秋のお祭りデート②

 焼き印所巡りを始めて、二か所目の「大西」にて焼き印をもらった。

 一か所目の「最西」よりも会場が大きく、テントの数もベンチの数も多かった。とはいえ祭りの中心部からはまだまだ遠い。地域の憩いの場のような雰囲気で、地元の人が談笑しているのほほんとした空気感の広場だった。


 二か所目より離れ、東に向けてのろのろと進む優理とアヤメ。

 紅葉の雨をくぐり抜け、そういえばと優理が口を開く。


「アヤメって紅葉見たことあったっけ?」

「お外歩いていたら、お山が色付いているのは見ましたよ?」

「そっか。近くじゃ見てないか」

「はい。あ、でもインターネットでは見ていますっ」


 ふふーん、と鼻高々にドヤっている。可愛い。なでなでしてあげた。


「そだねー。本物はさっきのが初めてかな?」

「はい。綺麗でした……」

「割と満開……じゃなくて、紅葉は終わりっぽいから、もっとたくさん木があるところ行くとまた感想変わると思うよ」

「ふむむ、どんなのですか?」

「ふふー、見てのお楽しみー」

「もー。ユーリは秘密主義者ですー」

「あっはっはー」


 そんなこんなで十五分ほど歩いて。三つ目の焼き印所に到着だ。

 住宅街の一角にある広場。公民館や地区役場のような、そこまで大きくはない建物。パンフレットによればここは市民文化センターになっているらしい。

 広場の入口には見慣れた天幕が張られ、「西焼き印所」と看板が置かれていた。


「人がいっぱいです」

「ね。大丈夫?」

「……お手を、ぎゅってしていれば大丈夫ですっ」

「そっか」


 ちょっぴり元気なさげな少女の手をぎゅっと握ってあげる。こういうところはまだまだ子供だ。優しい気持ちになる。

 不安を宿した瞳に微笑みを返し、なかなかに人が行き交う道を先導する。入口は人が多かったが、広場が大きいのであまり固まってはいない。

 近くに「タイムテーブル」の看板が置かれ、本日の文化センター使用予定が書かれていた。


「今ちょうど十一時か。手品だって。見に」

「行きたいです!」

「行くよねー。よし行こう」


 とりあえず焼き印だけ手形に入れてもらって、てくてく文化センターの中へ。

 トイレの案内が目立つのは焼き印所巡りの人のためだろう。今はスルーし、右に曲がって手品会場へ。小さめの体育館のような会場にはそれなりに人が集まっていた。座っている人もいれば立っている人もいる。見事に全員女性だった。少し気が引ける童貞だ。つい、首にかけた誤認アクセを握ってしまう。


「ふぅ」


 呼吸を整え、そそくさと手品が見える距離へ。

 今はお手玉マジックをしていたようで、ほいほい放り投げる玉が気づいたら色を変えていた。赤が青に、青が黄に、黄が緑に。順番に変わる色の仕組みは不明だ。


「色が変わっています!」

「種はわかる?」

「たね……?」

「手品の仕組みさ。どうやって色変わってるのかな」

「わかりません。……ユーリはわかるのですか?」

「いや全然」


 仲間です、と笑む少女はもう緊張していないらしい。何かに夢中になると緊張もなくなるようだ。


 お手玉とか、カードとか、花とか、ハトとか。

 数人で行われるマジックを眺めながら、優理はそれとなく周囲に目を配る。露骨に見渡しはしない。こっそり携帯を取り出し、あくびをするフリをしながら小声でエイラに話しかける。


「エイラ。……僕の周りいる?」

『回答。捕捉はしています。優理様では気づかれないかと。手品師の近くに一人、壁際に一人。目はやらないでください』

「了解。問題は?」

『回答。ありません。行動に移すよう指示は出ていません。事態に変更があればお伝えします。今日はそのまま、自然体でアヤメ様とお祭りを楽しんでください』

「わかった、ありがとう」


 携帯は鞄にポイ。

 ほんの三十秒程度の時間だ。違和感はなかっただろう。


 アヤメと出かければ監視の一つや二つあるかと思ったがやはりだった。

 アヤメと言う美少女の身柄……言い方が悪い。アヤメと言う次世代技術の粋を手に入れようとする輩たちによる監視。まだ監視に留まっているが、いつかは暴力的手段で訴えてくるだろう。それらすべて一網打尽にするためエイラが頑張っている。優理も全面協力している。


