車窓より、夕焼け焔。

 音の少ない車に揺られる。

 空は色を変え、そろそろ夕日と言っても良いのではないかと思えるような色彩を見せていた。隣に座った銀の少女は車の窓に張り付き、三分の一ほど開いたところへ小型犬のように顔を寄せていた。シートベルトのせいで動きにくく、目一杯伸ばして頑張っている姿が愛らしい。


 先のしっとり穏やか日常噛み締めタイムはいったいなんだったのかと、つい自問自答してしまう優理だ。まあそれだけ夕焼け空を気に入ってくれたならよかったと、目を細めて遠くのオレンジ色を眺める。光を浴びて銀糸が輝き、そっと伸ばした指がするりするりと抜けていく。


「? ユーリ?」

「ううん、なんでもないよ」


 くすぐったさでも感じたのか、振り返り首を傾げる。そっと頬を撫で、にへらと笑う少女に微笑みかけた。


 アヤメとの買い物お食事を終え、途中灯華と遭遇し、帰りは家まで車で送ってもらうこととなった。行きは電車で四十分程度だったので、乗り継ぎ云々を考えると帰りの車は三十分くらいで着く計算だろう。運転手は灯華――ではなく、八乃院灯華専属の秘書だった。名を、冬風ふゆかぜ実咲みさきと言う。


 完全な黒髪黒目で、優理の前世ではよく見た色合いだが、今世だとなかなかに珍しい外見をしていた。

 セミショートの髪を後頭部でまとめて垂らしている。髪型自体は今日のアヤメと同じだ。長さはショートボブの香理菜より少し長い程度。色はリアラと同じで、綺麗な黒一色。生真面目そうなところもリアラっぽくあるが、アレでリアラは表情豊かだから似ているとも言い切れない。


 仕草や言葉遣いに品を感じるのは灯華の身近な人間だからだろう。実咲もまた名家出身なのかもしれない。全体的に綺麗めの整った顔立ちは優理の周りにいるようであまりいない人間だった。しいて言うなら綺麗美人っぽさの強いモカが近いか。


 こうして考え、いろんな女性と比較して綺麗可愛い云々言えるようになったのはずいぶんな進歩ではなかろうか。童貞的にこれでいいのか?と疑問にも思うが……接点の多さは秘めたる可能性そのもの。疑問は捨てよう。

 どうでもいいが、名字を聞いてエッチゲームのキャラっぽい名前してるなと思ったのは優理だけじゃないはず。実際初対面で灯華も同じようなことを思っていた。


「――優理様、私奴わたくしめに何か御用でしょうか?」

「い、いえ。冬風さん、綺麗な姿勢されているなと思っただけです。すみません」


 見つめ過ぎていたらしい。反省しよう。

 謝る優理を見て、実咲はちらっと視線を寄越したかと思えば華麗にウインクを送ってきた。アルカイックなスマイルからの強烈なウインクは優理の童貞スキルが高くなければ惚れているところだった。危ない。勘違いするところだった。


「優理様、私奴のことは"実咲♡"、と呼び捨てになさってください」


 バチーンと再度のウインク。

 キャラが濃すぎる……。


「は、はぁ。実咲、さん……」

「キューン♡ 優理様、実咲ルートはいつでも空いておりますよ。ぜひ胸に飛び込んできてください」


 胸を張る実咲。その胸は豊満であった。モカ以上灯華未満といったところか。

 現状、胸のサイズは灯華>実咲>モカ>>巨乳の壁>>香理菜=アヤメ≧リアラと並んでいる。リアラとてサイズBはあるのだが、この世界の女性は発育が良い人ばかりなので自動的に小さくなってしまっている。


