プレゼントと嬉し涙。

 リアラの膝枕と優理の決意表明としもの話が盛り沢山だった時間より数十分。

 トイレが占拠され、エイラの集音機能でしか聞こえない嬌声が中で響いていたり、浴室で二度の賢者タイムを迎える男がいたりしたが、状況は落ち着いた。


 リビングに戻って心穏やかに銀の少女と戯れる童貞である。未だトイレは黒髪美人に占拠されたままな優理家だ。


「さてアヤメ」

「はいっ」

「実はアヤメにお願いがあります」

「なんでしょうか?なんでもやりますっ。任せてください!」

「ははは、ありがと。色々とね。一緒に踊ったり歌ったりするからね。練習しようね」

「お歌と踊り!!わぁっ、お歌はたまに歌っているので自信ありますよー!えへへー」

「アヤメの声綺麗だから、きっと歌声も綺麗だね」

「えへへぇ」


 なでなで。

 さっきまで別の女性とイチャついていて、すぐ美少女とイチャつき始めるのは男として終わっていると思うが……が、それはそれ。懐いてくる少女を邪険に扱えるほど童貞の心は強くなかった。


 ちらとトイレを見て、優理が思っているより数百倍はリアラがエッチだったことに感慨深くなる。

 しかしまあ、考えてみればそうだ。この世界の女性が前世の男性と同じくらい性欲強いなら、ムラムラなんてすぐする。ちょっと異性と触れ合ったら即だ。即。しかも今回の場合好きな相手から物の提供を受けて許可を与えられたのだから、それはもう……もう、言葉にできないあれこれをしてしまうのも無理はない。性欲の業である。


 リアラの件は一度置いておこう。そちらは一段落ついた。ユツィラの件は今日明日明後日でどうにかするし、すぐ忙しくなるので今は放置。残りは……。


「?ユーリー、えへへ」

「んー、アヤメは可愛いなぁ」

「えへへへ」


 踊りと聞いてご機嫌度が上がったアヤメとダンス紛いなことをする。手を取り合って、くるくる回って抱き上げて、倒れそうになって耐えて。今はひしっと抱きついてきている。さっき充分に欲望は吐き出したので興奮はしない。嘘だ。する。性欲に限りはない。


 とりあえず位置を調整し抱きしめ返し、なでくり回してベッドに倒れた。


「ねえアヤメ」

「はいっ」

「ヘアクリップ覚えてる?」

「覚えてますよーっ。プレゼントです」

「ふふ、サプライズがあるのさ。ちょっと待っててね」


 よ、っとベッドから身を起こして鞄を漁りに行く。敢えてお出かけ鞄の中に入れたままにしておいたのだ。


「さぷらいず……エイラ、さぷらいずとはどういう意味ですか?驚きですか?」

『回答。アヤメ様、英語におけるSurpriseは確かに"驚き"、という意味ですが、日本ではサプライズプレゼント、という名称で親しまれています。こちらの場合は、"相手を驚かせるような贈り物"、という意味になります。優理様はアヤメ様に喜んでもらえるような、アヤメ様の知らないプレゼントを用意しているようです』

「そうなのですか……。ありがとうございます」

『肯定。どういたしまして、アヤメ様』


 エイラは当然優理のプレゼントについて知っていたが、ここは知らないフリをしておいた。出来るAIは頭のデキが違うのだ。頭どころか身体もないけど。

 ちなみに先のリアラとのやり取りもすべてエイラは聞いている。しかし特に心配はしていなかった。アヤメの状況を鑑み、優理と恋仲に成れなくとも家族的な立ち位置は既に確保していると確信していたからだ。エイラの推測は正しい。童貞の思考回路など人工知能にはお見通しであった。


