リアラの恋と優理の"好き"。
――炎上対策会議が終わり、休息。
今日は木曜日、平日である。宣言通り朝の九時前に来てくれたリアラのおかげで、午前中の内に決めることが決められた。あとは男性CO配信に向けて優理が頑張って準備するだけだ。
同居人のアヤメはお話に飽き、寝室端に寄せたベッドの上で次世代携帯を弄っていた。こしょこしょとエイラとお喋りを続けている。たまに優理たちの方を見てそわそわしている様子。
平日に朝から家に優理がいて、加えてリアラまでいる現状は嬉しくてたまらない美少女だ。
本当はお喋りしてゲームして遊んでご飯も一緒に食べてお出かけしちゃったりもしてと考えているが、真面目なお話をしている二人に気を遣っていた。アヤメは本当に可愛くて優しくて良い子なのだ。
そんな少女の内心をなんとなく察してはいるものの、ちょっと自分に余裕がなくて申し訳なく思っている優理である。後で埋め合わせをしてあげよう。
ユツィラのこともあるが、今はそれ以上に目前の美人――リアラのことで頭の中がいっぱいだった。
「……」
前を見ると、ちらちら目を合わせてくる緑茶色の瞳。単純な茶色でも緑でもなく、コーヒーブラウンカラーなのにエメラルドグリーンが混ざっていて神秘的だ。見ていて飽きない。宝石のような瞳。
「ぇぅ……ぁ、ぇ、そ……えと、あの……ゆ、優理君……その、そんなに見られると……は、恥ずかしい、です……っ」
「あ……え、や、ち、違――わないですけど、すみません。わざとじゃないんです……リアラさんの瞳、すごく綺麗だなって……」
「~~っ!!!」
間違えた。いや間違えてはいないが間違えた。
ただでさえ赤みを帯びていた頬が真っ赤になっている。普通に大胆なことを言ってしまい、リアラだけでなく優理も顔が赤くなる。
「……優理君は本当に……困ったひとです」
「……すみません」
「……本当です。本当に……優理君」
「はい……」
「優理君は……私のこと、……その、好き……なんですよね?」
「……ええ、はい。恋愛とか結婚とか抜きにして、単純に好きですよ。もしも僕が一切しがらみのないただの普通の大学生だったら、すぐお付き合いお願いするくらいには好きです」
「――――」
「リアラさん?」
「…………すみま、せん。ちょっと意識が……」
「ええ……」
「し、仕方ないじゃないですか。私、今日こんなお話するつもりなかったんですから……」
「でも今のリアラさんから聞いてきましたよね?」
「……気になっちゃったんだもん」
「……もん……」
「ち、違いますっ!!!」
「まあ、はい。気になりますよね。わかりますよ。……今くらいしか赤裸々に話す勇気ないでしょうし……僕の話聞きま」
「聞きます」
「……そうですか」
頬は赤いまま真顔で食い気味に頷かれ、そっと目を伏せ言葉を探す。耳の横を掻き、自分で言った手前しょうがないと頷く。
しかしどう話すか。
最低な告白はどうにか挽回しないといけない。……もう素直に全部話すか。それがいい。正直に生きよう。そしてリアラのやりたいことに付き合おう。なんでも言うこと聞こう。さすがにエッチはちょっとだめ……普通に本気で誘われたら断れる自信がなくて困る。けど断ろう。やはりハグまでだ。ハグまで。
「ええと……そもそも僕、惚れっぽいんですよ」
「ふふ、それはなんとなく察していましたよ?」
「えっ――い、いやまあ。言わなくていいです、はい。惚れっぽくて、初めて会った時から綺麗な人だなとは思っていたんです」
「それは……光栄です」
「髪の毛艶々で、立ち姿綺麗で、座った時も凛としていて……。芯のある涼やかな人なのかなと思って話してみると思ったよりからかいがいのある可愛い人で、なのに睫毛の長さや口元の色気はやっぱり品のある淑女っぽくて。……笑顔は可愛いのに、ちらっと見える白い歯と紅の唇がドキッとするほど色っぽいんです。近くにいるとふわっと香る匂いが安らぐはずなのに、ちょこっとだけリアラさんの体臭も混じっているのかすごく生っぽさを感じて頭クラクラしそうになるし、身長同じくらいなのに手とか足とか首とか細くてやっぱり女性で、肌の白さとか男と違うんだなって思わされてドキドキします。じっと目を見ると茶色と緑色が混じって宝石みたいでいつまでも見ていたくなるし、照れたら赤くなる頬とかすぐ目を逸らすところとかは僕と同じで親近感湧くし、何度か触れ合った手とかはすごく柔らかくて……僕よりずっと頭も良くて体力もあって身体能力も高いだろうに、どうしたって女の人なんだなって思うと……」