 思考を振り捨て、同時にわざわざ斜めにして胸部アピールをしてくる相手に視線が吸われ、しかしちゃんと前向いて運転してくれと言おうとして。


「――実咲さん?わたくしの優理様に甘言を吐かないでいただけますこと?」


 先に口を挟んだ灯華に助けられた。優理は基本的に押しの強い女性が苦手なのだ。何故ならそのまま流されてしまいそうだから。悲しい童貞の性である。


「おや灯華様、私奴の恋路を妨げようとはずいぶんと不届きな行いにございますね。人の恋路を邪魔する女は淑女の拳で散れとことわざがございますよ?」

「か、仮にも雇い主のわたくしに酷い言い草でないかしら」

「そうですか?」

「……まるでわたくしが間違っているような聞き方は止めてくださる?」

「ふ。ええ、灯華様は間違っておりますよ」

「えっ」

「私奴は常に正しい。何故なら私奴は灯華様のメイドにございます故」

「……わたくしには一般的なビジネススーツに見えますが」


 巨乳二人の言い争いから目を逸らす。そもそも勝手に自分のものにしないで、という台詞は飲み込んでおいた。余計に面倒くさくなるのが目に見えている。

 やはり優理にはアヤメしかいない。癒し成分を補充すべく、窓に引っ付いているアヤメと距離を詰めた。


「アヤメー」

「はーいっ」

「そのままでいいよ」

「はいっ――わっ、ユーリ?」


 そそっとアヤメの真横から顔を覗かせる。横目で見える藍色の瞳がまん丸に見開かれていた。真っ白な肌にほんのり桜色が滲んでいる。風を浴びて冷えてしまっているのかもしれない。


「ふふ、一緒に外見たくなっちゃってね」

「えへへー、お空綺麗ですよ」

「そかそか。どこが綺麗?」

「えっとですね」


 主人と戯れる毒舌メイドのごときやり取りをBGMにしながら、アヤメと二人流れる景色をじっと見つめる。ひんやりとした外の空気が頬を撫ぜ、甘く爽やかな花っぽい香りが鼻をくすぐる。相変わらずアヤメは色っぽい良い香りを漂わせている。これがフェロモン……。


 どうでもいいが、丁寧語を結構崩した灯華は大和撫子から立派なお嬢様にジョブチェンジしていた。"そうかしら?"そうしてくださる?""いつも通りですのね"と、どこかの創作で見聞きしたことのあるような言葉遣いになっていた。地味に感動している優理である。


 アヤメからのお空綺麗ポイントを聞き、一緒になって夕日を眺める。

 眩い橙色の日はもちろん、日差しを浴びて煌々と薄紅に輝く白雲もまた目を奪われるほどに美しかった。


 実咲の運転する車は最新の電気自動車らしく音が少なく、ほとんど揺れもない。名家の車は黒塗りの高級車的なものかと思っていたが、現実はそうでもなかった。防弾ガラスだったり装甲が厚かったり、緊急時はガソリンや電池でも動くように設計されているそうだが、特注なだけで見た目は普通の自動車だった。


 名家だからこそ、目立たないようにするのが大事とかなんとか。自慢げに灯華が喋っていた。優理は聞き流したのであまり覚えていない。


「ねえアヤメ。今の時間帯ね。マジックアワーって言うんだよ」

「?まじっく?魔法ですか?」

「うん。マジックアワー」

「マジックあわー……」


 英語が苦手なアヤメもマジックはわかったらしい。アワーはちょっとわかっていない顔だ。可愛い。軽く頭を撫で、姿勢を戻して話を続ける。


「マジックアワーはね、日が沈む前の三十分くらいと、日が沈んだ後の数十分を指すんだ。それぞれ別名色々あるけど……そこはいいか」


 夕暮れとか黄昏とか薄明とかゴールデンアワーとかブルーアワーとか。

 言い方は色々あるがわざわざ混乱させる必要はない。その辺はいつか気になったとき自分で調べるか、教えを請われたときに答えればいいだろう。


「夕焼けとか夕日とか、僕がアヤメに見せたかったのは今の時間かな。空が茜色に染まって、遠くの太陽はきらきら輝く黄金みたいで……まだもうちょっとかかるかもだけど、ほんのすぐそこだ」

