優理とリアラの在り方。

 朝になって朝食を済ませ、リアラを家に迎え入れる。

 今日の朝食は昨日のハンバーグ(味変)とフレッシュサラダだ。アヤメはハンバーグをニコニコ満面の笑みで食べ、サラダを渋い顔で食べていた。どちらも可愛くて朝から癒された優理である。


「――お、お邪魔します」


 ほんの四日や五日前にはお泊まりに来ていたというのに、いつも通り緊張した様子のリアラが靴を脱ぐ。つい、じっと見つめてしまう。


「えと……優理君?」


 涼やかな声が困惑に塗られていて、首を振ってなんでもないと伝えた。

 不思議そうな顔をするリアラ。その胸は薄く、いつにも増して小さく見える。


 お茶を用意しながら、優理は一人考えていた。なんだこの違和感は、と。


 昨日灯華と面識を得て、続けて実咲とも知り合った。どちらも胸は大きかった。俗に言う巨乳であった。


「――そう、か」


 戦慄の声を漏らす。

 二人は巨乳だった。特に灯華は爆乳と呼ばれる類の人種だった。実咲も十二分に大きく、目前のソレと比較するのはあまりにも……あまりにも無慈悲だった。


「優理君。どうかしましたか?」

「い、いえ。なんでもないんです。なんでも……ただ少し、世の無常さを嘆いていただけなので」

「?そ、そうですか?」

「はい……」


 痛ましい顔をする童貞を見てなんとも言えない表情でリアラは言葉を濁した。

 リアラは知っていたのだ。傘宮優理という男にはちょっとアレなところがあると。まあそんなところも可愛くて好きで愛おしいんだけど……♡と少々トキメキ&悦楽に浸ってしまう残念美人である。


 想い人から勝手に巨乳と比較されて哀れまれていることなど露知らず、リアラは出迎えてくれた優理と共に早速本題に入る。

 アヤメとの和気あいあいな挨拶はささっと終わらせてもらった。察しの良いアヤメは大人しく優理の隣で座ってくれている。相変わらず可愛く素直な良い子だ。


「リアラさん。ユツィラのことですが……」


 深刻な顔をするリアラと話を進めていく。

 大体の内容は昨日優理が見た記事と一致していた。ネット記事に取り上げられ、いろんな人の目に留まっていろんな団体にも目を付けられて炎上した。リアラが火消しに動いたらしいが、さすがに悪辣なことを書いていない記事を削除することはできなくて断念したと言う。


 犯罪予告系は既に情報の開示請求を行っているそうなので、身の安全は保障すると胸を張って言われた。視界に入った胸の膨らみには普通にドキドキしたので、やはり大きさはそこまで関係ないなと安心する童貞であった。


 状況確認を済ませたところで、本題とも言える今後の動きについて話を始める。


「……一応昨日から僕も考えてはみたんです」


 つらつらと、頭に浮かべていたことを伝えていく。


 一つ、"ユツィラとお喋り"はいったん中止。

 二つ、男性CO(カミングアウト)。

 三つ、アクションは配信告知のみで、他に何もしない。配信日は今週末土曜か日曜。早い遅いどっちがいいか未定。

 四つ、どうせなら男性COはめちゃくちゃ色々やってみる?


 以上。

 優理も記事に目を通して耳に痛いと思う部分はあった。

 女性のフリをしていたのは自分の安全のためとはいえ本当だし、結局はただのフリで真実自身は男だと言う考えだったのも本当だ。確かに女性の恋活・婚活事情への配慮なんて一切していなかった。想像力が足りなかったと言えばそれまでだが、前世であれだけ現実に打ちのめされておいて他者への配慮を忘れるなんてオジサン童貞にあるまじき所業だ。


 ただでも、ちやほやされて自分が選べる立場になって一切浮かれもせず真顔で物事に臨めるのは、それはもうロボットか感情を殺せる超人の類だろう。優理はただの一般転生童貞なので、普通に調子に乗っていた。反省せねば。


