秋のお祭りデート④

 美味しそうな魚介料理の貼り紙に魅了されてしまった銀色お姫様を説得し、帰り道で肩車をしてあげると約束して「お祭り会場本部」へ――行く手前、交差点で面白いものを発見した。


「あれはなんでしょうか?」

「Coffee。コーヒーだね。しかもドリップだ。外でなんて珍しい……」


 ここまで西から東へと歩いてきたが、本部から北へ直進すると歩行者天国の長い道路がある。優理たちはその手前、歩行者天国と本部の間に位置する交差点で立ち止まっていた。


「どりっぷコーヒー? とはなんですか?」

「僕も知らないんだよね」

「そうなのですか……」


 ほへー、といった顔をしている。可愛い。ほっぺをもちもちしておいた。

 エイラ検索を使って調べてみたが、「ドリップコーヒーは豆を挽いた粉そのものを使っていて、インスタントコーヒーは一度乾燥させて保存できるようにしている」との違いがあるそう。言うなればドリップは生コーヒーだ。わかりやすい。


 優理家ではコーヒーを飲まない――優理自身がコーヒー苦手人間なので、自動的にアヤメも飲まない人間になっていた。

 コーヒーに縁のない二人である。今もアヤメはあまり興味がなさそうだ。隣の露店では甘酒を販売している。こちらの方が飲みたそうな雰囲気を醸し出しているが、そのうちでいいよねと軽くスルーしておく。


 場所のおかげか立ち寄る人は多く、コーヒしかり甘酒しかり、飲んでいる人の数は多かった。


 あまり考えていなかったが、その辺で飲み物も買ってあげなくちゃと思う。時刻は十二時十五分頃。家を出て既に二時間以上は経過している。お水は大事だ。


「ねえアヤメ」

「はい」

「喉渇いたりしてる?」

「んー……それなり、です。飲みたいですけど、すごく渇いているわけでもないです。ユーリはどうですか?」

「僕もそれなり。本部で食べ物食べて、同時に飲み物も買おうか?」

「はいっ! 持ち歩けるものの方がよいでしょうか?」

「うーん、見てから決めよう」

「はーいっ」


 何はともあれ本部へ行こう、と信号を渡る。

 人が多い。待ち人多く、すれ違う人も多く、ここに来て今までの倍は人がいる。


「多いな……」


 女性女性女性と、見渡す限り女性しかいない。

 これが男女比1:10、若い世代はもっと偏っている世界だ。さすがにちょっと人酔い、というか女酔いしそうになる。


「……」

「……ユーリっ」

「ん、どうしたの?」

「えと、ユーリは私が守りますっ」


 ぎゅっとくっついてきて、ふんすと気合を入れている。お姫様ではなく、姫騎士様だ。


「ふふ、じゃあお言葉に甘えて守ってもらおうかな」

「が、がんばりますっ」


 ほんの半歩にも満たないが、優理より前を歩こうとしてくれる。嬉しいことをしてくれる。


 頬を緩めながら、右側に並ぶテントの群れを通り過ぎていく。

 「お祭り会場本部」らしく運営のアレコレが設置されているようだ。


 守るわよ! と意気込んでいたのも束の間、大規模な屋台が集まった広場に入ってアヤメはそわそわし始めてしまった。右を見たり左を見たりと忙しそうだ。


 景色を見ずらそうにしているアヤメを見て気づいた。

 この世界の女性の平均身長は170cmなのだ。対してアヤメは153cm……らしい。ちょっと前まで158cmはあったはずなのに、優理の庇護力が高すぎて縮んでしまったようだ。意味がわからない。


 とにかく平均より20cm近く小さいとなれば、人混みで景色を見づらいのも当然の帰結である。人混みが嫌で不安になるのもわかってしまう。今はそれ以上に屋台が見えなくて不満そうだが……。