「も、もういいですっ。それ以上はだ、だめ。だめです。だめ……私もう……だめ……だめになる……ぅぅ」
机に腕を置いて顔を伏せ隠れてしまった。赤い耳がよく見える。
最初はリアラと同じく恥ずかしかった優理だが、途中から不思議と羞恥心は消えてなくなった。高校卒業して以降、月一どころか半月に一度は会っていた気がするリアラだ。幾度となく家に招き、徐々に心開いていく過程で数え切れないほど欲情した。正直普通にエッチなことしたかった。というかストレス解消行為のアレで以前は結構お世話になった。最近はちょっと距離が近くて逆にリアリティあり過ぎて無理になったが、今まで溜まった煩悩を吐き出すにはちょうどよい機会だったのだ。
こんな美人が傍にいて綺麗も可愛いも言えないなんて残酷すぎる。感想くらい言わせてくれ。まあ言う勇気がなかっただけなのだが。
「リアラさん。僕、リアラさんのこと好きですよ。正直リアラさんのこと全然知りませんけど、ちょっとした仕草や笑顔の可愛さは結構知っているつもりです。これだけ好きだけど……好きだからこそ、だめなんです」
「…………うん」
「結局僕のこれは性欲ありきのお話です。……ある程度見知った関係であっても、僕はリアラさんの本性――って言ったらアレですけど、中身はあんまり知らないままなんです。僕はリアラさんの外側しか知らない。僕とリアラさんとの間には絶対的に関係値が足りない。そりゃ付き合ってから始まることもあるかもしれないですけど……僕の夢がそれを受け入れたくない。僕は恋をしたいです。馬鹿みたい……ていうか自分でも馬鹿だと思います。けど、恋をしたいんですよ。焦がれるほどの恋に落ちて、性欲なんて吹き飛んでしまうような恋をしたいしされたいし、最終的に性欲と恋と愛を合わせた――まあここはいいか」
途中から自分でも何言っているのかわからなくなってしまった。
最後はなんとか心を抑えられたが、まとまった話はできなかった気がする。
結局何が言いたいのか。ちゃんとしたものではないとはいえ、リアラに告白させておいてこんな支離滅裂な話じゃだめだろう。本音でちゃんと話そう。ちゃんとしよう。大人として、男として、人間として。
深く呼吸し、思考を整え言葉を束ねる。答えはすぐに出た。
「……リアラさん」
「は、はい」
「僕、リアラさんのこと好きですよ」
「ひゃいっ」
「顔も身体も髪も仕草も声も超好きです」
「は、え、えぁ!!?!?」
「知っている部分だけですけど性格も大好きです」
「――みゃぅ」
「ちゃんとリアラさんのこと好きです。だから、養ってもらいたくて適当言ったとは思わないでください。性欲ありきですけど、リアラさんが思っている以上に僕はリアラさんのこと好きです」
「…………………………はぃ」
ふぅ。すっきりした。言い切った。顔が超熱い気もするけれど、それ以上に本気の気持ちを伝えられてよかった。
そう、そうなのだ。性欲が由来とはいえ、ちゃんと優理はリアラのことが好きだ。たぶん、このまま勢いでエッチしたら流れで恋人結婚初夜ゴールイン!&新婚生活スタート!!!しちゃうくらいには好きだ。
しかしそこから性欲を抜いてしまうと話が変わる。……たぶん。
性欲はなくならないので実際のところどうなるかわからない。ただ優理は変わるだろうと思っている。
正直な話、優理自身の恋心とか、真実の恋だとか真実の愛だとかはそこまで重要じゃなかった。もちろん夢や真実の恋は優理にとって重要なことではあるが……本質的には諦めきれる要素でしかない。
なら何が重要なのか。
それはもちろん女性から向けられる恋心、愛情だ。
恋情や愛情が性欲由来なら、それは果たして本物と言えるのか?
