恋とか夢とか対策会議とか。

 盛大に話が脱線し、お喋りに飽きたアヤメがそわそわし始めたのでお茶にすることとした。

 家にあったお菓子と熱々のお茶で一息入れる。


 脳に糖分が回り、恋だ愛だ好きだとの大胆な話が思い返される。

 今さらだけど、なんだかめちゃくちゃ恥ずかしい話していないか?普通に告白されていないか?告白してもいないか?してるよね?してるしてる。めっちゃ気持ち確かめ合ってる。すっごい最低な告白してる!!


「……」


 ちらといつも通り小さいテーブルの向かいに座るリアラを見た。

 自然な動作でお茶を飲み、目が合うと淡く微笑んで目だけで問いかけてきた。なんでもないと首を振り、ものすっごく余裕な美人になんとも言えない気持ちになる。


 リアラは既にその辺の羞恥を乗り越えて今に居るのか……。

 ちょっとした羨ましさと同時に、余裕のない自分が悔しくなる。これが童貞か……ッ!


 一人うなだれている優理を前に、リアラは嫋やかに微笑んでいた。しかしその実。


(私、思ったよりすごいこと話しちゃったのかな。優理君照れてたし、優理君可愛かったし……というか、優理君私のこと好きって言ってたよね。え、え、え、え、え。やっぱりそれ両想いってことだよね!?ユツィラのことで大変なのに、全然そんな心構えなかったのに……気づいたら"好き"って言っちゃってた。うー。都合の良い女でもいいけど……うぅ、よくないよぉ。寂しい悲しい切ないー!優理君が他の女の子に取られるなんてやだなぁ。私絶対もうこんな恋できないし、もうすぐ二十八歳だし……。でもでも優理君の気持ちもわかるんだよね。私も優理君のことちゃんと好きってわかるまで同じこと思ってたかもだし……。それに優理君にはアヤメちゃんもいるから……そんなすぐ私にどうこう言えないよね。私もアヤメちゃん好きだし、アヤメちゃんは……特別だもん。本当に被害者だから、国が守ってあげなくちゃ。お友達……?よりは妹っぽいかな。うん。たぶん私に妹がいたらこんな気持ち。アヤメちゃんなら、優理君と一緒で三人でも全然いいかな。そりゃ嫉妬はするけど、その分私のことも可愛がってくれればいいし……。か、可愛がってほしいなぁ……。はぁ、恋愛って本当、難しい……)


 一切表に出さない心は恋の荒波に揉まれていた。

 乙女レベルが上がり切り、優理との交流が進んで心の壁もかなり取り払われてきたリアラだ。恋する乙女らしく先の出来事をめちゃくちゃに気にしている。童貞の優理と大差ない。


 訪れた羞恥はどうにか飲み込み、今すべき大事な話を続ける。


「リアラさん、ユツィラのことです。ユツィラのお喋りは中止として、他はどう思います?」

「――そう、ですね」


 リアラは静かに頷き、一、二秒経って。


「私は、男性であることを公表するのには反対です」


 と言う。そう言われる可能性も考えていたので反論しようと。


「――ですが」


 言葉を発する前に先を制された。閉口し、リアラが話し終えるのを待つ。


「正直リスクが高いので反対ですが……今の現状を穏便に収めるには男性カミングアウトしかないのも事実です」

「……そうですよね」

「優理君、ユツィラが男性であると分かれば大多数の疑念は覆り無視できます。世論の意見も"リアル男性"と分かれば優理君に傾くでしょう」

「まあ本物の男なら国の制度利用していても文句言われる筋合いなくなりますからね」

「はい。男漁りの発言も男であることを隠す言い訳、と言えば何も言い返せなくなります。……ユツィラの配信スタイルを思えば、性別の公表がどれだけリスキーか一目でわかってしまいますから」


 おおよそ思っていた通りの流れだ。

 今後やろうと思っていた外配信はできなくなるし、万が一身バレしたら人生がやばくなるかもしれないが……本気で配信者人生を歩むならばそれくらいのリスク甘んじて受け入れよう。


