触れ合いもしてこなかったアヤメだ。見知らぬ人と接するのと同じくらい動物との接触も緊張するのだろう。


 ドキドキお姫様のためにも、先んじて優理がポニーへは近寄っていく。若干膝を屈め、じっとポニーがこちらを認識するまで待つ。手を振り、「やっほー」と言いながら、そろりそろりと近寄る。人と違って視野は横に広いので、相手のよく見える位置から近づく。


 ある程度近寄ったところで、静かに待って上からではなく横から撫でるように触れる。場所は首辺りだ。


 特に鳴き声はない。嫌がっている様子もない。芝生を食んだまま。だけど途中で顔を上げ寄せてきた。抱きしめるように首元を撫でさすり、うりうり顎を擦り付けてくるポニーを受け止めポンポンなでなでしてあげた。


「ほうほう、お姉さん良い人だねぇ。すぐ懐いちゃったよ」

「へへへ、動物には昔から懐かれやすいんですよね」


 犬とか猫とか。優理は昔から好かれやすい体質だった。


「君、名前は?」


 尋ねると、ふんすふんす鼻息を吐いていた。絶対理解してない。答えは老婆から返ってきた。


「その子はホームズさ」

「そりゃ賢い名前ですね。君、探偵なのかなぁ」


 またふんすふんすしている。可愛い。


「僕の友達紹介するよ。――アヤメ。ほらおいで」

「は、はい……」

「この子はアヤメ。よろしくね」


 後ろに隠れていた少女がちょこんと横に出てくる。じっと見つめ合うポニーと美少女。

 銀と白が絵になる。


「……あの、撫ででもいいですか?」


 返事はなかった。アヤメはゆっくり手を伸ばし、そぉっとポニーの首に触れさせる。


「わぁっ、わぁぁ」


 嬉しそうな声だ。喜色に満ちている。

 馬は何も考えていなさそうだ。のほほんとした顔で撫でるがままでいる。優理と戯れるのに飽きたのか、再び芝生食みへ戻ってしまった。アヤメはそんな馬の首をさわさわと優しく撫でつけている。


「ふわふわです……」


 ほんわかしている。アヤメも、ポニーも。どちらも可愛い。

 タイミングも良かったので、ちゃちゃっと携帯を取り出し写真を撮っておく。音はなしだ。ポニーを驚かせるのはよくない。アヤメにも声をかけ、ポニーと優理とアヤメ、一頭と二人で写真をたくさん撮っておいた。ポニーはカメラに興味は持たず、自由に芝生は食んだり老婆に甘えたり、優理やアヤメにじゃれついたりしていた。


 人懐っこい馬というのは本当だった。大人しく、ちゃんと静かに接すれば気持ちも伝わる優しい馬だった。


 老婆にお礼を告げ、名残惜しみながらその場を離れる。アヤメはしばらくポニーに手を振っていた。向こうは全然気にした様子がなかったが。老婆は割と付き合ってくれていた。気の良い老婆でよかった。


「こんなところで馬に会うなんて驚いたー」

「お馬さん、可愛かったです」

「そうだね。でもアヤメの方が可愛いよ」

「も、もうっ。ユーリ! そんな褒めても……えへへ、嬉しいだけですー!」


 適当な「可愛い」よりも、こういった自然な流れて言う「可愛い」の方が嬉しいらしい。乙女心はわからないものだ。……けど、優理とて雑な「かっこいい!」より特別な空気の「優理、かっこいいよ」の方が嬉しい。乙女心、インストール完了。


 ぎゅっと腕を抱きしめてくるお姫様の胸の感触を堪能しつつ煩悩を除去し、桜エリアからモミジエリアへ移動する。全体にモミジが植えられた紅葉林だ。


「紅葉してるねぇ」


 赤く色付いた葉が空を覆う。黄色と緑が散らばり、結構な人が空に向けて携帯を構えていた。優理も前に倣う。


「いいね」


 写真家優理。この男、地味に風景写真を集めるのを趣味としていた。やはり写真以上に過去の振り返りに適したものはない。


「ユーリ、私もお写真撮りたいですっ」

「いいよ。はい」

「?」

「え?」


 携帯を渡し、不思議そうな顔をする少女に優理も同じ顔をする。

 次第にアヤメの頬が膨らんでいく。


「むぅぅ」

「はは、あはは。いやいや不可抗力だって。ふふ、膨れてもしょうがないよ」


 むぅむぅ言っている少女の頬をぷしゅーっと潰しておいた。溜まっていた空気が吐き出されて萎んでいった。可愛い。


 可愛いお姫様をなだめるためにも、二人でぱしゃぱしゃツーショットを撮っておいた。紅葉をバックに結構な写真を撮るはめになった。まあアヤメがご機嫌になったから良いとしよう。