優理当人がそれなりに強い性欲を持ってしまって、しかも生まれ変わって童貞を保持し続けてしまっているせいで、こんなにも話が拗れてしまっている。
これだから童貞は……。そんな使い古された台詞が優理の頭にリフレインする。
わかってる。わかってるけど仕方ないんだ。だって童貞なの事実だし……。悲しい童貞だった。
「……えと……あの、あの、ゆ……優理君」
いつの間にか顔を上げていたリアラから呼ばれる。白磁の肌にりんごのような赤が滲んでいて可愛らしい。
「その……ぁ……あの……あ、ありがとうございまひゅ」
「はい。……僕こそ、ありがとうございます」
「……――すぅ……はぁぁぁ……ゆ、優理君!」
「はい!」
「……優理君は、私のこと大好きなんですね」
「超好きです」
「ぴゃい……え、えとえと……そ、それなのに、私とお付き合いはできない、んですよね」
「……そうですね」
「……それは、私の恋心が本物かわからないから、ですか……?」
「…………その通りです」
頷くと、顔を赤くしたまま困った顔を見せる。
「……私の心は、たぶん優理君にはわかりません。私以外の誰にも、わからないと思います」
「……そうですね。もしわかったらもっと楽に生きています」
「優理君、臆病ですからね」
「……そうですよ。超臆病なんです」
目を逸らし、顔の熱さをどうにか誤魔化す。リアラとお揃いだ。
「……優理君」
「……はい」
「私の心は誰にもわからないと思いますけど、優理君に私の恋が本物だってわかってもらう自信はあります」
「――本当ですか?」
「はい――あぁ、ふふっ、でも今は言いません」
悪戯っぽい笑みに言葉を失う。なぜ。言ってくれれば……何が変わるとは言わないが、心の重りが外されるのに。
「全部お伝えしたら、優理君は私に本気になってくれるかもしれませんね。けど……それはたぶん優理君にとっての"恋"じゃありません」
「……」
「私の知った恋に優理君が負けて、恋の熱に押し負けて受け入れてくれるだけになっちゃいます」
「それ、は……」
「それじゃあ優理君の夢は叶いませんよね?」
「……」
「だから今は秘密です。優理君が私を好きに――じゃないや。誰かを好きになって……」
「……"私"でいいですよ」
「う、うん。……えと、優理君が私を好きになった時か、私がもっと優理君を好きになった時に改めてお話します」
何を言えばいいのかわからなくて、静かにリアラの目を見て本気を感じ取る。
「……リアラさんは、それでいいんですか?今なら僕、ちょろいのですぐリアラさんに靡きますよ?」
「ええ、ふふっ。いいんです。優理君にも恋は知ってもらいたいので。どうしようもなく恋い焦がれるこの気持ちを、優理君にも味わってほしいです。それに」
一度言葉を区切り、くすっとはにかみ笑いを浮かべて続ける。
「どうせなら、私もちゃんとした告白をしたいですから」
美人の少女的な台詞を耳にし、とくりと心臓が跳ねる。その告白の行く先が自分に向いているのがわかっているからこそ、余計に胸の奥がドキドキとうるさい。
「……リアラさん、優しすぎるって言われませんか?」
「その台詞は優理君に送りたいです」
「……わかりました。わかりましたよ……でも、そんな言われるがままじゃ僕の気が済みません。何か僕にしてほしいことありませんか?告白保留して、夢の応援までされちゃったことへの対価には到底足りませんけど、これくらいはさせてください。なんでも聞きますよ」
この"なんでも"は、さっきのなんでもより幅が広い。
具体的には、添い寝や以前アヤメとやったストレス解消指示くらいまでならやる。結構踏み込んだお願いでも聞く勢いである。