「プレゼント……」


 ベッドに仰向けで倒れたまま、胸に手を当てる。とくりとくり。少しだけ速い鼓動は今の期待感を表し、自然と上がってしまう口角はあふれる喜悦を示している。

 端的に、アヤメはめちゃくちゃ喜んでいた。


「プレゼント……!!」


 しゅたっと跳ねて床に立ち、優理の姿を探す。部屋はそう広くないので、鞄から何かを取り出している男の姿もよく見えた。飛びついて抱きついて抱きしめられて撫でられたい欲を抑え、そわそわそわそわとその場で足踏みする。


 ふみふみぱたぱた。

 色々と部屋着を買いはしたが、今のところ裾長Tシャツ一枚で済ませてしまっている。優理のせいで寝る時半裸が染み付いてしまっている美少女だ。シャツの下はゆるゆるスポブラともこもこパンツを身につけているだけで、大体毎日似たような格好をしている。当然お出かけ時は別だ。


 素足の足踏みもすぐに飽き、勢いで駆け出してしまう。


「ユーリ!」

「わ――っとぉ、お転婆なお姫様だなぁ」

「えへへぇ」


 ちょうど立ち上がり、優理が机にプレゼントを置いたところで抱きついた。くるっと振り返った瞬間に真正面からぎゅっと。温もりににへらとだらしなく笑みを浮かべてしまう。今日もアヤメは幸せでいっぱいだ。


 可愛らしくまだまだ子供な雪妖精を抱き留め、銀の髪を優しく撫でる。

 あまりエイラとの話は聞いていなかった優理だが、サプライズプレゼントと聞いて喜んでいるのだろうとは察せられる。そのプレゼントを今からあげるのだ。


「アヤメアヤメ」

「はいっ」

「ちょっと目閉じて?」


 輝きに満ちた藍の瞳がゆっくり閉じられる。抱き留めた体勢から身を解いたところだったので、優理はアヤメの両肩に優しく手を置いていた。見ようによっては完全にキス待ちポーズとキス送りポーズだが、少女の口元がはっきり弧を描いているせいでそんな雰囲気は一切なかった。


 期待を我慢できない可愛らしさにほんのり頬を緩める。

 机から箱を取る。複数の髪留めをまとめて保管できるアクセ箱だ。ヘアクリップを買った店でこっそり買っておいた。由梨用で自宅にはあったが、アヤメ専用のものはなかった。せっかく二つも買ったのだから、こういうのも必要だろう。細かい気遣いは得意な元社会人童貞である。


「アヤメ。いいよ」


 少女の目の前に箱を持ってきて、パカッと開けて声をかける。まるでプロポーズの際にエンゲージリングを渡す時のようだが、これはそんな大層なものではない。ただのプレゼントだ……でも、アヤメにとっては生まれて初めてちゃんともらえるプレゼントになる。

 そう思うとなんだか妙に切なくなって、すごく優しい気持ちになってしまう。


「――――」


 目蓋を持ち上げ、まん丸な瞳を見開き驚く少女に微笑む。

 何を想像していたのだろうか。大したものではないけれど、喜んでくれると嬉しい。


「……ぁ、え、ゆ、ユーリ」

「え、あ、アヤメ?だ、大丈夫?」

「ご、ごめんなさ、い。へん、です。私……うれしい、のに。うれしいのに……っぅ。泣いちゃって、ます……っ」


 美しい藍の瞳から、はらりはらりと雫が落ちる。

 ぽたぽたと、手で拭って指で止めて、抑えようとしても次から次へあふれてしまっている。


「ユーリ……ユーリぃ、ごめ、ごめんなさい……うれしいん、です……ぐす、すごく、すごく……うれしくてっ、うれしくて……ひっく……どうして、ですか。へん、へんです……」