 紅葉林を抜け、ようやくたどり着いた橋。石橋ではなく、普通のコンクリートの橋だ。遠くに立派な石橋が見える。石橋近くに飛び石もあり、手前には川床に下りている人たちもいる。


「あれ。飛び石遠くない?」


 さっき石橋から見た時は飛び石が遠かったはずなのに……。いやまあいいか。

 とりあえず橋を渡り、「紅原川公園」とは異なる「西川沿い広場」なるイベント会場を見学していく。パンフレットによれば、こちらはこちらで、大学の研究発表の場になっていたり、別の屋台があったりするらしい。


 優理家のお姫様は既に川への興味を失ったようだ。

 のんびり川沿いを歩き、青と白の天幕が張られたテントエリアへ入る。立て看板で「学生広場」と記載があった。


「ユーリユーリ」

「うん」

「電車が走っています!」

「線路敷いてミニ列車作ってるんだね。すごいなぁ。乗りたいの?」

「いえ別に」

「そっかぁ……」


 乗っているのは明らかな女児ばかりだったので、アヤメは気後れ――した顔ではなかった。アヤメの顔は列車より屋台の方に向いていた。


「ケバブ……」

「……食べたい?」


 こくこくと頷かれる。しゃあない、と二人ほど並んでいる列の後ろに立った。

 

「ピリ辛かマイルドかだって」

「マイルドです!」

「了解」


 ぱぱっと注文し、ささっと受け取り、アヤメが笑顔でぱくつく姿に癒されながら別の屋台へ。流し見しようと思ったら「パイの専門店」の屋台があったので、吸い込まれるように寄ってしまった。買ったのはシンプルにアップルパイとカスタードアップルパイの二つ。


「ふむふむ……おお、美味しいな」


 可もなく不可もなし。けどちゃんと美味しい。けどでも、春巻きリンゴには勝てない。そんなランキング。


「ユーリー。私も、私もっ」


 まだケバブを食べていたアヤメがねだってくる。むくむく湧き出す悪戯心。

 周囲を見渡し、今までほど人がいないことを確認し通りの端へ。


「アヤメ。目を閉じて?」

「はいっ」

「お口開けてー」

「ふぁい」

「はい閉じて」

「……??」

「はい質問。今僕は何を入れたでしょうか? あ、まだ目開けちゃだめだよ」

「え……な、何も入ってないですっ」


 自分に向き合って目の前で目を閉じる銀髪の美少女。これを俗に、キス待ちと言うのではないだろうか。言わないか。


「残念。正解は空気でしたー」

「……ユーリ、いじわるです!」

「ふふ、まだでも目は開けないんだね」

「だ、だってユーリ開けないでってお願いしたので……」

「おっけー。じゃあ続けよう。アヤメ、お口開けて?」

「むぅ……はい」


 律儀に口を開けるので、アップルパイをどうにか千切って少女の可愛い口に入れる。勢いがつかないよう、歯に触れさせて手を止めた。


「閉じていいよ。ゆっくりね」

「は、ぃむ……」


 閉じられる唇。はむりとアップルパイが暗闇に飲み込まれる。

 優理の指先がピンクの唇に触れ、油分を纏って艶めいたそれに男の心臓は変に跳ねた。ふぅ、と息を整え、アップルパイを味わっている少女へ質問をした。


「さあ、今入れたのはなんでしょうか?」

「ふふーん、アップルパイですね!」

「おお、正解。じゃあ次ね」

「はいっ」


 アヤメも少しは楽しくなってきたのか、ひな鳥のように口を開けて待ってくれる。

 今度はカスタードアップルパイを千切って可愛い口に入れた。指がすごいベタベタになっているような気もするが、今が楽しいので良い。


「閉じていいよ」

「はむ」

「うぉ」


 ぱくりと食べられたパイ。同時に食べられた優理の指。引き抜こうにもちゅぅちゅぅと吸い付かれ唇に阻まれる。


「それ食べ物じゃないからね!」

「はむむ、んふ」


 はむはむかりかり、とっくにカスタードアップルパイはなくなっただろうに、優理の指を甘嚙みして遊んでいる。唇の柔らかさと口内の生温かい感触、小さな歯が与える微かな痛みがおかしな快楽となって優理の背筋を震わせた。