「よし。アヤメおいで」

「え? えと、ユーリ?」

「肩車はできないけどおんぶならしてあげられるから。高いところから見た方がいいでしょ?」

「!! えへ、えへへー! ユーリ、大好きですっ!」


 ぎゅぅぅっと抱きついてきたアヤメをそのまま背に回し、軽やかに飛び乗ってきた彼女の尻を支える。その重量には女性の尻のすべてが詰まっていた。

 体重自体は軽いので重くないのに、尻の厚みはすごかった。有り体に言ってえっちだ……。


「よく見えます!」


 高い身体能力を駆使して、背中からぐっと身を伸ばしている。

 優理より頭一個分高いところから見ているので、高さ的に2メートル程度はあるか。


 広場正面の大きな手形像を華麗にスルーしてアヤメの指示に従う。

 さすがに屋台の数は多いので、どれにしようか目移りしている。


「何か食べたいのあった?」

「全部です」

「そっか……」


 迷っていてもしょうがないので、とりあえず人の回転が速いところに並ぶ。一度アヤメは下ろした。


「コロッケですか?」

「うん。あと牛串。どっちも食べたい?」

「えへへー、どっちも食べたいです。ユーリも食べたいですか?」

「うーん。僕は一口ずつもらえればいいかな。二人で一個ずつ買おうか?」

「はいっ」


 待ち時間短く、ぱぱっとコロッケと牛串を買ってしまう。お値段はお祭り価格。金に糸目を付けぬつもりで来たので、気にせず買っていこう。


「ユーリ、どうぞっ」

「ありがとー……ん、おー、美味しい」

「私も……ん~~、おいしいです!」


 コロッケは甘みより塩気。牛串は舌触りよくとろける。地方から出張してきているだけのことはある。美味しい肉だ。特に牛串。個人的にコロッケは普通だった。外で食べてポイントが上がっているくらいか。


 アヤメが喜んでいるのですべてを良しとする。ひとまずそのまま別の列に並んだ。もぐもぐしている少女が疑問の目を向けてくる。


「並んで見ていて美味しそうだなって思ったんだ。チキンベーコンソーセージポテト。全部燻製だ」

「燻製……はむ」


 アヤメに繰り返し「美味しい?」と聞きながら待つ。何度聞いても「おいしいです!」と答えてくれる少女は素直で可愛かった。


 並んで待っていると、屋台で料理を準備している姿がよく見える。

 ここは燻製屋台なので、網の下からもくもくと煙が上がり、上に置かれたソーセージやチキンが燻されている。元々スモークしているのか、それともここで朝から準備しているのか。よくわからないが、結構匂いがして口の中に唾液が溢れてくる。


「燻製……?」

「燻製知らない?」

「いえ……煙で火を通した食べ物ですよね? 木のチップを使うのは知っています。でも……どんな味がするのでしょうか」

「味か……どんなだろうね。僕もあんまり食べてこなかったからわからないや」


 「全部盛りセット」を購入し、プラスチックのパックを受け取る。

 当然この時点で牛串とコロッケはアヤメの胃に消えていた。


 今回は少し場所を移し、空いているスペースに立たせてもらう。

 パックを開き、さて食べるかと思って気づいた。


「箸一膳しかもらってないじゃん……」


 今さら戻るのもなぁと、普通に食べさせ合いっこすることにした。いつも通りと言えばいつも通りだ。


「アヤメ、何から食べたい?」

「ソーセージです!」

「おっけー。はいあーん」

「あむっ……んふぅ、おいひぃー!」


 顔が(>▽<)となっている気がする。気のせいか。そんな喜びようだった。

 可愛いのでついつい食べさせ続けてしまう。というか、ソーセージを頬張る姿に煩悩を覚えるのはどこの世界でも変わらないらしい。優理はドキドキした。


 ソーセージとチキンとベーコンとポテトと。一通り全部食べさせてみて、感想を聞いておく。


「んー……私はソーセージが一番かもです」

「どうして?」

「えっと、ベーコンとチキンはしょっぱかったです。ポテトは……ユーリとお家で食べる方が好きでした。ユーリはどうですか?」

「実は僕、まだ一口も食べていないんですよ」

「あ。じゃあ今度は私が食べさせてあげますねっ」

「ありがと」


 アヤメはこれで他人(優理)に物を食べさせるのが好きなのだ。

 笑顔で食べ物を男の口に運ぶ。食べさせられている優理より食べさせているアヤメの方が嬉しそうだ。


「……確かに塩気が強、いかもっ!?」


 チキン&ベーコンを食べて思ったよりしょっぱくて驚いた。それはそれとして、視線の先にグレイヘアーのとんでもない美人を見つけてむせそうになった。

 例の工作員の女性だ。灰色の髪で青い瞳、目立ちにくい暗い灰色のスーツ。服を押し上げる大きな胸。

 そしてそれらを吹き飛ばすインパクト。女性はさも「何ですか? 何もおかしくないですよ?」と言わんばかりの真顔で焼きそばを食べていた。


「っっ!?!?」


 優理と視線が絡むことに気づき、焼きそばでむせている。

 まるで自分が見られることをおかしいと思っているような……見られるのがおかしいのか。監視者たちはこちらにエイラがいることを知らない。優理の私生活が色々魔改造されていることを知らないのだ。