「優理君、ユツィラとお喋りの中止は私も賛成です。そもそもリスナーとはいえ、知らない女性と話そうとするのは……私はあまりおすすめしたくありませんでした」

「……」


 そっと目を逸らし、頬を赤らめて小さな声で告げてくる。


「……それは、どういった意味で言ってますか?」

「そ、それはえと、えと、あの、えと……」


 ぽっと顔を赤くしてわたわたしている。可愛い。

 なんとなく、というか自惚れじゃなければ確実に今のは嫉妬的なアレだ。


「……」


 タイミングか。

 こんな状況でと自分でも思うが、こんな状況だから、とも思う。


「――リアラさんって、僕のこと好きですよね」

「ぁ」


 これでもし"え?勘違い止めてもらえますか?無理です"とか言われたら鬱になる自信がある。


「えと、あの、その、えと、あの、あのその……」


 リアラが壊れてしまった。

 目は泳ぎ、耳まで赤くなり、手はあわあわと顔の前で振られている。


 少々申し訳ない気持ちも湧いてくるが、これは優理にとって大事な確認だった。今後の人生を左右する……かもしれない一種の岐路。リアラならば尋ねられると思った。重ねた信頼と、あからさまに伝わってくる想いでなんとなく察せられる。


 緊張を悟られぬよう浅く息を吐き、そっと胸に手を当て深呼吸している美人を見る。


「…………………好きです」


 返事は簡潔だった。

 消え入りそうな声でぽしょっと言葉をくれる。俯かせた顔が可愛らしく、安堵と同時にじんわり顔が熱くなってくる。

 さすがにこれは、全然そんな雰囲気でもなかったとはいえ、ここまで照れられるとこちらも全身に照れが回る。


「えっと……なんというか」


 耳の横を掻く。短い時間で言葉をまとめ。


「……ありがとうございます。僕も……僕もリアラさんのことは好きです。……でもまだ、まだ、今のままの関係でいいですか?……色々変えるには、まだ僕の準備ができていないので」


 くいくいと服の裾を引っ張り、「私もユーリのこと大好きです!」と言ってくるアヤメを撫で回す。気持ちが紛れる。

 おそらく明確な性欲以上の恋心を抱いているリアラに、恋も愛もわかっていない優理では答えを出せない。だから今の言葉は間違いじゃない。けれど、正しくもない。


「――……ええ。わかっています。優理君のことは、ずっと見てきましたから」


 銀の少女を慈しみ、顔を上げリアラを見る。まだ頬は赤いままだが、優しい表情を浮かべていた。


「答えが欲しいわけではないんです。――いえ欲しいと言えば欲しいですが、優理君と一緒に居られるだけで今の私には充分なんです。以前はもっと俗物的だったはずなのに……ふふ、これがきっと、恋なんでしょうね」

「……リアラさん、恋してるんですか?」

「ふふっ、ええ。優理君に恋してます。優理君から聞いてきたのに、ひどい男の子ですね」

「それはその……すみません」


 本当にひどい男だ。自分でもそう思う。


「謝らないでください。私から伝えるのはたぶんずっとできなかったことでしょうから、聞いてくれて助かりました。けど……どうして今ですか?」

「……僕は、昔からマイナス思考ですから」


 炎上なんて初めてだ。配信自体始めてまだ二年と経っていない。

 この世界の需要にマッチしたから今のユツィラがあるのであって、現状はただの幸運でしかない。ちやほやされて調子に乗っていたが、配信を始めた理由がそもそも恋人探しなのだ。言い方は悪いが、リアラやアヤメという関係性に未来の見通しが立った時点でユツィラというアバターは用済みだった。


 ただ、じゃあサクッと止めてリアラルートorアヤメルート入るか!と成れないのが優理でもあった。


「今が僕にとっての分岐点だと思ったんです。……人生の保険……でしょうか。ひどい甘えですけどね……」


 性欲に躍らされる人間(自分)を知っているだけに、女性にとっての自分がただの性欲処理でしかないんじゃないか。そう思い二の足を踏んでしまう。


 恋や愛をとても綺麗で美しいものだと思っているのは童貞丸出しだが、それでいいじゃないかと思う。恋や愛は綺麗であってほしい、美しいものであってほしい。苦しさや醜さを含んでいても、それ以上の尊いキラメキであふれていてほしい。そう願うこと自体は間違いじゃないはずだ。