 頑張って涙を堪えようとしているのか、口元を引き結んで泣きながら苦しそうな顔をする。

 こすった目元が赤くなり、それでも藍の雫は止まらない。


「――ふぇ……ぅ、ユーリ……?」


 少女を優しく抱きしめる。プレゼントは机に置き直した。

 動揺しすぐには動けなかったが、アヤメの涙の理由わけはわかっている。わからないわけがない。


「アヤメ」

「……うぅ……ぐす……ユーリぃ」

「涙はね。悲しい時だけ流れるものじゃないんだ。それは知ってるでしょ?」

「……は、い」

「アヤメが泣いてるのは、嬉しいからなんだよ。嬉しくて嬉しくて……心の底から嬉しくなっちゃって、言葉にできないくらい幸せだから……胸の奥が、心がいっぱいになっちゃって涙が出るんだ」

「――泣いても、いいの……ですか……?」

「うん。いいよ。いっぱい泣いて、いっぱい喜んで心を整理しよう」

「うぅぅ……ユーリぃ、私、わたし……!!」


 身を震わせてしがみついてくる少女の背をトントンと撫で叩く。

 いつか昔、優理も母親にやってもらったことだ。多くの人が、きっと親か姉か兄か祖父母か、家族の誰かにこんなことをされたことだろう。幼い時分に、どんな理由か涙を流す自分を優しく宥めてくれる誰か。


 アヤメは子供だ。見た目こそ大人だが、中身は立派なお子様だ。時折異様に妖艶だったり色気にあふれていたり、人並み外れた知識知恵を披露することもあるが、基本的にはただの可愛い幼子だった。


 親を知らず、家族を知らず、友を知らず。

 知識だけで何も知らなかったアヤメが、少しずつ心に色を増やしてきている。ここ二週間も含めた”今”が、アヤメにとっての成長期なのかもしれない。


 いろんなモノを経験して心豊かにしていこうとしている少女に、優理がしてあげられることはたくさんある。

 こうして黙って抱きしめて泣き止むのを待ってあげるのも、一つの役目だ。


 嬉し涙なんて……優理はここ最近ずっと流していない気がする。子供の頃だったからこそ流せた思い出。

 純真無垢で未だ心が未熟な、感情の許容量が低いアヤメだからこそ流せているものでもあるのかもしれない。


 どれだけ時間がかかってもいいから、アヤメが心を整理できるまで待ってあげよう。

 一つずつ、心の成長だ。慈しみと、愛おしさと、ちょっとした切なさと。娘の成長を見守る親の気持ちを味わっている気がする。たぶんこれは気のせいじゃない。娘どころか恋人いたことないけど。


 わんわんと涙して、時々優理の服で鼻をかんでいる少女に微笑みながら苦笑する。あとで服は変えよう。下着に続いて上もか。いっそシャワー浴びてもいいかもしれない。


 というか、ちょっとアヤメの抱擁の力が強くて痛い。漢は我慢。パイが胸板で潰れて超絶ふにょんふにょんな気持ちよさがあるから差し引きプラマイゼロ。むしろプラス。けど痛い!


「……」


 少女の頭に頬を預け、高い体温と甘酸っぱい香りに全身を浸す。

 痛いけど気持ちいい。痛いけど幸せ。痛いけどこのままでいい。


 まあとりあえず、アヤメの成長をこの目で見守れてよかった。それだけでユツィラも炎上したかいがあるってものだ。……炎上したかいあるかなぁ……あるかー。





――Tips――


「胸板で潰れるパイ」

ここでのパイはパイ生地やパイナップルを指すパイではなく、女性の胸部、乳房、おっぱいを指すパイである。

特に乙女が憧れを持っているものではないが、これをされると喜ぶ男は多い。性欲逆転世界であっても、ここに普遍世界との大きな差はない。

性的な意味がなくとも、柔らかく温かく男が持たないパイは魅力にあふれている。大きければ大きいほど良いという風潮があるが、限度はあれど大体その通りである。

小さくても満足はできるが、ある程度大きい方が楽しみは増える。これは目的別の話になるので致し方無いことである。決して小さいパイを否定する意味は持たない。

ちなみに、女性の多くは胸板で潰れるパイが男性にクリティカルヒットすることを知らない。

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