秋のお祭りデート③
えっちらおっちらと歩道橋を上る。ちょうど歩道橋を渡った先に「小西焼き印所」があるからか、行き来する人は多い。またアヤメが静かになってしまった。
道路の真ん中上辺りに来ると、十字路故の前後左右に遠くまで道が見渡せて壮観だった。今歩いてきた道はモミジイチョウ並木。お祭りが続く先も同じだ。東西の道が彩りあふれるお祭り道とすると、南北の道は背の高い針葉樹が延々と続いていた。これはこれで緑に微かな色付きがあって美しい。
「綺麗です……」
「来てよかった?」
「ふふっ、もちろんです! えへへー、たくさんお写真撮りますよー!」
「了解、お姫様」
人の邪魔にならないよう位置を変えながら十枚くらいは撮る。全部二人撮りなので割と時間がかかった。その分アヤメが楽しそうだったから良しとしよう。優理もアヤメのこと言えないくらいには楽しんでいたのだ。風景写真もぼちぼち撮って満足である。
歩道橋を下りて四つ目の焼き印所へ。
先ほど見たパンフレットによれば「小西焼き印所」は神社の中に設営されているらしい。確かに周囲は神社っぽい。歩道の壁は石造りで、天高く緑樹が伸びている。マツだかスギだかわからないが立派な木だ。
壁沿いの先には神社の入口として石鳥居が設けられ、鳥居上部に謎の文字が描かれていた。日本語なのだろうが優理には読めなかった。
「これが鳥居ですね……!」
鳥居前、何やら感動している美少女がいる。
「ん、あれ。アヤメって神社とか来たことなかったっけ?」
「ないですっ」
「あー、そっか」
そういえば機会がなかったかもしれない。お正月はまだ先だし、お参りする機会もなかった。優理は熱心な仏教徒でもなければ仏閣巡りが好きと言うわけでもないので、アヤメを連れていくこともなかったのだ。
「そかそか。じゃあ一応お参りもしていこうか。日本文化に挨拶ってことで」
「ふふー、私もついにお参りデビューです。ニレーニハクシュイチレーです!」
「ネット知識だね、それ」
「ふふーんっ」
鼻高々、ドヤ顔も可愛い。
一応鳥居前でお辞儀をしておいて、結構な人混みを抜ける。
「左ー、右ー、お口ねー。はいいいよ。はいタオル」
「ありがとうございますっ」
ワクワクした顔のアヤメにも手を清めてもらい、拝殿の前へ。
ここで軽いお辞儀。「神様へ気さくな挨拶だよ」と優理は適当言っていた。順番に鈴を鳴らし、お金を賽銭箱へそっと入れる。
金額は気持ち。今回はアヤメが初とあって五百円ずつ入れさせてもらった。お金、稼いでますから。リスナーたち、いつもありがとう。
そして二礼二拍手。&瞑想。
「「……」」
優理の考え方だが、この場は神様にお願いことをするものではない。
自分の意思を伝える、宣誓のようなものだと捉えている。前世でどれだけ祈っても叶わないものは叶わないと学んだので、あまり意味ないなと思ってしまったのだ。
神はいる。超常存在はいるのだろう。だけど彼らが人間に手を貸すことはない。それだけの話だ。
だから今日も優理は祈らず、願わず、胸に秘めた誓いを内で呟く。
(アヤメを幸福にする)
でもやっぱり、お祈りもしておきたいから。
(アヤメが幸福で在れますように)
そんなことも呟いておいた。
一方、童貞の隣のお姫様はと言うと。
(ユーリとずっと一緒に居られますように。リアラと一緒にいっぱい遊べますように。エイラとユーリと、一緒にたくさんお話できますように。ずっとずっと、しあわせな毎日がずっと続きますように)
真剣な顔で手を合わせ、些細な、けれど彼女にとって特別で大切な想いを祈り届ける。
十秒、二十秒ちょっと。
目を開け、お辞儀する。
一瞬、隣にいたはずの優理がいなくなって探した。後ろで待っていた優理が手を振ってくる。ほんわかとした幸せが少女の胸の内に広がり、つい、ぎゅっと男の腕を抱きしめてしまった。