「……もっとキレイになるんですね」

「うん。日が沈んだ後の短い時間も……うん。僕はそっちの方が好きな時もあるかな」


 七色とは言わないが、グラデーションのかかった空はつい見上げて見惚れてしまうものがある。

 空いっぱい全面が見える時は、後ろに濃紺が広がって、前に赤から青へと移り変わる色の濃淡が見える。何度だって見飽きることはない、自然の美しさそのものだと思う。

 まあこんな叙情的なことを思えるようになったのも、一度年を取って成熟した精神を持てたからではあるのだが……。


「――優理様」


 アヤメと仲良く夕焼け鑑賞をしていたら、いつの間にか背後の謎の諍いは収まり、優理と名前を呼ぶ声が聞こえてくる。このゆるふわ甘めな声は灯華だ。


「はい」

「わたくしも優理様と夕焼けツーショットを撮影したく存じます」

「はぁ……」


 曖昧な返事しかできなかった。わたくしも混ざりたいです、くらいを言われるかと思っていたが少し方向性が違ったようだ。夕焼けツーショットとは……。


「……いやまあ構いませんけど」

「――それは僥倖にございます。ささ、優理様。では早速」

「え、はい」


 促され、微妙な気持ちで灯華の側へ寄る。日本は車体右側に運転席があるので、その後ろだ。

 距離を詰め、金木犀の香りに心安らぐ。同時、柔らかな微笑みとゆるゆる巻かれた綺麗な髪にとくりと胸が高鳴る。近づけば彼女の整った顔立ちがよくわかってしまい、アヤメで美少女に耐性を得た優理でもドギマギしてしまう。


 眠そうにも見えるゆるふわな垂れ目が可愛らしく、お嬢様然としているのに親しみを持ちやすいのが灯華の魅力だった。


「――優理様、そこで一度お止まりくださいませ」

「は、はい……?」


 静止を受けその場で止まる。

 逸らしていた目を戻すと、顔を真っ赤にした灯華がいた。


「灯華さん?」

「近い近いちかいちかいちかい。優理様が近いですすす、す。これは危険信号が点灯しております。あぁぁこんなお近くにいらっしゃってっ。本当にそんな、邪気なくわたくしを、わたくしのことを見つめられては困ってしまいます。どれだけ綺麗な目をされているのですか。優理様の熱い瞳が、顔が、熱がわたくしをわたくしをわたくしにぃ……しゅき」

「さようなら」

「あぁ優理様お待ちになってっ!!」


 縋りつかれ、むにゅんむにゅんとした塊に腕が挟まれる。童貞、ピンチ!


「ぐ、ぬぅぅん」

「あら……あらあらあらあら」


 ご機嫌な声が聞こえる。腕が柔らかい、大きい、柔らかい、やわらかい!!

 しかし漢優理。たかが巨乳程度に負ける男ではない。童貞五十年以上を!舐めるなッ!!


「うふふ、ゆゆゆ優理様?あらふふ、うふふ、こぉんな?わたくしのおっぱいに挟まれて?おほほほ、どうでございましょう?」

「どどど動揺しすぎじゃないっすかね」


 だめだ。巨乳には勝てない。声の震えがひどい。


「――お二方、揃って声がぷるぷるされておりますよ。灯華様は鏡を見てくださいませ。優理様は……優理様の御労しい声はとても魅力的にございますね。私奴の胸で包んで差し上げたい」

「実咲さん?!好き勝手言い過ぎではないかしら!」

「おや淫乱灯華様、ご機嫌麗しゅう」

「全然麗しくありません!!」


 二人の争いが始まったところで、こそっと双子山から腕を引き抜いた。温もりと柔らかさから離れる瞬間はとても心痛かったが、童貞の力を振り絞って逃げ出した。

 実咲に感謝の視線を送ると普通にウインクされた。さすが自称メイド。色々察しが良い。けどウインクはいらない。


 灯華とのツーショットは自身の携帯で適当に撮っておき、危険地帯から逃げ出し平和ゾーンへ戻った。平和ゾーン=アヤメの近くに戻ると、頬に強い視線を感じた。ちらと横を見たら藍色の瞳がじぃっと見つめてきている。可愛い顔がちょっぴりむくれているようにも見える。