「く、ぅ……終わり、終わりね!」

「ぷぁ、ふふ、ふふふっ。ユーリ、えへへー、いっつもいじわるしてくるので、お返しです!」

「……はぁ。お返しというか、ご褒美というか……」

「? ご褒美ですか?」

「いやなんでもない。僕が悪かったよ、ごめんね。じゃあちゃっちゃと食べちゃって。まだ全然残ってるから」

「はい。……ん、ユーリお手にカスタードがついています」

「まあね。今のでついちゃった――え、いや、ちょっ」

「ちゅ……あむ、ちゅっ」

「――……」


 一瞬、優理の思考は止まった。

 男の手を取り、ぺろぺろと平や指を舐め取る妖精のような少女。淫靡で非現実のようだが、ここは現実だ。それも外だ。そんなはしたないことをしちゃいけません! という気持ちと、そんなエッチなことしちゃいけません!(いいよもっとやって!)という気持ちと。


 ごちゃ混ぜになった思考がショートする。ほんの数秒。その間にアヤメはカスタードを舐め取り終えていた。


「ふふー、これで綺麗になりました! ごちそうさまでしたっ!」


 ごちそうさまはこちらの台詞だよ、の一言は飲み込んだ。

 とりあえずタオルで手を拭い、未だ残るべたつきとエロスの気配を振り払う。その辺でお手洗いに行こう。このままだと精神衛生上よろしくない。


 はぁ、と息を吐き、平然と食事を再開したアヤメに首を振る。

 お姫様はマイペース。そんなタイトルのライトノベルをいつか読んだ記憶がある。


 まさか自分がそのマイペースに振り回されることになるとは思ってもみなかった。


「でも、悪くない、かな……」


 "こんな暮らしも悪くないよね!" と前世のあらゆる童貞紳士がサムズアップしている姿が目に浮かんだ。


 いつかアヤメの手も同じ目にあわせてやる、と決意を固める優理であった。


 ちなみに、優理とアヤメのイチャイチャ屋台巡りを監視していた監視員たちは、皆が揃って「え、は? なに、え? そんなエッチな、え? 羨ま、え?――――ずっるっっっ!!!!」と心で叫び散らかし、揃ってやけ食いしていた。やたら大量の焼きそばを食べていたり、無言でスイーツを爆買いしている人がいたらそれは監視員である。


 これまたちなみに、影に隠れるように灰髪のソニャも監視は続けていた。

 彼女は二人のやり取りを気にするよりも、未だに優理に抱きしめられた感触、撫でられた頭に残る手のひらの温度、鼓膜に響く優しい声と、優理――パパの愛に浸り続けていた。




――Tips――


「お祭り屋台飯」

日本のお祭り屋台飯定番として「焼きそば」「たこ焼き」「お好み焼き」が挙げられる。主食としては「じゃがバター」「ポテトフライ」「肉巻きおにぎり」等も挙げられるが、じゃがバター以外は上記主食より知名度に劣るだろう。

「わたあめ」「りんご飴」等は甘味として有名であるが、昨今のお祭りではどこかしらで「クレープ」が食べられる。

大きな祭りでは「ラーメン」や「ケバブ」、「タコス」等を出す店があり、祭りの種類によってはそれこそ「クロワッサンたい焼き」や「アップルパイ」を食べられる機会もある。

主食以外の屋台だと「唐揚げ」「牛串」「焼き鳥」がメジャーであり、この辺り屋台飯については世界間の差異がほとんどない。

今回「2028年 第47回 白紅原メープルもみじいちょう祭り」にて、アヤメが食した屋台飯の種類は今のところ「23種」である。

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