「えへへぇ」
「どうしたんだい。甘えん坊かい」
「甘えちゃだめですか?」
「いいや。存分に甘えていいよー。けど先に焼き印押しちゃおうね。ここ混んでるし」
お参りと焼き印確保を終え、なかなかな混み具合の神社を脱出する。
やはり神社の中だったからか食べ物の屋台はなかった。代わりに太鼓を叩いていたり、神社のお守りを売っていたりしたが。
五つ目の焼き印所はこの場の近く、歩道橋ではなく信号を使って道路斜向かいへ。
歩道で木工製品の露店が開いていたので覗いてみることにした。そこそこ人が集っている。
「箸に皿にスプーンに……コースターか」
「こーすたー?」
「コップの下に敷くやつだね」
「へー……」
優理家のお嬢様はあまり興味がない様子。物欲より食欲か。
ちょっぴり苦笑し、流し見だけして先を行く。
「中央西焼き印所」は目と鼻の先だった。
雰囲気はフリーマーケット。天幕やベンチはあるがこれといった屋台はなく簡素だった。ちゃちゃっと焼き印を押してもらう。
これで手形に記載された焼き印は五つ。右上から順に押されて手形面積の半分ほどが埋まった形だ。
「半分ですねっ!」
「ね。この分だと思ったよりあっさり終わるかな」
「ふふふ、ユーリ。間違ってますよ?」
「え、何が」
「ふふー、焼き印集めはお祭りの一つなだけですっ。パンフレットを見てくださいっ」
「どれどれ」
ノリは合わせてあげる。自信満々な少女に向けてパンフレットを開き、大きな地図を見せる。
西から東へ焼き印所の場所と様々なイベント会場の位置が記されている。歩行者天国の通りも記載され、よく見ればどの会場でどんな屋台があるのかざっくり書かれていた。
「全国ご当地グルメ屋台村」とやらもあるらしい。普通に行ってみたい。今気づいた。
「色々書いてあるね」
「そうなのです。私たちのお祭りはまだ始まっていないです!」
「そりゃ大変だ。あっさり終わらないかも!」
「えへへー、じっくり楽しみますよ!」
「了解。それはそうと、アヤメお腹空いてる?」
尋ねると、目をぱちくりさせ、次第に愕然とした表情を浮かべる。なんだこの子、驚き過ぎだろう……。
「い、今何時でしょうか!?」
「え、十二時過ぎだけど」
「っふあ!! ど、どおりでお腹が空いているわけですっ! ユーリ! ぺこぺこです!!」
「あ、そう? さっきまで全然そんな感じなかったけど……」
「……お祭りが楽しくて、忘れちゃっていました!」
「そっかぁ」
楽しくて空腹忘れるって、本当に楽しかったんだな。
うんうんと頷き、パンフレットを指差す。
「じゃあこの本会場に向かおうか。一個先の通りで信号渡ればちょうどいいでしょ?」
「はいっ! 初めてのお祭り会場ですね!!」
「や、一応文化センターもイベント会場だったんだけどね……」
空腹を自覚し足早な少女に引っ張られながら、人の流れに従って真っ直ぐ歩いていく。
「――はっ!?」
「どうかした?」
「ユーリ、見つけてしまいました……」
「そっか。じゃあ先行こうね」
「もうっ! いじわる言わないでくださいーっ!」
「あははっ、ごめんごめん。謝るから叩かないでー」
ぽかぽかと胸を叩いてくるので、両手をキャッチして力比べだ。そのまま手を滑らせ、手のひらと手のひら、指と指を合わせる。
「む、むむ」
指をずらして恋人繋ぎだ。完璧すぎるムーブであった。
にぎにぎしてじっとアヤメを見つめていると、次第に顔が赤くなっていく。雪の肌に林檎でも落としたかのような広がり具合だ。可愛い。
「そ、そういうのだめですー!」
「あらら」
するっと脱出されてしまった。ぷいっとそっぽを向くので、背後からわぁー!と抱きしめておく。
「ぴゃあ! な、なにをするんですかっ!?」
「んー、ただのハグだよ。嫌?」