「えと、アヤメ?」

「むぅ、ユーリ」

「え、うん。なに?」

「ずるいです。私ともつーしょっと?を撮ってくださいっ」

「あぁ、ふふっ。いいよ。撮ろうか」


 可愛い雪妖精のおねだりには快く応えてあげよう。

 ぱしゃぱしゃぱしゃっと、逆光の中ころころ笑い合って写真撮影を行う。被写体の調節はエイラが行い、空を見せたり人物を見せたりと自由自在に撮ってくれた。本来なら画像にも誤認アクセサリーの力が働くところ、エイラはAIなのでちょろちょろっと弄って本来の優理とアヤメが映るようにしていた。仕事が出来過ぎることに定評のある人工知能だ。


 楽しく騒がしい自動車の送迎三十分は、わいわいお喋りをしていたら一瞬で過ぎてしまった。

 マンションの前に着いてすぐ、実咲に礼を言いながら急いで外に出る。肌に纏わりつく十月の冷気がふわりと全身を通り抜ける。少しだけ肌寒く、その寒さがまたアクセントとなって世界を美しく見せる。


「やっぱよく見えるなぁ」


 優理の住むマンションは大通りから外れた住宅街の一部に位置している。

 大学に近く、住宅街とは言うが家よりも緑の方が多い地区だ。一軒家ではなく大きなマンションがぽつぽつと並んでいる。駅からは上り坂になっているため、上空から見下ろせば小高い丘のようにも見えるかもしれない。


 優理家のあるマンションは国が斡旋しており、見た目こそ地味だが周囲の建物に見劣りしない大きさを誇っていた。

 建物の向かいは畑だ。その先にある小川を挟む形で歩行者専用道路と車道があり、さらに先に道路と住宅街が広がっている。さらにさらに進むと大きな高架下道路と駅に続く道があるので、駅近らしく飲食店も増えていく。道をずれれば商店街があったりショッピングセンターがあったりもするので、買い物には困らない。


 話は戻り、景色である。


 現在優理たちが立つ場所はマンションの前。視界は開け、高い建物は近くにない。景色が、空がよく見える場所。


 時刻は十七時過ぎ。太陽は沈み、空はブルーアワー真っ只中だった。


「――きれいですっ!!!」


 歓声に頬を緩める。

 空の縁とでも言えばいいのか。沈んだ日に近づくほど色は薄くなり、光が拡散されたことで夕焼けよりも数多くの色を見ることができる。水色、紫、赤、橙、黄、微かに緑も見える。色とりどりの光が世界を包み込んでいるようで、時間の経過で消えていく光が儚くも思える。


 振り返れば青から藍、藍から紺へと徐々に深まる空があり、青一色でこんなにも違う顔を見せる空への憧憬が募る。夕焼け空も好きだが、やはり優理は今の時間の空の方が好きだった。世界が見せる最後の煌めきのようで、心が凪ぐ美しさはいつまでも見ていたくなってしまう。


「ほんの十分そこらで色の数減っちゃうから、今だけだよ」

「ユーリっ」

「うん?」


 上から下へ。

 美しい青から、美しい藍へ。


「私、知らないことばかりですね!」

「ふふ、そうだね」


 きらきらな目をいつも以上にキラッキラに輝かせて言う少女に微笑む。

 そうだ。アヤメは知らないことばかりだ。今日でたくさんいろんなことを体験して知ったとしても、まだまだ。世界を見渡せばほんの一欠片程度にだって足りない。


 アヤメだけでなく、本当は優理だって知らないことばかりなのだ。世界は広い。地域を跨けば、国を跨けば何もかもが変わる。言語も、文化も、景色も人も、もちろん食事だって変わる。