「なるほど……」


 早足でいなくなろうとする美人に、ちょいちょいと手招きする。さすがに来るわけないだろうと笑っていると。


「――――……」


 人混みをすり抜けるように普通に寄ってきた。片手に焼きそばのパックを持っている。顔は真顔だ。ちょっと言いたいことが多い、が我慢。


「……ユーリユーリ」

「ん、なに?」

「この人どなたでしょうか?」

「!?!?」


 傍で目を見開き驚いた顔をする美女。やはり自分が見えていないと思っていたのか。めっちゃ見えてるのに……。


「知らない人。でもたぶんアヤメの超遠い遠い親戚。よかったらこのベーコン食べてください」

「ぇ、い、いえ施しは……」

「これも縁です。ね? 今ならあーんがついてきますよ」

「いただきます」

「即答ですか……」

「ぁ、い、いえ今のは……で、も……もらっても、いい?」

「いいですよ。はいあーん」

「ぁ……ん……っ、お、美味しい。とても。……そ、それじゃあ、ごちそうさまでした。……――わ、わたしはソニャ、と申します。それだけ、です」


 迷いに迷って名前を告げて去ろうとする。呼び留めず、ただ一言。


「また会いましょう。ソニャさん」

「――――うんっ」


 微かに唇で笑って、監視者のソニャは人波に消えていった。

 やはり、悪人とは言い切れなさそうだ。優理の直感は間違っていなかった。エイラの情報を流し読みしただけだが、彼女はアヤメの後輩なのだろう。ならある意味被害者でもある。……まあ、仲良くできるのは今だけかもしれないが。とりあえず好感度を上げておいて損はないはず。たぶん。


「ユーリ、結局今の人は誰ですか? 私に親戚はいませんけど」

「うーん。人間誰しも親戚みたいなもんだからね。……ソニャさんは、未来の仲間?」

「??」


 適当に誤魔化してアヤメの口にはソーセージを突っ込んでおいた。

 食べ終え、ゴミは分別回収に捨てて次へ。なんだか喉渇いたよねーと、ココナッツミルクティを買う。


「んふふーんぅ♪」


 ちゅーちゅー吸って幸せそうなアヤメに優理も幸せだった。

 その後、飲んだり食べたりしながらいろんな屋台飯を食べていく。「いっぱい食べますよー!」を無事遂行した。


 お好み焼き、オムそば、沖縄そば、ラーメン、タンドリーチキン、サモサ、ポテトフライ、チーズハットグ、牛タン串、お茶、たこ焼き。


 片っ端から、とまで言わないが結構食べたんじゃないかというくらいには屋台飯を堪能した。

 優理としてはタンドリーチキンとサモサが珍しく、特にサモサが新鮮だった。

 サモサはインド料理で、揚げ餃子の中身をスパイシーな異国風味付けのインド的な風味の食べ物にしたものだ。日本にはない味付けはやはりレアリティが高い。


 アヤメが喜んでいたのはタンドリーチキンとチーズハットグだった。

 肉はお肉大好きなアヤメなので普通として、チーズハットグは「熱くて伸びてておいしいです!」とのこと。そういえばこの子、熱い食べ物好きだったなと思い出した童貞である。


 そして現在。


「~~んむぃ♪」

 

 変な鳴き声を上げてクレープを食べる美少女が一人。


「ふめぇ」


 変な鳴き声を上げる童貞も一人。

 人混みがひどい本部を離れる。優理が頼んだのはチョコレイトバナナクレープ。アヤメが頼んだのはカスタードマロンクレープだ。


「食べる?」

「食べますっ」

「どうぞー」

「はむっ……ん~~♪ ユーリも食べてくださいっ」

「いただきます……ふぉ、美味しい」

「えへへぇ、おいしいですっ」


 それぞれ味見して美味しくいただいた。既に幾度となく繰り返した間接キス。思い返せば家にいる時も間接キスなんて腐るほどしてきた。――しかしドキドキはする。何故なら優理は童貞だから。