「や、じゃない、ですけど……んぅ、ユーリの息が」
「ふふ、逃げるお姫様が悪いんだよー。ほら、手繋ご」
「ん、んぅ……」
自分でやっておいて結構恥ずかしくなってきたので、さっさと離れて手を繋ぎ最初の体勢に戻る。少し気温が上がったかもしれない。あついあつい。
「見つけたのは飴だね」
真っ赤になってもじもじしているアヤメに、敢えて気にせず自然に話を続ける。
やることやっているのに、こういうことはまだまだ恥ずかしいらしい。初心な女の子だ。優理も初心な童貞である。
「えと……は、はいっ。りんご?飴です!」
露店の机には「リンゴ飴」と書かれているが、置かれているのはイチゴ飴だった。
横長の机を三つ繋げてスペースを確保しているようで、店員は三人。「リンゴ飴」の他にも「あんず飴」と「イチゴ飴」がある。全部赤色。飴でコーティングされた果実が光を浴びて照っている。
「りんごとあんずとイチゴと。どれがいい?」
「むぅ……」
「僕はいらないから、僕の分もアヤメが食べていいよ」
「え、えっと……じゃ、じゃあ……」
銀色お姫様が選んだのはリンゴとイチゴだった。
他にもすぐ色々買うし、一度にたくさん食べても……ということで小さめの物を選んでいた。片手にリンゴ、片手に優理の手。じゃあイチゴはというと、普通に優理の手だった。
「はいあーん」
「あーん……んふぅ」
満足げな鼻息だ。小動物に餌付けしている気分になる。けどこんな可愛い小動物はこの世に他にいないから、きっと唯一無二だ。可愛すぎる。
カリカリはむはむしながら歩いていたら、コンビニ前で演奏会をしている人を見つけた。キーボードとギター、どちらもボーカルだ。おばさんとおばさんの二人組。
「お歌ですっ!」
「お祭りっぽいねー」
当然気を惹かれたアヤメは立ち止まる。ベンチに座っている人はいるが、ほとんどが立ち見だ。
「わ、このお歌知っています」
「"大好きだ"、だね」
「はいっ」
小声で話す。邪魔しちゃいけないとわかっているのは偉いが、耳元で囁いてくるせいでゾクゾクする。アヤメのカワイイボイスが頭を悪くする。カワイイはずるいよ、カワイイは……。
割と最先端な恋愛ソングを二曲ほど聞き、拍手だけしてその場を去る。
やっぱりこの世界、恋愛関連は人気なんだなぁ、としみじみ。
少し歩くと今度はフリーマーケットが現れた。洋服と、玩具と、小物と鞄と。物干し竿にずらりと並べられ、通行人がちらほら見たり立ち止まったりとしている。その立ち止まった人の一人がアヤメだ。
「ふぅむむ……」
しばらく悩ませてあげよう。
さらっと流して見ると、子供が着ていたであろう舞踏会や演奏会の衣装っぽいものが出品されていた。フード付きのキャラクターパジャマなんかも吊るされており、時の流れを感じる。
優理にも子供時代はあった。この世界でも、前の世界でも。
前世では碌にコンテストも大会も参加しなかったが、今世では……今世でも参加していないか。親の趣味嗜好で結構な衣装は着たりした。一人ファッションショーは当時からあったのだ。撮影者は母。あの頃は仏頂面や渋い顔ばかり浮かべていた気がする。母親におだてられてモデルっぽい仕草や表情はしていたか。実家に帰ればそういう写真もあるかもしれない。あまり人には見せたくない……。
【エイラ。僕の子供の頃のコスプレ写真とか知ってる?】
【回答。知っていますよ。隔離データベースに保存しています。将来アヤメ様に披露する予定です】
「ヒェッ」
不安に駆られて聞いてしまったが、見なかったことにした。夢だ。忘れよう。
「ユーリユーリ」
「あいあい」
「可愛いお洋服です!」
「え。……子供用だよ?」
「ふふ、わかっていますよー。だからこちらです!」
「あー。なるほど」