 そんな曖昧な願いを持ち、さらには人間不信と"恋愛ってなんだ?"という疑問を重ねたせいで身動きできなくなってしまった。


 加えて、ユツィラの活動自体が楽しかったのもある。

 リスナーとの頭の悪い会話は楽しいし、一緒にエロゲーしたり猥談したりするのも楽しい。優理には前世からずっと、そんな友達はいなかった。悲しい哉。男女問わず、傘宮優理には友達がいなかった。


 楽しく遊んで話してお金ももらえて社会から認められて――はいないかもしれないが、これで死ぬまで生きていけるなら人生楽しいかもなと思ってしまった。


 優理は前世で大人を経験している。社会の辛さを知っている。学んでいる。


 真っ当に働くのは辛い。配信は楽しい。楽しい仕事して生きていけるなんて人生最高だ。……そう、思ってしまった。


 炎上して、最悪を考えて。

 その最悪を自分の中で受け入れるためにリアラとの話があった。リアラから勇気をもらうために、こんな告白紛いの曖昧な話をした。リアラが自身に好意を寄せているとわかっていて、自分のためだけにその恋心を利用したのだ。


 最低だった。さらに優理は、今からまたひどいことを言おうとしていると自覚している。


「リアラさん」

「は、はいっ」

「もし僕がユツィラ引退したら、僕とアヤメのこと養ってくれますか?」

「……」


 息を吞んでいる。リアラの動揺は数秒だった。何を考えたのか、やけに神妙な顔でこくりと頷く。


「――任せてください。優理君とアヤメちゃんの"いってらっしゃい"と"おかえりなさい"のためなら私は人生を懸けられます」

「え」

「……え?」


 ちょっと何を言っているのかわからなかった。


「ユーリユーリ」

「うん、なに?」


 変な驚き顔のリアラを見なかったことにし、タイミング良く呼んでくれたアヤメに向き直る。


「リアラもご一緒に暮らすのですか?」

「え。……一緒に暮らしたい?」

「暮らしたいです!」

「おぉ……」


 アヤメが最強過ぎて何も言えなくなってしまう。笑顔が眩しい。今の罪悪感に満ちた優理の精神では直視できない眩しさだった。


「――優理君」

「え、はい」

「もしもそうなった時は、責任を持って私たちで幸せ家族計画を立てましょう」

「えっ」

「え?」

「えっと……」


 頬を掻く。

 なんとなくリアラなら肯定するだろうなと思っていたが、それにしたって……。


「……リアラさんって割と妄想行き過ぎますよね」

「はぅぁっ!」


 色々想定外が重なった。いったんすべてリセットしよう。

 アヤメにはリアラと同居はまだしないよと伝え、しょんぼりする子に優しくハグしておいた。僕がいるから寂しくならないよ、と。

 リアラはリアラで最悪の想定を敢えて現実にしようとしている気配が感じられたので、あなたの現実はここですよと諭しておいた。


「――ええっと、リアラさんから"最悪ユツィラ引退してもリアラさんが僕のこと愛して養ってくれる"と言ってもらえた……なんだこのすごい屑男みたいな発言は」


 さっきからひどいこと言っているなぁとは思っていたが、言葉にしたら最低過ぎてびっくりしてしまった。

 これじゃあ前世の女性が言っていた"キープ"を作っているようなものじゃないか。リアラの扱いが完全に都合の良い女だ。さすがにだめか。よくないか。よくないな。


「ふ、ふふっ。別に構いませんよ。私が優理君に恋しているのも、養ってあげたいのも、あ、愛してあげたいのもっ……その、事実ですから!」

「――……ありがと、ござます」


 顔を扇ぐ。リアラの顔が見られない。真っ直ぐな眼差しが心地良くも胸に刺さる。

 こんな素敵な女性に対して自分はなんて男なんだ。美人にここまで言わせてしまって、最低限の責任は取らないとだめだろう……。


「優理君にとって私が都合の良い女でしかなくてもいいんです。本当の恋って、見返りなんて求めないんですよ。優理君が幸せであれば私は…………辛いです。優理君に捨てられた私をイメージしたら悲しくて泣きたくなりました」

「や、やめてくださいよ!罪悪感が溜まっていくんですけど!」

「ふふっ、冗談です」


 くすっと笑って唇の前で指を立てる。可愛い。ぱちんと可愛いウインクも可愛らしい。

 どこぞのメイドの流し目と明らかに変な意図を含んだウインクとは大違いだ。純粋に可愛い。


「はぁ……けどリアラさん。色々言わせちゃって後から言うのはずるかもですけど……僕も本当に、恋愛云々は置いておいて、ちゃんとリアラさんのことは好きですから。どういう形かわかりませんが責任は取ります。屑のままでは終わりませんので安心してください」

「っ。そ、そういうところが……もう、優理君はもう……もうっ」


 顔を伏せてゆるゆる首を振っている。

 喜んでくれて何より。しかし責任の件は真面目に考えよう。重めに受け止めていかないといけないやつだ。


「――あの、リアラ?」

「は、は、はい。アヤメちゃん?」

「はい。リアラは……ユーリに恋をしているのですか?」


 さっきから隣でうずうずしている子がいると思ったら、気になっていたのはそこだったか。

 期待をいっぱいに含んだ美少女の眼差しが美人に向けられる。


「そう、ですね。……恋、していますよ。私」


 ちらとこちらを見るのはやめてほしい。目と目で通じ合っている感が出てしまって照れくさくなる。


「!!そうなのですね!恋は……恋はどんな気持ちなのでしょうか?」

「え?……難しいですね。ただ幸せなだけではないのですけれど、ちゃんと幸せでもあるんです。一言で言い表すのは……本当に難しいです。こればっかりは経験してみないとわからないかもしれません」

「むぅ……」


 ちょっぴり納得がいっていない様子だ。なでなでして、頬をむにむにして表情を解しておく。

 恋も愛もわからない同盟としては、”恋してみないとわからない”は結構厳しい。恋ができないから困っているのに、恋してみろとは……でもまあ。


「アヤメ。ゆっくり学んでいこう。いつか恋に落ちる日がくるよ。僕も、君も」

「……そうですね。私もいつか、ユーリと恋をしてみたいです」

「あはは、僕と?」

「はいっ」

「じゃあどっちが先に恋を知るか勝負だね。勝った方は……そうだなぁ、言うこと一個聞くのでどう?」

「やります!えへへー、負けませんよっ」

「優理君、私もその勝負参加したいです……」

「リアラはもう恋しているのですよね?だめですー!」

「うぅ……私も優理君の言うこと聞きたいし言うこと聞いてみたいです……」

「……両方味わおうとするとは強欲ですね」

「こ、恋する乙女は欲塗れなんです……」

「さっきあんな聖女みたいな顔していたのが嘘みたいですね……」

「……こんな私は嫌いですか?」

「いえ、ちょっと素の出てるっぽいリアラさんも好きですよ」

「私もリアラのこと好きですよー!」

「あ、あはは……。二人とも、ありがとうございます」


 和やかに話して、"実はお酒入っていたりとかしませんよね?"と聞いたらぶんぶん顔を振られた。かなり吹っ切れた様子のリアラだったが全然素面だったらしい。やはり、好きとか恋とかの話をしたのが原因だろう。


 後悔はしていないがもっと……いや、これも"らしい"か。

 自己肯定感の低い優理と、自己評価の低いリアラと。似た者同士な二人らしいやり取りだ。


 ここにアヤメがいたからこそ明るく穏やかな空気は持続し、今も気まずさなど微塵もなく話せている。もしもアヤメがいなかったらここまで緩んだ空気感はなかったかもしれない。


 もしかしたらのifは首を振って放り捨て、じゃれ合っている二人を見る。わざわざクッションを持って移動したアヤメと、ぐいぐい来る美少女にたじたじながら楽しそうなリアラと。


 いつか自分との関係性が大きく変わるとしても、アヤメとリアラの関係性はそのままであってほしいと強く思う優理だった。




――Tips――


「告白」

乙女の夢。告白するのも良いしされるのも良い。大抵のカップルが恋人関係になった後、再度告白タイムを設ける。

粗雑な告白であっても、そもそも異性との縁がある時点で乙女は喜んでしまう。悲しい乙女の性。

告白にも種類があり、恋愛的な意味での告白、性癖の告白、性欲の告白、他多種と恋愛関係が生まれた前後でありとあらゆる告白が存在する。乙女にとって一番重い告白はプロポーズなので、プロポーズも男女それぞれ一回ずつやるようにすると良い。

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