 今は待ちの時間だ。だが、敵がいるとわかって何もしないでいるのはやはりヤキモキしてしまう。

 深呼吸し心を落ち着け、マジックが一段落ついたところで文化センターを出た。

 まだまだ見学していたそうな顔の少女を引っ張り、焼き印所巡りはこれからだよーと説得し歩き出す。


「むぅー」

「そうむくれないでよ。ほっぺた膨らませているとちゅーしちゃうぞー」

「!! むぅぅー」

「……」

「むぅぅぅー」


 頬に空気を溜める少女がぷくっとしていて可愛い。適当言ったが、自分の発言がちょっときもくて苦い気持ちになる。しかしアヤメはやる気満々だ。これで嘘だよとか冗談だよとか言ったらもっと膨れてしまうかもしれない。しょうがない。


「はいちゅー」

「っ!! え、えへへぇ」


 ほっぺにちゅーと優しく口付けをした。軽い挨拶みたいなものだ。普段しないけど。

 アヤメはとろりと蜂蜜のような甘い笑みを浮かべた。可愛い。意外にも優理に羞恥心はなかった。手のかかる義理の妹を相手にしている気持ちだからだろうか。妹も義妹も存在したことないけれど。


「?」


 ふと視線を感じた。こう、嫉妬に狂ったような、強烈な「羨ましい羨ましい羨ましい」といった雰囲気の視線。横を見ると、遠くにじっと見返してくる一対の青い瞳があった。灰色のショートボブヘアーに青の瞳。目つきは鋭い。シベリアンハスキーのような色合いと雰囲気を持つ女性だった。優理はシベリアンハスキーが好きだった。なぜならカッコよくて可愛いから。それとあと、その女性の胸はとても大きかった。


「っ!!?」


 目が合い、なんだか見つめてくるので手を振ってみた。表情は変わらないが口はぽかんと開いている。驚いているのだろう。ぱっと後ろを向き去っていく。途中で振り返り、迷ったようにちょこちょこ手を振り返してきた。なんだあの人、可愛いか。


 ぷるぷると携帯が震えている。画面を見ると。


【優理様。今優理様が目にした相手は監視者の一人です。名前はソニャ・マレーヴァ。人類進化計画を立てている組織の一つ、ロディグラーシの一員です。国外組織ですが、国家主導で今まで情報を漏らさずにいました。日本の国家情報管理課が情報を把握できていないのも無理はないでしょう。アヤメ様の存在が知られるまであらゆる組織の情報網を逃れていました。エイラは知っていましたが。ソニャ・マレーヴァはロディグラーシの目の一つ、言わば実働部隊の一員です。アヤメ様の後輩とも言えるデザイナーベイビーの一人です。ただしアヤメ様と異なり次世代人類としての能力は獲得していません。高い身体能力と一定の肉体機能を保持している程度です。最も重要な性欲の抑制は失敗しており、細胞レベルの肉体操作も獲得していません。ナノマシンも入っておらず、ロディグラーシにとっては中途半端な失敗作とされています。故に実働部隊の一員なのです】