ぐいっと引っ張られた先にはふりっふりのフリルがふんだんにあしらわれたドレス風ワンピースがあった。作り自体はそう手がかかっていない……言ってしまえば安物、大衆店で売っている代物だ。だが可愛い。ふんわりなスカート、腰や腕、裾に数段で作られたフリルはひらひらふわふわで可愛かった。
「ほしい?」
「いえ、いらないです」
「ええ……」
「私の鞄には入らないです。ユーリのにも」
「いやまあそうだけど……欲しいなら買ってもいいよ?」
「ノン、です」
人差し指を立て左右に振る。前に優理がやった記憶のある動作だ。無駄に自信満々な表情がお子様っぽくて可愛い。とりあえず指は捕まえておいた。
指遊びしながら、じゃあ何が欲しいんだいと聞くと案内される。横の横の横くらい。三歩動き、視線の先には鞄エリア。
「これです!」
ぴっ! と指差した先にはモミジが描かれたミニトートバッグ。立て札によればオリジナルトートバッグらしい。温泉地や旅先でよく見かける系列だが、こういう場で販売している人もいるらしい。手作りにしてはしっかり色染めされていて、モミジの葉が散らばっていて綺麗だった。
「いいね。買うの?」
「はいっ!」
「いいよ。買ってきな」
「……?」
「一人で買ってみよう! のコーナーです」
「……いじわるです?」
「違うよー。定期的にやっておかないとできなくなっちゃうでしょ? 車の運転と同じさ」
「む、むぅ」
困った顔の少女が不安そうに見てくる。なでなでする。
前にも一人でレジは行ったはずだが、不意にやるとなると緊張してしまうのだろう。優理もそういうことがあるから気持ちはわかる。しかしここは心を鬼して。
「……ユーリぃ」
「――今日は人多いし、別にアヤメが買わなくてもいいかもね」
「ユーリっ」
ぎゅっと抱きついてくるお姫様を優しく撫でる。
まあまあ、お祭りだし。人混みだし。今日は甘えたい日ってことで。
「えへへぇ、ユーリーっ」
ぐりぐりと頭を押し付けてくるので、されるがままちゃちゃっとトートバッグは買ってしまった。購入品はアヤメに渡し仕舞ってもらう。
さてそろそろ「お祭り会場本部」かなと思ったが。
「ユーリ! ユーリ!!」
「はい、はい」
ほんの一分もしない間に再び呼ばれる。
モミジとイチョウを眺めて浸る暇もない。やれやれ、モテル男は辛いぜ、と首を振りながら呼び主に向き直る。
「おいしそうですよ! ユーリ!」
アヤメは瞳をきらっきらに輝かせ、建物の壁に貼られた紙を見つめていた。
【魚介あら汁! 漁師丼! 特大うな重! テイクアウトもあるよ!】
そんな感じの紙が、ずらずらっと五枚ほど貼られていた。、ずらずらっと五枚ほど貼られていた。
――Tips――
「白紅原メープルもみじいちょう祭り」
2028年で第47回を迎える歴史あるお祭り。その規模はまるまる駅二つ分を跨ぐように行われ、東京都でも有数の大きな祭りとして知られている。
名前の通りモミジとイチョウを中心にした祭りであり、秋祭りとして有名なお祭りの一つ。
毎年販売される「手形」に「焼き印」を入れることが一種の目玉とされ、多くの観光客が全国各地から訪れている。また、キッチンカーや屋台飯も全国から出店しているため、普段は地方に行かなければ食せないものを食べられる機会であったりもする。
第47回のお祭りに関しては裏社会でも名が知られており、「夢人形」という単語だけが独り歩きしている。知る人は知る。所詮噂だと思う者もいれば、背景を漁り「まさか」と冷や汗を流す者もおり、裏社会では今まさに大きなコトが動き始めている。
とはいえ、現地で観光している人間にはほぼ関わりがなく。勝負は祭りが終わった後。牽制し合うどこかの誰かが動き始めてから、一斉に物事は始まるものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます