秋のお祭りデート⑥

 歩行者天国写真撮影は無事終わり、優理家のお姫様が肩車手放し大喜びの写真を見てニッコリしたり、監視者のソニャが優理(パパ)との写真に口元をもにょもにょさせたりしたが、何事もなく時間は過ぎた。


 ソニャと別れ、再び優理とアヤメの二人お散歩タイムである。

 向かうのは参道より東にある公園。歩いている最中に音楽が聞こえてきて、ゆらゆらーっと吸い寄せられてしまったのだ。

 公園内は入口から左側に屋台通りができており、正面から右側は全域が広場のようになっていた。真っ直ぐ進むと半円上で人が集まっていた。舞台というわけではないが、この開けた空間を一種の「舞台」として扱っているのだろう。


 女性に囲まれた円の内で躍る法被姿の女性たち。大音量の音楽に合わせてダンスを披露している。


「ユーリっ、見えないですー……」


 隣でぴょんぴょん跳ねて見ようとしている美少女。こっちの方が絵になるのでは? と思ったのは保護者の贔屓目だけではないはずだ。事実、超可愛い。


「はいおんぶねー」

「わわっ……よく見えますっ」


 素早く背負い、アヤメの視野を確保してあげた。

 きゃぁきゃぁ喜んでくれて何よりだ。


 踊りは数分で終わる。方々から拍手が飛び交っていた。優理の頭上からもパチパチパチ!と激しく拍手音が聞こえていた。


 ちょうど切り替わり時だったのか、今躍っていた組は終わりのようだ。次までしばし休憩らしい。

 興奮した様子のアヤメがとんたんとんたん、と優理の肩や頭を叩く。楽しそうで何より。


 おんぶのままその場を離れ、屋台の細道を通って公園の外へ。

 途中でじゃがバターと唐揚げを買ったが、お姫様は頑として背中から下りなかった。手を離してもそのまま背にしがみついていたのは美少女の神秘である。


 店員からすごい目で見られていたような気もする。アレは気のせいじゃない。

 誤認アクセにも限界はある。大きな一人娘に遊ばれる母親とも思われたのだろう。まあ似たようなものだから間違ってもいない。


「ねえアヤメー」

「はみ……んむ、なんでしょう?」

「僕の頭にこぼさないでね?」

「ふふー、私に任せてくださ――あ」

「……」


 頭部に感じるべちゃりとした感触。これは……いやどっちでも嫌だな。どっちも油っぽいし。油分たっぷりオイリーだ。悲しい。


「……はむ……ん、ユーリ味のじゃがバターです!」

「じゃがバターだったかぁ……」

「……ご、ごめんなさい。ユーリ、怒ってますか……?」

「ううん。別に。ちゃんと謝れてえらいよー。下りてくれたらなでなでしてあげるんだけどなぁ」

「下ります!」


 しゅたたっと背中から柔らかさと重みがなくなる。悲しい。これはこれで悲しい。

 アヤメには先に頭部の油分を拭ってもらい、その後「えらいよえらいよー」となでなでしてあげた。本当は全然偉くないのだが、そこは可愛いは正義というやつで。にぱっと笑って「なでてなでて?」とすり寄ってくる美少女がいれば撫でてあげたくなるのが男と言うもの。


 緩いスキンシップを終えて「白紅原参道」を進む。並木の間を通り抜けると、今度は立派な石橋があった。思ったよりこの場は高所にあったらしい。


 歩道は敷き詰められた石材。橋の欄干は円筒系、灯篭も設置され、掃除も行き届いた白石の美しい石橋だ。

 左右には意外と幅のある流れの緩やかな川が遠くまで伸びている。左側(西)は視線を奥までのばすと緑の山がなだらかな凹凸の稜線を描いていた。右側(東)は川が曲がりくねって見えなくなっていた。大きな建物が並び、都市と自然がはっきり分かれている。


 青空にちらほらと浮かぶ白雲が良いコントラストだ。

 橋の左(西)側、これから向かう川岸に並び立つイチョウモミジが黄色と赤と緑と、複数の色に塗れていて美しかった。やはり秋の樹木は青空によく映える。


 川の途中で段が設けられ、飛び石で渡れるようにもなっていた。

 見える限り川自体は浅く、飛び石の辺りで川底に下りて遊んでいる子供たちの姿が見える。そもそも一部干上がって砂利になっているようにも見えるが……。優理たちが行くかどうかは銀色お姫様次第だ。たぶん下りることになるだろう。