「……」


 ちょっと何言っているのかわかりませんね……。


 意味不明だったので見なかったことにした。

 気を取り直して次に行こう。三つ目の焼き印までゲットしたので、次は四つ目だ。


「ふーむ……もうちょっとで駅正面通りを過ぎるのか」


 場所的に手形を購入したお店が近い。大きな道路を挟んだ先なので傍を通ることはないが、ようやくお祭り会場に近づいてきた感じがする。

 時刻は十一半近く。ここまでで大体一時間ほどは経っているのだ。ほとんど移動とマジックショーで使ったようなものだが。


「ユーリ、次の焼き印所は道路を渡った先にありますよ? 渡るのですか?」

「うーん。……ちょっと歩いてからね」


 理由はある。が、それは後。とりあえず歩き出し、ちらほらとあるお店を横切る。お寿司屋、金物屋、饅頭屋。


「饅頭屋……!」


 そう、饅頭屋である。行きにちらと横目で確認しておいたのだ。忘れなかった。エイラのせいで半分忘れていたが覚えていた。


「へいアヤメ」

「はいっ?」

「僕はこの饅頭屋に寄ります」

「お、お饅頭!?」


 ズガーン! と落雷でも受けたかのような衝撃だ。可愛い顔がびっくりまん丸お目目でもっと可愛くなっている。とりあえず両頬をもちもちしておく。


「んふー」


 最近気づいたが、アヤメは頬をもちもちされるのも嫌いじゃないらしい。目がふにゃんと弓なりになってお饅頭みたいな顔をするのだ。これがまた可愛いのだが、それはそれとして。


 前に並んでいた一組が捌けたので店員に声をかける。


「すみません。揚げパン二つください」

「お味はどうされますか?」

「味!? え、いや。そうですね。えと……普通のと生クリームので」

「かしこまりましたー!」


 そんなやり取りを挟み、置いてあった揚げパンをもらう。一つはプレーン、一つは生クリーム入り。なんだか他にもいろんな味があったようだがぱぱっと選んでしまった。受け取り、歩き出す。


「ユ、ユーリ!」

「あい」

「それはいったいなんですか!?」

「や、揚げパンだけど」

「それはわかってますー!」

「ふふん、半分こしようね」

「え! え、えへへ、いいのですか?」

「もちろん、もしかして僕一人で食べると思ってた?」

「……ソンナコトナイデス」

「怪しい。……まあアヤメだったら一人でぺろっと食べれちゃうもんね」

「むぅ……なんだかもやもやです」

「ふふっ、甘いの食べればすっきりするよ」


 包装を解いてプレーンをもぐもぐ。生クリーム揚げパンはアヤメに渡した。


「んー、うま。サクッとふわふわ。砂糖あまー」

「ん~~っ、おいしいです! 生クリーム甘いですっ」


 揚げているから結構重いのかと思ったら、意外にさらっとお腹に入る。サイズ自体も小さくて手頃だ。半分食べて、ほいっとアヤメに手渡す。


「ユーリ、私のも半分あげますっ」

「ん、ありがとう」


 自分のより小さな歯型がついた揚げパン。間接キスだ……。

 頬キスとかハグとかより、こういう自然なドキドキアクションの方が緊張するのは全国共通なのだろうか。


「はむ」


 揚げパン生クリームを食べる。甘い。

 ちらと隣を見て、何も気にせず「おいひい~!」と言っている少女に気が抜けた。


 半分ずつで大体一個分の揚げパンを食べ終え、歩き続けること十分。大きな道路を挟み長々ずらりと並ぶモミジ&イチョウ並木に到着した。


「わぁぁぁ!! すごい、すごいです!!」

「ふふーん、すごいでしょー」

「すごいですっ!!」


 モミジとイチョウが等間隔で交互に植えてある。贅沢言うなら道路の中心を歩いてみたいものだが、さすがにこの通りを封鎖すると交通の便が悪くなりすぎてしまう。歩行者天国はまだ先の通りだ。