「しかし優理君。問題が一つあります」

「問題?」

「はい。本物の男性であると知られれば、女性軽視の配信スタイルや発言を突いてくる輩が絶対に声を大にして突っかかってきます」

「あー……」


 真っ当に恋活・婚活してる相手の場合は、"僕自身が男だから君らの敵じゃないよ!むしろ同じように出会い求めてるんだよ!"と怒りを収めることができる。むしろ"ちゃんと男性も婚活とかしてるんだー!へー!"となる。現在炎上に関わっている多くはこちら側と考えればそれなりに鎮火はすると思われる。


 問題は今リアラが言った、男性を嫌ってる系の女性たちだ。

 世界が広ければそういった人も現れる。


 男性が受けられる国の支援を止めろと言ったり、女同士で結婚させろと言ったり、男を社会的に優遇するなと言ったり、精子さえあれば妊娠できるし男と恋だ愛だ結婚だなんてする必要ないでしょ。推奨すんなよと言ったり。


 全部を否定するつもりはないが、優理にも言いたいことはあった。

 ひっそり静かにしてるならいいけれど、声を大にして文句を言わないでほしい。押し付けないでほしい。というか結婚推奨は男性数減少を少しでも抑えようとする対策であって、それ止めたら普通に人類滅亡早まるよと言ってやりたい。


 滅亡主義者は勝手に滅んでくれ。


「……」


 しかし優理は大人だ。

 気持ちを抑えて呑み込むのには慣れている。とはいえ、前世は前世。今世は今世。穏便にいくにしてもやりようがある。ただ我慢して諦めるのは前世だけで充分だ。


「……リアラさん」

「はい」

「僕、敵性団体とは戦います」

「それは……」


 少し苦しい顔をしている。やはりあまり危険なことはしてほしくないのだろう。目を付けられていつか身の危険に晒される可能性は少しでも無くしておくべきだ。守る側からしたらそう思うのも当たり前だろう。ただでさえ優理の現状は色々と、エイラやアヤメで綱渡りしているようなものなのだし……。けれど。


「確かに危険かもしれません。でも、ただ真正面から戦いを挑みはしませんよ。分離工作です。……リアラさん。世の女性のほとんどは恋愛したいものなんですよね?」

「そうですね……。ええ、それはそうです。以前目を通したデータに恋愛に関する調査結果もありました。いくつになっても、特に独り身の女性は恋をしたいようですね。……私も、優理君と出会わなければずっと恋に夢を見ていたかもしれません」

「あ、ありがとうございます……」

「ぁ、え、えと、ち、ちが……くはないですけど、あの……わ、忘れてくださいっ」


 ぱっと頬に桜を散らす美人から目を逸らす。さっきから急にすごく可愛い姿を見せられると気恥ずかしくなってしまう。こくりと頷き、話を続けようと口を開く。


「えーっと……女性のほとんどが恋をしたいなら、やっぱりその人たちを味方にしましょう。女性の敵は女性です」

「それは良案ですが……どうやって味方に?」

「男性を敵視する団体の人全員が本気で男嫌いなわけじゃないと思うんです。中には諦めて妥協して、男との恋愛なんて無理とか、男へのトラウマがあるとか、そういう人もいるはずです」

「……そうかもしれませんね。恋をしたいのは本能的なものですから」


 そう。根本にある性欲をどうにかしない限り、女性が男性と恋をしたい欲は消えない。どんなふしだらな思いが源泉にあったとしても、求める部分は同じだ。乙女レベルの高さなら優理は負けていなかった。女装しているし、童貞だし。


「忘れようとしている乙女の夢を、思い出させてあげるんです。ずっとずっと、年を取ってもいつまでも夢を見ていたっていいじゃないですか。乙女チックに夢を見続けて人生終わったとしても、諦めて投げやりになったりするより絶対いいです。夢を見る権利はいくつになっても、どんな人にだってあるはずです。……どんな拗らせた乙女の夢でも、他の誰が否定しても僕だけは肯定します」