「お……」


 よく見れば川の水面に樹木と空の雲が映っていた。

 川面に映る秋の色。空を写し取った一枚の天然絵画。風があまり吹いていないからこそ、川の流れが穏やかだからこその景色だろう。格別だ。


「――きれいっ」


 アヤメに声をかけようとして、やめた。

 丸い瞳を見開き、口角を上げ自然が作り出した絶景に見入っている。優理でも目を奪われてしまったのだから、経験値の少ないアヤメならこうなるのも無理はない。待つのも仕事だ。できる男は黙って待つのである。


 静かにぼんやり川と山と空と木を眺めていたら、くいくいと服を引っ張られる。

 視線をずらすと、アヤメは遠くの山々を見つめたままだった。


「ユーリ」

「うん」

「ユーリは……どうしてソニャに優しくしたのですか?」

「……」

「……ユーリが優しいのは知っています。そうでなかったら私は今ここにいません。……でも、ユーリは知らない人に優しすぎです」


 半歩、アヤメが距離を詰めてくる。頭を傾け、優理の肩に重みを置く。

 されるがまま。男は無言で空を見上げた。


「……」


 何故、か。

 今後のため。明日のため。未来のため。打算ばかり思い浮かぶ。けれど、それだけではない。美人だったからとか、好みだったからとか、そういうのでもない。いや優理の好みではあったが……。


 誰でも、というわけではないのだ。


「……似てたからね」


 ソニャは似ていた。断片的にだがエイラに聞いてしまったからだろう。出自はアヤメに似ていた。もしもアヤメが失敗作とされていたなら……二十年前に生まれ、どこかの組織の一兵士にでもされていたかもしれない。今のソニャのように。


 それに、ソニャは優理自身にも似ていたのだ。昔の、前世の自分。

 やるべきことはあるはずなのに、どうすればそれができるのかわからなくて、高い壁に阻まれ、たくさんの諦めに囲まれ、疲れて立ち止まってしまった人。

 あの頃の、溜め息ばかりだった頃の自分。


「……私にでしょうか?」

「うん。アヤメにも、僕にも」

「……ユーリに?」

「ソニャ、疲れた顔してたから。考えすぎて疲れちゃったんだよ」

「…………ユーリも、考えすぎて疲れちゃっていますか?」

「ふふ、今は全然。……アヤメがいるから元気いっぱいだよー!」

「ぴゃっ、ユ、ユーリっ」


 くるりと身体の向きを変え、正面からアヤメを抱きしめた。銀糸の髪が揺れている。光を浴びてきらきら輝いて見えた。


「アヤメ。僕が他の誰かに優しくするの、嫌だった?」

「嫌じゃないです。嫌じゃないですけど……ユーリが遠くに行っちゃいそうで悲しくなりました。ユーリが……川に流されてしまいます」

「川流し!?」


 一瞬自分の耳を疑った。

 なんとか咀嚼し、しょんぼりしているアヤメの顔を見る。


「いいかい、アヤメ。一つ大事なことを教えてあげる」

「……はい」

「もしも僕が川に流されて山に行っちゃうなら、アヤメも追いかけてきな。一緒に流されよう?」

「――……私が追いかければいいのですね」

「うん」

「ユーリに、追いついて飛びつけばいいのですね」

「うん? うん」

「ユーリ!」

「う、うん」

「溺れる時は一緒です!」

「え……う、ん。うん。一緒だよ」


 なんだか変な風に解釈され納得されてしまった気がする。まあいいか。

 子供らしい感情の機微……とも言い切れないか。アヤメだってぽやぽやにぱにぱしているように見えて色々考えているのだ。ただ可愛いだけのお姫様ではない。


 "わたしをもっと大事にしてよっ!"というアヤメの可愛い発言(優理解釈)はスマートに受け止め、橋を渡り切る。お祭り会場としては川沿いと大きな公園全域を使った大規模な場所だ。パンフレットの名称は「紅原川公園」。


 橋向こうは十字路になっており、お祭り会場自体は左右どちらにも続いているようだ。

 人混みを避けてパンフレットを見ると、左が「紅原川公園」、右が「東川沿い広場」、正面の情報はない。消防や警察車両の展示と、色々公共のキャンペーンをやってはいるらしい。率先して行くべき方でもないだろう。