「なんでもと言われても……うーん、そうですね……」
困った顔をしている。ちょっぴり下がった眉尻が可愛らしい。心なしか睫毛も目尻にかけて下がっているように見える。
「あの、優理君……」
「はい」
「……どうすれば、私のこと好きになってくれますか?」
「それは……恋愛的な?」
「はい。恋です」
「……好きになって、ってお願いは無理ですよ。それができたら僕らはハネムーンにでも行っています」
「――――あぅ」
「え、リアラさん?リアラさーん?」
「はひ……ぁ、え、えと……リゾートふたりっきりはすごいね……」
「ええ……」
少し妄想が行き過ぎていないか。いやまあいい。優理も人の趣味に口出しできるような身分ではない。所詮童貞と処女。立場は同等である。
「……なんというか、恋に落ちるには、やっぱり時間が必要なんじゃないかと。たくさん話して、たくさん遊んで……それこそ今の僕とアヤメみたいにお互いこといっぱい知って、その上でこう……劇的ドラマティックな二人の関係を進める何かがあれば……」
「……少女漫画みたいに、すれ違ったまま離れ離れになっちゃうとか……かな?」
「そうです。生き別れの兄妹とか、実は親の仇とか、急なライバル登場でデートしてる場面見られるとか」
「ふふっ、いい……よねっ。私はやっぱり二人の心のぎこちなさとか、ちょっとしたことのもやもやとかが好き、かなぁ。今はすっごく共感できちゃうし」
「……わかる。わかります」
共感はわからないが、理解はできる。そういうのに憧れて今の童貞優理が出来上がったのだ。
「時間……時間……えっとね、優理君」
「はい」
「……時間って、どれくらいかかるのかな」
「……どうなんですかね。三年くらい?」
「うぅ……私、もう三十歳だよ」
「大丈夫です。卵子精子の健康を保つ技術は上がっています」
「そうだけど……そうじゃないよぉ……私、ずっと中途半端な女になっちゃうのかなぁ」
「や、やめてくださいよ。さすがに三年後とかにはもう答え出してますって。身近に好意寄せてくれる女性いるのにいつまでも待たせるつもりはないですよ!」
「……」
「……リアラさん?」
「……優理君」
「は、はい」
「……優理君、なんでも言うこと聞いてくれるんだよね」
「……まあ、はい。一応なんでも」
「じゃあ……お願いしたいことあるの。いい?」
「え、っと……なんでもですけど、ドキドキ確かめて?みたいなのは無理ですよ?」
「な、なな何言ってるの!?そんなエッチなことした――いけど、エッチだからだめだよ!!ふしだらなのは……まだだめだよ?け、けど優理君がどうしてもって言うなら――」
「言わないのでそのまま!何かお願いあるんですよね!?」
「う、うん」
そうしてもじもじした美人から告げられたお願いは、優理の予想とは少し外れており――――。
――Tips――
「なんでも言うこと聞いたげる」
乙女の夢。男に言われてみたいランキング常連。
例の如く実際に言われたことのある女は表に出ないため、世では夢幻の類と囁かれて久しい。
リアラはこの台詞を優理に言われて内心狂喜乱舞――はしていなかった。恋愛的か不明とはいえ、好きな男から"好き"と言われて心弾ませない女はいない。
言われてみたい言葉以上に、目の前の好きな相手から直接受けた言葉の方が破壊力があった。ただそれだけのこと。人生の絶頂期を更新し続けているリアラである。そのため上記の台詞であっても割と冷静で居られた。
冷静であっても、彼女の脳内にあらゆる妄想が駆け巡ったことは言うまでもない。
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