 そんな数え切れない、一度の人生じゃ――いや、二度の人生でだって味わい尽くせないモノが世界という途方もなく広大な代物だ。


 一緒にいっぱい経験していこうね、という想いを込めて銀の少女をそっと撫でる。夕暮れの中でも少女の白銀は一切色褪せることがなかった。


「――わたくしも、未知の旅にはご一緒致します」


 そそ、っと素知らぬ顔で入り込んできた灯華に苦笑する。まあまあ。旅は道連れ世は情けと言うし、今は何か言う気分でもなかった。小さく頷く。


「――私奴も、優理様の専属運転手としてご同行致しましょう」


 すす、っと灯華と優理の間に割り込んできた実咲がアルカイックスマイルを浮かべて言葉を差し込む。まあまあ。袖振り合うも多生の縁と言うし、ここは頷いておこう。


「――実咲さん?お退きになって?」

「灯華様、女には譲れぬ時と云うモノがございますので――ご容赦を」

「そんな決め顔で言わないでくださる?退いてちょうだい」

「キャー、優理様御助けくださいぃ。雇い主の横暴から哀れな乙女を御救いくださいぃ。お情けぷりーず♡」

「ど、どさくさに紛れて優理様に抱きつかないでくださいまし!」


 キャンキャン騒ぎ出した二人を見なかったことにしてアヤメと夕空鑑賞を続ける。

 左腕が温もりに包まれて心地いい。実咲、良い乳だ。


 時間にして十五分ほどか。楽しい秋の夕空鑑賞会は和やかに進んだ。

 色彩豊かな空は深い青を湛え、すっかり夜空の顔を覗かせている。


「ユーリ、お空にお星様がありますよ!」

「そうだね。……そうか。部屋からだと内側明るくて見えないか」

「はい。でも……なんだかインターネットで見たのと違います」


 それはもしやミルキーウェイ的な写真を言っているのかな。

 光や空気、標高の違い云々を説明しようとしたら。


「――アヤメ様、アヤメ様のご覧になった写真はおそらく空が美しく見える場所、という題目で撮られた写真にございましょう。それらの写真は都会より離れ、周囲に光がなく澄んだ空気漂う場所でこそ撮影可能なのでございます。私共が居る場所では、残念ながら美しい星空を見ることは叶いません」

「そうなのですね……。ミサキは物知りですねっ、ありがとうございますっ!」


 スパッと解説を挟んでくれるメイド――ではなくスーツ姿の女性。口元の笑みが麗しい。

 アヤメのきらきら笑顔を向けられ、目を見開き驚きを露わにしている。


「キューン♡どうしましょう。アヤメ様の御可愛らしさに心奪われてしまいました。お持ち帰りしてもよろしいでしょうか?」

「だめです」

「わわ、ユーリ、急にぎゅってしないでくださいっ。え、えへへ。ぽかぽかです……」

「なんて羨まし――実咲さん、少し頭をぶつけてしまったようにございますね」

「――それでは次案を採用致しましょう。優理様、私奴を御家に迎え入れくださいませ。今ならオマケで灯華様が付属致します」

「おまけ!?!?」

「いや遠慮しておきます」

「遠慮しないでくださいませっ!!」

「ええ……」

「灯華様、がっつき過ぎては男性に嫌われますよ」

「実咲さんに言われたくありません!それに優理様なら問題ございませんから」

「――そう思われているならそうなのでしょうね。灯華様の中では」

「現実ですことよ!!」


 絶好調に口が回る実咲と、からかわれて素の反応を見せる灯華と、ころころ笑うアヤメと、たまにドキッとするが大体はゆるっとしていられる優理と。

 四人での話もそこそこに、今日のお出かけは終幕と行く。


 先んじて車に乗り込んだ実咲が優理に別れの投げキッスをしてくる。

 苦笑し、しょうがなく二本指で投げキッスを返しておいた。向こうは普通に照れて顔を赤くしていた。そういうちゃんと可愛いギャップは童貞によく効くのでやめてほしい。


「――優理様、本日はこれにて失礼致します。楽しい逢瀬にございました。わたくしの生において最大級の吉日にございました。改めての感謝を。ありがとうございます」

「いえ。こちらこそありがとうございました。アヤメも楽しかったみたいですし、僕も楽しかったです。実咲さんにも改めてお礼を伝えておいてください」

「かしこまりました。それでは優理様、またお会いしましょう」

「ん、はい――灯華さん」


 優雅に頭を下げて去ろうとする赤毛の美人に、頷きながらそっと声をかける。振り向き、向こうが口を開ける前に続ける。


「お茶会、しましょうね。約束忘れていませんから」

「――――」


 灯華は覚えていた。覚えていたが、優理は忘れているようだったので何も言わなかった。タイミングもなかったし、これで結構緊張していた女だ。勇気も出なかった。連絡先も交換したし後でいいかなと思ったが……まさか、覚えていてくれたとは。