「順当に左でいいか……」


 流れた髪が優理の手に触れている。くすぐったい。

 髪がくすぐったかったので、くるくると人差し指を髪に搦めて遊んでおく。アヤメはキャッキャしていた。可愛い。


 考えていてもしょうがないので左(西)へ舵を取る。

 緩い下り坂を進み、コンクリートから石畳へと変わる地面を踏んだ。公園の入口だ。石橋や景色を見ていて思ったが、やはり思っていたより立派な公園らしい。土地の名を冠するだけのことはある。


 公園とは言うが、場所は川沿いだ。道自体は川に沿って長く真っ直ぐ続いている。

 地図上で言えば西に長く一本道が伸び、北側に広場だったりグラウンドだったりがあるわけだ。優理たち含め多数の観光客は、その西に伸びる道を歩いていた。


 今日は西から東へ歩いて焼き印所巡りをしてきたので、今は川を挟んで逆走している形になる。まあ途中でまた川を渡って元来た道を戻り、さらに石橋と「白紅原参道」ももう一度通ることになるのだが。


「この辺の木は桜なんだね」


 割と時間かかりそうだなぁ、とぼんやり思いながら木々を眺める。

 川沿いに並ぶイチョウモミジと異なり、一歩公園側に寄った歩道に植えられていたのは桜だった。これが春なら桜並木が美しかったのだろうと思う。


「ユーリ! 肉巻きおにぎりが売っています!」

「……りょーかい。買おうか」

「はい!!」


 まさに花より団子。焼きそばやフライドポテト等、既に今日食べた食べ物に続いて、未食の屋台が登場した。手を引くアヤメに従い料理を購入する。


「んみぁ~~♪」


 陶然と鳴いているアヤメは葉も花もつけていない桜に興味がない様子。

 やれやれと苦笑しながらも少女の目線を追って、隣の屋台で売っている「クロワッサンたい焼き」を買いに並ぶ。


「ん! んぅ! んふふぅ」


 もぐもぐしながらとんでもなく喜んでくれている。可愛い。


「喋らなくても伝わるから。こぼさないようにね」

「んー」


 こくこくと頷いている。そっと額を撫でておいた。

 クロワッサンたい焼き。たい焼き状のクロワッサン生地に中身はあんこ、カスタード、チーズクリームといくつか種類があった。優理も気にはなったのでそれぞれ一つずつ買ってみる。あまり並んでいなかったのでささっと買えた。


 まだ肉巻きおにぎりを堪能中の美少女と歩道脇に寄り、むぐむぐと食べてみる。


「ほほー……」


 サクッとした生地に甘いクリームが合っている。カスタードは美味。味自体は想像から外れていなかった。アップルパイに近しいアレだ。クロワッサン生地だし、なんとなくイメージできる人も多いだろう。


 美味しいは美味しいが、リピートするほどではないかな、といったところ。


「ユーリユーリ、私も食べたいですっ」

「はいはい。あーん」

「はむっ」


 おにぎりを食べ終えた美少女にクロワッサンたい焼きを差し出す。はむりと食いついてきて笑顔を見せる姿は天使そのもの。銀翼の天使である。翼を広げて宇宙の果てまで連れていってくれないかな。


「ふんふん、次の味もほしいです!」

「あいあい。あーん」

「あむっ」


 ふざけたことを考えている間にパクパクと食べ進め、結局三つさらりと食べ終えてしまった。優理はカスタード以外一口ずつしか食べていない。

 

「ねえアヤメ」

「はい」

「今日色々食べてきたけど、何が一番美味しかった?」

「えっ」


 すごいびっくりした顔をしている。そのまま「むむむ」と考え始めてしまった。

 だらだら歩きながら、人の流れに乗ってアヤメの返事を待つ。


 しばらく歩いていると、屋台通りが終わったのか左右に並ぶ天幕が見えなくなった。

 ちょうど地面が模様のないコンクリートに切り替わったところで、場所は開け噴水広場のようなところに繋がった。真ん中にあるのは噴水ではなくただの木だが。

 四方にベンチが配置され、普段ならデートスポットにでもされているんだろうなと思う。「いいじゃん……」と一人密やかに頷いておく。


「ユーリユーリ」

「はいはい」

「私は牛串が一番好きでした!」

「あー……」


 牛串。本格的に屋台飯を食べ始めた最初の食事だ。コロッケとセットだった。

 米沢牛を使っているとか書かれていた気がする。確かに美味しかったが、別に祭りじゃなくても食べられる美味しいお肉だなとは思った。……よく考えたら別に他のほとんども祭りじゃなくても食べられる。ならどれでもいいか。