 存分にお祭りフードを楽しみ、信号を渡って歩行者天国へ。

 「本部」で結構な時間を過ごしてしまった。現在時刻、十三時半前。


 「白紅原参道」と書かれた石碑を横切り、大きなモミジ並木を眺め道路の真ん中へ。


「お空が遠く見えます……」

「晴れててよかったね」

「はいっ。……ユーリ」

「うん」

「肩車、してくれませんか?」

「え、ここで?」

「はい。お写真を撮りたいです」

「……え。肩車したまま?」

「はいっ。抱っこでもいいですっ」

「……お姫様抱っこ?」

「? 抱っこにそれ以外あるのですか?」

「いやある……うん。まあいいや」


 他の抱っこもしたことあるでしょう、と言おうと思ったがやめた。純真な眼差しに負けた。アヤメにとっての抱っこはお姫様抱っこなのだろう。


 左右等間隔のモミジ並木は美しく、遮る物のない空はいつにも増して大きく広く思えた。

 意外に人通りが少ないのは、人が左右の歩道に散っているからだろう。少し歩いた先の左右はそれぞれ公園になっていて、どちらもイベント会場になっているのだ。パンフレットだと「お祭り広場」とされ、出し物もあるらしい。


 今回はその人の少なさが好都合だった。アヤメの要望を叶える条件が整っている。あとは撮影者だが……。


「お」


 傘宮優理、女性を発見する。

 灰色の髪の怜悧な美人だ。ショートボブの髪が内向きにくるんとカールしていて可愛らしい。本日三度目の邂逅、監視者のソニャ・マレーヴァその人である。他の監視者はどうしたと言いたい優理である。というかあの人、両手にクレープ持って一人で食べてる……。


 目が合ったので普通に近寄っていく。逃げるそぶりを見せたので、先んじて名前を呼んだ。


「ソニャさん」

「……はい」

「あ、食べ続けていいですよ」

「はむ、い」


 もぐもぐしている。なんだろう。ポンコツの匂いがする。いやまだわからない。気のせいかもしれない。保留しておこう。


「ソニャさん、写真撮ってくれませんか?」

「え……あむ」

「この子が肩車してほしいそうなので、その写真撮ってほしいなと」

「……ですが、わたしは、その……」

「撮ってくれたら僕とのツーショットもついてきますよ」

「撮ります」


 即答だった。なんで真顔なんだ。

 アヤメは興味津々にソニャを見ているが、まだ全然警戒が解けていない様子。そりゃそうか。ひしっと優理にくっついている。


 ソニャは特にアヤメへ注意を払っておらず、見るのはクレープばかり。たまに優理の目を見て即逸らす。表情は変わらないが、見ていると唇があわあわ震えていて結構わかりやすかった。この人は感情が唇に出るようだ。


「その……クレープ食べ終えるまで、待っていただいてもいいでしょうか……?」

「いいですよ。じゃあそれまで三人でお話しましょうか」

「え……」


 良いタイミングだった。好感度上げタイムの始まりである。





――Tips――


「ソニャ・マレーヴァ」

※※エイラ保持未来演算データベース参照※※


ソニャ・マレーヴァ (Sonya Maleva)


年齢 : 10歳(肉体年齢は20歳)

性別 : 女

身長 : 167cm

体重 : 45kg

髪型 : 灰髪ショートボブ。顔の輪郭まで伸び、くるっと内側にカールしている。軽やかな質感を持ち、光が当たると銀色に輝く。

目色 : 深いサファイアブルー。切れ長アーモンド型。

見目 : 美しい凛とした顔立ち。雪女のような印象。儚さもある。

匂い : シダーウッド。森のようなヒノキの甘くも穏やかな香り。

性癖 : 手の甲、匂い、唇

職業 : ロディグラーシの目

性格 : 機械のように正義的で忠犬のよう。心根は甘えたで寂しがり。

夢  : 世界平和。人類の未来開拓。それと王子様に連れ出され恋に落ちること。

チャームポイント : 高い鼻筋とシャープな顎、薄い唇。

最近の悩み : 監視対象の傘宮優理とアヤメ・アイリスの関係性が羨ましい。


特記事項:多くの未来演算において、ソニャ・マレーヴァの行動は大局に影響しない。ただしソニャ・マレーヴァを味方に引き入れた場合、将来的にヒト生体培養に対する政府の姿勢が緩くなる傾向にある。優理様の行動次第で状況は変わるが、一部未来演算ではアヤメ様が嫉妬で暴走し優理様を攫って逃避行に出るので注意が必要。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る