 別れ際で言うなんて、ずっとわかっていて敢えて言わなかったのかしら。意地悪なお方……でも。


「ふふ、うふふっ」


 こみ上げる笑みをそのままに、灯華は優理に答える。


「――ええ、もちろんです。優理様、セッティングはこの八乃院灯華にお任せくださいましっ!!」


 名家らしく優雅に上品に、けれど親しみやすさを忘れずに胸を張って伝えた。


「あはは、はいっ。よろしくお願いします」


 頬を綻ばせた灯華に笑みを返し、車に乗り込んだ後何やらわちゃわちゃ言い合っている二人を見送る。


 耳を澄ませていたら"投げキッスもらった"とか"デートの約束した"とか、思春期の学生のような張り合いをしている二人の声が聞こえてきた。


「アヤメ。アクセサリーオフにしてみて?」

「?こうですか?」

「うん。たぶんそれで合ってる」


 少女を緩く撫で、優理もまた機能をオフにする。

 人目もないし、相手も相手なので最後くらい良いかと思った。


 ゆっくりと動き出していた車にぶんぶん手を振る。横のアヤメはぴょんぴょん跳ねて全身で挨拶を表現していた。やたらジャンプ力が高くて驚いてしまう。

 車に乗った灯華と目が合ったような気もするが、既にかなり離れていたので気のせいだろう。


 静かになった空間が少しだけ寂しく、アヤメと顔を見合わせて家に帰ろうかと歩を合わせる。


 エントランスを抜け、エレベーターを通り、扉をくぐっていつもの部屋へ。


「ただいま帰りましたっ!」

「ただいまー、おかえりー」

「優理もおかえりなさいっ、えへへー」

「まず手洗いうがいしようねー」


 そこそこに重たい荷物を部屋に置き、手洗いうがいを済ませてリビングに入る。物をしまった後は夕飯のハンバーグ作りだ。


「アヤメ―、お腹減ってる?」

「お腹ぺこぺこですっ」

「……そっかー」


 笑顔のお腹ぺこぺこお姫様に曖昧に笑って、携帯を開く。通知が色々。

 とりあえずLARNを開き、連絡を――。



< リアラさん ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年10月18日(水)】


優理君、大変です。

ユツィラのチャンネル

が大炎上しています。

至急ご連絡ください。

お待ちしています

【既読 16:02】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「――――ほー………ほわ????」

「?ユーリー?ご飯作りましょうー?ハンバーグですー!」


 アヤメがゆらゆらと肩を揺さぶってくる。声が遠く、優理の頭は混乱の一途をたどっていた。





――Tips――


「巨乳の壁」

性欲逆転世界では全般的に女性の筋密度や肉体性能が向上しているので、男性と同等の平均身長・運動能力を獲得している。

それは外見にも表れ、女性の見目、スタイルにも影響している。すなわち、巨乳だ。

日本人女性の平均カップサイズはDとEの間とされ、街中を歩いている人間の多くは胸が大きい。あくまで平均であり、当然胸の大きさは人により異なる。

例えば八乃院灯華はトップ100オーバーのアンダー75でブラサイズはH75になる。

冬風実咲の場合、トップ94のアンダー70でブラサイズはG70である。

普遍世界と同じで胸の大きい者は大きいなりに悩み「肩こるわぁ」「おもーい」「ナイトブラとか付けないと形がねー」、胸の小さい者も小さいなりに悩んでいる「すとーん」「は?引っかかるものなんてないが?」「ブラ必要だよばか!」等々。

ちなみにリアラはトップ78のアンダー64でB65のブラジャーを身につけている。

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