「よかったね。今度お家でいろんなお肉試食会でもしてみよっか」

「!!!」


 目をきらきらさせている。可愛い。

 むふー、と息を吐いている少女を横に、開けた広場を見渡してみる。ここから先にあるのは屋台というかキッチンカーばかりのようだ。ちらほらと見覚えのない看板や文字が並んでいる。


 ちょうど広場の木で隠れていて見えなかったが、優理たちのいる位置真反対に面白いキッチンカーがあった。


「春巻きリンゴとな……?」


 写真にはフライドアップルパイと英語で書かれている。日本語表記は「春巻きリンゴ」だ。

 春巻きのパリッとした生地で揚げたアップルパイ。パイじゃないからアップルか。中身はアップルパイっぽいのかもしれない。これは買いたい。


「アヤメ――あぁうん。いいよ何も言わなくて。買うから」

「えへへぇ」


 隣にはこちらを見て踵をふみふみさせている美少女がいた。

 苦笑し頷くと、にこぱぁー! と輝かしい笑みを浮かべる。眩し過ぎて一瞬視界不良になった。危ない。美少女の笑みは時に毒なのだ。媚薬的な意味で。


「いらっしゃいませ」

「春巻きリンゴ二つ……いや四つください」

「はいよぅ。ありがとうございます」


 職人っぽい女性にお金を支払い、ショーケースから取り出され個包装された春巻きリンゴを受け取る。四つまとめて一つのビニール袋に入れてくれた。


 受け取り、人のいない空いているスペースへ。アヤメは期待にワクワクそわそわしていた。


「ふむ」


 見た目はきつね色の春巻きそのものだ。横長長方形っぽく、サイズは手頃。片手で持てる程度なので大きくはない。アヤメに一つ手渡し、「いただきます」をして食べてみる。


 さくり。


「え、うま……」


 生地はパリッサクッとしつつ、内側にたっぷりと仕込まれたアップルパイ――否、カスタード状のトロトロアップルクリーム。リンゴの食感は残っているのに、その甘みはカスタードと調和し、一つのアップルクリームに昇華していた。そこそこ熱めでトロっとしているのもポイントが高い。


 正直、今日色々食べてきた中で別格の美味しさだった。スイーツのレベルを一つ超えてきた感じがある。


「~~~!!!!」


 アヤメも目を丸くして驚いている。食べて、春巻きリンゴを見て、優理を見て。それを三往復する。言葉はないが「おいしいですこれ! おいしすぎます!!」という声が聞こえてきた。


 同意し、サクサクと一つ食べ終えてしまう。ちょっと美味し過ぎた。


「……ふぅ」

「…………ユーリ。あと二つあります」

「食べていいよ」

「い、いいのですか?」

「僕結構お腹いっぱいだし。好きに食べなさいな」

「は、はいっ!」


 幸せ満点笑顔の少女を見てニッコリする。

 この子のいろんな表情を見てきたが、結局美味しいものを食べた時の表情が一番可愛い気がするのだ。やはり食欲か……。


 そこそこに張っている自分のお腹を撫で、そういえばまだ「全国屋台グルメ」があったなと、遠い目をする。


 アヤメのお祭り焼き印所巡り、もとい屋台飯巡りはもうしばらく続きそうだった。




――Tips――


「最近の優理とアヤメの好感度&関係値について」

昨今の優理とアヤメは日々じわじわと好感度を上げ続けていた。

具体的には優理→アヤメへの好感度がじわじわ上がっている。アヤメ→優理への好感度は既に激高なので上がるも何もない。具体的には優理が急に「アヤメ! 今晩はむらむらするからエッチしようぜ!」と言っても「!!? ついにですね! いっぱい準備しましょう!」と喜び勇んでベッドインするくらい。

関係値の数値は大体550くらい(MAX1000)。目安はないので優理の気分で決まった。

一か月以上同棲していると絆も深まり油断も生まれるもので、気づいたら優理とアヤメの距離感はバグっていた。ハグや軽い手繋ぎ程度のスキンシップは当たり前、たまに「お風呂一緒に入りたいですー」とか「この下着可愛いんですよ? 見てくださいー!」とか、際どいやり取りも多く優理のメンタルバリアも崩落が近い。そんなんだから"ストレス解消行為"もステップアップしてしまったのだ。

年末までに"一緒にお風呂"を防げるかどうかが、優理の今後の生活を左右するかもしれない。

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