 だって、優理自身がとんでもなく拗らせた童貞の夢を見続けているから。

 あぁ、言葉にして少し心の整理ができた。


 リアラと気持ちを確認し合っても、結局まだ恋も愛もわからないままだった。

 どうして恋がわからないのか。それはまだ優理が夢を見ているからだ。恋は劇的で、美しくて、落ちたら胸が苦しくて切なくて幸せで、性欲を上回る圧倒的な想いで満たされるものなんだって。そんな、漫画や小説のような恋以外は"真実の恋"じゃないと思い込んでいるから。だから恋も愛もわからないままなのだ。


 これは苦労するなぁ、と自分で自分の夢に苦笑してしまう。


 でも、この夢はどうしても否定できなかった。否定したくなかった。

 恋は幸せに満ちたあたたかいもの。それでいい。現実なんて知らない。夢でいい。妄想でいい。だってそう思って生きた方が、絶対に人生は楽しいから。人が喜びを持って生きていくには夢が必要なのだ。綺麗で眩しくて、つい追いかけてしまうような幸せな夢。


 人生は恋、とどこかの誰かが言った。言っていないかもしれない。誰も言っていなくても、優理が言ったのでそんな言葉は存在する。


 人生は恋。それと愛。

 夢を見続けて生きよう。死ぬまでずっと。生まれ変わってその先まで。


「優理君……」

「はい」

「私……優理君に恋をしてよかったです」

「え」

「私、そんな風に誰かの恋の夢を肯定できる優理君だから好きになったんです」

「うぁ……」

「優理君は、やっぱり本当に優しくて素敵なひとですね」

「うむぬぅぁぁ……」


 変な声が漏れる。

 紛れもない憧憬と、それ以上の眩しい感情で見つめてくるリアラから目が逸らせない。紅潮した頬と、揺らめく黒髪と、緑がかったコーヒーブラウンの瞳がしっとりと優理の心を捕らえている。


 薄紅の唇が艶やかで、細身の身体から色気が立ち上っているようだ。


「優理君……」

「なな、なんでしょう?」

「ふふっ、優理君、照れてますか?」

「ぜ……全然照れてませんけど?」

「うふふ、優理君可愛いです」

「うぐぉ……」


 くすっと可愛く笑った美人から強引に目を逸らした。顔ごと逸らした。

 やばい。綺麗で可愛くて、さすがに破壊力が高すぎて胸のドキドキが止まらなくなってしまっている。これが恋する乙女の力か……ちょっと強すぎやしないか。


「ふふ、ええ、わかりました。優理君のしたいようにしてください。女性団体で悪辣なことをしていそうな人は私たち・・の方で素性も悪事も洗い出して法廷に引きずり出す準備を進めておきます。良い機会かもしれませんね。本当にワルイ大人は綺麗に掃除してしまいましょう」

「あ……はい……お願いします」

「はい、任されましたっ」


 ふふ、と笑って頷く。

 なんだか今この瞬間にすごいことが決まったような気もするが……考えるのはやめておこう。優理には関係がない。やっぱり悪いことはよくないよね!清く正しく美しく生きていこう!


「えっと……それで続きなんですが、他のところはどうですか?」

「他は……優理君からのアクションと男性カミングアウトの方法ですね?」

「はい」

「特別優理君が何かする必要はないかと。先ほど言われたような配信告知だけで良いと思います。今は何を言っても火に油を注ぐだけになってしまうでしょうから」

「そうですよね……」

「男性カミングアウトは……色々と言うのは例えば何を?」

「それもいくつか考えたんですよ。例えば――――」





――Tips――


「反男性団体」

男性利権への反対を主とするものが多く、一部には女性第一主義と呼ばれる過激派差別主義者もいる。

性欲逆転世界は善性の人間が多いとはいえ、当然悪性の人間もいる。自身の思考に固執する者や自らを正義と思い込む者、他者の理論を真っ向から否定する者等、人間の個に限りはない。

過激派の多くは既に国から監視を受けているため、表立って活動をすることはできないようになっている。特に出生率減少を願う男性差別主義には厳しく、一昔前は問答無用で刑務所に叩き込まれていた。

それらの団体に所属する者の七、八割は男性への幻滅、恋愛への諦め、夢と希望の失墜と、現実の辛さをどこかへ向けるため反意的になっている。

彼女たちの意思を変えるには、ただただ男が単純な肯定と共感と希望を見せればよい。

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