 青い空、黄色と緑の混じったイチョウの葉、赤と緑と薄緑と、何色にも見えるモミジの葉。二種の樹木が青に映える。


「きれいだ」


 天を仰ぐと葉っぱが太陽光を浴びて影を作る。さわさわと揺れる枝が葉擦れの音を立てる。ほんのり肌寒く、枯れ落ちていく明日を思うと寂寥を感じる。秋だ。


「ユーリ、これが秋なのですね」

「うん」

「本物は違うでしょ」

「はい。……とても、不思議です。綺麗なのに、明るいのに寂しいです」


 植物の移り変わりと気温や天候の変化が組み合わさって、秋特有の季節感をもたらすのだろうか。わからない。わからないが……。


「……写真、撮ろうか?」

「撮りたいです」

「一人で撮る?」

「……どうしていじわる言うんですか?」

「意地悪じゃないよ。アヤメがいない頃は僕一人で撮ることあったし、そういう写真も欲しいかなって」

「いらないです」


 珍しく悩むそぶりすらみせなかった。見ると、じっと藍の瞳が見つめ返してくる。


「私、一人のお写真はいらないです。お花と葉っぱと……お空はほしいですけど、私一人はいらないです。ユーリと一緒じゃないと……いやです」

「そっか。……じゃあ一緒に撮ろうね」

「はい」


 しんみりしてしまった少女の頭を撫で、ぎゅっと腕に抱きついてくるのをそのままにする。一人は嫌なのだろう。そりゃ嫌だろうな。


 優理と暮らすようになって、やはりアヤメは孤独に弱くなった。一人だった頃より確実に心は脆くなっている。それを成長と呼ぶか、退行と呼ぶか。

 優理はただ"人間らしくなった"と言う。昔のアヤメよりも、今のアヤメの方がきっと人生は楽しめている。"知らない"を"知る"ことを楽しめている今の方が、絶対に楽しいはずだ。


 エイラのウルトラ自撮り機能でぱしゃぱしゃと写真を撮り、適度に風景写真も収めながら先へ。しばらく歩いていると脇道にフォトスポットを発見した。外国人っぽい若者が二人で写真を撮っていた。言うまでもなく両方女性である。


「あれ……」


 そういえば、先ほど凝視してきていた監視者の人はグレイヘアーにブルーアイだった。

 この世界は別に色とりどりな髪色が跋扈しているファンタジーワールドじゃないので、大抵の人は黒髪から金髪の間に位置している。優理の前世日本より色素が薄いので、天然ブロンドや茶髪の割合が多い程度の差だ。


 なので、日本に綺麗なグレイヘアーなんて人はいない。青目も珍しい。

 何がおかしいって、あの見目で周りが一切気にしていなかったことがおかしい。


 誤認アクセに似た何かを身につけていたと考えるのが妥当か。だから優理を男として認識し、アヤメに頬キスしている場面で嫉妬に狂ったような目をしていたのか。


「……」


 忘れよう。

 撮影中の女性二人がいなくなったので、そそそっと切り株に行って写真を撮る。


「ユーリ、ほっぺた膨らませくださいっ」

「え、いいけど」


 言われるがまま、むっと頬を膨らませる。アヤメと違って全然可愛くない。

 直後、頬にささやかな感触が伝わる。


「ちゅ」

「!?」


 ぱしゃりとシャッターが切られた。優理もアヤメも押していない。犯人はエイラである。


「えへへー、さっきのお返しですっ」


 照れる。アヤメも軽く頬を染めている。これは地味に恥ずかしい。

 耳の横を掻き、携帯を確認すれば頬を膨らませた驚き顔の自分と、可愛く目をつむって頬に口づけをする美少女が写っていた。


「……ありがとー。えっと、焼き印所巡り続けようか!」

「は、はいっ!」


 こういう照れもある。

 気持ちを誤魔化しつつも、足並み揃えて並木道を歩き始めた。繋いだ手が先ほどよりも熱く感じたのは、たぶん気のせいだろう。たぶんね。





――Tips――


「頬キス」

ランキングに載ることは少ないが、熱狂的なファンもいる行為の一つ。

男から女にするも良し。女から男にするも良し。

親愛の証であり、信頼の証でもある。唇にされる以上に濡れると公言する女もインターネットにはいる。無論、当人たちはリアル経験がない。

頬キスってそれもうエッチOKのサインじゃん、お誘いじゃん、とのたまう者たちもいるが、彼女らは皆妄想の中で生きてきたため、それを真に受けてはいけない。頬キスが挨拶の文化もこの世には存在しているのだ。しかし日本では頬キス=エッチOKの場合も存在するので、あながち間違いとも言い切れない。何事も、シチュエーションの選択が肝要なのである。





※あとがき

前話のあとがきに追記しましたが、ハーメルン様の方で新規アンケートを始めました。よかったら投票してみてください。

作品タイトルて検索して掲載ページの最新話まで行っていただければ、と思います。

本編には関係ない短編アンケートです。

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